馬車の中にて……
クラウド様が見えなくなったのを見計らったかのように隣に座っていたアルフィード様は口を開いた。
「シルヴィア嬢が王子嫌いとは知らなかったよ」
「あら、ご存知ありませんでした?」
私は動揺するのを隠すかの様にアルフィード様に笑って見せる。
別にアルフィード様を騙そうとか思ったわけじゃない。
事実、私は王子様に一生関わりたくないと思っていたし、勿論これからもそのつもりだった。
ジェニーに話した様に自国の王子になど興味もなかった。興味を持つことなどないと自信があったくらいだ。
けれど、それは一瞬で崩れ去った。昨日アルフィード様と会ったその瞬間に……。
会った事もないのに懐かしく、知らないはずなのにどこか知っているようなあの感覚。
あれさえなければまた変わった答えを出していたのかもしれない。
いや、それでも逃げようとしたことに変わりはない。変わった大きな原因は他にある。
「逃げようとしたのに、逃がしてくれなかったのはアルフィード様ですわ」
そうだ。アルフィード様が逃がしてくれなかった。
まあ、お陰であの執事長と鉢合わせもなくなったわけだけど……。
「でも、本気で逃げる気は無かっただろう?」
「え?」
「本気で逃げるなら魔法でも何でも使えば良かったんだ」
「普通に考えて王子様相手に魔法は使えませんわ」
「そうかな?」
アルフィード様の目が怪しく光る。何かを見抜いているような、知っているような……。
はっきり言って、嫌な予感しかしない。
「まあ、今はそういうことにしておこうか」
アルフィード様はニッコリと笑った。まるでその顔はイタズラ少年のようだ。
私は肩を落とす。
「アルフィード様はどこまでご存知なんですか?」
「どこまで?とは?」
私は声を出しそうになったところでグッと堪えた。
アルフィード様は私の答えを待っている。
「アルフィード様は意地悪ですわね」
「よく言われる」
クックッと笑いながら答える。その姿がうっすらと誰かと重なった気がした。
誰かはわからない。
パジャマ姿の男子……。
私は彼を知っている。知っているけど思い出せない。
どうして……?
「流石シルヴィア嬢。引っ掛からなかったね」
アルフィード様が笑顔のまま言う姿を見て、私の小さな疑問は消える。
今はそんなことを気にしている場合ではないのだ。
「私も同じことをする時がありますから」
そう答えると、アルフィード様は「ふむ」と考える素振りを見せた。
アルフィード様としてはここで私が自ら色々と話すと踏んでいたのだろう。
甘い。甘いわ。
同じ手口で今まで情報を掴んできた私には通用しない。
「私にカマをかけるより、アルフィード様はまず知ってることを私に話すべきですわ」
「成る程、そうくるか」
「お約束しましたもの。拒否権はございませんわ」
「ならば滞在城に着く前に簡単に話してしまおうか」
「ここで……、ですか?」
てっきり滞在城に着いてから話すと思っていたので、私は驚いた。
別に急いてはいないんだけど……。
「シルヴィア嬢にぞっこんのマリエッタがいると色々と面倒臭そうだからね。話が進まなくなりそうだ」
「それは、言えてますわね……」
私はマリエッタの事を思い出し、ため息をついた。
マリエッタは今滞在城で寝ている。
昨日の夜、アルフィード様との婚約の事で興奮し鼻血を大量に出し貧血になって倒れたのだ。
「彼女は昔から色々と問題がありましたけど、鼻血で貧血とか初めてです」
「余程興奮したんだろうな」
頭を抱える私に対してアルフィード様はカラカラと笑う。
正直、笑い事ではない。
お陰で、今日はアルフィード様が迎えに部屋まで来てくれるまで部屋から一歩も出ずに閉じ籠っていたのだ。
何故なら、部屋の外には執事長とそれに従うメイド達が目を光らせていたからである。
因みに、食事はミートさんのパンで何とかなった。
もうミートさんには感謝という言葉しかない。
「結果的にはマリエッタは滞在城に置いてきて正解だと思うよ。もし付いて来てたら、彼女の頭の血管も心配しなくてはいけなかったから」
「返す言葉もございません」
「まあ、シルヴィア嬢を見てクラリス嬢があんなに取り乱すとも思わなかったけどな。まさか知り合い?」
「そんな!お会いしたことなんてございません!」
「そう?」
アルフィード様が何故か食い付く。アルフィード様の青い瞳が私を捉えた。
「庶民に扮している時に会ったりしていない?」
「え?」
突然の言葉。それがどういう意味なのか、私は頭の中で理解する。
やっぱり知っているのだ
『シル』の存在を……。
そんな事を考えていたこの時の私は完全に油断していた。
アルフィード様の手がベールに触れ、ベールが取られたのだ。
「察しの通り、俺は知っている。君の素顔。そして、もう一人の君の姿」
「!」
「シルヴィア嬢。君が病弱でないことも、養生と言って国から離れている間に髪と瞳の色を変えて他国の庶民に紛れて生活していることも……」
予想通りだった。
私は黙ってアルフィード様を見た。
一体どうやって知ったのか気になる。
どう考えてもアルフィード様にバレる要素が見つからないのだ。
何せ、私とアルフィード様が直接会ったのは昨日が初めてで接点が見当たらない。
かろうじてお父様に聞いたのかと頭を巡るものの、それはないとすぐに否定した。
そもそも私に二重の生活をさせているのはお父様だ。
そのお父様がアルフィード様をどんなにお気に入りと周囲にもらしていたとしても、ペラペラと内情を話すはずかない。
メリットが見当たらないのだ。
「そんなに怖い顔をしないでくれ。そんな顔をさせたいわけじゃないんだ」
そう言ってアルフィード様は複雑そうな顔をしながら、私の頬に触れた。
その手は温かい。
けれど異性にこんな事をされた事はないので、顔が熱くなる。
「シルヴィア嬢は油断し過ぎだ。庶民に扮している時、いつもこんな感じじゃないだろうな?」
アルフィード様の顔が少し険しくなった。
「ご心配なさらなくても、私の回りの男性はこういう事は致しません!アルフィード様が触れすぎなんです!」
「だってシルヴィア嬢が可愛いし……」
「!???」
恥ずかしい事をサラリと言われ私の顔は更に熱くなる。
けれど、女性に手慣れてる感じが何となく嫌だった。
やっぱりアルフィード様も王子様なのだ。
「誤解してそうだから言っておくが、こういう事を言ったりしたりするのはシルヴィア嬢に対してだけだ!」
アルフィード様が少し顔を赤くして恥ずかしそうに答えた。
その顔から、かなり無理しているのがわかる。
私は思わず笑う。
「わ、笑うな!」
「だって、そんなに格好つけなくても……」
「あー!もう!」
アルフィード様は私から手を離し、頭をぐしゃぐしゃとかいた。
「その方が親近感があって私は好きです」
「……。別に無理しなくてもいい」
「無理はしてません」
そう答える私を横目でチラリと見る。
私はニッコリと笑って見せた。
「全く。シルヴィア嬢には敵わん」
「そうですか?アルフィード様が演技がお上手でないだけかと」
「好きな女性相手に動揺しない男はいない」
キュン。
照れ臭そうに言うアルフィード様がとても可愛く見えた。
私は恥ずかしさを隠すかの様にアルフィード様に話しかける。
「そ、それで、私…、私の事は一体どこで知ったのですか?」
「知ったと言うより、興味を持ったのは6年前のお茶会だな」
「6年前のお茶会……」
それを聞いた私は一瞬で血の気の引くのを感じた。
聞かなきゃ良かったと後悔さえする。
6年前のお茶会。それはシルヴィアの黒歴史。
あの場にアルフィード様がいた記憶はない。
けれど確かに私はあの時やらかした。
私が王子様と言うものを軽蔑し、尚且つ貴族と言うのもが嫌になったあのお茶会。
あのお茶会をアルフィード様は知っている。
いや、王子様だから知っていて当然かもしれない。
だけど、よりによってあのお茶会がきっかけって……。
ロマンスの欠片もない。
私は頭を抱えるしかなかった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
次は連続で投稿しようと思いますので少し時間がかかるかと思います。
できるだけ早く仕上げますので、ゆったりと待ってください。