1話 いとこを攻略
『明晰夢』をご存知だろうか?
明晰夢とは夢を見ているときに、これは夢であると自覚ができる夢のことである。
そして明晰夢は練習をしたり回数を重ねることで夢を自由自在に操ることができるようになるそうだ。
それに加えて現実と見分けがつかないほど鮮明な光景を見ることができ、五感まで感じられるようになる。
まさに何でも自分の思い通りになる『夢のような夢の世界』なのだ。
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「な、なあ、雫石」
「……何ですか?」
「今週末さ、俺予定空いてるんだけど、もし雫石も空いてたら……」
「気を使わなくて大丈夫ですよ。私は予定があるので」
「そっか。ごめんね」
リアルでの人間関係は上手くいかない。
雫石は母方の叔母の家庭の一人娘で、俺と同い年のいとこだ。
雫石のお父さんはIT企業に勤めており、アメリカのカリフォルニア州サンノゼに2年前から単身赴任している。
予定では5年間の単身赴任だったのだが、叔母さんと俺の母さんの仲が良く、雫石と俺は同じ高校に通っていることもあり、叔父さんが帰ってくるまで叔母さんと雫石は1年前から同居しているのだ。
事の始まりは1年前、高校入試が終わり無事に第一志望校の正夢高校に合格した俺に届いた母からの知らせだった。
『奏多、いとこの雫石ちゃんって覚えてる?私の妹の咲枝叔母さんの娘さん。雫石ちゃんも正夢高校を受験して合格したんだって。それで咲枝の旦那さんは去年から海外へ単身赴任してるんだけど、咲枝の家から正夢高校に通うよりも家から高校まで通わせた方が近いし雫石ちゃんも楽だと思うから、咲枝の旦那さんが戻ってくるまで一緒に暮らそうと思ってるんだけど大丈夫?』
大丈夫?なんて聞かれたが、どうやら決定事項だったらしい。
母にそう伝えられた次の日には雫石と咲枝叔母さんが俺の家にやって来た。
久しぶりに会った雫石はまるで別人のようになっていた。
昔長かった髪は横髪長めで前下がり気味のミディアムボブになっており、全体的にクールな印象を与えている。
背も俺と数センチしか変わらないくらい伸びていて、昔元気っ子だったあの頃の雫石が嘘だったかのようにとても大人びていて、一言で言うなら美しくなっていたのだ。
雫石と俺は小さい頃はよく一緒に遊んだのだが、別々の小学校に入学したのをきっかけにパッタリと会わなくなってしまった。昔は
『しずくね、おっきくなったら、かなたくんとけっこんするの!』
なんて言ってくれていたのに時間が経ちすぎたせいか、今は俺に対してずっと敬語だ。
さっきも少しでも距離を縮めるために映画に誘おうと思っていたのだが、断られてしまった。
一緒に暮らしている以上、ギスギスせずに仲良くしたいのだが、何だか最近は特にあからさまに避けられている気がする。
一緒にテレビを観ようとリビングへ行くと急いで部屋に戻ってしまうし、俺が部屋に戻ると入れ違いでリビングでテレビを観ている事なんてしょっちゅうだ。
もしかしたら俺は雫石に嫌われてしまっているのかもしれない。
どうして現実はギャルゲーのように上手くいかないのだろうか。
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俺はギャルゲーが好きだ。
嫌なことも全部忘れてプレイができるのはもちろん、現実と違って必ず攻略方法があり、選択肢まで用意されているからだ。
俺は元々ギャルゲーが好きだったが、雫石の一件が現実逃避を加速させ、さらに深くハマる拍車をかけてしまった。
そして俺はいつからか現実がギャルゲーになってしまえば良いと本気で考えてしまうほどすっかりギャルゲーにハマってしまっていたのだ。
とは言ってもそんなことは未来から来た青い猫型ロボットでもいなければ実現するわけがない。
だから俺は明晰夢でギャルゲーの主人公になったかのような体験をするために明晰夢を見る訓練を始めた。
明晰夢を見るための訓練として有名なのが『夢日記』をつける方法だ。
夢日記とはその名の通り、夢で起こったことを書き留めておく日記帳のことである。
多くの人は夢を見てもその内容が不鮮明だったりすぐに忘れてしまったりする事が多いだろう。
だが夢日記をつけることで、いつ、どこで、誰が、何をしたのかを詳しく書こうと意識できるため現実と夢との区別がつきやすくなるそうだ。
明晰夢を見るためには夢と現実を区別できるようになる必要があり、そのためには夢日記を書くのが手っ取り早いのだ。
俺はこの夢日記をギャルゲーにハマってしまった1年前からずっとつけてきた。
気づけば『某VRMMOの世界や異世界に行って無双する』ような王道な夢から自分で読み返しても軽く引くレベルのヤバい夢までノート計20冊分の日記をつけていた。
その結果、俺は夢と現実との区別をハッキリとつける方法を見つけた。
そして俺は今日、初めて明晰夢を見る挑戦をする。
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お風呂から上がった俺は意識を集中させ、いつもよりも少し早い時間にベッドに入る。
まずはイメージだ。
ゆっくりと見たい夢をイメージしていく。
初めてだから難しい夢じゃなくて現実に近い夢にしようか。
よし、明日の朝のシミュレーションに決めた。
朝起きた所からスタートして、今日は4月25日だから日付が4月26日になっていたら成功だ。
そこからギャルゲー的なイベントを発生させて知り合いをヒロインとして攻略していくことにしよう。
いつもの朝の光景を思いながら俺は深い眠りについた。
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朝日がカーテンの隙間から差し込み、俺は目を覚ました。
目に入ったのは見慣れた天井。
体を起こして辺りを見渡すといつも通りの俺の部屋だった。
デジタルの目覚まし時計を見ると日付は4月26日の午前6時。
よし! まずは第一段階クリアだ。
次は本当に夢なのかどうか確認しなくては。
廊下にでると隣の部屋からちょうどパジャマ姿の雫石が出てきた。
まだ眠たいのか目をごしごし擦っている。
俺達の部屋は二階にあり、隣どうしなのだ。
「おはよう雫石」
「ん、おはようございます」
気だるそうにそう答えた雫石に、俺は夢か現実かを見分ける一言を放つ。
「今日も雫石は可愛いな。大好きだ。愛してるよ」
ふっ、決まった。
もし現実だったら、雫石は今までの経験から『そうですか、ありがとうございます』とスルーするはずだ。
若干引かれるかも知れないが、もうすでに十分避けられているためダメージは少ない。
その代わり、夢なら俺の願望通りの反応をしてくれるはずだ。
そしてそのまま憧れのギャルゲー主人公体験ができる。
どうだ! 俺のパーフェクトプラン!
「なっ、なっ」
雫石は顔を真っ赤にして目に涙を浮かべ、ワナワナと肩を震わせていた。
やばっ、怒らせたか?
「ふ」
「ふ?」
「ふぇぇぇぇん」
えぇぇぇぇ?!
俺って泣かれるほど嫌われてたのか?
まさかこれ失敗?
「奏多君のばかぁ。奏多君と同居なんて夢みたいだったけど、家族だからって、血が繋がってるからってずっと意識しないように頑張って奏多君を避けてたのに! そんな事言われたらもうこの気持ちを押さえられないじゃん。もうこれからどうすればいいかわかんないよぉ」
萌える! なんだこれ。
雫石キャラ崩壊してるし敬語じゃなくなってるけど可愛すぎだろ!
しかも奏多君って呼んでたよな。ポイント高!
いつもはさん呼びされてたけど、急に来る君呼びは破壊力がある。
普段雫石から避けられていた反動と普段見れない雫石の姿に俺のテンションは最高潮になる。
夢には自分の潜在意識が大きく反映されるというが、なるほど。俺は潜在意識では雫石に避けられている理由をそうポジティブにとらえてメンタルを保っていたのか。
なんか泣けてきたけどグッジョブ! 俺の潜在意識!
「本当に雫石は可愛いな。心配しなくても俺が全部受け止めてあげるよ」
調子にのった俺はそんな言葉をかける。
キモっ、俺キモっ。軽く自己嫌悪に陥るが、もう何も怖くない。
ここは俺の夢の中だ。
「奏多君……」
トロンとした表情で雫石は俺を見つめている。
若干雫石の瞳孔がハートマークに見える気がした。
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