僕は婚約者の育て方を間違えた(裏)
「僕は婚約者の育て方を間違えた」の彼女視点です。
賛否両論の雨嵐だとは思いますが、心優しくお読み下さい。
私には二歳の時から婚約者がいる。
鮮やかな空色の髪に、宝石のようなモスグリーンの瞳。
柔らかな笑顔はまるで太陽のようで、とってもステキな王子様。
一緒に遊んで、一緒に勉強した。
それはとても楽しくてしあわせな時間だった。
私は、彼のことが好きになった。
でも、彼はそうじゃないのかもしれない。
「君はホントぶさいくだよね」
「君ってバカだなぁ」
「そんなことも出来ないの?」
「ドレスの方がかわいいんじゃない?」
いつからか、彼はそうやって酷いことを言うようになった。
彼は私よりも賢くてステキだから、きっと悪いのは私なんだ。
「ごめんなさい」
どうすればいいのか分からないまま謝れば、彼はいつも何かを言いたそうな、苦しそうな顔をしていた。
どうしてそんな顔をするの?
私の何がいけないの?
私はどうしたらそんな顔をさせずに済むの?
「大丈夫です、殿下は貴女のことが嫌いなわけではありません」
彼の乳母のマリアにこっそり相談したら、そう言われた。
「殿下は少々お馬鹿さんなので、素直に話せないだけです。貴女に悪い所はありませんよ」
「でんかはかしこいです」
「はい。勉学に関しては優秀な方かと。ですが、思っていることと逆のことを言うようなお馬鹿さんです」
「逆なの?」
「はい、逆です。よく殿下を見てみて下さい」
マリアに言われてから私は彼のことをよく見るようにした。
一緒に遊んでる時。
一緒に勉強している時。
おやつを食べている時。
お茶を飲んでいる時。
それから、悪口を言う時。
そしたら、色々なことが分かった。
走り回るよりも絵本を読む方が好きなこと。
難しい問題を解くのが好きなこと。
甘いものが好きなこと。
紅茶はストレートが好きなこと。
そして、本当は私のことが好きなこと。
苦しそうな顔は、嘘をつくのが苦しいから。私を悲しませるのが苦しいから。
それならどうして思っていることと逆のことを言うのか、その理由は分からないけれど、彼は私のことを嫌いじゃないって分かった。
ううん、むしろ大好きなんだって、知ってしまった。
マリアに話しているのをこっそり聞いちゃったから。
私はとても嬉しかった。
嫌われてなかったことが。
両想いだったことが。
だからもう、悪口を言われても悲しくはなかった。
こっそり聞いちゃったことがバレたら困るから、ずっと悲しんでいるフリをしていたけれど。
その内、私は人を観察するのが趣味になった。
私と仲良くしてくれる人。
私に優しくしてくれる人。
お茶会で悪口を言う人。
私に意地悪をする人。
そしたら、今までと違うものが見えた。
本当は私のことを見下していたこと。
私の家に取り入ろうとしていたこと。
親にそう思い込まされていること。
本当は私と仲良くなりたかったこと。
私は、言葉の裏やその人の心情を見抜くのが楽しくなった。
その人の本音が分かれば怖くない。
警戒すべき人も、親しくなるべき人も、どっちか分かればどうすればいいか決まっている。
悩みが分かれば手を差し伸べてあげればいい。
二心を抱くなら切り捨てればいい。
そうしている内に、彼のこともとてもよく、分かるようになった。
駄目だと分かっているのに、止めたいと思っているのに、小さな意地で変えることが出来ない。
少々意気地なしな彼は最初の一歩が踏み出せない。
そして、優しすぎる彼はそんな自分に苦しんでいる。
どうしようもない、情けない、自業自得だと、そう言われて仕方のない彼だけれど、私はそんな彼のことが愛おしく思う様になっていた。
私に向かって心にもない暴言を吐いた後、悲しんでみせる私に罪悪感を抱く彼の顔が好き。
分かってて自分がそんな顔をさせたのに、それを後悔して罪悪感を抱いているのに、謝ることも止めることも出来ない自分と葛藤しているあの顔を見るのが、好き。
暴言を吐かれるのが好き?
ううん、暴言を吐いて苦しむ彼が好き。
暴言が好き?
ううん、その言葉の裏にある彼の愛情が好き。
だから愛もない、ただ私を傷つけようとするだけの暴言に興味はない。
彼の暴言を愛おしく思うからこそ、それらを恐れる理由がなくなった。
「殿方は女より賢くありたいと思う生き物ですのよ」
「愛される女とはか弱く殿方の後ろに添う人のことを言うのですわ」
「よく言いますでしょう?人は見た目より中身だと」
だから味方のいない留学先でも、変わらずにこにこと笑っていられる。
早く彼の元に帰りたいがために努力した結果、四年の課程を二年で履修し終えた結果がこれだ。
私が努力したのは確かだけれど、どうにもこの国の教育課程は平民と合同でするせいか大きくゆとりを取られており、かける年数の割にはそこまで高度な内容でもない。実際私以外にも早々に履修を終えて卒業する人もいる。過程通りに通う人でも空いている時間に社交や別の勉強などをして大変充実した学生生活を送っている人もいる。
だから私が二年で過程を終えた所で、多少早すぎはするもののそこまで珍しいものでもない。なのにそれをわざわざ取り上げて私を虐めようというのだから、とても、可哀想ーーいえ、可愛い方々ね。
「皆さん、私の為にご心配ありがとうございます。でも、安心なさってください。私よりもずっと殿下は聡明であられますから、殿下をお傍で支える為にはもっと頑張らなくてはと思うくらいですの。殿下の隣りに立つためにも皆さんのアドバイスを糧に、心身共に精進して行くつもりですわ」
心からの笑顔でそう返せば、皆さんは顔色も鮮やかに口を戦慄かせた。
悪意をやり込めたことに特に思うことはない。
むしろつまらなくも思う。
彼ならこの程度の言葉遊びはもっと続けてくれるし、その過程で言ってしまう悪口に後悔する感情や、その言葉の正しい意味の愛に嬉しくて幸せな気持ちになる。
私は素直になれない不器用な彼が好き。
あの悪口の裏にある愛情に触れていたい。
嗚呼、早く帰りたい。
でも、それは私がどれだけ努力しても叶わない。
そもそもこの留学が将来の王妃として他国との繋がりや見識を広げるためのものなので、早すぎる帰国はよろしくないと見られるからだ。
だから学校を卒業しても、社交や観光でもと言われて帰れなかった。
もちろんそんなことで挫ける私ではない。
時間の許す限り、ありとあらゆる人と顔を繋ぎ、各地を回って人徳を得て、一年で出来うる限りの義務を果たし、もうここにいる必要はないと認めさせることに成功した。
三年間、本当に長かった。
その間彼とは手紙のやり取りしかしていない。当然手紙では彼の暴言は聞けないので、私はとても寂しく思っていた。かといってそんなことを書くわけにもいかないので、当たり障りなく模範的なことしか書かなかった。
「お迎えいただき、感謝申し上げますわ殿下。ただいま戻りました」
「ああ、お帰り」
三年ぶりの彼は更に素敵に格好良くなっていた。頭一つ分高くなった背に時の流れを感じてしまう。
「両陛下にも帰国のご挨拶を申し上げに行ってもよろしいでしょうか?」
「その前に、君に伝えたいことがあるんだ」
そう言うと彼は私の前に跪いた。
「僕はどうしようもない人間だった。昔から君を悪く言うばかりで、君を悲しませた。本当にすまなかった。許して欲しいとは言えない。けど、僕はもう心を入れ替えた。これからは絶対に君を悲しませたりしないと誓うよ」
「えっ」
「君に真実だけを伝える。僕は君をとても綺麗だと思うし可愛いと思う。君は努力家で聡明でとても頼りになる。君と一緒にいるととても心が安らぐ」
「え、え」
「既に定められた身だけれど、どうか言わせて欲しい。僕と結婚して下さい」
彼は何を言っているの?
彼はどうして暴言を吐かないの?
彼は、どうして裏のない言葉を話しているの?
背を伝う予感に、愕然としながら私は口を開いた。
「そ、それは、もう罵倒しないという事ですか?」
「そうだよ」
「もう罵らないという事ですか?」
「···そうだよ」
「もうわざと無視したり冷たくしたりしないという事ですか?」
「っぐぅ、そうだよ」
それはつまり、もう意地を張って悪口を言わないということ?
あの罪悪感に苦しむ顔が見れないということ?
あの意地っ張りな愛を聞けないということ?
「もう、二度と···?」
「そうだよ。もう二度と。絶対にしない」
真っ直ぐな彼の瞳が私に真実だと告げている。
裏も何もない。
ただ、真っ直ぐに。
「···んな」
「ど、どうしたんだい?ごめん、僕が悪かった。今までごめん。君が怒るのも分かってる。全部受け入れる。だからどうか泣かなーー」
私は彼の不器用な愛が好きだった。
彼の暴言の数だけ愛されているのだと知るのが嬉しかった。
優しい彼が苦しむほど愛の深さが心地よかった。
私にとって彼の意地っ張りは、愛の証だった。
それなのにーー
「嫌ああぁぁ!どうして止めてしまうの!?止めないで、お願いだから止めないで!」
「ええ?」
「留学中殿下に罵倒されなくてどれだけ寂しかった事かっ、どれだけ殿下のあの冷たい目が恋しかったことか!飛び級すれば早く国に帰れると思ったのにあれやこれや理由をつけられて結局三年もかかってしまったのに!」
ううん、それだけじゃない。
言葉の裏にある感情を読むことが得意になった私は、逆に裏のない言葉が怖くなってしまっていた。
裏があって当然の世界で生きてきたから。ずっと裏のある言葉に晒されていたから。
裏がないことの方が怖かった。
だって、それはーー
「ようやく国に帰って来れて、やっと殿下に冷たい目で見下されながら口汚く罵っていただけると思ったのに!それなのにどうしてっ!」
人目も省みず怯える心のままに、唖然と立ち尽くす彼の足に縋りつく。
「お願いですから罵倒して下さいもっと詰って私を虐げて下さい!お願いだから止めないでぇ!!」
『嫌い』と言われたら、本当に『嫌い』ってことだから。
「先程は取り乱してしまい申し訳ございませんでした」
「いや、大丈夫だよ。君も疲れていたのに僕が悪いんだ」
「そんな······いつものように『目も当てられないくらい醜かったな、まるで豚のようだった』と言っていただいてよろしいのですよ?」
「僕はそんなこと言ったことないんだけど?!」
確かに誇張しすぎました。反省します。
でも不安が大きすぎて、本当にそれくらい言って欲しいとも思っている。
「ちょっと聞きたいんだけど、本当にその、罵倒されて嬉しいの?」
「はい!」
優しい貴方にされるのなら、どんな罵倒も睦言と一緒だと思えるから。
貴方が苦しむその姿ですらも甘露と思えてしまうほどに。
「僕は···一体どうすれば······」
「殿下、責任を取りましょう」
「責任って言われても、元々婚約してるし」
「婚姻だけが責任の取り方ではございません」
「そうです。殿下は変わらず罵って下さればよろしいのです」
「ちょっと君は黙ってて!」
彼がつい言葉を荒らげて私に言う。
久しぶりの、念願の、彼からの暴言に心が弾む。
別にそこまでの暴言でもない、ちょっと語気が強くなってしまっただけの言葉だったけれど、それですらも嬉しくてたまらない。
私を大切に思うからそんなことは出来ない、もうしたくないと思ってくれている。そんな思いが透けて見えるから、嬉しいの。
大切にされていると、分かるから。
「話していいから。さっきは怒鳴ってごめんね」
「いいえ、殿下が謝罪なさることは何一つ。しいて申し上げるとすれば、もう少し冷たく吐き捨てるように言ってくださればと」
絶望にも近しい彼の表情も、それはそれで愛おしい。
それは私を想ってくれているからこそだから。
そう、言わなくていい。わざわざ言葉にしなくても私はきちんと彼の想いが伝わっている。
だからずっとあのままで、素直になれないお馬鹿さんな彼のままでいて欲しい。
裏のない言葉なんて、恐ろしすぎるから。
表が偽りなら裏は大抵本当。その本当が分かれば偽りに騙されることなんてない。そして、絶対じゃないからこその救いもある。
ーーもしかしたら、本当に嫌いなのではないかもしれないって思えるから。
だから、希望のない、裏のない言葉が怖い。
彼は私の手を取って、言葉を連ねた。
「君はとっても可愛い」
「え」
「その柔らかな髪はいつまでも触っていたいくらいにキレイだし」
「え」
「キラキラと輝く瞳もいつまでも見ていられる」
「そっ」
「唇はとっても甘そうだし」
「ひぅ」
「君の笑顔は陽だまりのようで」
「あの」
「頑張っている姿はとても魅力的で」
「まっ」
「後ろ姿を見ると抱きしめたくなる」
「あぅ」
「僕は初めて見た時から君をーー」
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!もうむりぃ!」
耐えきれなくなった私はは自分を抱え込むように抱き、両腕を擦りながらうずくまった。
「優しいだけの殿下なんて、こんな、こんな、甘い言葉しか吐かない殿下なんて······殿下じゃない!鳥肌がぁぁ!」
彼の今の言葉にはどこにも裏がない。
全部本当だなんて、そしたら、それじゃあ、どうすればいいの?
私はもう、裏のない言葉なんて信じられないのに。
「君には床の上がお似合いだね」
「はい!私は今日から床に座ります!」
努めて冷たく素っ気なく言い捨てられれば、水を得た魚のように心が踊った。
心苦しさを押し殺すための冷たい顔も、感情を殺した素っ気ない声も、その全てが愛情に裏づけされていると分かるからこそ、愛おしい。
彼は天井を仰いだ後、深く、大きく、息を吐き出してから私の前に膝をつき、私の両肩に手を置いた。
「責任は取るよ。君をこうしてしまったのは僕の責任だから」
「殿下は悪くありませんわ。それに、私は今の自分も嫌いではありません」
「君がそう思うのならそうでもいいよ。だけど、僕は嫌だ」
真剣な顔から子供じみたむっすり顔をした後、彼は私に顔を近づけた。
「だって、僕は大好きな女の子を素直に甘やかしたい」
「ぴぇ」
綺麗なお砂糖の結晶のような言葉に固まった隙に、彼の唇が頬に触れた。
「君が僕を拒絶する度に、僕は君を甘やかすから、早く慣れてね?」
にっこりと微笑むその顔は太陽のように温かく、同時に仄暗い裏を感じさせていた。
背筋を走る感覚に胸が戦慄く。
いつもと違う。いつもと逆の、その裏に、えも言われぬ感情が胸を締めつける。
「君が僕に甘やかされることに慣れたらその時はーー」
彼の指がそっと私の唇を撫でる。優しく、でも意識せざるを得ない強さでじっくりと。
「沢山いじめてあげるよ。君が満足するまで、ね」
ご褒美があると頑張れるだろう?
なんて、
そんな、
裏があることを匂わせながら言うなんて。
嗚呼、やっぱり私は彼が好き。
「ーーええ、承知しましたわ。殿下」
表しかないような言葉なんて、薄っぺらすぎる。
裏があるくらいが、丁度いい。
「殿下好みに育てて下さいね?」
その言葉の裏には何が隠されているのかしら。
お読みいただきありがとうございます。
今までで一番大暴走したキャラかもしれません。書いても書き直してもMなのかSなのかメンヘラなのか分からなくなる暴れ具合です。これでもマシになったこともご報告致します。
一応、Mではなく実はSという設定をしていたのですが···ご覧の通りです。多分メンヘラが勝ち気味です。
悪い子じゃないんです。好かれているなら丸ごと彼を好きになろうと頑張った結果間違った育ち方をしたみたいな子なんです。
皆さんの期待を(いい意味で)裏切る所かがっかりさせるお話になってしまったかもしれません。そこが少し心苦しく思います。
後、令嬢との裏表のある会話が上手に出来た気がして嬉しいので、裏訳みたいなのをここにのせますね。
「賢しい女は男に嫌われるわよ」
「女は出しゃばらずに男の後ろに着いて行くものよ」
「見た目が綺麗でも中身がそれでは殿下に嫌われるわよ」
(見た目も振る舞いも学力も文句の付けようがないから賢すぎることを逆手に取ろうとするなんて、いえ、そこしか虐める材料がないだなんて可哀想な人達ですわね)
「私の方が殿下よりも賢いと?殿下を馬鹿にしていますの?そんなわけがないでしょう?殿下は私よりも賢いのでそんな事はありえませんわ大丈夫でしてよ。おほほほ。
私は後ろを着いていくのではなく殿下の隣に立つのですから、このくらい大した事ではありませんわ。
だって私は将来の王妃ですから。皆さんのさえずりも踏み台にさせていただきますね」
こんな雰囲気です。中身はアレですが、普通にしていれば完璧令嬢なんです。愛ゆえの努力の賜物です。