令嬢は悩みごとが多いのです
お待たせしました。
新キャラ登場でちょっと今回はわちゃわちゃしてるかもしれませんが、楽しんでいただければと思います。
「お嬢様。お茶を置いて置きますね」
「ありがとう」
あれからどのくらい時間が立っただろう。書類の一山を片付けたところで、マリエッタがお茶を入れてきてくれた。
私は少し手を休め、お茶を口に運ぶ。
「お父様の書類だけあって、面倒なのばかりね」
「そうなんですか?」
「そうよ。ほら、見てよ。これ最後は王族へと回さないといけないものばかりでしょ?ミスできないわ」
「ああ、だから今日のは進みが悪いんですね」
マリエッタが納得したように答えた。
「では、片したこちらの書類を旦那様に転送してまいります」
「お願いね」
そう言ってマリエッタは書類を持って別室へと移動した。
残された私はペラリと次の書類を見てため息をつく。
「これはケインお兄様も大変なわけだ」
お父様の補佐をしているだけあって、ケインお兄様の方が私より優秀だ。そのお兄様が手が回らない程忙しいのはこの書類のせいだろう。
「頑張ってやったところで、王様達がいつ見てくれるかわからないものね」
私は大きく伸びをして外を見た。
遠くに王宮が見える。
あれから何か分かっただろうか。クラリス様は何か話したのだろうか。
見た目はとても魅力的な主人公。
何でクラリス様はあんな無謀な動きをしたのだろう。
あんなことがなければアルフィード様とは無理でもクラウド様と婚約したままでいられただろうに……。
それともクラウド様の事あんまり好きじゃなかったのかな?
普通にいい人だと思うけど。
「乙女ゲームの主人公って意外と貪欲なのかもしれないわね」
とは言っても結婚となるとまた違うのかもしれない。
私だって結婚するなら心から愛した人とがいい。
そう考えながら人のことは言えないと自覚する。私もアルフィード様と婚約したのだから。
実際嫌じゃない。ドキドキさせられるし、胸が熱くなる。
「アルフィード様……」
どうしよう。
どうせ落ちるならこの人がいいと思って突然の婚約の申し込みなのに受けた。それは私にとって意外であり、驚きだ。
「マックスに告白された時ですらときめきを感じなかったのに……」
アルフィード様を想うとこんなにドキドキする。こんな感情は初めてだ。
私は急に恥ずかしくなり机に突っ伏した。
その衝撃で上から一枚の書類が降ってくる。
何気なくその書類を見た瞬間、私の頭の中から今考えていたことが全て吹っ飛んだ。
「何よ、これ……」
私は慌てて起きその書類を机に広げ、崩れてきた書類の山から他のも手に取る。
それは町の修繕や、新しい兵士の人員導入の件。はたまた災害に備えた予算管理など、一見必要な事が書いてある普通の書類。
それなのに文を読んでいくと宝石購入やベテラン兵士の解雇、もしくは異動の指示が紛れている。
今までそれとなく二枚にしたりして忍ばせてあるものは見たことはあるけれど、こんな物は初めてだった。
もし、うっかり了承して王様達がそのまま流してしまったら国は膨大な予算を失い、貴重な兵士を失ってしまう。
却下するのは問題ない。けれど、まともな事が書かれている箇所は本物としか思えない。
却下してもまた戻ってくるのがオチだ。
「実際に確かめて検分するには相当の時間を要するわね。誰よこんな面倒な書類を作ったのは……」
「どれ、見せてみろ」
ひょいと書類が後ろから抜き取られた。
仕方がないので、他の書類を見る。筆跡からして同じ人物が作ったものだろう。
「この文字はマキウスだな」
「マキウス?ネズミみたいな名前ね」
「ロードの側近だからな」
「バカロードの?」
「ああ。顔は別にネズミではないが、性格がズル賢く面倒な奴だ」
「ふーん、……?」
そこまで話して私は動きを止める。このやり取りに覚えがあることに気がついたのだ。
そっと振り向くと予想通りの人が立っていた。
「それにしてもバカロードか。中々良いあだ名だな。義弟にぴったりだ」
アルフィード様がニコニコしながらこちらを見ていた。
二度目だからそこまで驚かない。でも突っ込まずにはいられない。
「……。いつからそこに?」
「少し前からかな。俺の名前を呼んだ辺り」
最悪。
「マリエッタ」
「はい。お嬢様」
名前を呼ぶのと同時にマリエッタが顔を出す。
呼ばれるのを察していたのだろう。
「淑女の部屋へ勝手に殿方を入れるってどういうこと?」
「アルフィード様はお嬢様の婚約者ですので問題ないと判断しました」
「婚約してるからって簡単に部屋に入れていいものじゃないと思うけど?」
「俺は気にしない」
「私は気にします!」
このやり取りもどこかでやったような気がする。
「それで、ご用件は?」
アルフィード様は目を丸くした。もっと怒鳴られるとでも思っていたのかしら。
怒鳴りたいけど、それは理由を聞いてからだ。
「アルフィード様が用事もなく淑女の部屋を訪れるとは思えませんもの」
「シルヴィア嬢の俺への評価が高いのはありがたいな」
「でも、事実でしょう?」
アルフィード様は困った様な顔をして頭をかく。
昨日もだけど、アルフィード様って言葉に詰まると頭をかく癖でもあるのかしら?
「あー、実は昨日聞きそびれた悪役令嬢というものを聞きに来た。他にも少し気になるところもあってな」
悪役令嬢については昨日クラリス様がクラウド様に説明していたじゃない。それ以上の説明を期待されても正直困る。
しかし気になる事とはなんだろう。
「アルフィード様の公務は大丈夫ですの?」
「現状あるのは終わらせてきたが?」
流石アルフィード様。やることをやってから来ている。
でも私は……。
「申し訳ございません。実は見ての通り、私の方はまだ終わりそうにないんです」
「なら、一緒にすればいい」
「はい?」
「どうせこの山は俺の所へそのまま流れてくる。それにマキウスの書類は俺に直接回せば余計な仕事が減るというものだ」
「これがそのままアルフィード様の元へですか?」
「そうだが?」
「アルフィード様は留学中ではありませんか」
「王族で義母上以外仕事をする者はいない」
私は絶句した。
あり得ない。
そこまで国の王族は腐っているの?
「ああ、最近は義兄も義母上に言われて少しはしてくれてるな」
お母さんに言われてって、子供の宿題か!
「それからあの義弟は元から当てになどしていない。むしろあいつが関わると国が沈むからな」
事実だけど、ひどい言われようだ。
「だから俺の全てを使いあの義弟が関与すると思われる書類は全て破棄してもいいと皆に承諾させた」
何それ便利〜!
……、じゃなかった。それ初耳!!
「ダーンから聞いていないのか?」
「聞いてません」
アルフィード様は私の答えに「成る程、どおりで」と何かを納得したようだった。
「ま、この類いは全部でっち上げだから気にすることはない」
「でっち上げ?」
「それっぽい地域と名前を使った嘘っぱちさ。本当に必要なら領主から直々に依頼が上がってくる」
「それはそうかもしれませんが、もし本当に早急に必要だったとしたら……」
「考えてもみろ。あの義弟がそんなことをすると思うか?」
「思いません」
即答した。
バカロードが他人の願いを聞くとは思えない。
美女からの頼みなら聞きそうだけど、こんなに中身がしっかりする文書にはしないだろう。
アルフィード様は笑みを浮かべながら書類を私に返す。
「義弟は随分な嫌われようだな」
「6年前、権力を鼻にかけてうちのマリエッタに手を出そうとしましたからね。あの馬鹿王子」
バカロードはアルフィード様と異父兄弟だけど、私は気にせず罵倒した。
アルフィード様も嫌っている様だし問題ないと思ったのだ。
そもそもここでバカロードを擁護するならジャイル国は終わりだ。
そう、あの一件がなければ私はここまで自分の国に絶望することはなかった。王子を毛嫌うこともなかった。
「シルヴィア嬢は俺の事も嫌いか?俺も一応王子の端くれだぞ?」
アルフィード様に問われて私は困る。
そう言えばそうだ。アルフィード様は王子様なのだ。
親しみ易くてうっかり忘れていた。
「アルフィード様は嫌いとか言う以前にお会いしたことがありませんでしたし……」
雲の上の人。そんなイメージだったし……。
「俺も義弟みたいに嫌われないように努力をしないとな」
アルフィード様がフッと笑ってまた私の心臓は高く跳ね上がった。
無理……。
この人を嫌いにはなれない。
「それよりも、6年前にあの糞餓鬼がマリエッタにまで手を出そうとしてたというのは本当ですか?」
「ひっ!」
「危ない!」
突然アルフィード様の後ろから人が現れて思わず声をあげ、後ろへ下がった。アルフィード様が支えてくれるけど、書類の山を見事に崩してしまった。
「あちゃー。やっちゃった」
「申し訳ありません。脅かせてしまいました」
「い、いえ……」
バラバラになった書類を横目に声の主を見ると目付きが悪い眼鏡をかけた男性が立っていた。
紫色の長髪を後ろでくくり、まるで漫画に出てきそうな執事のような印象を持つ。
でも服はちっとも執事っぽくなかった。
それに何だろうこの人、見覚えがある。
運命的なものは感じない。でも知ってる。どこで知ったのかしら……?
「急に出てくるな。お前の目付きが怖いからシルヴィア嬢が怖がったじゃないか」
「お言葉ですが、それは殿下がいつまでも私を紹介しないからでしょう?」
「殿下って言うな。俺は王にはならない」
会話からして、アルフィード様の知り合いなのだろう。
二人とも書類を拾うのを手伝ってくれる。
それにしても気配に全く気がつかなかった。何者なのだろう?
まじまじと観察していると目が合った。そこで私はベールをしていない事に気がつく。
「心配はいらない。こいつは俺の側近だ。目付きが悪いだけで口は硬いし、信頼できる」
『ドSだけどな』とアルフィード様が耳元で囁いた。
アルフィード様の声が聞こえたのか大きい咳払いが聞こえる。
「只今紹介されましたアルフィード殿下の側近、サーガスト・クラウンと申します。是非サーガとお呼びください」
サーガ様は私の手を取り、軽く口づけをした。
アルフィード様の眉がピクリと動く。挨拶だから別にやましい事をしてるわけじゃないけど、何となく気まずくて私は慌てて手を引っ込めた。
「サーガ、私のお嬢様に軽々しく触れないでください。ここでお嬢様に触れていいのは私とアルフィード様だけです」
マリエッタが私の手を取ってどこから持ってきたのか消毒液をしっかり付けられる。
さっきも突っ込んだけど、いつから私はマリエッタのものになったのだろう。
というか、アルフィード様は触れてもいいんだ?
「マリエッタ、つれないな。昨日俺が看てやったのを忘れたのか?」
「あれは看病じゃなくて、ただ私を見て面白がってただけじゃない」
「そんなことはない。俺は誠心誠意君を看ていたよ」
「お黙り、このドS男」
会話からして二人は知り合いのようだ。
私は会った記憶はないけれど、昨日マリエッタを看てくれたのもサーガ様というのならお礼だけは言わなくてはならない。
「お礼が遅くなりました。サーガ様、昨日はありがとうございました」
「サーガです」
「はい?」
予想していない返しに私は首を傾げた。
「ですから、私の事はサーガとお呼びください」
「はい。ですからサーガ様と……」
「様は要りません!」
「ですが、アルフィード様の側近ですし、見た目年上の方の様ですし……」
「シルヴィア嬢。サーガの言うことを聞いてやってくれ。サーガは『様』付けされるのが苦手なんだよ。昔多くのメイドに追いかけられたことを思い出すそうだ」
アルフィード様が笑いを堪えながら私に教えてくれた。
それはトラウマになるわね。
アイドルなどならいざ知らず、一方的に追いかけられたら相手は女性と言えど恐怖だろう。
いや、女性だからこそ怖いかもしれない。
言われてみればイケメンだし、モテるのかもしれない。
「では、せめて『さん』付けで譲歩してもらえませんか?年上の方を呼び捨てにはできません」
「わかりました。そのくらいなら耐えましょう」
「お嬢様。こんな陰湿眼鏡の事なんて呼び捨てで十分です」
「それはちょっと……」
「マリエッタ、陰湿眼鏡とは聞き捨てなりませんね」
「事実でしょ!陰湿だし!眼鏡だし!」
「眼鏡は認めますが、誰が陰湿ですか!」
「あんたのことよ!」
マリエッタがサーガさんに突っかかる。
どう見ても親しい間柄としか思えない。
「サーガとマリエッタは幼馴染み兼恋人だそうだ」
「幼馴染み兼恋人!?」
アルフィード様の言葉に私はびっくりしてまだ口論をしている二人を交互に見た。
マリエッタに恋人が居たなんて私は知らない、聞いてない!!
「俺も昨日サーガから聞いて初めて知った」
「アルフィード様もご存じなかったのですか?」
ちょっとだけ安心する。
私が鈍いって訳じゃなかったんだ……。
「俺はプライベートな事に口を出す趣味はないからな」
「それは私も同じですけど、何だか複雑ですね。話してくれてもよかったのに……」
「いや、正式に恋人になったのは昨日らしい」
「昨日?それは随分急展開ですね」
人の事は言えないけど。
それより『正式に』って何よ。
「昔から気にはかけてそれなりの交流はあったらしい」
アルフィード様は面白く無さそうにマキウスからの書類を手に取り、宙で燃す。
「アルフィード様は反対なんですか?二人がお付き合いするの……」
「まさか!個人が想い合っているのなら、俺に反対する権限などない。むしろあいつを引き取ってくれるなら歓迎するくらいだ。ただ……」
「ただ?」
「あいつは俺がシルヴィア嬢と婚約したことで堂々とマリエッタと付き合えると言ってきた」
何よそれ……。
「俺の動きを待っていたという上から目線の言い方が気に食わん」
アルフィード様は書類を手に取り次々と灰にしていく。
見てないようでちゃんと見ているのがすごい。
「シルヴィア嬢、さっさとこの山を崩してしまおう。こんな下らない書類の山で2日も缶詰になりたくない」
「それは同意しますわ」
「それから……」
「何でしょう?」
「この書類が片付いたらまずマックスという男についてこと細かく聞かせてもらうぞ」
「……」
やっぱり私の独り言を聞いていたのね。突っ込んでこないから安心していたけど、そもそもアルフィード様が逃がしてくれるわけがないわよね。
私は諦めて書類と向き合う事にした。
読んでいただいてありがとうございます。
このくらいのペースで更新を目指していきたいです。