6年前のお茶会(シルヴィア視点)
遡ること6年前。
当時私は12歳。
この時の私には当然前世の記憶など微塵の欠片もなかった。
「シルヴィアちゃん、そろそろお茶会デビューしてみない?」
お母様のその一言で私は社交界へデビューする事となる。
これが私の黒歴史になるとも知らずに……。
その当時から外へ行く際には頭にベールを被りマリエッタを隣に置いていた。
「お嬢様。今日も素敵ですわ!」
「そう?場違いも甚だしいと思うけど?」
「そんな事はありません!皆お嬢様に注目しますわ!」
「……、明らかにマリエッタとは別の意味でね」
「お父様もひどいわよね!こんな時でもシルヴィアちゃんを隠すなんて!こっそりベールを取っちゃおうかしら」
隣にいたお母様がプリプリ怒る。
とても私を含め八人も子どもを産んだとは思えない美しい姿だ。
「お母様、お父様は今回のお茶会の件をご存知なんですか?」
「……。知ってるわけないじゃない!言ったら絶対に反対するもの!」
私はそんなお母様を見てやっぱりかと苦笑いをした。
お父様は私が人前に出るのを好まない。
健康なのに病弱と偽っているからそれがバレるのが嫌なのかもしれない。
でも、遅かれ早かれいつかはこういう日は来る。
お茶会に憧れはないけれど、どんなものかは興味はあった。
本で読むような気品溢れた物をこの目で直に見れるのは貴重な体験だと思い、お母様の誘いに乗ったのだ。
「シルヴィアちゃん、嫌だったらベール取ってもいいわよ?」
「いい。何が起こるかわからないし、ベールを外すと病弱じゃないって勘のいい人がいたらバレちゃうもの」
「もう!そういうところはお父様そっくりね。頭が固いんだから!」
「お母様が遊び心が満載過ぎるだけだと思うけど?」
「あら、人生は楽しんだ者勝ちよ!」
そう言ってお母様は笑った。
お茶会は私が思い描く姿そのものだった。
綺麗な花達に囲まれた庭。
おしゃれなテーブルと椅子にティーセット。
芸術と言わんばかりのお菓子のデコレーション。
そう、形だけは完璧だった。
「ほんと!あそこのご子息は顔立ちがよくって!」
「何を仰いますの!あそこより、わたくしの甥の方が見栄えはよくてよ?」
お茶会?社交界?
何よ。ただの貴族のおばさん達の集まりじゃない。
これでは庶民の井戸端会議と変わりゃしない。
私は呆れながら貴婦人達の下らない話を聞きつつ紅茶を口へ運んだ。
すると横からキャッキャキャッキャと楽しそうな会話が聞こえてきた。
「見て、この間お父様がこれを買ってくださったの!」
「わー。綺麗ですわ!」
「本当!」
「でもわたくしもほら、見て頂戴!」
アクセサリーの自慢をしていただけだった……。
私と同じ年代だからそういう話で盛り上がるのは何となくわかる。
わかるけど……。
私は大きくため息をついた。
大人も子どももこれでは変わらない。ただの御家自慢ではないか。
これが貴族のお茶会。
期待していた分落胆は大きかった。
「お嬢様。そんなに露骨にため息などついてはいけませんよ」
マリエッタがコソッと話しかけてくる。私は扇子を取り出し、口元を隠す。
『だって、これがお茶会なわけ?お茶会ってもっと気品溢れるものでしょう?』
「お嬢様は本の読みすぎです……」
そこから何とか一時間は耐えたけれど、私はついに限界が来てお母様に言って帰ろうと決めた。
しかし、そのお母様が中々見つからない。
やっとの思いでお母様を見つけ声をかけようとしたが、お母様の周りでは貴婦人達が何やら熱弁を交わしていた。
「わたくしは断然、次の王はロード様だと思いますわ」
「いいえ、長男であるフィリップ様です」
どうやら次の王候補の話をお妃様を中心にしているらしい。
集まっているのは特に地位の高い貴族の貴婦人達だ。
その多くは第一王子のフィリップ様を支持し、後は第三王子のロード様を支持しているらしい。
フィリップ様は確かに第一王子だけど、職務もせずお妃様にベッタリしている。そんな人を時期王にと支持するのは遠回しにお妃様に取り入ろうとしているのが見え見えだ。
そして、第三王子のロード様は私と同い年だけど、はっきり言ってバカ。
あの王子のせいでお父様がどれだけ頭を抱えているか私はよく知っている。
よくよく観察してみるとロード様を支持しているのは娘を持つ貴婦人達だ。
自分の娘を嫁候補にしたいのだろう。
下らない。実に下らない。
私はお母様に声をかけようとしたが、他の貴婦人の声にかき消される。
「グレイス夫人はどちらをご支持なさいますの!」
「え?わたくし?」
お母様はまさか自分が意見を求められると思わなかったのだろう。
驚いている。
「えっと、わたくしは……」
「フィリップ様ですわよね?」
「ロード様でしょ?」
貴婦人に詰め寄られ困るお母様。
その時運悪くお母様と目が合ってしまった。
お母様はにっこりと微笑む。
これは嫌な予感しかしない。
私はそっと離れようとしたけれど、お母様は逃がしてくれるほど甘くはなかった。
「主人と違ってわたくしはこの手のお話は苦手ですの。ですから、わたくしの変わりに娘が答えますわ」
そう言って私に近づき、ぐいっと貴婦人達の前に突き出したのだ。
『お、お母様!?』
『シルヴィアちゃんお願い!私が言うとお父様の発言と思われちゃうでしょ?でも貴女はまだ子ども。多少のことは許されるわ。だからお母様の代わりに答えて頂戴!』
答えてと言われても答えられる訳がない。
いつもみたいにマリエッタを通して話したかったけど、できない状況へと落ちる。
「その娘が噂のダーンの末娘か」
ピン……っと空気が張る。私は始めそれが何かわからなかった。
「お妃様……」
「お妃様……」
皆各々頭を下げる。
その先には美しいお妃様が腰かけていた。
「……」
私は思わず見とれてしまった。キリッとした表情に、凛とした姿。お妃様と言うより、女王陛下と呼ぶ方が似合いそうだ。
「ダーンの娘よ、発言を許す。メイドを通さずに自らの声で答えよ。次の跡継ぎは誰を候補にしたらよいと思う?」
「!」
お妃様に言われ私はビクッと体を震わせる。
これは逃げれないと本能がそうサインする。
「恐れながら、私はアルフィード様が適任だとおもいます……」
できるだけか弱々しく、恐怖に怯えたような声をイメージして答えた。
それが今の私の精一杯の演技だ。
「……」
誰も何も答えない。私はミスをしたかと少し焦り始めた時だった。
お茶会の場に笑い声が響き渡ったのだ。
それはお妃様のものだった。
「ダーンの娘も落ちたものよ。流石病気で屋敷に臥せって世間の常識を知らぬわけだ」
お妃様がそう言うと、取り巻きの様に貴婦人方がお妃様を持ち上げ始めた。それはフィリップ派もロード派も関係なく……。
「お妃様の仰る通りですわ」
「よりにもよって、あの風来坊王子なんて……」
「本当に、あれは王子であって王子ではありませんわ」
貴婦人達は口々に言う。
私は逆にその意味がわからない。お父様の話ではアルフィード様は各地へ留学をし、それぞれの国の文化に触れてこの国を良いものにしようとしていると聞いていた。だから私は一番まともなアルフィード様を上げたのだ。
「よいか、ダーンの娘。この国の貴婦人の一員となるならば、アルフィード等と汚れた王子の名を出すでない」
「そうですわ!第二王子はどこの娘かもわからない女の子どもとか……」
「あら、百姓の子どもじゃなくて?」
「わたくしは踊り子と聞いたわよ?」
「どちらにしても、国の為に働くのは当然の償いですわ」
それを聞いた私はピクリと体を震わせる。
私の肩に手を乗せていたお母様だけがそれに気がついた。
「シルヴィアちゃん?」
お母様が心配そうに私に声をかける。しかし、それが逆に引き金となってしまった。
「アルフィード様のどこがいけないと言うのですか!」
「!!」
私の声に皆が驚いてその場がシーン、と静まり返る。
この場で喜んでいるのはマリエッタくらいだ。
「血に拘るというののなら誰が母親であったとしても、父親が国王陛下である以上、アルフィード様は立派な王子です!」
「!」
「そこの貴女は先程国の為に働くのは当然の償いと言われましたね?償いとは何ですか?母親が誰だかわからないからですか?それならロード様とて同じ事!!」
「な、何て図々しい……」
「それはこちらの台詞です。償い等と貴女に言う権利などありません!それを言う資格があるとすれば、そこにいらっしゃる正妻のお妃様のみです!」
「シルヴィア!」
パチン!!
私の頬に熱いものが流れる。
そう、お母様が私の頬を叩いたのだ。
「お妃様、皆様。世間知らずの娘で申し訳ございません」
「グレイスよ。まあよい、末娘は今日が初めてなのだろう?今日はそれに免じて不問とする」
「ありがとうございます」
「お妃様!それはあまりにも……」
「黙れ!所詮は世間知らずの子どもが言った事に過ぎぬ。それに対してこれ以上問い詰めるなど、大人のすることではないわ!」
「……、はい。お妃様のお心のままに……」
「グレイスの娘」
「!」
「そなたの父君に良く似ておるな。だが、知識だけではどうにもならぬ。己を正当化したければ、それなりの武器を持ってくることだな。安易に魔法に頼る様ではまだまだだ」
そう言ってお妃様はニヤリと笑った。
私の中で何かが切れる音がする。
「お言葉でございますが」
「シルヴィア!」
お母様は止めようとするけれど、私は止まらない。
「このように誰かを見下すようなお茶会など、私は嫌いです!それに、私は間違った事など言っておりません!!」
そう言って、近くにあったテーブルを魔法で吹き飛ばした。
騒ぎが起きる中、お母様はマリエッタと共に、暴れる私を会場から、慌てて連れ出したのだった。