あれもない、これもない。
天文9年 8月24日
最近、左衛門大夫に日記を書いていることがばれた。おかしい、読まれないように厳重に隠して、部屋を掃除する者たちには小銭を渡して部屋のものには触れるなと言っておいたのに。だいたい主のプライベートな部分まで入り込んでこないでくれよ。これでも順当ならあと数年もすれば思春期だぞ。そんな風にずかずかと踏み込んできたらあっちゅう間に嫌われて出世できなくなるぞ。
左衛門大夫や普段はそんなことを言わない源ちゃんも見せてくれって言ってきたからふざけんなって言って隠した。そしてもし俺がお前たちより先に死んだら遺体と一緒に焼いてくれって頼んだ。そしたらなぜか不思議な顔をされた。いや、ふつういやだろ。どこに日記を見られたいなんて思うやつがいるんだよ。
そう思っていたんだけど、この時代の日記はそもそも誰かに読まれることを想定したものばかりらしい。儀式とかいろんなことがあったときに子孫に前例としてこういうことがあったおぞって教えるためのものだったり、小説扱いのものだったりするらしい。いわれてみれば土佐日記しかり、更級日記しかりよくよく考えてみたら、こそこそ一人で今日一日の出来事や愚痴を書くなんて個人主義的な感じだもんな。明治に入ってからだろうな。
だとしても嫌なものは嫌だよな。それだけじゃなくてこの日記の内容は現実的に考えたらあり得ないことばかり書いてあるんだもん。後世の人たちが見たら混乱するわ。とりあえずこれまで以上に厳重に管理しないとな。あれ、あれいつからだっけ。あのからくりみたいなのがあちこちに施されている箪笥。テレビか何かで紹介されていたな。あれがあれば戦に出ている間でも隠せると思うんだけどな。
けどこの時代にはどうもまだ箪笥がないみたいなんだよな。あれ、意外と最近のものだったんだな。結構前からあるイメージだったんだけど。あと竹刀もないよな。これは有名だけど実際に剣術の稽古をする身としては早急に作りたいものだよな。木刀だと命にかかわるよな。木刀での剣術の練習中の事故に見せかけた暗殺の一つや二つ、あってもおかしくないよな。いや、犯人バレバレだからそれはないか。でも事故ぐらいはあってもおかしくはないよな。
親父が戦に出ている間にそんなことをしてみたかったけど、適当に流されて終わったんだよな。次の戦はいつだろう。そのころにはさすがにそこそこの権限を行使することができるはずだしな。当分はしなさそうだよな。なんだかんだで今の常陸周辺は微妙なパワーバランスなんだよ。攻めどころの大掾とは和睦しちゃったんだよな。なんで攻めどころのここと和睦しちゃったかなぁ。和睦を破って攻めるのも別に悪くはないと思うんだよな。どうせ戦国時代だし。
だけど和睦を仲介したのが真壁安芸守家幹なのが問題なんだよな。真壁氏は家臣の中でもかなり有力家臣だ。半被官状態に近いのかな。だからここで和睦を破れば裏書人の安芸守のメンツをつぶすことになりかねない。真壁に裏切られたらやばいのは現代人の俺でもさすがにわかる。息子のだけどそれだと戦を仕掛ける相手がいないんだよな。
ほかの候補とすれば笠間・原・千葉・結城かな。だけど笠間は宇都宮の被官。せっかくこの間の戦で味方同士になり、いちおう義理の伯母さんが現当主に嫁いでいるから親父が攻めようと思うはずがない。原は山内上杉の援助を受けているんだよ。だからそう簡単に攻めようって決断できない。北条がもう少し強くなってくれれば、そっちに山内上杉が気を取られているうちに攻めれるんだけどな。千葉に至っては北条と手を組んでいるから攻めたくない。しいて言うなら結城を攻める可能性はあるか。この間の戦でも敵味方に分かれて戦ったからな。だけど明確な戦力差がないから負けた時のリスクを考えるとできないよな。それに古河公方と近しいから攻めれない。北条が出てくる可能性があるからな。何をするにしても北条とか上杉とかが出てきて身動きできないな。
次大きく戦局が変わるとすれば、北条が両上杉を破ったときだろうな。河越城の戦いだっけ。だけどその時って親父はどっちの味方をしていたんだろう。いや、するつもりなのだろうか。どうも過去のものとして学んだものが未来のことってのは慣れないな。古河公方との関係を重視してそっちが味方したほうに付くのかな。少なくとも両上杉家に積極的に味方する理由はないよな。北条とも積極的に味方する理由はないけど。もし両上杉陣営についたらどうしよう。はぁ、何らかの理由で河越城の戦いが起きなかったらいいなぁ。がんばれ、バタフライ効果。ブラジルの蝶よ、テキサスで嵐を起こすのだ。