アンリ様、シルヴィアとなる
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更新遅くなりすみません。
「というわけでアンリ、脱げ」
「は?」
アルフィード様に唐突に言われ、アンリ様は驚きの声をあげた。無理矢理服を脱がせようとするアルフィード様に「もうお嫁に行けない!」とか叫んでいる。
「何を勘違いしている?」
アルフィード様はアンリ様の態度に心外だと言わんばかりの表情でサーガさんに「例の物を」と指示を出した。するとサーガさんはどこから取り出したのかドレスを無言でアンリ様に渡す。
「アンリ、今からお前にはシルヴィア嬢になってもらう」
にっこりと微笑むアルフィード様に私達は訳が分からずポカンとなった。
サーガさんが哀れな子猫を見るような目を私達に向ける。
「シルヴィア様のお部屋の扉が吹き飛ばされ、姿を消してから時間がかなり立ちます。ですのでここにいるのもそろそろ限界なんですよ」
「それ、さっき俺が言ったから!」
アンリ様が文句を言うとサーガさんは「口を挟む余裕があるならとっとと着替えてきなさい」と冷たい目線で突き放した。
アンリ様はすごすごと奥の部屋に行く。
それを見送ってからサーガさんは何事もなかったかのように私達に再び向き合った。
「そしてシルヴィア様本人がこのまま表に出てしまっては元も子もないんです」
「サーガ、それはどういうこと?」
マリエッタの問いかけにサーガさんは面倒くさそうに眼鏡に手を当てる。
「貴女は何の為にアルフィード様がシルヴィア様の部屋に転送魔法陣を貼ったと思っているのですか?」
「お嬢様にもう一度お会いしたかった。とか?」
「……、それは否定できませんね。確かにそれもあるでしょう。いえ、それが大半を占めています」
サーガさんの返事にアルフィード様が「お前なあ……」と苛立ちを見せるとサーガさんは誤魔化すかのように咳払いをした。
「いいですか?アルフィード様の目的はシルヴィア様を黒薔薇のカードから守ること。つまり、シルヴィア様を標的から外させることです」
「それがあの魔法陣を貼った理由?だったら初めからそういいなさいよ」
マリエッタの言葉にサーガさんが言い返そうとするのをアルフィード様が止める。
「それはこちらが全面的に悪かった。謝罪する。だがあの時には言えなかったシルヴィア嬢には倒れてもらわないといけなかった」
「私が病弱だと印象づけるためですか?」
「その通りだ」
成る程。事前に知らせなかった時の方がより自然になる。特にマリエッタの慌てぶりを考えるとそれは正解だと私は納得した。
「お気遣いありがとうございます。ですがそこまでしていただかなくともそのくらい自分で何とかしてみせますわ」
「ヴィーちゃんは甘いな〜。それが出来ない相手だから俺達がこうやって動いてるんだよ」
声のする方を見ると部屋の奥から着替えたアンリ様が不機嫌そうな顔で出てきたところだった。
その姿はメイド服とはまた違い、よく似合っている。
胸が異様なまでに強調されていること以外は……。
「まあ、アルは真面目そうに見えて一族の中で一番腹黒いからね。ヴィーちゃんは黒薔薇のカードよりもアルに気を付けた方がいいよ。油断してたら色々と奪われちゃうかも」
アンリ様はニヤニヤしながらアルフィード様の肩に手をかける。
色々奪われる?
意味がよくわからず首を傾げて二人を見た。
「えっと、ご心配ありがとうございます?」
「何で疑問系なの?」
アンリ様が笑いながら返してきた。
だって意味が欲わからないんだらしかたがない。
「もしかしてヴィーちゃんはアルの外面に騙されてる哀れな令嬢!?」
「それはありません」
アンリ様に間髪いれず答えた。
これには皆驚いた顔をして私に注目する。
アルフィード様は格好いい。絶対にモテる。それは間違いない。でも私が手を取ったのはそういう理由じゃない。
けれどうまく説明もできない。
ああ、皆の視線が痛い。
何か言わないと。何か、何か……。
「こ、古代魔法を使える方が悪い人なわけがありませんわ」
「……、え?」
皆の目が点になった。
あ、どうしよう。違った!
私がパニックをおこしかけているとアルフィード様が目を輝かせながら私の手を取った。
「シルヴィア嬢は古代魔法に詳しいのか?」
「く、詳しいかと聞かれたら、一般よりは詳しいです」
「それは本当か!」
うわ、嬉しそう。
アルフィード様の顔を見て私は胸が熱くなった。
「うげ!ヴィーちゃんも古代魔法を知ってる口だったんだ!?」
「成る程、確かにそれならば色々納得いきますね」
何でだろう。納得されてしまった。
サーガさんに「因みにシルヴィア様はどちらで古代魔法を知ったのですか?」と聞かれる。
また何か試されているのかと躊躇しているとマリエッタが私の肩を叩き「今は大丈夫です」と言うので私は安心して答えることにした。
「古代魔法は図書館の本と、王宮の老師様に師事しました。勿論私自身もいくらかは使えますわ」
それを聞いたアルフィード様は「そうか、シルヴィア嬢も老師から聞いたのか」と嬉しそうに頬を赤らめ、アンリ様はサーガさんの横でひきつった顔をしていた。
どうやらアンリ様は老師様が苦手らしい。
「そうそう、アルフィード様が作り出した転生魔法陣はとても美しかったですわ。思わず見とれてしまいました」
「そうか、あれは古代魔法発祥の女神をモチーフにした――」
「ストップ、ストップ、ストォーップ!」
アンリ様がアルフィード様と私の間に入って会話を遮る。
「今は呑気に古代の魔法について語っている場合?違うでしょ!」
「そうだな。すまない。今度時間があるときにゆっくり語り合おう」
「ええ。私でよろしければ是非」
ほんわかと緩やかな空気の中、今度はサーガさんの咳払いが響いた。
「アンリの話を聞いていましたか?今は花を飛ばしている場合じゃないんですよ」
「わかっている」
アルフィード様の返事を「どうだか」と呆れながら聞きサーガさんはアンリ様に近づきまじまじと彼を見る。
そしてある一点で視線が止まった。
「少し盛り過ぎではありませんか?」
「そうかな?」
「まあ、いいでしょう。どうせこれを使うんですからわかりっこありません」
妙に引っかかる言い方をしながら取り出したのは私のベールだった。
「サーガさんいつの間に……」
「ふふ、シルヴィア様は少しガードが甘いですね。気を付けてください。少しの油断が命の危機ですよ」
「その言葉、お前にそのまま返してやるよ」
アルフィード様に言われ、サーガさんはムッとしたけど反発はしなかった。
アルフィード様はサーガさんからベールを受け取り何かを確認するかのようにじっと見つめ、満足そうに頷く。
「よし、後はアンリが声さえ出さなければ誰も気がつかないだろう」
アルフィード様が改めて私とアンリ様を見比べるとその目が曇った。
「アンリ、もう少しその詰め物を取り出せ。邪魔だ」
「ええー?アルまでそんなこというー?」
「詰めればいいというものじゃないだろ。サーガ手伝ってやれ」
そう言われてサーガさんは「は?」という顔になる。
サーガさんもどうすればいいのかわからないらしい。
見かねたマリエッタが「わたくしがしますわ」とアンリ様のドレスに手を躊躇いもなく突っ込こんだ。「キャー」と悪ふざけで叫ぶアンリ様をマリエッタはガン無視し、パッドっぽいのを取り出して余計な部分をサーガさんに渡していった。
その光景はあまりにも作業的で逆にそれが怖かった……。
マリエッタが「こんなものでしょう」と呟き再びアンリ様の胸へと戻す。
アルフィード様それを見て「そんなものだろう」と頷きアンリ様へとベールを差し出した。
するとそれを受け取ったアンリ様の顔色が青白く変わっていく。
理由は簡単。魔力が吸い出されているからだ。
「ねえ、このベール被っても死なないよね?持ってるだけで既にヤバいんだけど……」
その問いかけにサーガさんが何かを思い付いたかのようにアンリ様からベールを取り上げ代わりに手袋を渡した。
「すみません。忘れていました。魔力放出を妨げる手袋です。マシになります」
にっこりと笑うサーガさんにアンリ様は「わざとだろ?」と睨んだ。
「そんなものなくてもアンリの魔力ならせいぜい倒れるくらいだろ?寧ろその方が好都合だ。サーガにでも運んでもらえ」
アルフィード様がそう言うとアンリ様が「こんな物騒なものが平気なのはヴィーちゃんとアルくらいだよ!」と怒った。
「もしこれで死んだらアルを呪ってやる」
ベールを被りながら文句を言うアンリ様に対してアルフィード様は満足そうに、にっこりと笑った。
その顔を見て、『あ、この人何か悪いことを考えている』と感じる。
そしてそれを止めようとしない私は紛れもなく主人公タイプではないと改めて自覚した。
いや、別に主人公になりたいわけじゃないんだけど、やっぱり少し期待したかったというか、何というか……。
「さあ、作戦開始だ」
アルフィード様が声をかけた。
読んで頂きありがとうございます。
毎度の事ながら、更新が不定期ですみません。
ながーーーい目と、ひろーーーい心で待って頂けたら……と思います。
次回も良ければよろしくお願いします。