耐える俺 その2
閲覧ありがとうございます。
前回に引き続きアル視点の話です。
少しでも楽しんで頂ければと思います。
*前回、アル視点と明記し忘れ申し訳ありませんでした。
「さあ、答えろ。お前は何者だ」
俺の質問にアンリはニヤリと笑みを浮かべた。
「お前とは頭の出来が違うんだ。言っても理解できないね」
アンリはそう言いながら隠しナイフで切りかかってきた。
咄嗟のことに俺はかわす事しかできず、アンリとの距離を取る。
そんな俺をアンリは軽蔑する様な目で見ていた。
「ほーんと、厄介な奴だよお前は……」
「何だと?」
「お前はさ、今も昔も俺にとって邪魔者でしかないんだよ」
「今も、昔も?」
本当に理解ができず俺の問いかけてしまった。
アンリは「そうだよ」と答える。
「まあ分かりやすく言うとさ、素直に流がされたら良いってこと。言われた通りに素直に従うんだ。そうすればお前に幸福が訪れるし、俺も幸せになれる」
どこかで聞いた言葉だ。
「という訳で俺の望みはただ一つ。お前と彼女が別れることってわけ」
「断る」
即答で答えた俺にアンリは舌打ちをする。
「人が下手に出て言ってるのに、何なんだその態度は……」
「約束したんだ。俺の勝手な理由で二度と彼女を泣かせたりしないと」
黒薔薇のカードに従う振りをして距離を取ろうとした俺はシルヴィア嬢を傷つけた。
でも彼女は俺の意思を汲んで再びその手を掴むことを許してくれた。
そんな彼女の手を俺自ら再び離すことなど絶対にしない。
「決めたんだ。もう二度と彼女を離さないと。例えそれが俺の友人を苦しめることになってもだ」
まっすぐ答える俺にアンリは再び舌打ちをする。
そして意味不明なことを呟き始めた。
「隠しイベントってことかよ。一体どこまで好感度が上がっているんだ?一度調べ……?」
突然アンリの言葉と動きが止まった。
どうしたのだろうと彼の顔をじっと見ていると顔から黒い霧のようなものが吹き出した。
「なっ!」
思わず声をあげる。
霧はあっという間に頭全てを覆ってしまった。
首から下がそのままで顔だけが覆われているのは実に気持ち悪い。
「闇魔法か……」
俺がポツリと言葉を漏らすと「ご名答」と声がした。
その声は最早アンリではなかった。
正直ホッとする自分がいる。
やっぱり彼はアンリじゃなかったのだ。
これで思う存分反撃できる。
俺は見構えた。
「ほんと予想外」
顔が隠れているから表情が読み取れない。
そう思っていると、急に男が消え俺の目の前に現れた。
「早っ!?」
何とか前髪をかする程度に済んだが、これはヤバイと冷や汗が溢れる。
奴のスピードがさっきとは比べ物にならないくらい早い。
次はかわせる自信がない。
「いい加減分かれよ。お前と彼女は結ばれない運命なんだ。それがこのゲームのシナリオなんだよ」
ストーリーだと?
俺の中で何かが熱く燃える。
「俺の人生は俺のものだ。誰かに決められるものじゃない」
「たかがキャラクターの分際で生意気な……」
キャラクター?
そう言えば前にもそんな事を言っていたな……。
「余計な事を考えられるほど、まだ余裕があるのかよっ!」
俺は大きな蹴りを腹に入れられる。
かなり痛い。
思わず膝を床につく俺に彼は手を広げ、天からの使者のようなポーズを取った。
「さあ、ここで特別大サービス。お前に一つ最後の選択肢をやろう」
「選択肢だと?」
「そうさ。この世界は選択肢一つで全てが決まるんだよ」
「何だそれ……」
「ただの攻略キャラクターであるお前には理解できまい。だが事実だ。何故なら俺はこの世界のシステムを知っている」
「システム?お前、創造神にでもなったつもりか?」
「まさか。俺は神なんかじゃない。言ったろ?俺はこの世界を知っていると」
顔は見えないが笑っているのだろう。
声が揚々としている。
「この世界の男は全て、ある一人の女の為に存在しているんだ。そしてその選択肢はその女の為にある」
「その女は誰なんだ?」
「それは答えられない。話が変わってしまうからな」
俺は「そうか」とだけ答える。
「さあ選べ。俺の言う通りに動くと。そして幸せを手に入れると」
その言い方だとこれほ選択じゃない。一本しかない道を選べと脅迫しているしかない。
「一応聞くが、俺がもし断ったらどうなる?」
ピクリと彼は反応する。
「その時は残念だがお別れだ。今後の展開に影響は出るかもしれないが、危険人物であるお前を野放しにはできない。ここで強制的に退場させる」
そう言って俺に手を差し出した。
手を取れ。
そう言うことなのだろう。
俺はその手をじっと見つめそして手を払った。
「悪いな。俺は人の手の上で踊るのは好きじゃない」
心外だと言わんばかりの雰囲気を出す目の前の男に俺は笑みを浮かべながら口を開く。
「俺は既に腹黒いタヌキ親父と、何を考えているのか読めない女狐の上で奮闘しているんだ。その上で更に男の手のひらで踊る余裕はないということだ」
「そうか、それがお前の答えか。ならばあの世で後悔するがいい!」
ブウウンと音がしたかと思うと俺の足下に黒い魔法陣が表れれる。
「この模様は、消滅魔法?!だが色が違う」
「ほう、知っているとは流石だな。冥土の土産に教えてやろう。こちらが本物の消滅魔法だ。さあ大人しく闇に消え失せるがいい!」
そう言って男が握り潰そうとしたときだった。
男の真下に魔法陣が現れる。
そして炎が舞い上がった。
「何だこれは!?」
男は炎を消そうと打ち消しの魔法を繰り出した。
そのお掛けで俺の下にあった魔法陣が消える。
「くそ。この部屋には今誰も入ってこられないはず。貴様、何をした!」
「俺は何もしていない」
「嘘をつけ!今ここで魔法が使えるのは俺とお前だけだ!」
「だが俺はしていない」
俺の答えに男が再び魔法陣を放とうとした時だった。
「アルが苦戦してるから相手はどんな奴なのかと思ったら、とんだ変態男なのね」
聞き覚えのある声だった。
そして黒い髪が男の向こう側に見えた。
「シル……」
俺の言葉にシルは気がつき、ヒラヒラと手を振ってくれた。
「外からの侵入はできなくても、中なら関係ないでしょ?それにあれだけドタバタしたら冬眠してる熊だって起きるわよ」
ニッコリ笑う彼女の笑顔が怖い。
相当怒っている。
男はジリジリと後退りした。
「ダメ。逃がさないわよ」
シルは素早く氷の魔法で男を攻撃する。
男は舌打ちをした。
余程シルと対面するのは都合が悪いんだろう。
反撃もせず後退している。
「アル、動ける?」
「ああ。問題ない」
俺はそう言いながらシルへ近づいた。
勿論視線は男から外してはいない。
「アイツ何者?」
シルが小声で聞いてきたので俺は首を横に振る。
シルは「そっか」とだけ答えた。
「でも失礼な奴ってことだけは分かってるわよね」
「ああ、そうだな」
反撃開始だと互いに目配せで合図をし、俺とシルは動いた。
シルが男に魔法で攻撃し、それと共に俺が男に突っ込んだ
そして思いっきり男の腹に蹴りを入れる。
「がはっ!」
「これでおあいこ」
ニッコリ微笑みそして俺は続ける。
「そしてこれが反撃」
俺はそのまま身体をひねり、今度は男背中を殴った。
男はそのまま彼は床へと倒れた。
「さあ、今度こそ貴様の正体を見せろ」
「甘く、見るなあ!」
男は俺の手を払いのけ、窓際へと移動した。
まだあんなに動けるのかと感心していると、男は目の前に何か出す素振りを見せた。
しかし何も見えないし、魔法陣もない。
一体何なのだろう。
「くそ、思ってたより好感度が高いな」
彼は何かを見てそう呟くと窓から飛び出した。
「逃がすかっ!」
俺は後を追おうとしたが、そこにはもう誰もいなかった。
「いない。転移魔法か……」
「ねえアル。あの男、一体何者なの?知り合い?」
「知り合い……じゃない。だが俺をアルフィードだと知っていたし、前にサーガにちょっかいを出した奴だ」
「そんな……」
驚くシルに事のあらましをサーガが乗っ取られた所など一通り説明した。
するとみるみるシルの顔が真っ青になっていった。
「だとしたら私がシルヴィアっていうのも知ってる?」
「ああ確実に知っていると思った方がいいだろうな」
シルの手が震えているのを見て。俺は手を握ぎった。
その手は冷たい。
さっきまであんなに強気だったのに、話を聞いてあの男に恐怖を覚えたのかもしれない。
「逃げる?」
「え?」
「怖いなら逃げていい。俺はどこまでも付き合う。ずっと傍にいる」
そのまま手の甲にキスをした。
一瞬頬を赤らめつつも、シルは小さく「明日……」と切り出す。
「明日クラリス様に会ってから決めるわ。確かめたいことがあるの」
その瞳にはもう恐怖の色は消えていた。
俺が頷くとシルは軽くお礼をいい、そしてその場に座り込んだ。
魔力切れなのだろう。
さっきのは見た目がでかいだけであまり威力のない魔法だが、不意打ちには最適だ。
それにしても、あの程度でこうなるとは『シル』の魔力容量少なすぎだろ。
俺がシルを抱き抱えるとシルは顔を少し赤らめながら小声で言う。
「明日の夜約束があるの」
「約束?」
「うん、実は……」
そう言ってシルを抱き抱えたまま彼女の話を聞いた。
どうやら町で聞いたマールの記憶を持つマシャールと言うメイドと約束をしているらしい。
「その話、信じられるのか?」
「わからない。でも、聞かないといけないことだと思う。それに彼女はさっきの男みたいに禍々しい嫌な気配はなかったわ」
シルは今までシルヴィアとは比べられないくらい小さい魔力の容量で庶民に紛れ今まで無事だったんだ。
それには回避能力がずば抜けていなければ不可能だ。
「だが一人で行くのは危険だ。俺も一緒に行く。それが条件だ」
一瞬シルの顔は驚きを見せるがすぐ笑顔になる。
「よかった。実はちょっと怖かったの」
「なら体力回復の為にも寝ないとな……」
「そうだね」
そう会話をして部屋を改めて見た俺達は唖然とする。
思った以上にめちゃくちゃだった。
「どうしよう……」
「とりあえず俺が魔法で修復するしかないだろ。シルは寝ておけ」
「でも……」
「シルはもしかしてまたキスされたいのかな?」
俺が意地悪な顔をしてシルに問いかけると、彼女はゆでダコの様に顔を真っ赤にして「アルのスケベ!」と叫んでベッドへ潜る。
可愛い彼女を横目に、俺は部屋を元に戻し、近くにあったソファーに腰を下ろそうとした。
「アル、そこで寝るつもり?」
まだ起きてたらしい。
「またアイツが来たら困るからな。俺は見張っておく。シルは気にせずに寝て」
「だめ!」
シルはベッドから飛び降り、俺の腕を強引に掴んでベッドへと引っ張る。
「ちょっ、おい……!」
思った以上にシルの力は凄かった。俺はよろめいて再びシルをベッドに押し倒す形になってしまう。
「あ、えっと……、アルも休まないとダメだから……」
明らかな動揺。
目を泳がせるシルも中々可愛い。
「早く寝ないと俺『狼』になるよ?」
「!?」
顔を更に赤くしてシルは言葉にならない言葉を発する。
そして目を潤ませながら「でもアルにはちゃんと寝てほしいの……」と訴えられた。
俺は意地悪もそこそこにシルの横で寝転び手を取ってキスをした。
「これでよろしいですか?お嬢様?」
「も~、アルの意地悪!」
シルはプンプンと怒りながら背を向けてしまう。
それがまた愛らしかった。
しばらくするとシルからスヤスヤと寝息が聞こえ始め、寝返りを打ちこちらを向き、俺にピッタリとくっついた。
俺はギョッとする。
『始めに戻る』よりも過酷な状態だ。
流石にアイツはもう襲っては来ないだろうが、これは男として試されているとしか言いようがない。
俺は腕にあたる柔らかい感触を紛らわせるために、頭の中で延々と国々の歴史をたどりながらシルが離れる明け方まで耐えることとなった。
読んで頂きありがとうございます。
トータルで前と後ろでアルには耐えてもらいました。
邪魔者が入らなければもっと厳しくしたのですが、そこは作者の性格の悪さ……ということで……。
できるだけ定期的にと心がけていますが不定期で更新申し訳ありません。
次回もよければお付き合いください。