マリエッタの復活
続けての更新です。
「……ま」
「……様」
「……嬢様」
「お嬢様!!」
ハッと目を覚ますと目の前に心配そうな顔をしたマリエッタがいた。
「マリ……エッタ?」
「大丈夫でございますか?」
「え、ええ……、大丈夫」
「随分とうなされてましたよ」
そう言ってカーテンを開けられる。
眩しい光に私は目を細めた。
昨日アルフィード様に悪役令嬢の説明をしようと色々考えながら寝たからあんな夢を見たのかもしれない……。
それでも私はあれが夢だった事に安堵の息を吐いた。
「余程怖い夢だったんですね」
マリエッタが心配そうにベッドの横に座り、私の汗をタオルで拭った。
「怖かった……のかしら?よくわからないわ」
「もしかしたらあれを予知されたんでしょうか?」
「あれ?」
そう言ってマリエッタは席を立ち部屋を出て何かを持って直ぐに戻ってきた。
「今朝旦那様より届いた手紙です。いつもより数倍薄いんです。きっと、不吉な事の前兆です」
「お父様から?……、確かに薄いわね」
私は手紙の封を切り中を見る。
そこには腰を痛めたのでしばらく自分の代わりに仕事をしてほしいという珍しくまともな内容だけが書かれていた。
お父様が動けない事をいいことに、貴族達がこぞって申請書等を大量に寄越してきたそうだ。
「そんなに凄いの?」
「ご覧になりますか?」
「え?もう届いてるの?」
興味が先立って、着替えもせずにマリエッタについていく。隣接している部屋へ行くと沢山の紙の山ができていた。
置いてある机が埋もれて見えない。
私は眉間にシワを寄せる。
「……、予想以上に大量ね」
「はい。昨日も大量でしたが、本日はそれを上回る量です」
「確かにこれは悪夢だわ」
私はため息をついた。
娘である私が言うのもおかしな話だけど、お父様の腕は素晴らしい。
お父様であれば半日もあればこんな山消えてしまうだろう。
「この量はケインお兄様でも頭を抱えるわね」
お父様が動けない以上、お父様の後継者として宰相見習いのケインお兄様が宰相代理として動くしかない。
けれど、まだケインお兄様はお父様程の圧がない。
「舐められたものね」
ケインお兄様もさぞかし屈辱的だろう。
「分かった。やるわ。直ぐに支度をして」
「畏まりました」
マリエッタが深くお辞儀した。
いつもと変わらぬ動きのマリエッタを見て私は問いかける。
「そう言えば、もう大丈夫なの?」
「はい?」
「鼻血よ。もう出ない?」
「あ、ああ……。それでしたら一日寝たらすっかり復活致しました。ご心配をおかけしました」
「本当に、どれだけ心配したと思ってるのよ」
実は一昨日、アルフィード様に婚約を申し込まれた時の事。
部屋に戻るなりマリエッタは興奮状態になり事あるごとに鼻血を出すという事態に陥ったのだ。
その結果、血を出しすぎて貧血を起こしてしまい彼女は昨日一日中寝込んでしまった。
「ここに来たとき、あれだけ大きく私は病弱令嬢だと宣言してしまったから一人で外に出るわけにもいかないし、グリードも御者としてここにいるから迂闊に呼べない。もう、八方塞がりだったわよ」
「申し訳ありませんでした」
「アルフィード様が異変に気がついてここに来てくれるまで書類とにらめっこだったわ……」
マリエッタがしょんぼりと項垂れる。
「舞踏会も本当は断ろうと思ったのよ。貴女を一人にするのも忍びなかったし」
「お嬢様……」
「でもアルフィード様が自分の信頼できる人物をつけるからって押しきられたのよね……」
あの人のお願いは何故か断れきれない。
私の中でよく分からない感情がフツフツと沸き上がってくる。
この気持ちは何だろう。
ぐう〜……。
恥ずかしい。お腹が鳴ってしまった。
「あの、お嬢様、昨日お食事は……」
「食事はミートさんがくれたパンが残ってたから、それで何とか済ましたわよ」
ミートさんにはもう感謝をしてもし足りない。また『シル』としてスピティカルに行くときはお礼を絶対に言おうと心に決めている。
「私が心配なら今後一切鼻血で倒れるなるなんてことしないで頂戴ね」
「はい、お心遣い感謝します」
「全く、折角の美人なのに両方の鼻の穴にティッシュを詰めた姿は見てられなかったわ」
「お嬢様にならどんな姿でも見られても私は恥ずかしくありませんよ?」
「貴女はよくても私が嫌」
着替えを済ませた私は令嬢っぽく髪を払う。
これで私の髪がドリルの様にグルグルだったらもっと様になっていたのかもしれない。
でも残念。
私の髪は毛先が軽くウェーブになっているだけだ。
いや、こういうのは気分よ気分。
「お嬢様、ベールは……」
「いらないわ。この後直ぐに送られてきた書類に手をつけなきゃいけないし、もうそのタイプはつけないとアルフィード様と約束してしまったし……」
「約束ですか?」
「ちょっとね……。悪いけど普通のベールを用意して頂戴」
「普通の、ですか?……、わかりました。後で手配致します」
マリエッタが返事をしたのを確認して、私は朝食に手を伸ばした。 ちゃんとした朝食は素直に美味しく感じる。
「ところで、お嬢様」
「何?」
「まさかとは思いますが、アルフィード様と既にキスを済ませたりしてませんよね?」
突然の質問に私は食後の紅茶を吹き出した。
「お嬢様、お行儀が悪いです」「誰のせいよ!突然変なこと聞かないで頂戴!」
私は口を拭きながら、マリエッタを睨む。
「申し訳ございません。たった1日ですが、何だかお嬢様とアルフィード様と随分親密になった気がして……」
「何でそうなるのよ」
「先ほどアルフィード様と約束と言われていたので……」
「ああ、その事ね。別に深い意味はないわよ」
それを聞いたマリエッタはあからさまにがっかりした様子を見せる。
「それは残念です。もしかしたらキスを吹っ飛ばして、男女の関係になってしまわれたのかと……」
「何で朝からそんな事を答えなきゃいけないのよ!」
顔を真っ赤にして答える私をマリエッタは心底残念そうにため息をついた。長い付き合いだけど、マリエッタの思考はいまいち読めない。
私は軽く咳払いをして紅茶を置き、マリエッタに向き合う。
「ここからは真面目な話ね。次から『シル』になる時は気を付けるわよ」
「何かございましたか?」
「アルフィード様は知ってたの。私が『シル』になって庶民に紛れてるって。後ベールの事もね。だから今後使わないと約束しなければいけなかったのよ」
「それは本当でございますか?」
「私が真面目な顔をして貴女に嘘を言うと思う?」
マリエッタも信じられないのだろう。
そりゃそうよね、私の『シル』は完璧だったもの。
「アルフィード様の洞察力は普通じゃないわ。できればこれからも敵にしたくないタイプね……」
『貴女は落ちる運命なのよ』
頭の中で言われたクラリス様の台詞が甦り、私は首を振った。
あれは夢だ。ただの夢だ。
まだ私は悪役令嬢じゃない。
「それでマリエッタ、王宮から何か連絡はあった?」
「王宮からですか?いいえ、特に何もございませんけど……?」
「そう。もう少ししたら書状が届くはずだから同意しておいて」
「内容は?」
「この国の国王陛下からの命令でね。しばらくここに滞在しなければならないのよ」
「どうしてですか!?」
慌てるマリエッタに私は昨日の舞踏会の事を話した。
途中、マリエッタの顔が怒りに震えたのは言うまでもない。
プルプルと震えて怒っている様だけど、王宮に乗り込む等と言い出さなかったのはありがたかった。
「とにかく、ここはジャイル国じゃないんだものジタバタしたって始まらないわ。幸いにしてアルフィード様もクラウド様も今は私の味方のようだし、悪い方向へはいかないと思うわ」
「万が一、悪い方向へ行った場合は……」
「その時はシルヴィアを捨てて、シルとして生きたらいいんじゃない?」
私はあっけらかんと答えた。
死刑にされなければ何だって生きる道はある。
別に侯爵令嬢に拘る必要はないのだ。
お父様やお母様、お兄様達と絶縁するのは想像もできないくらいつらいだろうけど、命には変えられない。
死んだら終わりなのだ。
「さて、この話は一旦おしまい。今の私はこれを終わらせる事が最優先事項よ」
そう言って私は髪をポニーテールにし、書類と向き合う。
「ベールをつけずに机に向き合うお嬢様なんて何年振りでしょう!ああ、素敵過ぎですわ!」
そう言ってマリエッタの鼻からまた赤いものが垂れた。
「ちょっとマリエッタ、鼻血!鼻血!!」
さっきもう同じことはしないと言ったばかりなのに、もうこの様だ。私は書類を片すのはもう少しかかりそうだと頭を抱えた。
読んで頂いてありがとうございます。
マリエッタの壊れ具合が個人的には大好きです。
鼻血の件はずっと書きたかったので、やっと書けた!という感じです(笑)