01 令嬢は足元をすくわれます
登場人物紹介
藤原智子……主人公。退魔師を生業とする藤原公爵一族の末端にいる令嬢。十八歳。
藤原道孝……藤原公爵の子息。
§ § §
はぁ……。
やっぱり世間は厳しいです。
舞踏会が始まって、それなりの時間が立ちましたが、私はいまだに独りぼっち。
所謂、壁の花という奴ですね。
視線を遠くに移すと、そちらでは見知った顔の令嬢が、大勢の男性に囲まれておりました。
……うらやましい……。
と思っていた所、その令嬢と一瞬、視線があいました。
……ん?今、私に対して不敵に笑いませんでしたか?
……間違いない!
あの令嬢、私の事を見て嘲笑った!!
悔しい……。
噂通り、私が呪いを掛けられるなら、今の令嬢を呪ってやるんですが。
呪いの内容は、靴を履くと必ず尖った石が定期的に入り込む呪いにしてやりましょう。
そんな妄想を一瞬、いだいてしまいますが、勿論、呪いなど掛けられるはずもありません。
私は頭を振り払って現実に帰ると、溜息をつきます。
もぅやだ、お家に帰ろうかな……。
これは敗北では有りません、戦略的撤退なのです。
私はそう心の中で繰り返しながら広間を後にするのでした。
§ § §
「貴方は――!」
ん?
その声が聴こえて来たのは、ある部屋の前でした。
なんでしょう?
私は興味本位でその部屋の前で足を止めます。
「――と言ってもね。僕にそんな事言われてもこまるよ。まぁ君が無理だっていうなら仕方がないけど。けど君のその身体なら成功するかもしれないよ?」
その言葉に続いて『バチーン』と何かを叩く音。
なんでしょう?
痴話喧嘩かな?
そんな事を思っている間に、ドアが勢いよく開け放たれ、一人の女性が駆け出して行きました。
こっちの存在を知ってか知らずか、私の顔を見ようともしません。
私も気まずかったので、相手の顔を見ないように背けてしまいました。
変な現場に出くわしちゃったな。
私はそう思いながらも、そのまま部屋を通り過ぎようとした所、
「痛たたた、まったく、ぶつことないじゃないか」
と、男性が扉から出てきます。
男性は私に気が付くと、笑いながら会釈をしてきましたので、私も何食わぬ顔で挨拶を返した、その時でした。
「あれ?君は……どこかであった事がある?」
「えっ!?」
やだ、新手のナンパかしら?
そう思いながらも私は、相手の顔をみつめ直しましたが……。
「……あれ?」
私も思わず声が出てしまいました。
私もこの男性に見覚えがあります。
「貴方……何処かで……」
何処だろう?
何処かで見た事あるような気がするんですが。
「金髪碧眼か」
男性はネットリした目で私をじっとみつめています。
なんだろう、心まで見透かされそうで気持ち悪い視線です。
「し、失礼します、私は用事があるのでこれで――」
この場から早く退散しよう、そう思って口にした言葉は、男性の言葉によって最後まで発せられることはありませんでした。
『君の名前は』
「藤原智子」
言ってしまって私ははっと口を閉じる。
これは……言霊?
声だけ聴けば何でもない猫なで声に聴こえるでしょう。
しかし、私は気が付きました。
その言葉には、強力な言霊の力が込められていたのを。
「ふーん、何処かで見覚え有ると思ったら、やっぱりね。ウチの一族の娘か。一族の娘が舞踏会にいるのは珍しいね」
ウチの一族、ですって?
こ、この人も藤原の一族なの?
でも、そうなら何処かで見た事があるのも合点が行きます。
きっと、何かの一族の集まりで見た事があるのでしょう。
『なぜ舞踏会にきたの?』
私は意識を集中して、言霊に耐えます。
仮に何かを口にしようとすれば、相手の望むままの返答をしてしまうのが判り切っていたからです。
そんな私の様子が意外らしく、
「……へぇ~、これに耐えるんだ。……金髪碧眼ね、そういえば一族に外国の血を引く女性と結婚した人がいたな。きっとその人の娘だね」
そう言って、彼は何かを納得したように頷きました。
そしてにやりと笑うと、
「分かった、君、結婚相手を探しに来たんでしょう。ウチの一族の娘はモテないからね~」
「べ、別にいいじゃない!」
「今のは言霊は載せてなかったんだけど、やっと教えてくれたね。ふーん、で大方誰にも相手にされず失意の内に帰る途中、そんな所かな」
「ど、どうだっていいでしょう!貴方こそだれよ?大体言霊はそんな簡単に使っちゃいけない決まりでしょ?ご当主様にしれたら怒られるわよ?」
「ご当主?あぁ、父は僕に何も言わないよ」
そう言って彼は笑います。
「……ち、父!?」
今、ご当主様の事を父って言った!?
って事は……。
「うん、僕は藤原道孝、藤原斉敬公爵は僕の父だよ」
「ま、まさか次の当主って……」
「……そうだね、僕の事だよ」
そう言って彼――道孝は不自然に視線を落としました。
???
今の間は気になりますが、それどころではありません。
「そ、そうでしたか、それはご子息様に失礼いたしました」
私は深く礼をします。
同じ一族とは言っても、こっちはホンの末端、向こうは次期公爵様です。
立場は比べ物になりません。
「それにしても僕ってそんなにわかりずらいかな?同じ一族の者なら、君のほうが先に気が付いても良さそうだったんだけど?」
「そ、それは」
私は一族の集まりでは顔を伏せている事が多く、あまり他の者の顔を眺める事がなかったのです。
父は多くの一族からどこの馬の骨ともしらぬ異国の血を入れたとして、顰蹙を買っていましたし、私の金髪碧眼はとにかく目立つため、俯いておとなしくしている事が多かったのです。
というわけで次期当主様の顔も碌に見たことがないのでした。
「……まぁ、いいか。それより君――智子だっけ?丁度いいや、僕の婚約者になってよ」
……はい?