03 令嬢は舞踏会場から退出します
今なんっておっしゃいましたか?
『ちょっと抱き心地は悪いかな?』
だったかしら?
それはどういう意味です?
だけどその意味を理解する前に私は手が出てしまいました。
『ばちーん』
右手は道孝に取られているので左手で反射的に顔を叩きます。
「いたたた」
私はその声で我に返ると、
「せ、正式に婚約をしたわけでは有りませんのに、そ、そのような行為はいけません」
と、今更のように取り繕います。
そして私が叩いた道孝の顔を見ると、哀れにも両頬が真っ赤になっています。
先程、部屋から出てきた女性は右手で道孝の頬を叩いたようですね。
私はそんな両頬を手形の跡で真っ赤に染めた道孝をみて思わず、
「ふふふふっ」
と、笑ってしまいました。
「ひどいなぁ~。叩いておいて笑うなんて」
「そ、それは。貴方が叩かれるような事をしたのが悪いのではありませんか」
「……まぁ、そうかも知れないが。今日はなんて厄日だ。こんな短時間の間に女性から二回も叩かれるなんて」
これはきっと先程部屋から出てきた女性の事をいっているのでしょう。
「その方と何があったのか存じませんが、そちらもご自分が悪かったのではありませんか?」
「いやぁ、さっきのはちゃんとアドバイスを……。まぁその件はおいておこう。それより君は僕のプロポーズを受けた、という事でいいんだよね?」
「……はい。しかし両親の許可を頂かないと、正式に婚約したことにはなりません。……貴方の方こそご当主様の許可を得ないで宜しいのですか?」
「さっきも言ったように父は僕には何も言わないよ。婚約者も僕が好きに選んで良い事になっているしね。それに母はもう亡くなっているから君は何も心配する事はないかな」
御曹司とはいえ結婚についてご当主様が何も言わないなんて、一族に対して権力があるというのは本当の事のようですね。
「……本当に、私なんかで宜しいのですか?」
「あぁ、一族には強い力の子供が必要でね。……だけどあいにく、一族には僕と釣り合うような年齢の娘が少なくてね。初見で僕の『言霊』を耐えて見せた君ならば十分に資格はあるよ」
「……私は外国の血が混じっていますけど、それでも?」
「それも返って好都合なんだ。……血が濃くなりすぎるのも悪いのは君にも分かるだろ?だからと言って無暗に他家の血を入れて、子孫の力を落とすわけにもいかない。君のように一族から遠い血が混じっているのに関わらず、力の強い娘はまさに条件がピッタリなのさ」
なるほど、と私は合点が行きます。
退魔師のもつポテンシャル、所謂霊力というのは多くの場合血筋によって遺伝します。
簡単にいうと霊力の強い者同士で結婚すると、霊力の強い子が生まれるのです。
と、言っても勿論例外はあります。
霊力の強い両親から霊力の弱い子供が生まれたり、霊力の低い両親から霊力の高い子が産まれる事もあるのです。
私の場合は片親が一族外の出身にしては霊力が強い方なのでしょう。
じゃ、ひたすら霊力の強い身内同士で結婚すれば良いのでは?
と、思う人もいるかもしれません、がこれにも問題があります。
詳しい理由は良く知りませんが、身内同士での婚姻を繰り返すとですね、弱い身体の子供が生まれやすくなる、と言われているのです。
いくら霊力が高くとも、若くして死んじゃったら意味がないですよね。
なので道孝の言う通り定期的に一族外の相手と結婚をする必要があるのです。
「今日の所はここまでにしようか、後日、君の家にも正式な話をさせてもらうよ。……さて、今日はもう遅い、送っていくよ」
そう言った道孝は再び私に手を差し出しましたが……。
あんなことがあったばかりなので、私は手を取るのに躊躇してしまいました。
「……そこまで警戒しなくとも良いじゃないか。もうあんな事はしないさ。君の抱き心地は十分に分かったからね」
そういって道孝は私に対し、意味ありげなウインクをしました。
「さ、先程。私の事を『ちょっと抱き心地は悪いかな?』と仰いましたが、あ、あれは一体どういう意味です?」
「……僕の口からはっきり言っていいのかな?本当は君も分かっていると思うけど」
そう言いながら、その視線は私の身体のあるところで止まりました。
……その不愉快な視線には身に覚えが沢山あります。
「……ど、どこをみていらっしゃるのですか?」
「君の美しくもスレンダーな姿をだよ。まぁ僕はソッチにはあまり興味が無いから、あまり気にしなくて良いんじゃないかな?」
私は自身の顔がかっと火照るのを感じました。
右手が一瞬だけピクリと動きますが、寸での所でガマンします。
お、落ちついて私、相手は御曹司、御曹司。
私は強い子、このぐらいは我慢できます。
心の中でそう何度も念じて、私はやっとの事で気持ちを落ち着かせる事が出来ました。
「……そのお言葉、真実だと良いのですが。でも貴方に恥をかかすわけにはいきませんし、送って頂きましょう」
そう言って私は躊躇しながらも道孝の手を取りました。
「ではエスコートさせて頂きますよ、えーっと……」
「智子です」
「智子。僕の事も道孝と呼んでくれたら嬉しいかな」
「はい、分かりました、道孝さん」
そうして私は、いえ私達はこの場から退出をしたのでした。