滞在城は気が抜けない
読んで頂いてありがとうございます
今回もちょっと長いですけど、お付き合い頂けたらと思います
「お嬢様、着きましたよ」
マリエッタはそう言って馬車から降りる。
私も気が進まないもののここまで来たら降りるしかなかった。
「へえ……、中々立派なものね 」
顔を見上げた私は目の前の古城に感動して声を出した。
流石乙女ゲーム。経験なしでもこの洋風のお城は心をくすぐる。
明るい時間帯に来ていたら、もっとテンションが上がりそうだ。
ボーっと眺めている私を見てマリエッタはクスクス笑う。
「お嬢様が利用されるのは初めてですものね。次回から帰る際には各国にある滞在城に寄られますか?」
マリエッタに言われて私はドレスの裾を持ち上げながら首を横に降った。
「毎回こんな服を着させられるのは面倒だもの」
ふんわりしたスカート、少し高さのある靴。
令嬢にとってこれは当たり前の姿だけど、着なれていない私にとっては面倒でしかない。
「黒いベールで顔を隠して無ければ少しはマシなんでしょうけどね……」
「それは無理でございます」
「わかってるわよ。言ってみただけ」
でも、このベールのせいでどこから見ても悪役令嬢にしか見えない気がする。
主人公になりたいなんて贅沢は言わない。モブ令嬢Aとかでいい。その他大勢の一人になりたい。
「ではお嬢様、参りましょうか」
マリエッタが私の荷物を馬車から取り出して言った。
御者が軽く会釈をして馬車が動き出す。
そう言えばあの御者には覚えがあった。
「今の御者、グリード?」
グリードとは我が家の執事の一人である。
年はもうお爺さんに近いけど何でもこなすパーフェクト執事だ。
「ええ。お嬢様が心配で御者として連れて参りましたわ」
「心配って、どういう意味よ」
「お嬢様が途中で逃亡させないための保険ですわ」
「……」
そうマリエッタに言われ、扇子を渡される。
「またこれするの?」
「勿論ですわ。お嬢様は人前ではお顔を隠し、お話もなさいません。私がお嬢様の顔となり、口になるのです。それが『病弱な令嬢。シルヴィア様』ですわ」
「毎度の事ながら本当面倒ね……」
私はため息をつき、歩き始めた。
『病弱な令嬢、シルヴィア』として生きる。私はお父様に幼い頃にそう言われてずっとそれを演じている。
何故そんな事をしているのか、それは政略結婚を避けるためと庶民に紛れて各国を観察するためだ。
だから人前ではこのベールを被り顔を隠す。
『シル』の時に貴族と会っても気がつかれないように。
髪や目の色もその為に変えている。
そう言う意味では『病弱な令嬢』は確かに都合がいい。
長期間姿を現さなくても誰も疑わない。
頭からベールを被っていても、病気だからと通用してしまう。
「さあ、お嬢様。覚悟してくださいましね」
そう言ってマリエッタが扉を開けると数名のメイドや執事が待っていた。
私もマリエッタも一瞬驚いたけど事前に話をつけていたのだろうか。ベールを被っている私を見ても誰も驚きはしない。
何となく堅苦しい空気に息を小さく吐いた。
「シルヴィア・キー・グレイス様ですね?長旅お疲れ様でございます。私この城の執事長をしております。ジョージ・ハンケと申します。何かあれば何なりとお申し付けください」
ダンディーな雰囲気の執事が丁寧にお辞儀をするけど、どこか胡散臭いと感じた。
私は扇子を広げマリエッタに顔を寄せ何かを告げるフリをする。
「シルヴィア様?」
ジョージは眉を寄せ私の行動に難色を示した。
彼は意外と顔に出るタイプのようだ。
わざとかもしれないけど。
「お嬢様は長旅で疲れていらっしゃるそうです。長々な挨拶は不要ですので即刻お部屋へ案内をお願いしますわ」
「貴女は?」
「わたくしはシルヴィアお嬢様の専属侍女、マリエッタ・グレードと申します。お嬢様にご用意がある時は侍女であるわたくし、マリエッタを通してくださいな」
「明日シルヴィア様はアルフィード様と舞踏会に出られると聞いておりますが?」
「ええ。それが何か?」
「いえ、別に……」
ジョージが私の姿をジロジロと見たのがわかった。
マリエッタが私を隠す様に前に立つ。
「貴方に心配されるいわれはありません。お嬢様をパートナーにお決めになったのはアルフィード様なのですから」
マリエッタがニッコリと笑うと、他の執事やメイドがざわめいた。
そこは知らされていなかったのだろうか。
何となく居心地が悪くなってきて私は扇子を再び開いてマリエッタに呟く。
『やっぱり帰った方がよくない?』
マリエッタはそれを聞いて「ご冗談を」と笑顔で返してきた。
冗談じゃないんだけど。と私は扇子で口元を隠しながら他の執事達へと目線を動かす。
ベール越しだから誰も私の目線に気がついていない。
「あれが噂の病弱令嬢か」
「黒いベールとか不吉ね」
「魔女って本当かな」
「バカ、聞こえるわよ」
「執事長機嫌悪そうだな」
別に彼らの声が大きいとかじゃない。
相手の唇の動きから言葉を読み取るこの特技。いわゆる読唇術を使用しているにすぎない。
前世の時、仲良くなった看護師さんが教えてくれた。
使う機会なんてもうないだろうと思っていたけど、こんなところで使えるとは……。
私は他の執事達にも視線を動かした。
「アルフィード様も趣味が悪いよな?何であんな方を選ばれたんだ?」
「あの程度なら私の方が美人じゃない?」
「あのマリエッタっていう人の方が美人だろ」
「泥棒猫よ」
「そういえばアルフィード様の帰りはいつだっけ?」
「許せない」
途中何か変な風に読み取ってしまった言葉もあったけど、気にしないでおこう。
きっと私の読み間違いだ。
それよりも思わぬ情報に私は笑みを浮かべる。
アルフィード様は今いない。
それなのならばここで立ち話をしているのは無駄だ。
私はマリエッタの肩をつついた。
「お嬢様?」
『アルフィード様は今お留守よ』
それを聞いたマリエッタは一瞬目を見開いた。
私がどこからそんな情報を得たのだろうということだろう。
けれどマリエッタは何も聞かずジョージと向き合った。
「失礼しました。お嬢様は一刻も早くお部屋に行ってお休みしたいそうです」
それを聞いたジョージの表情が勝ち誇ったと笑みを浮かべる。
「ほう?ではアルフィード様へのご挨拶はしないと仰るのですか?」
「いらっしゃらないお方に挨拶はできませんわ。明日改めて致します」
マリエッタがそう言ってニッコリと笑顔で答えるとジョージは眉を動かした。
「何故それを…」
「早くお部屋に案内してください」
マリエッタがジョージに強く言うと彼は嫌々手を上げた。
すると三人のメイドが前へ出てきてお辞儀をする。
たかが部屋へ案内するために三人も必要だろうかと私は疑問に思った。
マリエッタも同じ事を思ったのだろう。怪訝な顔をしている。
しかし、ジョージは私達のことなど気にすることなくメイド達を紹介し始める。
左からリリィ。背が高くモデル体型の美人。
その隣がマリー。背が低く幼い印象を受けた。ちょっと可愛い。
最後がアンリ。背丈は私と同じくらいだろうか?随分中性的な顔をしている。綺麗だけれどね。
「シルヴィア様。お部屋へはこの三人がご案内いたします。また、滞在城に滞在される間シルヴィア様を直接お世話させて頂きます。」
「!?」
ジョージの言葉に私とマリエッタは驚いた。
滞在城で特定のメイドがつく等と聞いたことがないからだ。
私達が固まっているとジョージはニヤリと笑みを浮かべる。
「如何されました?メイドでなく、執事の方がよろしかったですかな?そう言えばシルヴィア様は男を侍らすのがお好きとお聞きしたことがありますな」
その言葉にマリエッタはジョージを睨み付けた。
なるほど、さっきからどうも変だと思っていたらこの執事長は私が嫌いらしい。
『どうやら向こうは私に早く帰って欲しいみたいね』
私がマリエッタに嬉しそうに言うと、マリエッタは眉間にシワを寄せて私を見た。
「そのようですね。ですがこのまま帰られていいのですか?」
『どういう意味よ』
「あの執事のことです。自分に恐れをなしてお嬢様が帰ったと自慢して回るでしょうね」
私はジョージをチラリと見た。
彼はニヤニヤと勝利を確信したかのような笑みを浮かべている。
彼の思い通りになるのは非常に不愉快だ。
『面倒臭いわね』
私はそう呟き扇子をパチンと閉じた。
非常に不本意ではあるが、このまま帰るのはシルヴィアとしてのプライドが許さない。
それを見たマリエッタはクスクスと笑う。
ジョージは自分が笑われたと思ったのかプルプルと震え始めた。
「聞きましたよ。つい半年前にとあるご令嬢とご子息の婚約を壊されたとか……。今度の標的はアルフィード様ですかな?」
ジョージの言葉に私とマリエッタはピクリと反応した。
確かに私は半年前にその件に間接的にだが関わった。結果的に婚約が破棄されたことも知っている。しかし、あれは内密に処理されたはずだ。何故この男が知っているのだろう。
「ジョージとかいいましたね。ジャイル国に戻ったら数々の無礼を報告させて頂きますから、覚えておきなさい」
マリエッタは敢えてその話には触れずにジョージを睨み付けた。ジョージはグッと言葉が詰まる。
「貴女達もいつまでも突っ立ってないで早くお嬢様をお部屋へ案内しなさい」
マリエッタに言われて、メイド達は慌てて「こちらです」と動き始める。
私とマリエッタは後に続いて歩く。
ジョージとすれ違い様、私は彼に睨まれたという事は言うまでもない。
そしてとんでもないことを聞いた。
「この悪役令嬢め――」
悪そうなのが出てきましたね
次回もお付き合い頂けたらと思います