06 令嬢は牛車の中で寝床を発見します
そうして両親と涙ながらに別れを告げて、牛車に乗り込んだ私でしたが……。
「こ、これは!?」
乗り込んだ瞬間、驚きが口から漏れるのを防げませんでした。
なぜかというとですね……。
内部が外部から見るのに比べ十数倍も広かったからです。
「く、空間術式……?」
空間術式とは簡単に言えば、ある種の結界により特定の空間を現実世界より切り離し、異界化する術式の総称です。
そしてその異界化された空間は、極めて高度な術式を組み込む事により現実の空間よりも広くする事が可能なのです。
知識では知っていたものの、始めてみる空間術式に私が目を白黒させていると、
「ははは、初めての人はびっくりするよね」
そう言って道孝はしてやったりといった顔を見せます。
「でも、一目で空間術式だと見抜いたのはさすがだね、以前に見た事があったのかな?」
「いえ……初めてです。これが空間術式ですか……」
私は、豪華に彩られたその内装をペタペタと触りました。
「……これは空間術式だけではありませんね。結界の強化に防音……それに呪い返しですか?外見上は只の豪華な牛車なのに、よくもまぁこんなに術式を組み込めるものですね」
私はトントンと拳で内装を叩きながらそんな感想を述べます。
「へぇ~分かるんだ。そうだよ、これは十種類にもなる結界を組み込んだ特別な牛車だからね。もし今、僕達を襲うような者がいても内部にいる僕達を害するのはかなり手こずるだろうね」
そう言って道孝は微笑みと共に、私の心を見透かすような眼差しを向けます。
「こう言っては何だけどね、初見でそこまで見抜いた人は始めてだよ。……最も、見抜いてはいてもただ口に出さなかっただけかも知れないけどね」
「わ、私も退魔師たる藤原一族の末席として、恥ずかしくないようにと日々、お父様から言われておりましたから。お父様から受けた教育の賜物です」
「それは良い父親を持ちましたね。私も同じ一族の者として見習いたいね」
そして、そっと私の手に触れます。
「あっ……」
「いずれ生まれるであろう私達の子に対してね」
そう言って道孝は意味ありげな視線を送ってきました。
その行動と視線に私は今更のようにドギマギします。
もう両親の許可を得て、道孝とは正式な婚約者になっているのですけど、これでも今までは異性との触れ合いなどした事のない生活を送って来たのです。
と、いうか身内以外はお話した事すら少ないんですけど?
そんな環境にいた私が、婚約者が出来たからと言ってスグにベタベタイチャイチャできるはずもありません。
「あ、あの、その……」
私のそんな態度に道孝は何かを勘違いしたらしく、
「はははは、そんなに固くならなくても大丈夫さ。正式に結婚するまでは君に手を出したりしないよ。……これで安心したかな?」
「と、当然です!」
「ふふふ、でも双方合意の上なら話は別だけどね。……そうだ、ちょっとこちらにおいで」
そう言って道孝は立ち上がると、私を部屋の隅に立てかけてある、屏風の方に誘いました。
「この屏風の向う側を見てごらん?」
???なんだろう?
道孝のニヤニヤした態度を不審に思いながらも、私はヒョイっとその屏風の向う側を覗いた所、現れたのは……。
「えっ!?」
そこにあったのは柔らかそうで、たっぷり二人分のサイズがあるお布団でした。
「ここではね、睡眠を取る事も出来るんだ。……勿論、君が望むなら睡眠を取る以外にもこの布団は使えるけどね」
そして意味ありげな笑みを浮かべます。
その意味を察した私は、顔が火照るのを感じました。
「そ、そ、そんな事、望みません!そ、そう言った行為は、け、結婚後にするものと決まっているじゃありませんか!」
「おや?空間術式とはいえ、現世から切りはなされた結界の中だからね。結界の中に長い事いると、普段とは異質の環境に精神が影響されて気分が悪くなる人もいるんだよ。若しかしたら君もそうなるんじゃないかと思っていたんだけど……。その様子では大丈夫そうだね」
「えっ!?あっ、その……は、はい。と、特に気分は悪くありません。お気遣いありがとうございます」
私は勘違いした自分が余計に恥ずかしくなり、さらに顔に血が上るのを感じます。
「大丈夫なら良いんだ。でも気分が悪くなったら遠慮しないで言ってね。……あ、そうそう」
そこで言葉を切った道孝はまた意味ありげな笑みを浮かべて、
「所でさっきは何と勘違いしたのかな?まさかとは思うけど淑女がしてはイケない様な事を想像したのでは無いだろうね?」
その言葉に答える事が出来ず、私は下を向いて俯くしか有りませんでした。
そんな私の反応が面白いのか道孝はさらに言葉を続けます。
「この中は防音だからね。外の様子を確認する為、外から音は幾分入るようになっているけど、中からの音は外に漏れ聴こえる事はないように術式を組んでいる。もし君が思うような出来事が起こっても、外からはいっさい気取られる事は無いから安心していいよ」
そう言って道孝は悪戯を仕掛けた子供が、見事目的を遂げたかのような笑みを浮かべるのでした。