16話 代理戦争
「ちょっとあんた……じゃなくて奏多大丈夫?」
「え? ああ……多分」
いつもの待ち合わせ場所へ行くと沙耶が心配そうな顔でそう聞いてきた。
あんたから名前呼びに変えたのは何の意味があるんだ?
「多分って……」
朝、鏡を見たら目の下にくっきりと隈ができていたため、それを心配しているのだろう。
今日はとにかく眠い。
うちの部屋の壁はあまり分厚くないため、よく声が伝わってしまうのだが、昨日は隣の雫石の部屋から『こうなったらもう強行手段しか……でもそれで嫌われちゃったら……』などの独り言が聞こえてきたため一睡もできなかったのだ。
お陰で全身が怠くて重い。
それに加えて俺の部屋には鍵が付いていないため、雫石に夜中に侵入される恐れがあったのだ。
お風呂に一緒に入ろうとした雫石の事だ。
部屋に侵入される可能性は大いに考えられたため、寝付く事ができなかった。
まあ、何も起こらなくて良かったな。
今日はいつもなら朝練がある日なのだが、顧問が用事があって来れないため監督者がおらず、部活ができないため陸上部の朝練はなくなってしまった。
そのため、吹奏楽部の朝練がある雫石はすでに学校へ行ってしまっている。
「沙耶、真面目な相談があるんだけど聞いてくれる?」
「もちろんよ。たまには私を頼ってちょうだい!」
何故か相談に乗り気の沙耶に通学路の住宅街を歩きながら雫石の事をさっそく相談することにした。
「俺さ、前に従姉妹と同居してるって話したでしょ?」
「ああ、うん。吹奏楽部の天野雫石ちゃんでしょ? 私同じクラスになったこと無いけど男子に人気だよね」
「そう、その雫石から俺を異性として見てるって言われたんだ」
「へぇー……ってええっ?!」
そりゃまあ、驚くよな。
「「えぇぇっ?!」」
だが後ろから沙耶以外の声がして振り返ると、数メートル右後ろの電柱の後ろに胡桃が、そして左後ろの曲がり角の影に黒岩が立っていた。
「何やってんだよお前ら」
「私は沙耶先輩のサポート……ではなく、久しぶりに先輩方と一緒に登校したいなぁと」
「俺は姉御のための情報収集……ではなく、高校に友達と登校するという人生初のイベントを体験したくて一緒に登校したかったっす」
「真似しないでよ金髪君!」
「真似してないっすよ!」
何で仲悪くなってるんだ? この2人。
「ちょっと待て、胡桃はともかく何で黒岩は俺の家を知ってるんだよ?」
「佐渡先生から住所を聞いたっす」
あの先生は……
それ、生徒の個人情報だから駄目でしょ。
「奏多先輩! それよりさっきの話はどういう事なんですか!」
胡桃が俺と黒岩の会話を遮って聞いてきた。
「ああ……胡桃と黒岩には言ってなかったけど、去年から同い年の雫石っていう従姉妹と同居してて」
「それはもう聞きましたよ! そのあとです!」
「その従姉妹に異性として見てると言われて」
「そこです! それに関して奏多先輩はどう思ってるんですか?」
「気持ち自体は嬉しいけど、俺は雫石を家族としてしか見れないんだよ」
「はぁー、良かった。それなら安心です」
何が良かったんだ?
「それなら奏多先輩がキッパリとそう伝えればいいだけじゃないですか?」
「はっきりと異性として見れないことは伝えたよ。でも、そしたら俺が何と言おうと諦めないって言われちゃって、昨日から俺に一人の女性だと認識させるために色々計画してるみたいなんだよ。それで沙耶に相談しようと思ってたんだけど……って沙耶?!」
気付くと沙耶が白目をむいて魂が抜けたような顔をしていた。
「沙耶先輩! しっかりしてください! まだ希望はありますよ!」
胡桃が必死に揺さぶるが、沙耶は『あばばば』と奇妙な声を出すだけで反応しない。
本当に大丈夫か?
「じゃあそれなら従姉妹さんに成瀬先輩の事を諦めさせればいいんすよね?」
今度は黒岩が尋ねてきた。
「うん。でもあんまり雫石を傷つけない方法で」
「それならラブコメでよくある偽の恋人を作ればいいっすよ!」
「それならラブコメでよくある偽の恋人を作ればいいんですよ!」
同時に胡桃と黒岩が叫ぶ。
こいつら本当に気が合うよな。
「真似しないでよ!」
「真似してないっすよ!」
なんだろう……仲が良いのか悪いのか良く分からなくなってきたぞ。
声を合わせるタイミングでも会わせているんだろうか?
「でも偽の恋人とか現実的に無理があるだろ。それで雫石が諦めてくれるか怪しいし、第一相手役いないし」
「姉御がいるっす!」
「沙耶先輩がいますよ!」
「なっ?! 姉御ってまさかあのポニテ先輩か! そうはさせないよ金髪君」
「やっぱり白鳥は幼なじみ先輩の味方っすか! こっちだって引けない理由があるんすよ!」
二人の言い争いが始まった。
寝不足の頭に声がガンガン響いて辛い。
「お前ら、近所迷惑になるから喧嘩止めろよ。あと、偽の恋人とかは相手役にも迷惑がかかるし止め……」
「「かかりませんよ!」」
何でお前たちがそう断言できるんだよ……
「もういっそゴールデンウィークに遊園地に沙耶先輩とその従姉妹さんと行ってラブラブカップルだと見せつけて諦めさせましょう」
「いいや、絶対姉御と行った方が良いっすよ」
「付き合いの長さから絶対沙耶先輩でしょ!」
「学校で一緒にいる時間が長いのは姉御っす!」
ああ……俺、相談する人、間違えたな……
後悔しても遅いことを後悔し始めた俺は考えることを止めて二人の言い争いを聞き流しながら学校へ向かった。
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