クラウド様の側近
更新遅くなりました。
今回、少し長めとなってます。
お時間がある時にどうぞ。
「それでお前達はどこに向かっていたんだ?」
クラウド様の質問に私とアルは顔を見合せ「さあ?」と答えた。
実際目的の場所なんてなかった。何となく歩きだし、何となく進んできただけだ。
クラウド様はそれを見て呆れ返る。
「何故じっとしていない!」
「止められませんでしたので……」
アルの返事でクラウド様は頭を抱える。
「確かにそうだけど、わかるだろ!普通!」
「私達はこの城の者ではないのでわかりません」
アルが満面の笑みでクラウド様にはっきりと言った。
ああ、これはわざとだ。
理由は分からないけど、アルはクラウド様を挑発しようとしている。直感でそう感じた。
そんなことを知らないクラウド様は素直にイライラした表情を見せる。
これはクラウド様の性格を知るアルだからできることだ。
貴族を挑発するなんて余程のことがなければできない。
特に王族相手など一歩間違えれば首が飛ぶ行為となる。
私も『シル』と『シルヴィア』の2つの顔を持つけれど『シル』の姿でこれはできない。
ならば私がやることは一つだ。
「どうかクラウド様、私達の軽率な行動をお許しください」
私はアルを庇うように前へ出る。
そう、それはまるで非礼をしてしまった恋人を守るかのように……。
「確かに私達は何も言われていないのに行動をしてしまいました。ですが決して他意があったわけではございません」
「ではどういう理由で動いたんだ?」
クラウド様の視線が痛い。
しまった。軽率だった?
でもアルをそのままにしている方が逆に怪しまれるはず。
けれど理由が思いつかない。
私が必死で考えているとアルがスッと私の前に出た。
「実は外へ出た際に彼女の顔色が良くありませんでした。多分あの陰湿な空気に当てられたのでしょう。ですから私から彼女を誘い、あの場から離れたのです」
アルはにっこりと笑い、私の肩に手を置いた。
「ですが確かにクラウド様の言うとおり軽率な行動でした。申し訳ございません」
そう言ってアルは頭を下げる。
クラウド様は「うーん」と唸なる。
「確かに見知った者が犯罪の容疑をかけられ、あの様な姿をしていたのを目の当たりにしたら平常ではいられないだろうな」
クラウド様は「俺もシルの事を考慮しなかった責任があるな」と罰悪そうな顔をした。
クラウド様としてはマックスから新しい情報を得ようとしたようだ。
クラウド様はマックスを疑っていないという訳じゃない。
混乱を招いた理由はクラリス様にあるんじゃないかと考えているようだ。
だから知り合いの私が接触したら話すと思ったんだろう。
結果は特に変わらなかったようだけど……。
「無礼ついでにもう一つだけよろしいでしょうか?」
「何だ?」
アルの問いかけにクラウド様は眉を潜める。
もうやめてくれ。そんな顔だ。
「私達はクラリスの付き人を任せられるとのことですが、このままではお受け致しかねます」
「何故だ?」
「私達は城内を把握しておりません」
はっきりと言うアルにクラウド様は「う……」と言葉に詰まった。
そしてここにきてアルの目的がわかる。
アルはクラウド様から城内の地図を貰う気なのだ。
「私達には適度な行動範囲を知る事が必要です。クラリス様の付き人なのに右も左もわからない、今いる自分の場所さえもわからない。それでは付き人の意味がありません」
アルの言葉にクラウド様は遂に小さくため息を吐いた。
それはまるで諦めたかの様な素振り。いや、事実諦めたのだろう。首を横に振っている。
「どのくらいかかる」
「はい?」
「どのくらいかかるかと聞いている」
クラウド様がイライラしたように聞いてきた。
私は意味がわからなかったけど、アルはすぐにわかったのだろう。
「一晩あれば十分です」
そう言って自信満々な笑みを見せる。
クラウド様は再び大きなため息を吐いた。
「わかった。後で届けさせよう……。ただし、明確なものはやれん」
「それで十分です。ありがとうございます」
アルは満足そうな顔をして深々と頭を下げた。私もそれに続いて合わせて頭を下げたその時だった。
「殿下ー!クラウド殿下ー!!」
廊下の向こうから数人かけてきた。
クラウド様は顔をそちらに向けて「丁度いいタイミングで来たな」と頷く。
誰だろう?
私が首を傾げているとアルがそっと教えてくれる。
「彼はクラウドの側近、アッシュ・クリアだ。長髪で銀色の髪が特徴だよ。多分これから何度か顔を見るだろうから覚えていた方がいいね」
「へえ~……」
「因みにアッシュはサーガ並みに優秀な人物だ。あまり突っ込んだ会話は避けた方がいい。もし、どうしても彼から逃れたい時は強気に出ればいい」
「強気に……?」
「アッシュは異常なまでに腹が弱いんだ。打たれ弱いから精神的に追い詰めたら直ぐに逃げられる。噂ではドMとも聞く」
「面倒な人ですね……」
「ああ。だから十分に気を付けろ。目をつけられるとサーガ以上にねちっこいぞ。あいつは……」
まるで身に覚えがあるような言葉に私は半笑いをした。
そして彼を見る。
長髪で銀髪に赤い瞳。ミステリアスな雰囲気のイケメン。
アルの説明がなかったら純粋に綺麗な人だという印象を受けてしまっただろう。
とりあえずアルが言う通り気を付けよう。
「殿下、そっちの貧相なお二人はどなたですか?」
それを聞いた私はアッシュ様を睨んでしまう。
アルを貧相とはどこをどう見てそうなるの?視力が悪いならサーガさんみたいにメガネをかけるべきだわ。
「この二人は俺が連れてきたアル・キーヴァーとその婚約者シル・アジャンだ。明日からクラリスの付き人にする」
「立ち振舞いからして、どう見ても貴族ではありませんね」
「ああ、貴族じゃない。けれど我が国の人間でもない」
「はあ?」
「彼らはジャイル国の者だ。しかも耐性持ちで魔力もそこそこ持っている。だから異例ではあるが連れてきた」
クラウド様がそう言うと、アッシュ様は『チッ』と舌打ちをした。
それは明らかな敵意。
シルヴィアならともかく、シルで敵意を受けるとちょっと複雑な気分になる。
別にこの人に好かれたいわけじゃないけど、何かモヤモヤする。
『シル』の状態で嫌われる事が殆どないからかもしれない。
「この者達をクラリス様の付き人にするのは危険ではありませんか?」
「クラリス様のことが心配なのですか?」
アルの質問に対して、アッシュ様は「違いますよ」と否定した。
「こんな貧相な庶民に何ができると期待してないんです」
私とアルは笑顔を返す。しかし内面はムカっとしていた。
理由もなく庶民をバカにするものじゃない。それは国、世界関係なく共通認識だ。
庶民は弱い。けれど庶民の数は世界中の貴族を集めても到底及ぶものじゃない。
しかも兵士達の殆どは庶民の出。いくら王族に忠誠を誓っていても庶民を敵にし、親兄弟を打つなど余程の罪人でなければ普通できるものじゃない。
もしそんな事をすればその国は間違いなく傾く。
国は庶民あっての国なのだ。
私とアルの視線が痛かったのかクラウド様は慌てる様にフォローを始めた。
「すまん。アッシュはクラリスの一件以来疑い深くなっているんだ」
「クラリス様の一件とはお話で聞いた舞踏会のことですか?」
「ああ。あの日以来クラリスは完全に変わってしまった」
「多分アレが本性なのでしょう」
アッシュがため息をついた。
「とにかく、クラリスは自分の駒になった神官を使ってまで彼を手に入れようとした。それはいままでにないことだ」
「確かにそれはわかりました。ならば男だけで十分でしょう?女の方はいらないかと」
「俺はシルと離れるなら協力しません」
アッシュ様の提案にアルは私の肩を抱き、引き寄せた。
「婚約者である彼女を一人にはできません」
「だそうだ」
「殿下がそう仰るなら……」
アッシュ様はお腹をさすりながら渋々納得した。
そして私達へと視線を動かす。
「覚えておけ。私はクラウド殿下の側近、アッシュ・クリアだ」
アッシュ様が気を取り直した様に胸を張って自己紹介をする。
それで私達が敬うとでも思ったのだろうか?
私が呆けていると、アルが横腹を軽く突っついた。
私は慌てて挨拶をしようとしたが「さっき殿下から聞いたから必要ない」と断られる。
彼の後ろに控えている人達は自分達の名前を名乗るどころかこちらに視線を向けないでくれと目が訴えている。
これは気分がいいものではない。私は眉を寄せる。
「それにしても見れば見るほど貧相な女ですね」
そう言いながらアッシュ様はニヤニヤしながら私を見た。
この感じ、私は知っている。
「失礼。無意識に声が出ていたようです」
アッシュ様の顔が私の記憶にある貴族の貴婦人達と重なる。
ああ、この人は彼女達と同じだ。
自分の地位に胡座をかき、それが当然だと主張する。
弱い者を見下して自分の居場所を明確にしようとする。愚かな人達。
この人は私の嫌いな貴族そのものだ。
「アッシュ様が仰るのは事実です。そんなにお気になさらないでください」
私の返事にアッシュ様がピクリと反応する。
返事が返ってくるとは思わなかったのだろう。
こんなことで動揺するなんて、弱い証拠だ。
「それよりも気になるのはアッシュ様の体調ですね」
「何だと?」
「どこか悪いんじゃないですか?クラウド様の側近である貴方様が貧相な庶民相手に心の声を出してしまうんですよ?それは尋常なことではありません。違いますか?」
私の返しにアッシュ様は眉をピクピクさせた。
アルは横で笑いを殺している。
「この女狐めっ!」
アッシュ様が私に手をあげようとした。
「やめないか、アッシュ!」
クラウド様がアッシュ様の手を掴む。
「ですが殿下、この女態度が悪いです。クラリス以上です!」
「いいや、今のはお前が悪い」
「しかし……」
「アッシュ、お前は俺の顔に泥を塗る気か?」
クラウド様に強く言われ、アッシュ様は項垂れる。
「シル、すまない」
「気にしないでください。きっとアッシュ様は理想が高いんです」
「そんなことはない。そなたは十分美しい」
クラウド様にガシッと手を握ろうとしたところでアルに手を払われる。
「彼女は私の女です」
アルの重い声が響き、何とも気まずい雰囲気が辺りを包み込む。
空気が重い。
「えっと、因みにアッシュ様が想いを寄せるような女性とはどんなお方ですか?」
私が空気を変えようと出した言葉はこれだった。
「それは気になりますね。彼女(俺の女)を貧相というのですから、アッシュ様の目にかなう人はさぞかし福相なんでしょうね」
アルが怒ってる……。
笑顔だけど明らかに怒っている。
それなのにアッシュ様は「よくぞ聞いてくれた」と目を輝かせた。
「ズバリ、ミステリアスな女性です!」
ミステリアス?
私達の頭には「?」が飛ぶ。
クラウド様ですら理解できないのだろう。私達と同じ顔だ。
「それってもしかしてクラリス様のことですか?」
ある意味クラリス様はミステリアスだし、可愛いし……。
初めて会った時にあんな展開にさえならなければ私は彼女とアルフィード様との関係を応援していたかもしれない。
そのくらい第一印象は衝撃だった。
悔しいけどシルヴィアにあそこまでの魅力があるとは思えない。
「シル?」
アルが私に声をかけた時だった。
「私があんな女に興味を持つわけがありません!」
アッシュ様の強い声に私達は彼を見る。
「いいですか?私が今までお会いした方でミステリアスな女性はただ一人。それは先日のパーティーでいらしたシルヴィア様です!」
私とアルが「はあ!?」と声を上げた。
「お前、腹を下してたからあの場にいなかっただろ!」
クラウド様の突っ込みに私とアルはうんうんと大きく首を縦に振る。
お腹を下していたかどうかは知らないけど会ってはいない。
「実はあの場に私はおりました。片隅にですけど……」
恥ずかしそうに言うアッシュ様。
私達の間に冷たい風が吹く。
「お前いたなら俺がピンチの時に助けろよ!」
「嫌です。私は自分の命の方が大事です!」
悪びることもなくキッパリと答えるアッシュ様。
確かに命は大切です。間違ってない。でも側近としての発言としてはどうだろう?
「それに私の目は彼女に釘付けで、クラウド様の事など見ておりませんでした……」
そう言って顔を赤くする。
それ、駄目なやつだ!と私とアルはここの中で突っ込んだ。
「ベールで顔を隠してはいるものの私にはわかります。彼女は女神です!あの身体のラインに立ち振舞い、そしてどの角度からも絵になるあの仕草。更に言うならばあの堅物鉄仮面のアルフィード様と並んだ時の絵になるという神秘的現象!そんな女性がこのアッシュの心を射止めるのに時間などかかりません!」
一目惚れをしたと言いたいのだろうか。
悪寒がする。
「お前は俺の側近だろ!立場を考えろ立場を!」
「嫌です。私の『忠誠』はクラウド様ですが、『愛』の心はシルヴィア様に捧げます」
「ふざけるな!」
そう言ってクラウド様達は言い合いを始めてしまう。
後ろに控えている人達はどうしたらいいのかわからないのだろう。オロオロし始める。
「おかしいな」
アルが聞こえないくらいの小声で呟いた。
「何か気になるの?」
「ああ。クラウドは確かに単純な奴だ。だがその分察知能力は高い。それなのにアッシュがいたことに気がつかないのはおかしい」
「アッシュ様が嘘をついてるとか?」
「いや、クラウド相手にアッシュは嘘をつかない。そんな関係じゃないはずだ」
その後アルは黙ってしまう。
何かを考えているのか二人をジッと見る。
未だに「シルヴィア様は私が頂きます」とか「シルヴィアに手を出すな」とか言い合っている。
それがどうも引っ掛かって私は二人の間に立った。
「あの、アッシュ様はシルヴィア様はアルフィード様のご婚約者というのを御存じですか?」
私の問いかけにクラウド様とアッシュ様の言い合いが中断した。
「知っていますよ」
はっきり答えるアッシュ様。
クラウド様はハッとして私に話すなとジェスチャーをし始める。
なるほど、婚約解消の話はクラウド様しか知らないんだと思った時だった。
「ジャイル国は情報開示に時間がかかると聞きましたが本当の様ですね」
アッシュ様の言葉に私は勿論、クラウド様も「え?」と固まった。
「シルヴィア様とアルフィード様は既に婚約を解消されたのです」
アッシュ様は自信満々に答えた。
驚く私達にアッシュ様は「おやおや」と首を振る。
「庶民はともかく、殿下まで驚くとは……。まさかお忘れですか?この件の報告者は私の直属の部下、マリー・チャンプですよ?」
マリー・チャンプ?
どこかで聞いた気がする。
どこだったかしら?
「まあ、そうでなくても人の女には手を出さない殿下が急にシルヴィア様に熱を上げ始めましたし、大抵の人間なら想像できるでしょうね」
アッシュ様はまるでこの事を知っているのは自分だけではないと言っているようだった。
「今マリーを問い詰めようとしても無駄ですよ?彼女はもう滞在城にいません」
「いない?」
「はい。この報告を最後に彼女はメイドを辞めました。今はどこにいるかなど私でもわかりません」
それを聞いて私は思い出す。
確かアンリ様が探しているメイドの名前も『マリー』だった。
でも自らの意思で辞めたならアンリ様があんなに必死に探すことはない。
つまり、自らの意思じゃないってことだ。
「もういい。その話は後で聞く。それから少し頼みたいことがある。今から俺の書斎へ来い」
「かしこまりました。私も殿下にお話したいことがありますので……」
その返事を聞き、クラウド様はアッシュ様の後ろにいた人達に声をかける。
いきなりのことで彼らはあわわと慌てながらもピシッと立った。
完全に空気だった彼らは少し安堵の顔を見せている。
「悪いが俺の代わりに彼らを部屋に案内してくれ」
「はっ!かしこまりました」
威勢のいい返事と共に私とアルは促される。
まるで連行される気分だ。
「いいか、彼らは俺の客だ。丁重に扱え。そして彼らには最大の接待と、できる限りの望みを与えるように」
念を押すように言うクラウド様に「最大の接待というのは初耳ですね」とアルが言う。
「クラリスの付き人をしてもらうんだ。それなりの対価だと思ってくれ」
そう言い残しアッシュ様と共に違う方向へと行ってしまう。
「つまり、クラリス様の付き人とはそれだけ危険を伴うということか……」
アルの呟きに私はゴクリと唾を飲み込んだ。
長文なのに読んでいただきありがとうございます。
更新が安定せずすみません。
それでも楽しんでいただければと思いますので、ゆったり付き合っていただければと思います。
では、次回もよければよろしくお願いします。




