マリエッタの葛藤
今回はマリエッタ視点です。
少し長めです。
私マリエッタ・グレードは、我が国の第二王子であるアルフィード・キルス・フォルゼリア殿下を前にして悩んでいた。
私が心からお慕いし尊敬するシルヴィア・キー・グレイスお嬢様はアルフィード・キルス・フォルゼリア殿下の魔法により眠っている。因みに私の立場だと本来は一回一回フルネームでお呼びするのが正しい。
けれどお嬢様はやはりお嬢様だし、アルフィード殿下はお嬢様から『アルフィード様』とお呼びするように言われている。
そもそもアルフィード殿下をアルフィード様とお呼びするきっかけは6年前のお茶会にあった。あの日の出来事以来お嬢様は頑なにアルフィード様を『殿下』とは呼ばない。だから私もそれに倣う形でアルフィード殿下をアルフィード様とお呼びするようにした。
でも私は知っている。
それより以前からお嬢様は王子の中でアルフィード様だけを認め、見ていたことを。
何故ならば旦那様がアルフィード様の話をしている時、お嬢様はまるで自分の事のように目をキラキラさせて話を聞いていた。
そのことは恐らくお嬢様は気がついていない。お嬢様は自分の色恋沙汰には本当に鈍いのだ。
だからこそ、今回の舞踏会はお嬢様にとって素晴らしいものになると思った。
それなのに……。
「理由はどうあれ、お嬢様を泣かせた貴方様を信じろというのですか?」
私の問いかけにアルフィード様は少し困った顔をした。
確かにアルフィード様は整った顔をしている。ご婦人達はお妃様の事もあって嫌っているように見せかけているけれど実は狙っていたりするし、お嬢様と同じ年代のご令嬢達の間でだって密かに人気だったりする。
勿論これはお嬢様には話していない。話す必要もない。だってお嬢様以上に素晴らしい令嬢はいないからだ。
だが、他の貴族はそれに気がつかずお嬢様を『病弱だ』『役立たずだ』『引きこもりだ』と馬鹿にしている。
だからアルフィード様がお嬢様を選らばれたと知った時には私の中でアルフィード様の株がこれまでにないくらい上がった。
ただアルフィード様は私の好みではない。
好きか嫌いかと問われればむしろ嫌いだ。
どうしてかはわからないが、多分完璧過ぎるのが気に入らないのだろう。
そもそもどれほど美しい容姿を持っていても、旦那様が褒めるくらい頭がよくても自分より年下という時点で駄目だ。
その原因はあの陰湿眼鏡がいるからだと理解しているけれど今はその眼鏡を思い出すだけで腹立たしい。お嬢様を泣かせた落とし前は後でキッチリ償ってもらうつもりだ。
「信じろとは言っていない。協力をしないか?と聞いているんだよ」
強制しないけど、断れないような圧力。
流石は王族というものなのだろうか?けれど私がそんな事で屈したりはしない。
「誤解があるようですが、一昨日貴方様の用事を承ったのはお嬢様のためです」
「そんなことは知っている。君は昔からシルヴィア嬢が何よりも優先事項じゃないか」
まるで昔から知っている。と言わんばかりの答えに私は眉を寄せる。
「逆に君が誤解しているようだから言っておこう。これは命令じゃない。問いかけだ」
アルフィード様の声が癪に障る。
何故こんなにイライラするんだろう。
何故私は素直にこの人の言葉を受け入れられないのだろう。
「わたくしが協力しないと言ったらどうなさるのですか?」
「別にどうもしない。ただ、俺が良いというまでここにいてもらう。今の俺に余計な者まで守る余裕はないからな」
「お嬢様は余計だと仰るのですか?」
「違う。シルヴィア嬢のことじゃない。彼女は俺の全てをかけてでも守る一人であって、余計な者になるなんて絶対にあり得ない」
力強く答えるアルフィード様を私は複雑な気持ちで睨む。
お嬢様を傷つけておいてこの男は何をぬけぬけとお嬢様を守るとか言っているんだろうか。
まあ、お嬢様を余計な者扱いしたらそれこそ絶対に許さないけれど。
「成る程。その言い方、わたくしが余計なお荷物というわけですね」
私の嫌味に対してアルフィード様は肯定も否定もしないで黙っている。
やっぱりかとアルフィード様をすまし顔で見ているとアルフィード様は表情を変えずに口を開いた。
「君を守るのは俺の役目じゃないからな」
「……、は?」
呆気に取られて変な声が出た。
アルフィード様はそんな事を気にすることなくお嬢様を優しい眼差しで見た後、今度は険しい表情をしながら私の顔を見た。
「余計なお喋りはここまでだ。さあ、あまり時間がない。どうする?協力するのか?それともここにいるのか?」
私はその場から動かずに眠っているお嬢様の顔を見た。
今朝の様に悪夢を見ている様には見えない。
お嬢様の側にいたい。だが、それはお嬢様は望まない。
お嬢様ならこう言うはずだ。
『アルフィード様の力になりなさい』
……と。
私はグッと手に力を入れてアルフィード様に向き合う。
「わたくしが協力することでお嬢様の助けになるなら協力します。ですが、お嬢様を更に傷つけると言うならば御断り致します」
「シルヴィア嬢を傷つけたりは絶対にしない」
アルフィード様の迷いのない返事に私は黙って頷いた。
一度だけ信じてみよう。
それで約束を破ったらお嬢様を何がなんでもこのお方から引き離してやる。
「それでわたくしは何をすればいいのですか?」
「俺に合わせてくれればいい」
「は?」
合わせるって何を?という顔をしていると、アルフィード様は「なあに、簡単なことだ」と笑みを浮かべながら答えた。
「俺の事をシルヴィア嬢だと思って動いてくれるだけでいい」
「!?」
衝撃を受ける。とはこういうことだろうか?
アルフィード様とお嬢様は全く似てもいないし、血縁者でもない。それなのに一瞬アルフィード様にお嬢様の顔が重なった。
そしてわかった。何故私がここまでアルフィード様に苛立つのか。何故アルフィード様にこんなに悔しい想いになるのか。
「お嬢様を傷つける者は王子ではあってもわたくしは許しません」
「心に留めておこう」
釘を打つように言った私の答えにアルフィード様は静かに返事をした。
『悔しい』
私は胸の前で拳を作る。
どうしてこんな気持ちになるのかわかった。
私はお嬢様を焚き付けてアルフィード様とお似合いだとか言っていたけれど、本当は認めてなどいないのだ。
お二人の気が合うのは確信していた。けれどそれ以上になることは絶対にない。そうとも思っていた。だってお嬢様は鈍いのだから……。
だからお嬢様がアルフィード様の婚約の話を受けた時はショックだった。
それだけじゃない。
初対面にも関わらずお嬢様にとってのベストな対応をしたアルフィード様に正直嫉妬さえした。
お嬢様に送られたドレスも完璧だった。
お嬢様は気がついていなかったようだが、白バラが所々に刺繍してあった。滞在城の人間に運ばせたくないアルフィード様の気持ちがわかったのだ。
サーガは男だから淑女の部屋に無断で入れない。だからと言って執事長の息のかかったメイド達に運ぶことは困難だろう。
だからアルフィード様は私を選んだ。お嬢様が私を信用しているのを知っていたから。
「アルフィード様」
「何だ?」
アルフィード様が何かの魔法を部屋にかけながら答えた。
お嬢様ならこの魔法がわかるだろうか。
「マリエッタ?」
声をかけたのは私なのに言葉がでない。
何も答えない私を見てアルフィード様は静かに微笑む。
何か嫌味の一つでも言ってくれたら、完全に嫌いになれるのに……。
「そうそう。さっきのお前を守る役目という話だが、それは今外でイラついている陰湿眼鏡だと俺は勝手に思っている」
「え……?」
「あいつはあんな性格だから誤解されやすいがな」
クックッと笑うアルフィード様に、釣られて笑ってしまう。
「わかってます。サーガは昔からそういう男ですから」
忠誠を誓ったアルフィード様の敵となる者は如何なる犠牲を払ってでも排除する。サーガはそう言う男だ。だから、怒りを覚える。
「いや、俺が思うにサーガと君は良く似ていると思うぞ」
「わたくしはドSではありません」
「いや、そこじゃなくて……」
「冗談です。わかっていますよ」
私もサーガも忠誠を誓った相手を第一に考えている。
私がアルフィード様に嫌な感情があるように、サーガもお嬢様に同じ事を思っていたのだろう。
「でも、お嬢様を傷つけたのは許しません」
「なら、一発叩いてやればいい。俺が許す」
その言葉を聞いて、やっぱりこの人を心から嫌うことはできないと思った。
だから少し困らせたりするのは許されると思う。
私は口元を緩めてアルフィード様に話しかける。
「将来、アルフィード様とお嬢様の間に生まれたお子様はわたくしとサーガが責任を持って面倒を見ますのでご安心ください」
「子ども?……と言うことは俺とシルヴィア嬢が……」
アルフィード様は何を想像したのか赤面する。
そしてそれを誤魔化すかのように咳払いをし、目を座らせながら「お前達が面倒を見るのはやめてくれ。我が子の将来が色々と心配になる」と言われた。
予想していた言葉とは全く違った事に驚いてしまい、現時点でそれは無理だと突っ込みを入れるタイミングを逃してしまった。
そう、その前に部屋の扉は開かれてしまったのだ。
読んでいただきありがとうございます。
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