Zug
少女
死神
男
女子
おばはん
看護婦1
看護婦2
OP
列車の音、
がたんがたん、がたんがたん、がたんがたん
明転
少女が地べたに膝をつけて座り、上体をベンチに預けている。空中にかかげた自分の手を見つめて。
死神、イン。
死神「おいで」
少女と死神の視線が合う。
暗転。
列車の音、
がたんがたん、がたんがたん、がたんがたん
明転
疲れたようなサラリーマンが入ってくる。列車を待っている。少女ベンチに腰掛けている。
男 「ふー…」
少女に気づく男。少女はどこか彼方を見ている。男は隣に座って話しかける。
男 「こんにちは」
少女「…」
はっと気づく少女、
男 「いつもここにいるね。家、このへんなのかな?」
少女「…(じっと見つめる。不思議そう)」
男 「ああ、ごめん。不審者とかじゃないから。大丈夫。って、自分で言ってもあやしいかなぁ。あー…、そう!列車が来るまでお互い暇でしょ?もしよかったら話し相手になってくれないかな、ってな感じ?」
少女、少し迷ってこくんとうなずく。
男 「よかった。思ったより早く着いちゃったみたいでさ。何もすることないな、って困ってたんだ。」
少女「…」
男 「学生さん、かな?」
少女「首をかしげる」
男 「(意図を勝手に察して)あ、ごめん。あんまりお互い聞きあうのも、よくないよね。」
少女「…」
男 「まぁ、僕自身は言っても問題じゃないけどね。男だし?もう結構な年だし?ただのサラリーマンだし。あーあ、なんか残念な気持ちになってきた。」
少女「?」
男 「あ、気にしないで。最近不況続きじゃない?いやーなことあってさ。取引先とあんましうまくいってなかったりさー」
少女「…」
男 「上っ面だけの付き合いだってわかっててもさ、くだらないことばっかにこだわってるちっちぇえ人間ばっかでさ。机上の空論っての?それにばっか頼っちゃってさ。こっちは生活かかってんのに。自分だってそういう時期があったろうに、やり過ごしたら忘れるんだろうな。馬鹿な上司を持つと気にくわないことだらけでやんの。だからってくだんねぇ理想ばっかりじゃん?そのツケが俺たち回ってきてさー。自分のケツぐらい自分でぬぐえっての。」
話しているさなか列車が来る。
がたんがたん、がたんがたん、がたんがたん
少女「…」
男 「って、ごめんね、愚痴ばっかで。」
列車が来る。
がたんがたんがたんがたんがたんがたん
男 「あ…。」
男 「いっちゃったね。」
少女「こくん」
男 「乗らなくてよかったの」
少女「こくん」
男 「そっか。俺もいつもはあれに乗るんだけど、今日は違うから。じゃあ、同じ列車かな?」
少女「…」
男 「そっか、同じ列車かな。俺が言うのもなんだけど、さ。違うといいね。」
少女「…」
男 「こうなってさ、わかるとは思ってなかったよね。くだんない人生だなぁって思ってたけど、こうもまぁくだらないのは、自分こそ、ちっちゃい人間だったからかな」
少女「…」
列車が来る。
がたんがたん、がたんがたん、がたんがたん
男 「あ、来た」
男、乗ろうとする。
男 「乗らないの?」
少女「首を振る」
男 「そっか!なら、よかった。じゃあね」
男、はける。
死神「君ものる?」
少女「首をかしげる」
死神「乗らないの」
少女「悩む」
死神「なら、いいや」
死神アウト
がたんがたん、がたんがたん、がたんがたん
少女、悩んでいるとおばはんが荷物を大量にかかえて入ってくる。
おばはん「はぁー、乗り遅れた!もー、次来るのいつよー。おっと、あんた、ちょっと隣いいかしらね。はぁ、どっこいしょー。」
少女 「…」
おばはん「荷物多くって!もう苦しい苦しい。大事なもの全部持っていきたいじゃない。だからたぁくさん入れてもらったのよ。そしたら、運びきれなくなっちゃって。」
少女 「…」
おばはん「そだ、あんたなんかいる?欲しいものあったらあげるわよ。欲しいものあるでしょ?いろいろ入ってんのよ。おばさんの鞄の中。これなんてどうよ。(にょろにょろ人形)」
少女 「首を振る」
おばはん「いらないの?あっそう。近頃の若い子はなんでも新しくないと気が済まないのねぇ」
おばはん「あたしたちが若いころはなんでも、上の姉さんから与えられるもので我慢したもんよ。まぁそれが嫌だったんだけどねぇ。でも言ってもはしたないって怒られるだけだってわかってたから、言えなかったのね。結婚して家を出てからも、結局は安月給をやりくりして節約して、やっといろいろ手に入るようになったのにねぇ。あっけないわね。」
列車が来る
がたんがたん、がたんがたん、がたんがたん
おばはん「あ、ほら来たわよ。あら、あんたのらないの?じゃあここでお別れね。そうだ。(ぽっけから)ほら、あめちゃん。後で舐めなさいな。昔はとっても貴重だったのよ?なかなか買ってもらえなくて、近所の駄菓子屋に並んでたものを指をくわえてみてたもんよ。今じゃどこにでもあるんだから、まったく贅沢のし甲斐がないわね。」
おばはん「ほいじゃ、行きますか。(荷物を持って)ほれ、ああ、重たい」
死神、イン。死神、おばはんに道を譲る。おばはん、お礼を言ってはける。
少女、飴をみつめる。死神、少女の様子を見てからはける。少女、飴をみつめたまま。
暗転
列車の音
がたんがたん、がたんがたん、がたんがたん
明転
女子、少女の隣に座っている。
女子「私ね、お姫様とキリンさんと先生になるの。それからね、ケーキ屋さんになってママにたくさんケーキを作ってあげるの!ケーキを食べてるママ、すっごい嬉しそうなんだよ。私もね、ケーキ大好きなの。いちごの奴が一番好き!ママと半分こしてね」
がたんがたん、がたんがたん、がたんがたん
列車が入ってくる。シニガミの列車。
女子「もう行かなくちゃ。乗り遅れるとママに怒られちゃう。」
女子、ドアの近くで手を振る。
女子「バイバイ」
死神、イン。女子の頭をなでる。女子微笑みながら、はける。
死神「さびしい?」
少女「…」
死神「いいの?」
少女「?」
死神「行っちゃうよ。いいの?」
少女「…」
死神「一人は辛いでしょ」
少女「…」
死神「行っちゃうよ」
少女「…」
死神「おいで」
近づいてくる死神。少女、首を振る。腕をつかむ死神の手を払う。
死神「ほら、結局、そうやって、時間だけを無駄にして。」
少女、耳をふさぐ。
死神「無駄だよ。見えないふりをしても、聞こえないふりをしても、」
もみあう2人。聞こえてくる声。
看護婦1「ええ?知らないことないわよ。」
死神「時は止まらない」
看護婦の会話が聞こえてくる。
看護婦1「ほら、あの子」
看護婦2「どんな子?」
看護婦1「ほら、半月前に、火事に巻き込まれて。」
看護婦2「ああ、全身やけどしたお嬢さん!わかるわかる」
看護婦1「そうそう!」
看護婦2「ずっと眠ったままなんでしょう?」
看護婦1「そりゃ眠ってたくも、ねぇ。」
看護婦2「え、何?」
看護婦1「体の半分がただれてるでしょ?見るのも嫌だとかで、親御さん一度も面会に来てないそうよ」
看護婦2「あらそうなの?まぁ」
看護婦1「親の顔が見てみたいわよね」
看護婦2「会いに来ないんじゃ見にこれないわよね(苦笑)」
看護婦1「それがさぁきても会わせる顔がないみたいなのよ」
看護婦2「それ、どういうこと?」
看護婦1「実はね、旦那さんが、(小声で)」
看護婦2「ええ!修羅場じゃない!」
看護婦1「それを奥さんが見つけて、かっとなって」
看護婦2「あら、じゃあ、巻き込まれちゃったの?それに」
看護婦1「そうなのよぉ」
看護婦2「かわいそ」
看護婦1「かわいそうよね」
看護婦2「かわいそう。」
看護婦1「一生あのままなのね」
看護婦2「一生。」
看護婦1「一生」
看護婦2「一生?」
看護婦1「一生」
うろたえる少女。両手、両足には包帯がまかれている。
少女「あああああああ!」
少女と死神に戻る。
少女「息をするのも苦しくて」
死神「はかないまでに聡いが故に」
少女「何もなかったと言い聞かせて」
死神「また一つ傷を作っていく」
少女「今を見るより苦しいものはなくて」
死神「幻想を見るのは簡単でも」
少女「ここから消えてしまいたいと」
死神「いとけし影は姿を消す」
少女「わからなければよかったのにと」
死神「崩れた足場を懸命に歩いても」
少女「目をつぶったままでは歩けない」
死神「決して元には戻らない」
少女「なかったことにはできない」
死神「それでも」
少女「それでも」
死神「君は」
少女「私は」
Mカットアウト
少女「私は」
死神「…また、いつか」
死神、はける。
少女「それでも、私は………。」
悲しみのさなか。列車の音。
がたんがたん、がたんがたん、がたんがたん
暗転
明転
病室
床に横になって、目を覚ます少女。上体を起こし、はかなげに顔を上げ、窓の向こうを見る。
看護婦2「きゃっ!せ、先生!」
看護婦2、はける。
少女、ふと、手の中の飴玉に気づく。親指と人さし指の間にはさんで、透かして見える色を覗き込む。
少女 「それでも、私は…私の列車、ここから始まる」
飴を持った手を左手で包み込み大事そうに胸に当てる。
がたんがたん、がたんがたん、がたんがたん
列車の音
暗転
end
元々のお話は高校時代に書いたもの。
脚本に起こすとしたらどうしたらいいかなーと思って、車掌ネタを消して人物を増やしたもの。
岸田さんの脚本が好きで、そんな感じにしたかった奴。
今見ると恥ずかしい。
でも好きな作品。