3話 先輩を攻略
乱れた心拍数を整えながら通学路を進むと1匹の猫が俺の足元にすり寄ってきた。
まだ若い猫だな。生後1年はまだ経っていないだろう。
首輪が無いところを見ると野良猫かもしれない。
「ごめんな。餌あげたいけど近所の人の迷惑になっちゃうから」
「ミャー」
「……」
「ミャー」
分かっている。
一時の感情で餌をあげてしまったら取り返しのつかないことになってしまうことを。
だが、これは夢だから。夢だから大丈夫だ。
周りに誰もいないことを確認すると俺はバッグから弁当箱を取り出し、デザートの梨を指で細かくしてあげた。
確か猫は梨を食べても少しだけなら健康に害は無かったはずだ。
すると猫は美味しそうに食べてくれた。
梨を食べ終わると猫はバッとどこかへ走って行ってしまった。
改めて感じたが、猫って可愛いな。
夢から覚めたら母さんに猫を飼って良いか相談しようか。
そんな事を考えながら歩みを進めると住宅街から大通りに出た辺りの歩道で制服姿の女の子がしゃがんでいるのが見えた。
あの制服はうちの高校の制服だ。
何をしているのか気になり、隣を通りすぎる時にちらりと見ると先程の猫を女子高生が抱いているのが見えた。
女の子は腰まで延びた緩くウェーブのかかったよく手入れされた髪、整った顔立ちをしており、思わずドキッとしてしまった。
スカーフの色が青色のため学年が一つ上の3年生のようだ。
うちの高校はセーラー服のスカーフが学年色になっている。
一年生は黄色、二年生は赤、三年生は青色なのだ。
あんな人どこかで会ったかな?
夢の中のためどこかで会ったことがあるのかもしれない。
あの子、もしかしてあの猫を拾ってくれるのかな。
それならとても嬉しい。
そんな事を考えている時、急にバスのクラクションが大音量で響き渡った。
後ろを振り返ると女の子が抱えていた猫が大通りに飛び出していた。
そしてそれを追いかけるように女の子も。
おい、おい! 展開がベタ過ぎるだろ!
だが、例え夢だとしても交通事故の現場なんて見たくない。
俺は考えるより速く足が動いていた。
現役陸上部舐めんな!
夢だからだろうか。死への恐怖をまったく感じない。
体も羽のように軽く、いつもより速く走れている実感がある。
こんなところまで自分の願望が反映されるとは。
つくづく明晰夢には驚かされる。
道路に飛び出した猫を抱えた先輩は迫ってくるバスの方を見ながら呆然と固まってしまっていた。
「間に合えッ――」
俺はダイブしながら女の子を背中から抱きしめ、そのままの勢いで女の子がすっ飛ばされたり、猫が体の下敷きにならないように女の子と自分の体の位置を半回転させて入れ替え、自分の体をクッションにして背中からアスファルトにぶつかる。
「がぁッ」
バスとぶつかる寸前で避けることはできたが、背中を思いっきり打ち付けたせいで一瞬呼吸ができなくなる。
俺は女の子と猫を抱えたまま中央分離帯のガードレールのところまでそのままの勢いで飛ばされていた。
だが、その事が幸いし、他の車にはぶつからない位置まで移動できた。
痛ったぁぁぁぁぁ!?
なにこれめちゃくちゃ痛いんですけど。
明晰夢は痛覚まで感じると聞いていたが痛覚は遮断してほしかった。
それでもアドレナリンが分泌されているのか動けないほどの痛みではない。
幸い打ち所が良かったのか骨が折れている様子も血が出ている様子も無かった。
制服も少し背中やズボンの部分が擦れてほつれたり玉になっていたりしてボロボロになっているようだが破れてはいないようだ。
それより女の子と猫が心配だ
抱きしめていた女の子を離すと猫がぴょこんと飛び出し、また住宅街に戻って行った。
女の子にも怪我は確認できないことに安心する。
女の子は少しだけ放心状態だったが、歩道に戻ると少しずつ状況が飲み込めてきたのか泣きながら謝ってきた。
「ごめんなさい! ごめんなさい! 私が状況判断もせずにあんな行動を取ったばかりに。私、なんて馬鹿なことを!」
そうだ。これは夢だった。なら少しくらい格好つけても平気だよね?
「泣かないでください。綺麗な顔が台無しですよ」
痛みに耐えながら格好つけたセリフを喉から絞り出す。
打ち付けた背中がズキズキと痛むが、表情筋をコントロールして悟られないように気を付ける。
「でも、でも!」
「猫を助けたいと思うあなたの気持ちは決して間違っていませんし、猫を助けようとしたあなたの行動も間違ってはいません。ですがもう少しだけ自分を大切にしてください」
泣いている先輩を抱きしめて、背中を撫でながら優しく諭す。
「ううっ、ぐすっ、」
「怖かったですよね。でも安心してください。怖くなくなるまで俺がそばにいますから」
バスは路肩に停車すると運転手が降りてきて救急車を呼ぶか聞かれたが大丈夫ですと答えた。
先輩はすぐに落ち着いたようだ。
「本当にありがとうございました。あなたは命の恩人です。今度お礼をさせてください」
「お礼なんて良いですよ。困ってる人がいたら助ける。当然の事をしただけです」
くぅぅ! このセリフ、一度は言ってみたかったんだよね。
ヤバい。現実じゃ言う機会なんてまったくないセリフを連発できて興奮する。
顔がにやけてしまいそうだったので「では、またどこかで」
とキザなセリフを残してその場を去った。
「せめてお名前だけでも」と後ろから声が聞こえたが軽く会釈だけして名前は伝えなかった。
真のヒーローは人知れず人助けをするものだ。
一生に一度はやってみたかった事ができて大満足の俺は痛みも忘れてそのまま学校ヘと向かった。
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