出会い
誤字報告してくれた方、ありがとうございました!
「疲れた……」
私はぐったりとソファーにもたれ掛かっていた。
ミートさんのパン屋では体力的に疲れたけど、ここでは精神的に疲れた。
既に初めてこの城を見た時のドキドキ感はなく、折角スイートルームのような部屋に案内されたのにテンションも上がらない。
これもあのジョージという執事長のせいだ。
「お嬢様、申し訳ございません。まさかこのような事態になるとは思わず……」
マリエッタが申し訳なさそうに紅茶を私の前に置いてくれる。
ハーブティーだろうか、何だかホッとする。
「持って帰ってきたミートさんのパンを頂戴。それを食べて色々回復するわ」
「かしこまりました」
私はパンを用意するマリエッタを手招きして一緒に食べるようにと指示をする。
マリエッタは「後で頂きますから大丈夫です」と断るけれど私が「今食べなさい」と言うと渋々頷いた。
何だかんだで彼女は私に逆らわないし、私もお嬢様をしているのだと実感した。
「どうせならそんな椅子じゃなくて私の隣で食べればいいのに……」
「いけません。私はお嬢様の侍女です。そこはしっかりと守らさせて頂きます」
「あっそ……」
私はミートさんのパンをちぎり口へ運ぶ。時間は経っているけど、ふわふわで美味しい。
そんな私を見てマリエッタは驚きの顔をしていた。
「何?」
「いえ、『シル』の時もそうやって食べておられるのかと思いまして……」
「まさか、こんな食べ方してたら目立つじゃない。シルの時は豪快に丸かぶりよ」
「ですよね……」
「でも一人で食べているときはこんな感じかもね。身体に染みついてるから……」
そう言って思い出すのはお母様の姿。病弱を理由に社交に出たがらない私に対して「それでも万が一、表に出た時に貴族のマナーや立ち振舞いを知らないで恥をかくのは貴女でしょ?」と言いくるめられて徹底的に覚えさせられたのだ。
そう言えば何故か男性パートのダンスまで仕込まれたっけ……。
「ところでお嬢様。ベールはまだ外さないのですか?マリエッタは早くお嬢様の金色にも似た黄土色の髪と空のように青く澄んだ目をじっくりと見とうございます」
全く、この侍女は……。
私はパンを口へ運ぶ手を止める。
「この後少し外に出たいのよ」
「この後ですか!?お疲れなのでは?」
「疲れてはいるけど、このままじゃ眠れそうにないわ。あの執事長のせいでね。……、ダメ?」
「……、わかりました。ですが私もお供します。それが絶対条件です」
「勿論よ。あのメイド達がまた来ようものなら貴女に追い払ってもらわないとね。私は喋れないのだから」
「お嬢様にとって私は魔除けですか?」
私は笑みを浮かべながら聞こえないフリをして持っていたパンを再び口へ運んだ。
執事長の命令に従って、私の側にいようとする三人を「必要ありません」と一蹴したのは他でもないマリエッタだ。
特に一番しつこかったリリィに見せた笑顔の圧力は凄かった。
私に向けていた笑顔など比べ物にならない。
どす黒いオーラを放ちながら笑顔で「戻りなさい」と言ったあの圧力。あれは怖かった。
「お嬢様、そろそろ行かれますか?あまり遅い時間に行かれるのは感心いたしません」
二つ目のパンを食べ終わったところでマリエッタが声をかけてきた。
私は時計を見て頷く。
「そうね。9時前だし、夜の散歩には丁度いい時間だわ」
「しかし、外と言われましたがどちらに?まさか今更町に戻るなどと……」
「そんな言わないわよ。部屋に来る前に庭が見えたからそこに行ってみようかなって」
「お嬢様がお庭…ですか?」
マリエッタが意外と言いたげな顔をした。
そりゃそうだろう。普段の私なら絶対に行かない。
「だって病弱令嬢がこんな時間に乗馬をするわけにもいかないでしょ?」
「それはそうでございますが……」
「気が向かないならここに残る?」
「まさか!私は常にお嬢様と共に行動いたします!」
そう言ってマリエッタは鼻息荒く外の様子を見るために先に部屋を出た。
庭に出るまでの廊下は運良く誰にも出会う事はなかった。
もしかしたら見張りでもいるかと私達は警戒したのだけれど、取り越し苦労だったようだ。
「素敵なお庭ですね」
マリエッタが庭を眺めて言った。
心地良い風が吹き、花びらが舞っている。
その花びらはまるで桜の花びらのようだった。
ふと、前世の私は桜が好きだったことを思い出す。
私は手のひらに乗った花びらを握りしめた。
「日はもう落ちているのにあかるいですね」
「今日は満月だからね。月の光が幻想的で素敵じゃない?」
「お嬢様、どちらへ?」
「心配ないわ。そこの噴水を見るだけよ」
私はそう言って噴水まで足を伸ばす。
近くで見るととても細かい模様が入っていて美しかった。
スピティカル国は彫刻の国と言うだけのことはある。
私は何気なく水面を眺めた。
そこにはベールを被った私の姿が映っていた。
『この悪役令嬢め――』
執事長の言葉を思い出してため息をついた。
確かにシルヴィアの記憶を思い起こせばいくつか婚約が成立した令嬢とご子息の仲を壊してきたかもしれない。
けれど婚約者を横取りしたとか、陰湿な嫌がらせで苦しめたとか、家の権力を駆使して強引に迫ったとか、そういう類いは一切していない。
そもそも好きで人の婚約話を壊しているわけではない。
私はそんな悪趣味など持ち合わせていない。
「あまりここで長居をすると本当に悪役令嬢にされかねないわね……」
執事長はあの時「次はアルフィード様か?」と言っていた。
つまり、アルフィード様も誰かと婚約をしようとしているのかもしれない。
もしかしたら相手は主人公なのかも……。
「……」
だったらその人を明日の舞踏会に誘えばよくない!?
わざわざ悪役令嬢候補になりそうな私を選ばなくてもいいじゃない!!
あ!もしかしてこれが本で読んだ『強制力』っていうやつ?
乙女ゲームと相性悪い前世の私の影響で悪役令嬢役として引っ張られたのかもしれない。
それなら尚更明日の舞踏会はサクッと終わらさせて、パパッとジャイル国へ帰るのが一番得策だと結論を出した。
私はその場で一人でブツブツとうつむきながら考え始める。
「アルフィード様のパートナー役を何とかしないと駄目よね。あまりアルフィード様にベッタリしていたら相手の人に誤解を生むかもしれないし……」
誤解を生んで更にややこしい事態に巻き込まれるのは避けたいところだ。
やってもいない罪で死刑とか、罰を与えられるのだけは不本意以外何者でもない。
「仮病を使うと舞踏会に出れなくなってしまう上に滞在城に留まらなくてはいけなくなるから……それは嫌よね」
「滞在城にいるよりは舞踏会の方がマシか?」
私のすぐ後ろから声が聞こえた。聞き覚えのない声に違和感を持ちながらも、もしかしたら私の思い込みなのかもと気にしないことにする。
「あんな執事長がいるとこなんてごめんだわ」
「でも舞踏会に行ったらアルフィードのパートナーとして出席しなきゃいけないよ?」
「だから、それを回避する為にこうして考えているのよ」
「アルフィードがそんなに嫌い?」
「嫌いじゃないわ」
「じゃあ、好き?」
「え?それは……」
私は答えに困った。
好きか嫌いかといえば嫌いじゃない。
では好きか?と聞かれても、関わった事がないからわからな……――。
あれ?
どう考えてみてもこれは私の声だけじゃない。
男の人っぽいけど、随分気さくに話しかけてくるとろこを考えると執事じゃないと推測する。
そう言えばマリエッタが近くにいる筈なのに何も言ってこないのもおかしい。
「そうだ!迷子になってその隙に帰るとかどうかな?」
声の主が提案してきた。
間違いない。
誰かが私の後ろにいる。
しかしすぐに敢えて気がつかないフリをして相手の意表をついて振り向こうと決めた。
「子供じゃないんだからそんなの無理よ。私は悪い意味で目立つもの。すぐに見つかっちゃうわ」
「それなら忘れ物をしたから帰るなんてどうだろう?そしてそのまま……」
「それはいい考えね。でもその前に貴方は誰?」
私は彼の言葉を遮り、声が聞こえてきた方へ勢いよく振り向いた。
そこには凛々しい青年が笑顔で立っていた。
サアアア……。
風が私達の間を吹き抜け、花びらが舞う。
彼は銀色の様に輝くクリーム色の髪に私と同じ青色の目をしていた。
花びらが舞う中、優しく微笑む彼の姿にどこか懐かしさを覚える。
でも彼とは会ったことはない。それなのにこの感じは何だろう。
「初めまして、シルヴィア・キー・グレイス嬢」
「貴方は……?」
そう聞き返すと彼は優しく微笑み、私の手を取ってそっとキスをした。
「!」
これは挨拶だ。
わかっている。わかっているけど身体中が熱くなって、心臓の鼓動が早くなる。
嫌なら手を払いのけたらいい。
けれどそれができないのは嫌と感じないからだ。
「貴方は一体誰なの?」
私の問いかけに彼はニッと笑みを浮かべる。
「私はアルフィード・キルス・フォルゼリアです」
はい、やっとこさそれっぽい男性が出てきました!
すみません。途中ミスがあったので、直しました
「アルフィーと組まなきゃいけないよね?」は「アルフィードと出席しなきゃいけないよね?」です