ここは乙女ゲームの世界!?
読んで頂きありがとうございます
楽しんで読んでいただければ!と思います
「シル、具合はどうだい?」
「ミートさん!」
入ってきたのは褐色の肌に赤い髪と目をしたゴツい体型の女性だった。
この人がこのパン屋の店長、ミート・ブレイクさん。
筋肉をこよなく愛していて何かあれば筋肉の自慢をしている。ただそのせいでよく男性と間違えられるのは最早しょうがないとしか言いようがない。
けれどもその見た目とは裏腹にパンの腕は超一流で一度ミートさんのパンを食べたらもうそのパンの虜になると言っても過言ではない。勿論私もその一人。
ミートさん曰く繊細なパンを作るには美しい筋肉が必要らしい……。
「顔色は良さそうだね」
「すみません、ご迷惑をかけてしまって……」
「何言ってるんだい。そもそもの原因はこっちにあるんだからシルが謝ることなんてないんだよ」
そう言ってジェニーが腰かけていた椅子にドカッと座る。
その時にミシッと嫌な音が聞こえたような気がするけど、聞こえなかったことにしよう。
「そうそう、二人のことは心配はいらないよ。しっかりお仕置きしておいたからね!」
ミートさんは「がっはっはっ!」と笑いながら聞いてもいないのに楽しそうに話してくれた。
ミートさんが言う二人とはマックスとジェフリーのことだろう。つまり、あの音はミートさんが二人にお仕置きをしていた音だったというわけだ。
と言うことは今頃一階は地獄と化しているに違いない。
私は後片付けのことを思い苦笑いで答えるしかなかった。
するとドアがバァンと開かれる。
「店長!笑ってる場合じゃないでしょ!!」
「ジェニー!?」
ドアの所に仁王立ちしたジェニーが立っていた。
その気迫は凄いもので、ミートさんですら後ろへたじろいでいる。
「大体ですね、今回ことは店長が明日王宮へ行く際のアシスタントをさっさと決めないからいけないんですよ!」
「いや、だから、それは……」
「いいですか!こんなことをして、最後に困るのは店長なんですからね!」
「いや、わかってはいるんだ。でもな、つい……」
「『つい』で毎回店内を破壊しないでください!片付けるのどんだけ大変だと思ってるんですか!」
「す、すまない……」
ジェニーとミートさんのやり取りを黙って見ていると、ジェニーが私を見て「あっ!」と叫んだ。
「そっか!シルは今日で故郷に帰るから言ってなかったっけ」
ジェニーが「あはは」と笑った。
別に訳が分からないから見ていた訳じゃないんだけど、ジェニーにはそう見えたらしい。
そう言えばマックスとジェフリーの喧嘩の原因はどっちが王宮へ行くに相応しいのかと言っていた気がする。
他人事の様に思っていたのだけれど、私はハッとする。
そうよ。私は今日ここを辞めてジャイル国へ帰るんだった!
しまった!すっかり忘れてた。
危ない危ない……。
確かに前世の記憶も気になるけど、それを思い出そうとして今の記憶を忘れたら本末転倒だわ。
そんなことを考えている私を無視してジェニーはミートさんにお説教していた。
「それで、ミートさんは王宮へ何しに行くんですか?」
もう敢えてここは知らないということにしといた方がいいと思い改めて聞いてみた。
「パンを焼きに行くんだよ。パン職人だからね」
いや、そうじゃなくて……。
私がミートさんを呆れ顔で見るとミートさんは慌てて「冗談だよ」と言った。
「明日はね王宮にいるクラウド殿下の婚約者候補様の為にパンを焼きにいくんだよ」
「何でも王宮の暮らしは息が詰まって食欲不振なんですって!信じられないわよね!」
ジェニーも鼻息荒く答えた。
そう言えば噂好きの奥様達がそんな話をしていたような気がする。
でも正直そんなことに興味がなくて流していた。
「へえ〜……」
「『へえ〜』って、本当にシルは貴族様とか王族様とかに興味ないのね」
ジェニーが呆れる。
「そう?でもそもそも私はこの国の人間じゃないし、元からこの国の王子様とか興味ないかも……」
この手の会話は苦手だから適当に答えた。
それに嘘は言ってない。
ジェニーもそれがわかっているのだろう。納得できないという顔をしつつも「シルだもんね」と言う。
「でもさ自国の王子様なら興味あるわけ?」
ジェニーが腰に手を当てて聞いてきた。何故そんなにムキになって聞いてくるのだろう。
でも答えは変わらない。
私はジェニーの顔を真っ直ぐに見て答えた。
「全くないわね」
ジェニーはガックリと項垂れた。しかし、それが逆にジェニーに火をつけたらしい。怪しげに笑い始める。
そして恋とはどんなものなのか、恋愛とはどんなに素晴らしいのかと熱く語り始めた。
私とミートさんは呆然とジェニーの話を聞くしかない。
そのうち話の内容が変わってきて『庶民の女の子は貴族の暮らしに憧れを持つのが普通だ』とか『輝かしいドレスや上品なお茶会に行ってみたい』とか『素敵な王子様に恋い焦がれたい』とかの話になっていった。
私はその話をうんざりした顔で聞く。
何だろう、この長々と続く説教の様なものは……。
何度か会話を止めようとしたけれどジェニーはそれを許さなかった。
ああ、この感じ前に体験したことがある気がする……。
強くそう思った。
それはどこだったか、記憶を辿ってみる。
思い出すのは病室で熱く語る親友の姿だった。彼女もジェニーと同じ事を言っていた。
……、ん?
同じ事?そんなことってある?
可能性はゼロじゃないかもしれないけど、ここまで内容が酷似するなんてことがある?
スピティカル国、ジャイル国、クラウド殿下。
私は指を折って考えてみる。
同じ言葉を私は親友から聞いていた。
今と違う前世の世界。
前世で聞いたこの世界の事。
そこから導き出される一つの答え、それは……。
「ああああああああ!!」
私は大声を上げた。
流石にその声に驚いてジェニーは話すのを止めミートさんと二人で私を見た。
「シル、どうしたの?」
「何かあったのかい?」
「え!あ、その……」
私があたふたしていると下から何やらざわつく声が聞こえてきた。
「あ!ヤバい!お店ほったらかしだった!シル、教えてくれてありがとう!」
ジェニーは慌てて部屋から飛び出して行った。
ミートさんも「やれやれ」と頭をかきながら立ち上がる。
私も行かねばとベッドから降りようとしたらミートさんに止められた。
「シルはもう少し落ち着くまでここにいな」
「でも……!」
「頭を打ったせいでまだ記憶が混乱してるんだろ?」
「!」
私はその言葉に驚いてミートさんを見ると、ミートさんは笑っていた。
「医者がそう言ってたからね。頭を強打してるから、一時的な記憶の混乱の可能性があるってね」
バチン!とミートさんは私にウインクした。それは正直言ってウインクとは程遠い顔になってるけど、ミートさんの中ではウインクなのだろう。
「だから落ち着くまでここで大人しく寝てな」
「わかりました……。すみません」
「すみませんは余計だね」
そう言って私の頭をガシガシと撫でて部屋から出ていった。
残された私は痛む頭を押さえたまま固まる。
いや、もう頭が痛いどころではない。
思い出したのだ。ここがどこなのか。
そしてここが前世でいう何と言う世界かのか。
「ここは、『ときめき♡きっと見つかる私だけの王子様』の世界だ……」
血の気が引くとはこの事だろう。
私の顔は真っ青になっているに違いない。
私はただの異世界に転生したんじゃない。
ここは親友が生まれ変わりたいと言っていたゲームの世界。
そして私が苦手とする世界。
乙女ゲームの世界だ――。
ついに乙女ゲームに転生したことに気がついた彼女ですが、何故そんなに焦っているのかは次回で書く予定です。
追記
少しだけ加筆してます。
大きな内容はしていません。