恐れるもの
更新遅くなりました。
ペースが安定せずすみません。
また、ブックマークありがとうございます。
「ではサーガ、まずは執事長が死んだ件についてだ」
落ち着きを取り戻したアルフィード様がサーガさんに指示をした。
「お待ちください。今何と仰いました?」
アルフィード様に尋ねた私の声が震えているのがわかる。
死んだ?誰が?
ダメ、動揺してはいけない。
私の中で二つの感情がぶつかり始める。
「あれ?アルから聞いてない?実はさっき執事長が死んだよ」
アンリ様がそう答え、それを聞いた私は一瞬で血の気が引いた。
シルヴィアの感情が前世の私の感情に負ける。
そして気がつく。
前世の私は『人の死』に敏感なのだと。
私は唇を噛んだ。
記憶が戻った時、乙女ゲームなんかより冒険的なRPG世界がよかった等と願った私がいた。
それは悪役令嬢が嫌だとか、バッドエンドが嫌だからだと思ったからだと思っていたけど、それは間違いだった。
そうすることで『人の死』から逃れられる可能性が高いと勝手に思ったのだ。
でもそうじゃない。どう考えてもRPGの世界の方が『人の死』がより近い。
今だからわかる。
人と全く関わらず、何の感情もなく生きていくのは不可能だと。
仮に自給自足の生活をしてもどこかで関わる。一人の世界などどこにもない。
それでもこの拒絶するような感情の理由がわからない。
ただ、一つあるとするならば彼女の言う『あの人』が関わっているということくらいだ。
「シルヴィア嬢、大丈夫か?」
アルフィード様の言葉にハッとする。
顔を上げると、皆私を心配そうに見ていた。
「お嬢様、気分が悪いのでしたら奥に行かれますか?」
マリエッタの言葉に私は首を横に振る。
ここで逃げてはいけない。
もし、逃げたらきっと戻れなくなる。
けれどこの震えが止まらない。
「おねーさんの言うとおりだよ。顔色悪いし無理しなくていいんじゃない?」
アンリ様の言葉で私の中で何かが落ちた気がした。
そういえば何故私はここにいることに拘っているのだろう。
この場から退散すれば私はゲームの脇役が確定して、悪役令嬢とは無縁の令嬢となるんじゃない?
そうすれば今までと同じ暮らしが待っている。
お父様に言われるがまま各国を『シル』と過ごし、『病弱令嬢』として変わらぬ暮らしが……。
「シルヴィア嬢……」
アルフィード様が心配そうな顔をしながら私の手をそっと握ぎってくれた。その手が温かくて私は自然と握り返してしまう。
『大丈夫だ』
アルフィード様の唇がそう動いた気がした。
その姿が一瞬誰かと重なる。
でもそれが誰かはわからない。
多分前世の私の記憶の誰かなのだろう。けれど今の私にはそんな事を考えている余裕はない。
今は目の前にアルフィード様がいる。そしてマリエッタも、サーガさんもアンリ様もいるのだ。
今、私は逃げることよりもこの縁を切りたくないと強く思っている。
そもそもあの時アルフィード様の手を取ったのは紛れもない私自身。
これはゲームじゃない。だからリセットもセーブもない。勿論やり直しもできない。
でも後悔はしたくない。
前世の感情が足手まといなら前世の記憶を私の糧としよう。
私はシル・アジャンであり、シルヴィア・キー・グレイスなのだから。
私は顔を上げ、皆を見た。
「取り乱してしまい、申し訳ありません。私は大丈夫です。突然の訃報に驚いてしまいました」
「お嬢様、無理はなさらないでください」
「マリエッタありがとう。でも大丈夫よ」
「誤解の無いように初めに申し上げておきますが、この件ついては隠していたわけではございません。お知らせする時間がなかっただけです」
「サーガさん、わかってます」
私は「ふふふ」と笑いながら返事をした。
サーガさんは眼鏡をかけ直し、改めて私達を見る。
「では、改めて申し上げます。彼の死因ですが、現時点では不明です。しかし外傷がないところを見ると普通ではないと言うしかありません」
「普通じゃないって何なのさ」
アンリ様が頬杖をついてサーガさんに聞く。
「毒殺ならば身体に反応があるはずです。そして魔法であればそこに微弱ながら魔力が残ります。ですがその両方の反応がありませんでした」
「自然死ということか?」
アルフィード様が納得いかないと言わんばかりに眉間にシワを寄せながら聞くと、サーガさんは首を横に振った。
「いいえ、それもありえないと思います」
「何故だ?」
「ドクターに検分を依頼した際、執事長の体に触れた時驚いた顔をしながらつぶやいたのです。『腐敗している』と……」
「腐敗?」
アンリ様が首を傾げた。
それには私も疑問に思う。
確か人が腐敗するにはそれなりの日数が必要なはずだ。
少なくとも執事長がさっき死んですぐに発見されたのならそのスピードはあり得ない。
「念のため発見者の執事とメイド達を騎士達の元で捕縛しておりますが、恐らくそんなに有益な情報は得られないでしょう」
アルフィード様はため息をつきアンリ様を見た。
「アンリ、お前がそこへ行った時、どういう状態だったんだ?」
「んー、俺が執事長の部屋の前に行った時は悲鳴の後だったからね。もう皆集まっててさ、パニックパニックだったよ」
悲鳴。それは私とマリエッタが部屋で聞いたものだろうか?
私がマリエッタの顔を見るとマリエッタも同じ事を考えていたのだろう黙って頷いた。
「で、俺は騎士団がすぐに駆けつけてくれたのを見てここにダッシュしてきたってわけ」
「なるほど、姿を消した怪しいメイドとはアンリの事だったのですね」
サーガさんの言葉にアンリ様がギョッとする。
「マジで?」
「安心しなさい。アンリはアルフィード様のところへ伝令に来ただけだとちゃんと伝えておきました」
サーガさんの言葉にアンリ様は胸を撫で下ろす。
「何だかんだ言って一番動揺したのは貴方だということです」
「うっさいな!しょうがないだろ!俺の目的は別なわけだし、余計なことして目立ちたくなかったんだよ!」
「時既に遅しですけどね」
サーガさんはアンリ様に容赦なく突っ込みを入れていく。
アンリ様はそれに対して「あー!!」と頭を抱えた。
「そもそも俺は彼女達を探してただけなんだよ!どっかの誰かさんのせいで!」
アンリ様はアルフィード様を睨みながら言う。そんなアンリ様に私は「彼女達?」と聞いた。
するとアンリ様はアルフィード様の様子を伺うような表情に変わる。
しかしアルフィード様は無表情のままアンリ様を見ていた。
「んーと、覚えてないかな?俺と一緒に指名された二人のメイド。俺は彼女達を探してたんだよ」
言いにくそうに言うアンリ様に私は記憶を辿る。そう言えばモデルっぽい人と可愛らしい子がいた気がする。
まさか言いにくそうにしているのは彼女達も男……とか?
「ヴィーちゃん、彼女達はれっきとした女性だからね?」
アンリ様が私の心を読んだかのような台詞に私は力なく笑った。
「ですが、何故アンリ様はそのメイド達をお探しに?この滞在城ではそのようなおかしなルールはなかったはずですが……」
マリエッタの言葉にアンリ様は言葉を詰まらせた。
そして何か言いにくそうにもじもじする。
「ヴィーちゃんの部屋の回りをうろついていたらアルに目をつけられて、呼び出しを食らったんだよ」
「俺のせいにするな」
迷惑そうにアルフィード様はアンリ様を睨むとアンリ様は頬を膨らませる。
「いいや、アルのせいだよ!おかげで彼女達が姿を消したんだから!」
「意味がわからん」
「アルが誘ったりするからリリィが張り切って俺が離れなきゃいけなくなったんだよ!」
アンリ様は「着替えを見るわけにはいかないんだから……」と不満そうに言う。
私はリリィと言う名前がひっかかっていた。
どこかで聞いた気がする。執事長に名指して指名されから?
ううん、違う。もっと最近聞いたはずだ。たしかあれは……。
「俺は誘ってなどいない。リリィというやつが怪しかったから問い詰めようと……」
「お待ちください!」
マリエッタが二人の会話を遮った。
アルフィード様とアンリ様は驚いた顔をしながらマリエッタを見る。
私はマリエッタが二人を止めたことで思い出していた。どこでリリィの名前を聞いたかを……。
「リリィなら、お嬢様の部屋に来ました。複数の人物を連れて……」
「何だって!?」
アンリ様が今までにないくらい驚いた顔をしながら声をあげた。
アルフィード様も驚いた顔をしている。
けれど私の心は穏やかではなかった。
これは話していいのかわからない。
いや、話してはいけない気がする。
そんな気がしていた――。
読んでいただきありがとうございます。
次回も良ければよろしくお願いします。
 




