変わってしまった滞在城
今回はアルフィード視点です。
少し長めです。
俺とマリエッタがシルヴィア嬢を寝かせた部屋から出るとサーガが待ちくたびれたと言わんばかりの表情で立っていた。
「随分と時間がかかりましたね。何か不都合でもございましたか?」
「いや、別に問題ない」
俺の言葉を聞きながらサーガは俺とマリエッタを交互に見る。そんな姿を見て俺は呆れて首を横に振った。心配せずともシルヴィア嬢以外の女性に興味はない。
「シルヴィア様とは婚約を解消した身、あまり誤解を生むようなことはなさらないでください」
「わかっている」
静かに牽制するサーガに俺は同意するとマリエッタが前に出てサーガの胸に指を立てた。
「あら、そう言う貴方の方こそカカシみたいにここでボーっと突っ立って待っていただけなの?」
「失礼な。私はちゃんと仕事をしていましたよ?ほらこの通り婚約解消についての正式な書類を用意しています」
「そう」
マリエッタは素っ気なく答えサーガから書類を受け取った。
何とも気まずい空気が流れる。
この二人の関係が今後どうなるか知ったことではないが、俺とシルヴィア嬢の関係に響かないようにしてほしいものだ。
婚約を破棄させた俺が言うことじゃないかもしれないがな……。
そんな事を考えているとカタンと外から小さな音が聞こえた。サーガを見ると小さく頷く。
外で聞き耳を立てている輩がいることにサーガも気がついていたようだ。
「それで、シルヴィア様のご様子はどうなのですか?必要なら医者を手配しますが?」
「いや、その必要はない。なあ、マリエッタ?」
「はい。お嬢様はジャイル国からスピティカル国までの長距離の移動と昨日の舞踏会によるストレスで持病の発作が出た様です」
「発作?それは医者が必要のないレベルなのか?」
「ええ。念のために薬は常に持っておりますし、命に別状はありません。ただ、症状が久しぶりに出たのでわたくしも少々取り乱してしまいました。もし今後悪化するならばこちらから動かせていただきます」
流れるように出てくる言葉にサーガは「成る程」と呟き怪しげな笑みを浮かべた。
マリエッタが協力関係だと確信したんだろう。
サーガの笑みが怖い。何か企んでそうだが……。
「それならば心配いりませんね。しかし残念です。もう少しシルヴィア様の涙を見ていたかったのですが……」
「サーガ」
「冗談です。二人ともそんな目で見ないでください」
お前の冗談は冗談に聞こえないんだよ。
サーガは誤魔化すように軽く咳払いをし、眼鏡に指を当てた。
「とりあえず、シルヴィア様が倒れてしまった以上、婚約解消については執事長以外には伏せておきましょう。メイド達にはシルヴィア様は長旅の疲労が出て床に臥せっているのでしばらく部屋に籠るとだけ伝達するようにと」
「ついでにシルヴィア嬢の世話はマリエッタ一人で十分だと伝えておけ」
「御意」
そう答えてサーガは部屋から出ていく。
一呼吸おいて俺もその後へと続こうとした。
「サーガが戻ってくるのを待たなくてよろしいのですか?」
俺は黙って頷く。
そして魔法陣を出すかの様に指を動かし、マリエッタの前へと送るとマリエッタの前に文字が現れた。
『俺が出た後、必ず鍵をかけるように』
マリエッタは驚いたように目を見開いた。
この魔法は通常必要のない魔法だし、一般的には知らなくて当然だ。
俺だって老師が使っているのを初めて見てかなり驚いたものだ。
ただこの魔法が面倒なのは長文が書けないのと、書いた後に一度払って消さないと次の言葉が書けないところだ。
後、消し忘れたらずっとその場に残るのも難点だ。
俺は面倒だと思いつつ文字を払って次の言葉を書く。
『俺とサーガ以外絶対に部屋に入れない事』
マリエッタは黙って頷いた。
俺は文字を忘れずに消し、何事もなかったかのように部屋の外へ出る。扉を締めるとガチャリと鍵がかかった音がした。
マリエッタは言われた通りにしてくれたということだ。
俺は扉に妨害魔法を再びかけ、シルヴィア嬢の部屋を後にする。
妨害魔法とは会話がはっきりと聞こえない様にするための魔法だ。
重要会議などによく使われる。
実はシルヴィア嬢の部屋を訪れた時にも扉にかけていた。
彼女が普通に声を発していると思ったからだ。
外部の目が近くにあるならまだしもマリエッタが近くにいるとどうも彼女は気が緩み過ぎている。それだけ彼女を信用し、心を許しているんだろうが今はまずい。
何故ならば今の滞在城は普通じゃないからだ。
妨害魔法を施してない所は危険だと思った方がいい。
以前訪れた時にはこんな居心地の悪い場所ではなかった。いやそもそも滞在城はそういうところではない。
滞在城のあるべき姿は他国にいながらにして自国の空気でいられる場所を提供する場所だ。
それなのに今はそんな欠片は見当たらない。
その原因の一つとして執事長のジョージ以外全ての人間がスピティカル国の人間になっているということ。
そして以前に務めていたジャイル国のメイド達が全て初めからいなかったことになってしまっているということだ。
しかし、表向きは全員ジャイル国の人間となっている。これはもう異常でしかない。
だから俺はこの留学中常に妨害魔法をかけるようにしてきた。
そして今日、シルヴィア嬢の部屋を訪れたときに中の様子を伺う者の気配がはっきりとした。
妨害魔法をかけているとはいえ、マリエッタの声でないとわかると厄介だった。だからサーガはマリエッタを煽って常に言い合いをしていたのだ。
「アルフィード殿下っ!」
突然後ろから声をかけられてハッとする。振り向くと三人のメイドが駆け足で近づいていた。
確か左からリリィ、マリー、アンリだ。確かこの三人は執事長がシルヴィア嬢のお目付け役として指名した者達だ。
このタイミングで出てきたのは偶然か?それとも計ってか。答えは後者だろうな。
「私に何か?」
俺が王子様モードで答えると一番背の低いマリーが顔を真っ赤にしながら口をごもらせる。
「ちょっとマリー、さっさといいなさいよ」
「だって、アンリ……」
「ほら、まごまごしない!あんたが言おうって言ったんだからね!」
アンリがマリーに怒る姿から、二人は仲がいいのだと推察できた。
それよりも気になるのが……。
「二人とも黙ってて。私が言うわ」
一番スラッとしているメイド。リリィだ。彼女は二人を押し退けて前へ出てきた。
ストレートヘアをなびかせ、貴族に負けないくらいの歩きをする姿は自分の容姿に自信がある表れだろう。もしかした没落貴族なのかもしれない。何はともあれ御苦労なことだ。俺にどんなにアピールしても仕方がないのだから。
「突然呼び止めて申し訳ありません。実は私達シルヴィア様が倒れたと聞きましたの」
「ほう?」
リリィは『黒』だな。俺は心の中で思う。
「たまたまマリエッタ様が叫んでいるのをマリーが聞いたんです。ねえ?マリー?」
リリィが笑顔で振り向くとマリーは慌ててアンリの後ろへ隠れた。そして顔を覗かせコクコクと頷く。
その様子を見てリリィが小さく舌打ちをした。そんなリリィをマリーは真っ青な顔で見ている。
「気にすることはない。ただの持病だ」
俺は敢えて素っ気なく答えてこの場から立ち去ろうとした。
長居は無用だ。
「お待ちください。アルフィード殿下!」
リリィが俺の腕にしがみついてきた。そして意図的に胸を押し当ててくる。
鬱陶しい。
俺は迷惑そうな顔をしてリリィを見た。
「あの、実は私聞いてしまったんです。アルフィード様とシルヴィア様が婚約を解消したと」
「へえ……」
俺は目を細めた。
あの時聞き耳を立てていたのはこの三人ということか?
いや、違う。
聞き耳を立ていたのはこの三人じゃない。もしこの三人ならばわざわざ部屋から出てきた俺に近づくはずがない。
いや、逆だな。立ち聞きしていたのがこの三人だと思い込ませたくて近づいてきたと考えるべきだ。
「わたくしはわかっておりました。アルフィード様がシルヴィア様と婚約したのはクラリス様が無事にクラウド様と別れ自由の身となれるようにするためだと」
リリィの言葉に俺は頭を押さえたくなった。執事長もだが何故そこまでクラリス嬢と俺をくっつけたがる?
まさかこんな城のメイドにまで魅了魔法がかかっているのか?いいや、そんなはずはない。魅了魔法はその者と接触しなければかからないはずだ。
「悪いが離してくれ」
俺はリリィの腕を振り払おうとしたが、リリィは俺の腕を離さない。
「いいえ、離しません。アルフィード様はクラリス様と結ばれる運命なんです!アルフィード様が誓うまで離しません!」
それを見ていたマリーとアンリは慌ててリリィを抑え、俺から無理矢理引き離した。
「何するのよ!離しなさい!」
「バカ!アルフィード殿下に無礼でしょ!身の程を知りなさい!」
「そうだよリリィ!ダメ!」
二人に抑えられてリリィは唇を噛み、アンリとマリーを睨む。
マリーは小さく声を上げるが必死にリリィを止めている。
この二人の間に何かがあるのは確定だな。
「お前たち、後で私の部屋にくるように」
俺がそう言ってその場を後する。後ろでリリィとアンリが揉めている声が聞こえた。
さあ、リリィとマリー、どちらをつついたらボロを出すだろうか。
俺はそんな事を考えながら俺の部屋へと急いだ。
読んでくださり、ありがとうございます。
次も良ければお付き合いください。