仕返しと朝食
閲覧ありがとうございます。
今回は早めに更新です。
シルの視点となります。
朝、メイドが声をかける前に起きた私達は自分達で用意を済ませて待っていた。
心なしかアルが疲れた顔をしている気がする。
昨日の一件で気を張っていたのかもしれない。
結局私は魔力切れもあって一人爆睡をしてしまったから何も言えない。
というか恥ずかしい……。
「顔色、よくないけど大丈夫?」
アルの声に私はハッと我に返る。
「大丈夫だよ。私よりアルの方が心配。その顔、あまり寝てないでしょ?」
昨日の侵入者の事で気が張っていたのかな?
昨日のあの気持ち悪い男。
あの男は『好感度』とこの世界において不釣り合いな言葉を確かに言った。
彼は知っているんだ。この世界が乙女ゲームの世界だと。
彼も私と同じ世界、同じ時空軸かはわからないけど記憶があるのだ。
どこの誰かは分からないし『味方』とも限らない。
私の役割が分からない以上気を付けなきゃ。
気合いを入れているとアルが笑いながら返事をしてきた。
「俺は大丈夫だから心配しないで」
「本当?」
「うん、本当」
そう言いながら頭をポンポンされる。
嬉しいと思ってしまう辺り、私はすっかりアルにハマっているんだろう。
丁度ノックの音がして私達はメイドを出迎える。
メイドは私達の顔を見るなり「昨日はお楽しみできましたか?」と意味深な言葉をかけてきた。
余程不快な顔でメイドを見ていたのだろう。
メイドは慌てて「昨日お二人は『お楽しみ』をするだろうからと殿下より絶対に部屋に近づくなと言われておりました」と白状した。
私とアルは通りであんなに煩かったのに一人も部屋に来ないわけだと納得する。
いくら魔法をかけていても限界はある。
時空ごと切り離すか時を止めるとかでないと、完全に遮断はできなはずなのだ。
いやちょっと待って、それよりもクラウド様が言う『お楽しみ』って何?
まさかあの男が侵入するって知っていたの?
だとしたらあんまりだ。
「シル、流石にそれはないよ」
私の心を読んだかのようにアルが否定する。
確かにそれならばメイドが赤面しながら言う言葉じゃない。
「シルは気にしないでいつも通りにしていたらいいよ。俺が全部対応するから」
何だろう。アルが怖い。
もしかして、怒ってる?
いつも以上にニコニコ笑顔のアルに恐怖を覚えつつ、私達はメイドに連れられ歩き始めた。
メイドに連れてこられたのは、クラウド様が朝食を取っている場所だった。
アッシュ様が眉間にシワを寄せて隣に立っている。
「おはよう、お二人さん。昨日は楽しめたか?」
ニヤニヤするクラウド様にアルが「ええ、とても楽しめました。何なら今ここで自慢話をしても構いませんよ?」と冷たい笑顔で返事をする。
寒い。
怖い。
帰りたい。
クラウド様はそんなアルから何かを察したのか、笑顔が固まる。
「殿下を前に無礼だぞ!」
「アッシュ、いい。構わない。今のは俺が悪かった……」
吠えるアッシュ様にクラウド様は止めに入った。
そして私達に座るように目配せする。
「クラウド殿下のご命令で、お前達庶民には味わえない洋梨高級料理を特別に用意してやった。マナーなど分からないだろうが有り難く食べるといい」
気にくわないというオーラ全開で言うアッシュ様にアルはニコニコと笑顔を向ける。
「これはこれはアッシュ様、有り難いことです。一生の記念になります」
「そうだろうな」
アッシュ様は当然だと言わんばかりに胸を張った。
「でもよろしいのですか?」
「ん?」
「昨日既に庶民である私達は手に取ることができないような素敵なプレゼントを貴方様から受け取ったのですよ?こんな贅沢許されますでしょうか?」
アッシュ様の表情が曇る。
「プレゼント?アッシュ何か渡したのか?」
クラウド様がアッシュ様に問う。
途端にしどろもどろし始めるアッシュ様。
「やだなあ。とっておきの放電をくれたじゃないですか。バチっとうるさいのを……。ねえ、シル?」
突然のパスに私は慌ててしまい「そうだね~」としか言えなかった。
アッシュ様は「小娘がっ……」と私に怒りの表情を見せる。
私に怒らないでほしい。
というか私に話を振る何て聞いてないんですけど?
「母国に帰ったら皆に教えます。スピティカル国の人が僕達に何をプレゼントしてくれたのか……。そうだ!知り合いの伝で貴族様がいらっしゃるので、そのお方にもお話をするように致しますね」
ご機嫌そうにペラペラとマシンガントークをするアルに、アッシュ様はプルプル震え始める。
可愛そうだけどアッシュ様が私達に嫌がらせ事実だ。
それに頭から庶民をバカにするような貴族を助けようとは思わない。
私は気にせずパンを手に取りそのまま口へ運んだ。
「女!マナーがなってないぞ!」
アッシュ様が私に注意する。
「気にせずに食べろと仰ったのは貴方ですよ?」
アルのこの言葉が留めだった。
アッシュ様が手を上に上げたのだ。
「アル!」
私が思わず叫ぶ。
「やめろ!」
クラウド様の声が響き、時が止まったかのように静かになった。
「アッシュ、お前の敗けだ。後で何を送ったのかきちんと報告するように」
「ですが、こいつらはただの庶民で……」
「俺の客だと言ったはずだ」
クラウド様がアッシュ様を睨んだ。
アッシュ様は「申し訳ございません」と頭を直角に下げて部屋から慌てて出ていく。
アルが残念そうに「逃がしたか……」と呟いた。
相当お怒りだ。
これ以上は色々と問題になりそうだからやめてほしい。
私がそう思っていると、クラウド様が「すまなかったな」と私達に謝ってきた。
「あいつは側近としては申し分ないんだが、利己的なところがまだある。アルフィードによって少しはマシになったが、まだまだだ」
そしてクラウド様は大きくため息をついた。
「あいつがアルフィードの側近、サーガを敵視さえしなくなればもう少しマシになりそうなのだがなあ……」
「ライバルなんですか?」
私の質問に「それだったらまだいいんだが……」とクラウド様は濁した。
後でアルに聞けばいいかと私は言及するのはやめてスープのカップを持ち一口飲んだ。
「スープはこちらのスプーンをお使いください」
案内してくれたメイドが注意してくれた。
こうして私達二人は庶民を演じきり、クラウド様との朝食を切り抜けた。
「この後だが早速クラリスと対面してもらう。これからお前達には日中クラリスと行動を共にし、クラリスが就寝したら俺のところへ来てクラリスがその日に何をし、何を言いっていたか全て報告してほしい」
「具体的にいつまでですか?」
「俺がいいと言うまでだ」
アルと私は顔を見合わせる。
これは逃げるに逃げられないかもしれない。
「それにしても貴族様の監視を私達がすることになるなんて思っても見ませんでしたよ」
「すまんな。何度も言うが今の王宮は猫の手でも他国の人間の手でも借りたい状態なんだ」
クラウド様の目は真面目だった。
私達を騙そうとかそう言うのではない。
「それで?我々の見返りの件は?」
アルの言葉にクラウド様がピクリと反応する。
とても嫌そう。
昨日と雰囲気が違うのはメイド達がいるからかな?
「褒美のことか?」
「違いますよ。そんなもの私達は求めておりません。私が言っているのは彼女の友人達の事です」
そう言ってアルは私の肩に手を置いた。
アルの顔を見ると頷く。
話を合わせてと言うことなんだろう。
「ああ、そのことか」
クラウド様は今思い出したかの様に答え、ベルを鳴らす。
すると、これぞ執事です。と言うような人がクラウド様に紙を渡した。
「お前が探している友人達だが、昨日被害にあった協会にはそれらしき姿はなかったそうだ。また死亡者の中にも相当する者はいなかった。まだ確認はとれていないが、十中八九生きていると考えていいだろう」
それを聞いた私はホッとした。
でもそれと同時に妙な胸騒ぎがした。
ならあの二人はどこへいったのだろう?
「ただし」
「!」
「その男……確かジェフリーと言ったか?」
「はい、私が探しているのはジェフリーとジェニーです」
「そのジェフリーだが、城で騒ぎが起こしたマックスを捕らえてから妙な連中と絡んでいるらしい。もしかしたら今回の協会の事件と関係があるかもしれない」
「まさか!ジェフリーはそんな人じゃないわ!」
「シル、やめろ。クラウド様は話しているだけだ」
アルに掴まれ私は我に返った。
「取り乱しました。お許しください」
「構わん。突然そんな事を聞かされたら友人として怒るのはもっともだ。だが、協会の件と何か絡んでる可能性は高い。今回は死者が出ているんだ。事の次第によっては覚悟はしておけ」
「それはどういうことですか?前回マックスが起こしたと思われる事件と協会の事件が繋がっているということですか?」
アルの質問にクラウド様は慌てて首を振る。
「違う。今のは言葉のあやだ。気にするな」
アルはじっとクラウド様を見た。
沈黙が続き、アルが諦めたかの様に息を吐いた。
「わかりました。この国で起こった事件は私達には関係ありません。追及するなど恐れ多いことです。ただむやみやたらに彼女を傷つけたり、煽ったりするのはやめていただきたい。でないと今回の件、協力しかねます」
「分かった分かった。彼女の前で憶測の事は言わない、だからそんなに怖い顔をするな。アイツを思い出す」
アイツ?
「全く、この非常時にアルフィードの奴は滞在城でシルヴィアと籠りやがって……。友達なら助けろよな……」
クラウド様が愚痴り始めた。
一通りアルフィード様への愚痴を聞き、私達がうんざりし始めた頃にアッシュ様は帰って来た。
そして今度はアッシュ様が標的に変わった。
余程クラウド様はストレスを溜め込んでいるらしい。
解放された私達は、さっきのメイドに連れられクラリス様の元へと向かう。
「明日からはお部屋で朝食を取って頂きます。朝食がお済みになったらそのままクラリス様の所へお向かいください。これがクラリス様の一日の行動スケジュールになります」
そう言って紙を渡される。
朝から晩までみっちり……なスケジュールではなかった。
寧ろざっくりしすぎててどうすればいいかわからない。
自由時間多すぎ。
「読み終わったら処分しますのでお返しください。一応内部調査の結果ですので」
そう言われたので私達は紙を返す。
調査って、それまでクラリス様は本当に『自由』だったということなのだろう。
「行動範囲は昨日アッシュ様から渡された通りでございます。その範囲内でしたらご自由にお巡りください。また現在のクラリス様は外出は禁止、外との交流もクラウド様の許可がおりた者のみとなりますのでくれぐれもご注意ください」
別に驚くことじゃない。
まあ、ちょっと制限がキツいけど、お仕置きされていると思えば寧ろ軽い方だ。
「驚かないんですか?」
メイドに言われ私達はギョッとする。
「いえ、驚く驚かないではなく、何と言うか、凄いなと思ってしまって……」
私の言葉にメイドは「そうなんですね……」と納得したようだった。
「お二人はスピティカル国の人でないからジャイル国とはまた違うのでしょうね」
「ええ、それはもう全然違いますよ」
アルの言い方はすっごいトゲがある気がする。
でもメイドは気にしていないようだった。
「ジャイル国の貴族様達は、きっちりとされているんでしょうね。だから貴方方も理解できないのかもしれません。一部の人間が欲私欲で民ではなく国の財を圧迫しているなんて……」
私とアルは青白い顔で笑った。
頭の中にバカロードとその王達が浮かんだのだ。
寧ろスピティカルよりもひどいです。なんて口が裂けても言えないけど……。
「今陛下達は正常に戻っていますが、クラリス様のせいで陛下達は狂い、何人もの使用人が姿を消しているんです」
陛下達の事は知っているけど、使用人の事は初耳だ。
「町ではそんな噂聞いたこといりませんよ。それよりも待遇がいいとか出世できるとかの話しで持ちきりでした……」
「貴女はこの国で過ごしていたんですってね?」
「ええ、一年半程ですけど……」
「ならば知るわけがありません」
「何をですか?」
「消えた使用人達は今どこで何をしているのか、生死すら不明なのです……」
読んで頂きありがとうございました。
はい。また何やら物騒な展開になってきました。
どこへ行った乙女ゲーム。
気長に次も待っていただけたら嬉しいです。
それでは次回もよろしくお願いします。