隣にいること
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「じゃあ帰る前に今日の晩御飯を調達しよう」
私に気をつかってかアルの声が明るい。そして目に入ったお店でヒョイヒョイと食材を手に入れていく。
私はそれをボーッと見てるしかなかった。
怖い。
気持ち悪い。
皆が『ロジュア』を知らない。
何で忘れてるの?
どうしてミートさんは刺されたの?
何でマールさんは死んだの?
私は一人で考え込んでいた。
「シル、あまり考え込むなよ」
「アル……」
「大丈夫だ」
「うん……」
アルは私の手を引きながらゆっくり歩いた。
途中ケニーさんと同じくマールさんのお葬式に出る人達と遭遇した。
やはり誰も『ロジュア』を覚えていなかった。
その不気味さが私を余計に震えさせる。
「もしかしてシルはロジュアが好きだったの?」
アルに突然聞かれて私は「何で?」と首を傾げた。
「だって『ロジュア』のこと凄く気にしてるじゃん」
「そりゃするわよ。だって存在してなかったかのように皆言うんだよ?おかしいよ」
確かにロジュアは存在した。
挨拶しても返事しないし、さっさと帰って手伝いもしない。そんな印象しかないけど、間違いなく存在したんだ。
「ロジュアに対して特別な感情なんてないわ。寧ろ私は彼を好きじゃなかったもの」
私の言葉にアルは「それは意外だね」と少し驚いたように答えた。
「私、『シルヴィア』としては好き嫌い結構あるんだけど『シル』としてはあまりそういうのないの」
アルは「うん」と相づちを打つ。
「『シル』は当たり障りがなくて、誰でも仲良くなれるっていうか、友達いっぱいだし」
そう。それはまるで前世の私のようだ。
「わかる気がする」
アルはうんうん、と頷いた。
「でもね、ロジュアだけはダメだった」
声が自然と低くなる。
「別に無理矢理友達になろうとか、仲良くなろうとかそんな事は思ってなかったし、そんな事をしたいとも思わなかったけど。何て言うのかな私はロジュアにだけはあまり近づきたくはなかった」
私は震える。
怖い。
ロジュアを思い出すだけでこんなに怖く思うなんて……。
おかしい。こんなこと今まではなかった。
「もしかしたらそのロジュアって奴、闇の魔法を使うのかもしれないな」
アルがポツリと言った。
「闇の、魔法?」
「ああ。俺も闇の魔法については詳しくは知らない。実在するのかもわからない。ただ『光あるとこには闇がある。闇があるから光があり、光があるから闇が生まれる――』古い文献の一説にもあるくらいだから存在はするんだと思う」
「それって始まりの勇者の話?」
始まりの勇者。よくあるおとぎ話の一つだ。
遥か大昔、この世界は魔王が治めていて世界が闇だった。人々は苦しみ、絶望に明け暮れていた。
そんな中、光と共に勇者が現れ、魔王を討ち果たす。そういう話だった。
「そうそれ。子どもの頃に一度は読むやつ。とは言っても作者によって話が微妙に違うんだけどね。姫が出てきたり、魔法使いが出てきたり……」
そう言って笑う。
「まあそれでも共通するのは『光』と『闇』は相反するもので決して交わらないってことだ」
「それがロジュアと私、どういう関係するっていうのよ」
「だから、光がシル。闇がロジュアってことさ。お互いそこが強いから合わないんだろ」
「私は光じゃないわ」
「そう?俺には十分過ぎるくらい眩しいよ」
「私にはアルの方が光に思えるけど?」
「そうか?俺はどっちかと言えば混沌だと思うけど」
「あ、それわかる。アルってそんな感じかも」
私が笑うとアルは「そんなにはっきり言われると傷つくな」と笑った。
「さ、早く帰って御飯食べよう。お腹空いた」
アルがそう言うと私のお腹が狙ったかのように『ぐうううう』となった。
「私も空いてるみたい……」
二人で笑いながら手を繋いで家へ向かう。
今まで『シル』の時、日中は人に囲まれていても帰るときにはいつも一人だった。
『シルヴィア』とバレたら大変だったから。
けど今は違う。
アルがいる。
彼は私がどちらであっても変わらない。
だって『アル』も『アルフィード』という顔を持っているから。
私達はどちらの顔も知っていて、どちらの顔でも同じように接することができる。
それはとても幸せなことだ。
「ねえ、アル」
「ん?」
「アルは運命とか信じる?」
「運命?」
「そう。運命」
あの日。庭で会った時。運命だと思った。
ずっと待っていたようなそんな気さえした。
アルは……、アルフィード様はどうなんだろう。
「そうだな、俺は運命事態は信じない。でも……」
「でも?」
「運命的な出会いは信じる」
そう言って私の手の甲にキスをする。
「キザっぽい」
私が笑うとアルがムッとする。
「シルから話を振っといてその言い方は酷くないか?」
「格好をつけてなんて言ってないもん」
「格好なんてつけたりしてないし」
「してたよ」
「してない」
「してたもん」
そんな楽しい会話をしていて私は気がつかなかった。
この時、再び黒い影が近づいているということに――。
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