4話 クラスメイトを攻略
沙耶と約束している待ち合わせ時間は学校の始業時間より大分早いため、いつもは不満なのだが今日は大感謝だ。
お陰で色々な事が起きたにも関わらずまだ遅刻はしない時間である。
学校の正門まで来ると何やら人だかりができていた。
「ゲーム機は校則違反なので没収しますね。生徒指導室に保管するので放課後に取りに来てください」
そうだった。すっかり忘れていた。
今日は持ち物検査の日だった。いや、正確には明日なのか。
風紀委員で同じクラスの美風律が登校してきた生徒を取り締まっているのが見えた。
今日もトレードマークのロングのポニーテールが元気に動いている。
律とは一年の頃から同じクラスだ。
俺と彼女は入学して最初の席が隣だったことと彼女自身の明るく活発な性格もあり、すぐに打ち解けることができた。
沙耶と雫石は別クラスのため、多分クラスの女子のなかでは一番よく話す友達だと思う。
あいつ真面目だからなぁ。
風紀委員という役職柄、たまに反感を買うことがあるが、根はとても優しく、クラスの男子からの人気も高い。
最初は風紀委員になるつもりは全くなかったらしいが、先生に頼まれて仕方なく引き受けたそうだ。
だが、仕事を任された以上は真面目な彼女にやり遂げる以外の選択肢はなく、その使命を全うしている。
まあ、特に持ち物検査に引っ掛かるような物は持ってきてないし大丈夫だろう。
そう軽く考えて持ち物検査の順番をスマホを弄りながら待っていると、前の方から怒鳴り声が聞こえてきた。
「あァ?! やんのかゴラァ」
「ひっ」
声のする方を見るとピアスに金髪で目付きの悪い、いかにも『不良です』と全身で体現しているかのような古典的な不良生徒が律を恫喝していた。
うちの高校は持ち物に関しては校則が厳しいのだが、服装に関しての校則は緩いため髪を染めている生徒は多い。
しかし、ここまで奇抜な金髪の生徒は今まで見たことがない。
もしかしたら新入生かもしれないな。
いや、夢の中だから俺の想像上の人物か。
「で、ですから、学校に抱き枕は必要ないですし、校則違反です。あと、抱き枕カバーがそ、その……ひ、卑猥というか、風紀を乱すんです」
「俺の嫁の海美たんを侮辱するのか! あァん?!」
「ひぃぃ」
律が没収していたのは学園アイドルもののアニメのキャラがプリントされた抱き枕だった。
表面の絵は制服姿なのだが、裏面の絵は制服がはだけて肌色面積が増えている。
あれ、学校に持ってくるやついたんだ……
しかし、いくら夢だからってこの場面設定はひどいだろ。
抱き枕学校に持ってきて没収されて怒鳴り散らす不良って……
現実味が無さすぎて危機感が全く沸いてこない。
と言うか前もこんなことが合ったような気がするな。
そうだ! 思い出した。
前に買ったゲームのシナリオにそっくりなのだ。
だから夢に反映されたのか。
俺は忘れていた怒りが沸々と蘇ってくるのを感じた。
そのゲームはギャルゲーだと思って買ったのだが、パッケージ詐欺で実は格ゲーだったのだ。
学校へ登校するまでは普通のギャルゲーのように進むのだが、風紀委員にアニメのフィギュアを没収されて暴れている不良と戦うところから格ゲーに早変わりした。
その時はぐっと怒りを堪えてプレイしようとしたのだが、必殺技のコマンドが
『→↘↓↙←↖←↗→←→↓↘↖↗↙↓→』
という頭のおかしい方向キーだけの仕様の超クソゲー。
しかも長い割に繰り出す技はただの背負い投げである。
俺の怒りはとうとう最高潮に達した。
……まあ、結局全部クリアしたのだが。
なんだか思い出すだけでイライラしてきたな。
夢の中にまで出てきやがって。
「と、とにかくその抱き枕は没収させていただきます」
「ふざけやがって」
男はそう吐き捨てると律の胸ぐらに掴みかかった。
「キャッ、せ、先生を呼びますよ!」
律は涙目になりながら必死に抵抗するが、男は興奮しているのか全く聞く耳を持たない。
これには流石にまずいと思ったのか傍観していた生徒たちが騒ぎ出す。
「これヤバくないか」
「先生呼んできた方が良いよね」
「ちょっ、これTwittterに上げるわ」
だが、ただ騒いでいるだけで誰も助けようとはしていない。
その時、律の頬を涙が伝うのが見えた。
「助けて……」
消え入ってしまいそうな程小さく助けを求めた律の声を、俺は聞き逃さなかった。
身体中の血が逆流するような感覚。
次の瞬間、自分の中でプツリと何かが切れる音がした。
「おい、お前。その子離せよ」
そして俺は気がついた時には言葉を発していた。
夢だからとか関係なく、律を、大切な友達を泣かせたこいつがただただ許せなかったのだ。
「あァん? 何だテメェ」
そう言うと不良は律を離してこちらに近づいてきた。
本能的に俺の全神経が攻撃されると警鐘を鳴らしている。
しかし、恐怖は全くない。
喧嘩なんてほとんど経験がなく、俺にできることなんてせいぜい体育の柔道の授業で習った技くらいなのだが、俺には絶対の自信があった。
落ち着け、ここは夢の中だ。全部俺の思った通りになる。
それにこの夢があのクソゲーを反映しているなら攻略法はあれしかない。
「テメェには関係無ぇんだよ!」
男が右足を踏み出して重心を移すのがスローモーションのようにしっかりと見えた。
それに加えて、先ほど律の胸ぐらを掴んでいたのは左手だった事からこいつはほぼ確実に左利きだ。
相手の様子から察するに相当頭に血が昇っているため、利き腕での単純な攻撃。
つまり左ストレートがくると予測できる。
素早く身を屈めると予想通り不良は左ストレートを繰り出し、拳は俺の頭上を掠めた。
よし! 予想通りだ。
俺もあの不良と同じくらい頭に血が昇っていたと思うが、不思議と思考が冴え渡っており、相手の動きを細かく分析できる。
俺は空を切った不良の左腕をつかみながら体を半回転させて相手の左脇の下に自分の腕を入れて抱え、背負い投げをした。
しかし、地面はアスファルトのため本気でぶつけてしまうと危険だ。
先程身を持ってアスファルトに背中から当たる経験をした俺は掴んだ腕を振り下ろさずに遠心力だけで男を投げる。
え、こいつ軽すぎないか?
今さらだが、投げている途中に不良の腕がとても細く、体重が軽いことに気がついた。とても普段から喧嘩をしているような体格ではない。
だが、そのお陰もあってか力加減を調節できた。
よぉぉし!
今まで体育の授業で経験したことがないくらい綺麗に技をかけることができた。力加減もバッチリだ。おそらく怪我はしていないだろう。
さすが明晰夢だな。何でも思い通りにいく。
すると今まで黙って様子を見ていたギャラリーからワッと歓声が上がった。
俺はそのまま男はの両手を地面に押さえつけて拘束する。
抵抗するかと思っていたが、意外なことに抵抗はない。
「ご、ごめんなさい。ゆ、許してください」
え?……は?
男はさっきまでの言動と行動が嘘みたいに縮こまっていた。
周りの生徒たちはガヤガヤと騒いでいるためその様子に全く気づいていないようだ。
「ちょっとお前ら、何してんだ!」
そこで騒ぎを聞き付けた生活指導の教師が3人ほど駆けつけてきた。
中には俺のクラスの担任で体育教師の佐渡凛香先生もいた。
「おう、成瀬と美風。何があったんだ?」
俺と律は先生に事情を説明し、不良の男は抵抗することなく生徒指導室に連れていかれてしまった。
さりげなく抱き枕まで持って行ったなあいつ。
「後でまた詳しい事情は聞くけど、とりあえず成瀬は教室へ行っててくれ。美風は被害者だから一応私と一緒に来てくれ」
佐渡先生はそう言うと律と一緒に生徒指導室へ向かってしまった。
先生に事情を説明している間、律から熱い視線を感じていたのは……多分気のせいだろう。
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