シルヴィアの目覚め
今回はシルヴィアの視点です。
少し長めです。
目を開けるとマリエッタが心配そうな顔をして私の顔を覗き込んでいた。
「おはよう、マリエッタ」
私がそう言うとマリエッタは目を潤ませながら「まだ夕方ですよ」と笑顔で答えた。
どうやら私は二時間ほど眠っていたらしい。その間、マリエッタはずっと側にいてくれたと思うと嬉しい気持ちになるけれど、同時に申し訳なさが溢れてくる。
「心配かけて、ごめんね」
私がそう言うと、マリエッタは大きく首を振った。
「お嬢様は悪くありません」
「でも、びっくりしたでしょう?」
「それは、当然です!」
身を乗り出すマリエッタに私は苦笑いを浮かべた。
そう言えば私はどうやってベッドへと移動したのだろう?
「マリエッタが私を運んでくれたの?重かったでしょう?」
私の言葉にマリエッタは「あ……」と言葉を詰まらせた。
何、その反応……。
「あの私でなく、アルフィード様がお嬢様をここに運んでくださいました。その、お姫様抱っこで……」
「!?」
まだ少し虚ろだった私の頭が一気に冴え渡り、慌てて身体を起こす。しかし身体はまだ寝ていたのだろう。ふらついてしまった。
「お嬢様、まだ動いてはいけません」
「大丈夫よ。眠っていたのは魔法のせいだから気にする必要はないわ」
「だとしても急に起きてはいけません」
「だって……」
アルフィード様にお姫様抱っこされてたのよ?呑気に寝てなどいられない。
早くお詫びをしなければ。
私はそこらの令嬢の様に華奢じゃない。さぞかし重かっただろう……。ああ、最悪。
「それで、アルフィード様は?」
「お嬢様が眠られてからすぐにお部屋へ戻られました」
「そう……」
私は落胆した。
一体私は何を期待したのだろう。考えたらすぐにわかるはずよ。アルフィード様がいるわけないじゃない。
「ねえマリエッタ」
「はい、お嬢様」
「アルフィード様は……、その、何か言っていた?」
「え?」
マリエッタが驚いた声を上げた。
わかっている。こんな事を言ったら私がまだアルフィード様に未練があると言っているようなもの。でも聞かずにはいられない。
ああ、やり直せるならアルフィード様と出会ったところからやり直しをしたい。
そうしたら次はきちんと令嬢をしてみせるのに……。
でもそれは無理とわかっている。これはゲームじゃない。
そう思ったときに私は夢で見た出来事を思い出した。
『全てが狂い始めている。あの人のせいで……』
前世の私が言ったあの言葉。あれは一体どういうことだろう?
そして、『あの人』って誰?
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
マリエッタが心配そうに私の顔を見る。
「ごめんねマリエッタ。気にしないでちょうだい。まだ少し寝ぼけてるだけよ」
無理に笑顔を作ってみせた。
するとマリエッタは複雑そうにしながらも、何かを決心したかのように私を見る。
「アルフィード様はお嬢様の事を愛しておられますよ」
「え?」
突然のマリエッタの言葉に私は反応に困った。
どうしよう。そんなにショックな顔をしている?
私は自分の頬に触れ焦る。
マリエッタは表情を変えずに口を開いた。
「お嬢様が眠られている間、アルフィード様は私に協力しないかと聞いてきました」
「協力?何の?」
「わかりません」
わからない?わからない事に協力してほしいとは難解ね。
「わかりませんが、お嬢様の事は自分が守ると言われました」
マリエッタの言葉を聞いて私の心が騒いだ。
守る?何から?誰を?
「私はアルフィード様に協力することにしました。お嬢様を見るアルフィード様の瞳に嘘はないと思ったからです」
私は何も答えないでいると、マリエッタが頭を下げた。
「勝手な行動をお許しください!」
「何で謝るの?別に悪いことなんてしてないじゃない」
「ですが、お嬢様は怒っておられます」
マリエッタに言われて私はピクリと反応した。
怒っている?私は怒っているの?
ああ、そうか。この胸のざわめきは怒りなのね。
「私は守られるようなか弱い令嬢じゃないわ」
「お嬢様」
そう、病弱と言っても本当に病気じゃない。
アルフィード様はそれを知っている。知っているのに守るとは屈辱だ。
婚約だって、アルフィード様は真剣だった。
そんなアルフィード様を見たから私は婚約を受けた。
そして今日、アルフィード様に嫌われたくなくて婚約を破棄した。
それなのに、私を守る?
そんなに私は頼りないだろうか?そんなに私は信用できない?
ううん、違う。それは私のせいだ。
私が前世の記憶から悪役令嬢を恐れてビクビクして本来のシルヴィアになりきれてなかったんだ。
だからアルフィード様は私に話をせず、守るという手段にでた。
そう、これはアルフィード様に怒ってるんじゃない。私自身に怒っているのだ。
夢の中で『私』が言った。私は私だと。そう、今ならわかる。私と『彼女』は違う。
私はシルヴィア・キー・グレイス。ジャイル国、宰相ダーンの末娘。侯爵令嬢よ。
私は目を閉じて大きく深呼吸をした。
目を開くとマリエッタが心配そうに私を見ていた。
「マリエッタ、アルフィード様は何か言っていた?」
私の言葉にマリエッタは身体を一瞬震わせた。
「何でもいいわ。貴女が思ったまま答えなさい」
「私には特に……。あ!アルフィード様が自分をお嬢様だと思って行動したらいいと言われました」
マリエッタの言葉に私は眉を寄せる。
「アルフィード様を私だと思って行動する?それだけ?」
「はい。それだけです」
どういうこと?
そんなあやふやな事を言われたら相手の行動が読めなくて逆に困らない?
相手がマリエッタだから?
「マリエッタ、他に言われたことは?何か気がついた事とかない?」
「え?他ですか?」
マリエッタは困ったように考え込む。
違和感がある行動はなかったということ?
「そういえば、アルフィード様は部屋から出る際に魔法で私に鍵をかけるように指示され、ご自分とサーガ以外は部屋に入れるなと言われました」
「え?魔法で?言葉じゃなくて?」
「はい。アルフィード様がこう指を動かすと、文字が出てきて……」
そう言ってマリエッタは身振り手振りをしながら話してくれた。
「それは老師様がたまに使う魔法ね。私も一度見せてもらったことがあるわ」
「老師様が使うって、それってすごい魔法じゃないですか。流石が王子様ですね」
「んー、老師様とつくから凄そうに聞こえるけれど、元は口のきけない者の為に作られた魔法なのよ。でも内容の割には魔力を消費するし、色々と面倒だから気軽に使わないのよね」
実際、老師様が子供を驚かす為に遊びで使う程度だし……。
そしてその子供の中に私も含まれる。
そういえばこっそり老師様に頼み込んで教えてもらったけど、一回も使ったことないわ。
もしかしてアルフィード様も同じなのかしら?
「流石お嬢様。相変わらず物知りですわ」
「……、ありがとう」
「ですが、何故アルフィード様はそんな面倒な魔法を使われたのでしょうか?」
「貴女以外の人間に聞かれたくなかったのかもしれないわね」
「お嬢様、それはどういうことですか?」
マリエッタは怪訝な顔をしながら首を傾げる。
「あら、わからない?言葉を話さずそうしたってことは、部屋の外に誰かいたのよ。アルフィード様にとって都合の悪い人間がね」
私の言葉にマリエッタが驚いて声をあげそうになったが、自分から口を抑えた。
ここは寝室だから声は外に漏れないと思うけど、面倒だから私は敢えて突っ込まず流すことにした。
「私、アルフィード様に眠らされたのと同時にアルフィード様は何かした気がするの」
「何かとは?」
「わからないわ。でも、アルフィード様は何かをしたのよ」
私はそう言って辺りを見渡した。
すると部屋の隅に魔力の塊があることに気がつく。
「マリエッタ、これはどうしたの?」
「え?何ですか?」
マリエッタはキョロキョロ見る。どうやら見えないらしい。
仕方がなく私はベッドから離れて魔力の塊へと近づいた。
そっと手を伸ばすと魔方陣が現れた。
マリエッタが「あっ!」と声を上げた。どうやらこの状態なら見えるらしい。
「これは転送魔法陣ね。しかも色々と制限つきの」
「そんなものが何故お嬢様のお部屋に?」
マリエッタは慌てる。
私は魔法陣には触れずにじっとそれを観察した。
「大丈夫。これは片道用よ。こちらからしか行けないわ」
それを聞いたマリエッタは安堵の息を吐いた。
そらゃそうだ。一応私は未婚の侯爵令嬢。その部屋に行き来が自由な転送魔法陣などあまりよろしいものじゃない。
というか、そもそもこんなもの今朝にはなかった。
「ここに入ったのは貴女とアルフィード様だけ?」
「あ、はい」
マリエッタはそう返事をしてから「あっ!」と叫んだ。
「そう言えば部屋から一度出るときにアルフィード様が何か魔法を使ったようでした。私にはわからなかったのですが……」
「貴女に見つかったら止められるから敢えて見えないように細工をされたのね。そんな短時間でこんな素晴らしい物を生み出せるなんて羨ましいわ」
魔法陣はその人の性格が現れると言うけれど、これはもう飾っておきたいくらい美しい。
「ふふっ」
「お嬢様?」
「あ、ごめんなさい。あまりにもこれが美しすぎてつい笑ってしまったわ」
私の言葉にマリエッタは目を見開く。そしてクスクス笑い始めた。
「やっと元のお嬢様らしくなられましたね」
「え?」
「いえ、お嬢様はお嬢様なんですけど、ここ数日少しお嬢様らしくなかったので……」
マリエッタの言葉に私は言葉を失った。
私をよく知るマリエッタは私に違和感を覚えていたのだ。
「でもやはりお嬢様はお嬢様でしたわ」
「マリエッタ、心配かけてごめんね」
私は改めてマリエッタに謝った。
マリエッタは何も言わずに首を横に振った。
「それでお嬢様、これからどうなさいますか?」
「アルフィード様に出るなと言われている以上部屋からは出ない方がいいわね」
「信用なさるんですか?」
マリエッタが少し驚いたように声を出した。
私は頷く。
「私を魔法で眠らせたり、部屋の魔法陣に貴女への対応。普通じゃないわ。きっとアルフィード様にはそうしなきゃいけない何かがあるのよ」
「何か……ですか?」
「ええ。きっとサーガさんもね」
「サーガも……」
私はマリエッタを見て微笑む。
「サーガさんの趣味は理解できないけれど、本当は悪い人じゃないんでしょ?」
「お嬢様……」
マリエッタの目が潤むけど、少しの間があってからマリエッタは私をじっと見た。
「それって、サーガがアルフィード様の側近だからですか?」
「……」
私は誤魔化すように咳払いをした。アルフィード様の側近だからいい人なんて理由は安易すぎたかしら?
「そう言えばサーガから婚約解消の書類を預かりましたわ」
マリエッタはパタパタと部屋から出てすぐに戻ってくる。
「これです」
私は用紙を受け取った。
用紙から微かに魔力の気配がする。
「大丈夫とは思うけど、マリエッタ、少し離れて」
「え?」
「用紙から微弱だけど魔力を感じるの」
マリエッタは驚いた顔で用紙を見た。
マリエッタは何も感じないの?
私はここまでマリエッタの魔力が弱かったかとマリエッタをじっと見つめた。
「そんなに私を見られても、私の魔力に異常はありませんよ」
「でも、ここまで気がつかないのは貴女らしくないじゃない」
「それはそうなんですけど……。でも本当に何も感じないんです」
マリエッタは困った顔をした。
私は用紙を置き、隅の魔法陣をもう一度見る。
何度見ても細かくて美しい。
試しに私は小さい転送魔法陣を作ってアルフィード様の物と比べてみる。
すると、私は明らかにおかしい所に気がついた。
「これ、私の魔力が使われてる」
「本当でございますか!?」
それを聞いたマリエッタの顔色が変わった。
何をそんなに驚くのかはわからないけれど、私しか発動できないようになっているのだ。
「多分、この用紙にも同じ仕組みが組み込まれているはずよ」
私は用紙に自分の魔力を注ぎ込んだ。
すると、用紙が光りだした。
読んでくださりありがとうございます。
どのくらいぶりのシルヴィアだろう……。
ちょっと乙女路線から外れつつありますが、ながーい目で見ていただけるとうれしいです。
次もよければよろしくお願いします。