10話 一夜明けて
「ちょっと奏多」
「うん」
「人の話聞いてんの?」
「うん」
「……」
「……」
「ちゃんと人の話をちゃんと聞けぇぇ!」
「ぐはぁッ」
俺の腹に遠心力で勢いがつけられた沙耶の持っているスクールバッグがめりむ。
だが、ちゃんと力加減はされており、ずっと上の空だった俺は現実に引き戻された。
「さっきからどうしたのよ。ずっとぼうっとして」
「え? ああ、ちょっと考え事をしてて」
朝、家を出る前に雫石から言われた事がずっと頭から離れない。
突然の告白に加えて、どんな手を使ってでも俺を落としに来ると言っていたのだ。
冷静でいられるわけがない。
でも、俺から言い出した事なんだよなぁ。
雫石のパンドラの箱を開けてしまったのは間違いなく俺だ。
雫石自身は俺と距離を置くために、自分の気持ちを偽るために自分の性格を変えて過ごしていた。
その証拠に今日の朝から雫石の言動や性格が昔のように戻り始めている。
そんなことを考えていたら、沙耶が心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
「大丈夫? あんたが何に悩んでるのかわからないけど、たまには私を頼りなさいよね。幼なじみなんだから」
俺は良い幼なじみを持ったなぁ。
沙耶はいつも俺が困っているときに手を差しのべてくれる。
「ありがとう。でもこれは俺の問題だからさ」
そうだ、でもこれは俺の問題だ。俺が蒔いてしまった種は俺が責任をもって刈り取るしかない。
帰ったら雫石にキッパリと言おう。
昨日はあんなことを言ってしまったけど、雫石は家族として好きなのであって恋愛対象ではないと、家族として愛しているのだと伝えよう。
だから雫石を一人の女の子として見ることはできないと。
本当に俺は自分勝手で自己中心だ。
夢だと思っていたとはいえ、自分からあんなことを言っておいて自分から断るなんて。
俺が最低な男か町中でアンケートをとったら全員が最低な男と答えるだろう。
だが、後悔してももう取り返しはつかない。
雫石は魅力的な女性だが、大前提として家族だ。
家族にそのような感情を持つことはやはり間違っていると思う。
夢の中、フィクションならいとこにそのような感情を持っても大丈夫かもしれないが、現実なら話は別だ。
世間の目や家族の目がある。
ゲームと同じようにはいかないのだ。
そういえば沙耶は昨日の事があっても普通だな。
長年の付き合いでスルースキルが磨かれているのかもしれない。
「そうだ沙耶、体調はもう大丈夫なのか?」
「え、体調?」
「え?ってお前、昨日部活休んだだろ?」
「あ、ああ! 体調ね! もうバッチリ良くなったわよ!……本当は一日中表情が緩みきっちゃってあんたに会えなかっただけだけど……」
「? まあ体調が良くなったならよかったよ。胡桃も心配してたし俺も心配だったからさ」
沙耶は後半何かをぶつぶつと呟いていたようだが、よく聞こえなかった。
だが、変に追及すると殴られるのでやめておく。
長い付き合いのため、スルーした方が沙耶の機嫌を損ねないタイミングがなんとなくわかるのだ。
「心配してくれたの?」
「当たり前だろ? 心配じゃないわけがないだろ。昨日の朝まであんなに元気だったのに……」
あ、せっかく沙耶がスルーしてくれたのに自分から墓穴を掘ったな。
めちゃくちゃ気まずいし恥ずかしい……
沙耶とは血こそ繋がっていないものの長い付き合いのため家族のようなものだ。
気恥ずかしさが尋常じゃない。
「昨日の……朝……昨日の朝……」
沙耶は壊れたロボットのような声を出すと頭からプシューと音をたてて湯気が出そうなくらい赤面していた。
やめてくれ! 俺まで思い出してくるから!
頭に血が上り、顔が熱くなるのを感じる。
「そ、そのだな。昨日の朝は……」
「だ、大丈夫よ! どうせ私をからかってただけでしょ? 急に言われてビックリしたけど、別にあんたに言われたって嬉しくないし」
よかった! そう解釈してくれたならありがたい。
そうだよな。沙耶が俺にあんなことを言われて嬉しがる訳がない。
「そ、そうなんだよ! 全く、沙耶は良いリアクションでからかい甲斐があるな」
「き、決まってるじゃない! あんたにあんなことを言われたら気色悪くて鳥肌立つわよ! あの場から全速力で立ち去りたいくらい」
それはちょっとひどすぎると思う。
さすがに俺でも傷ついたよ。
何故か俺よりも沙耶の方がしょんぼりしているようだったが、なんとか誤魔化せたようで安心した。
#
「成瀬先輩! おはようございますっす!」
「え? 何でお前ここに?」
「何でって、俺、陸上部に体験入部しに来ました!」
学校へ着いてから朝練の準備を始めると朝日を浴びて金色に輝く頭の黒岩がいた。
そうだった! 夢じゃなかったんだから現実に黒岩も存在するのか!
「奏多、だ、誰あれ。知り合い?」
黒岩は完全に見た目が不良のため、沙耶は怖がって俺の後ろに隠れて小声で尋ねてきた。
「紹介するよ。こっちは俺の幼なじみの星川沙耶。あっちは後輩で俺の友達の黒岩忠。二人とも仲良くしてくれると助かるよ」
「成瀬先輩の幼なじみさんですか! 一年の黒岩忠っす。成瀬先輩の舎弟です! よろしくお願いします!」
「しゃ、舎弟?」
沙耶が凄い勢いでこちらを振り返る。
違うから違うから。
「舎弟じゃないから。黒岩はこう見えても真面目で真っ直ぐな奴だから怖がらなくても平気だよ」
「か、奏多がそう言うなら……私は2年の星川沙耶。よろしく」
「はい! よろしくお願いします!」
良かった。二人とも仲良くやれそうだな。
そんな二人の様子を見ていた俺はほんの少し保護者のような気分になった。
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