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林檎の味は嘘  作者:
4/5

よんわ

「……か、母さまがね。かあささささままままがね」

 ぼくが研究所からもどってきてそうそう、玄関でねえさんは壊れたレコードのようにことばを紡いだ。

 送ってくれた先生もいささか面食らったようなかおである。

「母さんがどうかしたの?」

 よくない空気がぼくをつつむ。かなえは目をみひらいているいるけど、しょうてんはどこにも合っていない。

「博士は明日辺りにこっち帰ってくるって聞いたけど……なんかあったのかい?」

 ――――母さんはいなくなった父さんを探しにある日きゅうにいなくなる。今回も地球のうらがわまで探しにいったって話だ。

「かあさまのひこうきが――――おおおち、おちちゃっ、堕ちちゃったよぉ」

 そういってうずくまり、かなえは泣きはじめた。ぼくはくつをぬぐことを忘れてリビングに駆けた。どうでもいいきんゆう関係のコマーシャルをとばしてニュース速報にきりかえる。

 ニュースキャスターのおじさんが現地でそのものものしさを伝えている姿がブラウン管にうつしだされた。

 ヘリからの撮影のためだろうか、山の上に落下したと思わしきヒコウキはまるでアルミホイルをちぎったようなどこか軽々しくて、うそ臭い映像だった。

 あとからリビングにやってきたおじさんはひたいに汗を浮かべながらいった。

「だ、大丈夫さ。博士がその飛行機に搭乗してるとは限ら――――」

「おじさん、悪いけど憶測でモノをいわないほうがいい」

「いや、そうだと決まったわけじゃ――――」

 ぼくはおじさんが言い終わる前にわりこんだ。

「――――電話。電話の受話器どこにもないんだ。かなえ、電話かけたの? それとも向こうからかかってきた?」

「君は何をいって――」

「さ、さっきね……」

 リビングを出てすぐのろうかでかなえはうずくまりながら答えた。まるで背中から声が出てるみたいだなぁと場違いな感想。

「……………………か、かかってきた。こーくーがいしゃの人だって。残念ですけどって」

 そういって声をはりあげてよりいっそうひどく泣いた。おじさんはそれを聞いてふらつく足でソファーに、もたれかかる。

「どうなってるんだ。これじゃ私と博士の研究が……。ああ、最悪だ。論文やデータは博士が管理してるんじゃないか。今死なれたらスポンサーが黙ってないぞ、まったく」

 単純に最低だと思った。

「ハハッ、そうだ、そうじゃないか! 博士が常にデータを持ってるとは限らない! あの人のことだ。バックアップは当然の筈。なあ君、博士の部屋はどこだい? ここまででかい家だ。研究室もひょっとしたらあるんじゃないのかな。いや、あるに決まってる! 紙媒体のデータももしかしたら――――」

 絶望のフチにいるぼくらにとってその希望にみちた顔とコンジョーはいささか殺意に値するものがあったけどぼくは落ち着いて、つとめて冷静にいった。

「母さんはノートパソコン一台しかもっていません。それは当然持っていきました。母さんは家庭に仕事をもちこみません。はっきりいえば先生がのぞんでるものは何もありません」

「いいや、そんな筈はないんだ! 君らのお父さん程じゃないけどね、あの女は腹が立つくらい、自身に劣等感があることが馬鹿らしくなるくらい頭がいいんだよ。なあ、香苗ちゃん。なんか君も知ってるだろ? 先生に教えてくれないかな?」

 かなえは答えれないからぼくが変わりに答える。たんじゅんな拒絶を。

「かえってください」

「残念だけどね、そうはいかないんだよ。データは彼女が設定したパスコードが一週間打ち込まれないと消去される上に彼女の作ったOS内でしかそれは走らせれない。これが厄介でね、不正な動きは感知するわ、無理にオバーフローを起こせばデータは消えるわってね」

 皮肉っぽく首をすくめるおじさん。香苗にふれようとしたところでぼくはテーブルの上のかびんを床にたたきつけた。水とトウキのくだける生理的にうけつけないイヤな音がした。

「帰って下さい」

「…………また来るよ」

 おじさんがいなくなって家にはかなえとぼくだけしかいなくなった。

 ぼくにとって世界はやさしくなかった。


 目が覚める瞬間。それはいつだって唐突に訪れるような気がする。実は無意識下で起きるタイミングというのは自分で決めているのではないかと疑うときがある。まあ、そんなはずもないのだけど、と寝ぼけ眼で自分自身を否定してみる。

 ふと、横を見ればベットに腰を下ろしてコーヒーを飲んでらっしゃる三白眼の少女が幽霊のように佇んでいた。

 そういえば昨日は一緒に寝たんだっけ。勿論、性的な意味は含まれていない。そんな属性もないし。

「おはよう」

「ああ、うん。おはよう」

「傷はどうだ?」

「まー、上々」

 寝ながら右手を太陽の光に掲げて見る。不格好な包帯巻きの片手が晒される。

「応急処置をしたドクターの腕がよかったんじゃないかと推察します」

「当然だ」

 本当は自分でやりたかったのだけど。

「ああ、ご飯作らないとね」

「……今日は私が作った。私にも気配りくらいはできる」

 そういってそっぽを向かれた。フリフリと揺れるしっぽは見えない。犬かお前はと突っ込もうか少し悩んで心内に秘めることにした。犬並みに噛まれても困るし。

 僕の部屋のテーブル……といえば聞こえのいいちゃぶ台の上にトーストと目玉焼きとゆで卵、それにサラダのモーニングセットが乗っているのが見えた。無論、コーヒーセットのである。

「しかし、これは果たして作ったといえるのだろうか」

「目玉焼きは自信作だぞ」

 とりあえずどうしていいかわからないので、頭を撫でといた。少し誇らしげなのがまるっきり犬のそれである。今度首輪でもプレゼントしてみようか。

 

「……なあ」

「んー?」

「今日は一緒にビデオをみないか?」

「悪いけど今日は学校」

「……ふん、何度もいうが学校など辞めてしまえ。目的のないお前が学校に行っても意味はない。実に非生産的な行為だよ」

「なんていうかほら。今は目的を探すのが目的、みたいなさ」

「学校とは将来に備える場だ。しかし三世代が遊んで暮らせる余裕があるウチにはそれは必要ないんじゃないか?」

「……わかったよ。明日は休む。これでいいかな?」

「一週間だ」

 一週間何も考えずただひたすら姉と家で堕落する生活か。脳の衰退に加速装置をつけたような酷い行事であることは間違いない。

「……分かったよ、一週間」

 実に後ろ向きな方向で姉に説教を受ける僕であった。

 

「よう、ひーめちゃん」

「よーし、刺殺毒殺絞殺爆殺どれか好きなものを選ばせてやろう」

「ああ、その冷え切ったつぶらな瞳、長いまつ毛、細くて小さな体、どれも最高だよ」

 そういって変態ことクソ野郎……もとい高橋は生暖かい息を吐き出しながら身をくねらせ僕の前の席に腰を下ろした。

「あれ、ひめちゃん何で来客用のスリッパなの?」

「……いつものだよ」

「ああ、なるほど。ひめちゃんの隠れファンのいつものあれか」 

 そういつものこと。

 僕の体操着が盗まれたり、上履きが白濁色の何かがぶっかかっているのはいつものことである。

 表立っては嫌われていない。だけど静かで緩やかなる排斥、切除。

 まあ、うるさいよりは静かな方が僕は好きなのでちょうどよかったりする。

「まあ、ひめちゃん人気者だし」

「次もその名前いったら殺す」

「……も、もう一回いってくれるかなァ」

 熱い眼差しでアンコール。実に気持ちが悪かった。

 色黒の筋肉男をどう喜ばせずに貶すかを必死に考え巡らしているところ、細い足からの十六文キックが真っ直ぐ変態、もとい高橋に向かって蹴り込まれた。ガタンと激しい音。

 同時にクラスの喧騒が止んだ。

「……花村てめぇ」

「今日も元気にオホモダチですか。まあ、確かに華奢な男が大柄の男に強姦されるというのはよくあるシチュだな。だけどそういうのは教室でやるんじゃなくて男子トイレとかそういうところでやってもらえるか?」

「なっ、俺はホモじゃねえっ!!」

「別にアタシは独り言をいっただけだよ。それをなんだよ、急に食って掛かってさ。もしかして本当にホモだとか? ははっ、だったら悪かったね。邪魔をするつもりはなかったんだ。この通り謝るよ。……でもそうじゃないならさァ、とっとと失せろよホモ野郎。わかるよなー? わかんないかなー? そこがアタシの席だってことがさ」

 そういってショートカットの少女はシニカルに頬を歪ませて高橋を見下した。いいぞもっとやれとは僕の矮小な悪意から来るものである。

「……お前はいつかぶっ殺す」

 高橋はゆくり立ち上がって自分の制服の埃を払いがら自分の席に戻った。それと同時に周囲の喧騒もまたゆっくりと戻る。

 なんという事なかれ主義のクラスメイトだろうか。それともこれは喜ぶべきなのか否か。

「花村。今のは酷いだろ」

「あー? なにがよ」

「僕と変態を一緒にホモ扱いしないでくれ。シチュとかまるで一般論みたくいうなよ」

「そう思っていないのは当人だけ」

「んな、馬鹿な」

 ふと周りのクラスメイトを見れば露骨に目を逸らされた。それも女子にである。

 あれ、僕の考えは異端だったのだろうか。というか僕はそういう目線で見られているのだろうか。

「てか君、なにタメ口聞いてくれてるワケ? ちょっと話したことがあればもう友達? 冗談じゃないわ、気持ち悪い。流石精液ぶっかかったもん使ってるだけあるわね。礼節弁えろっての、ショタっ子ちゃん」

 そういいながら花村はアルコール消毒液の入った霧吹きで蹴り飛ばした椅子を消毒していた。よほど高橋が気持ち悪いんだろうなぁ、と僕。

 わかり易い敵意。それはどんなものにも対等に話しかける彼女なりの優しさなのだと最近になってやっと気づいた。事実、彼女は僕を避けずにおかしいことはおかしいといってくれる。もしかしたらさっきの高橋の件も僕が困っていたから泥を被ってくれたのかもしれないと希望的観測。

 とりあえず何をいっても悪態以外が返ってこなそうなので余裕そうに肩をすくめておいた。


 一騒動があったのだから少しくらいはこちらを気にしてもよさそうなものだが一切それがないのも物悲しい。僕と同じ窓側の最前列にいる彼女の方を窺い見れば、彼女はただひたすらに窓の外を憂いの眼差しで見つめている。

 優雅で雅な佇まいではあるが確実にまともなことはこれっぽっちも考えていないだろう。悲しいかな先日の全ての奇行がそれを物語っていた。きっと次はどんな殺し方で人を殺めようか必死に考慮しているに違いない。

 どの道いつかは接触せざる負えないことを鑑みるにさっさと挨拶の一つでも交わそうではないかと友好的な僕は、柏原泉が座り佇む縄張りへとお邪魔しにいった。

「おはよう」

「…………」

 憂いの彼女は僕を見据えて大きく目を見開いた。

「あの、おはよう……?」

「好きです」

 真っ直ぐ僕を見つめてそう彼女は呟いた。

 うむ、残念なことに彼女と僕は圧倒的に使用している言語の周波数が違うらしい。何だろうこの外人の端々の単語は聞き取れるけど結局意味がわからないみたいな感覚は。まあ急に英語で話しかけられるよりはいいじゃないかと安心してみる。

「意味がわからないんだけど」

「好きです。愛してます。アイラブユーです」

「……ええっと」

 頭が痛い。精神的な意味で。

「殺したいほど愛してます」

 それはダメだろ。寧ろ憎悪の方が強いんじゃないかと異議アリな僕。

「セイっ!」

「ぐふぇっ! 何を――――んぐっ」

 別にタイヤキを盗んでしまって悩んでいるわけではない。

 立ち上がった彼女は瞬時に僕のみぞおちに一突き。そしてそのまま僕を押し倒して口付けを交わしたのだ。蝿でも止まっていたのか。ようし僕も見えない蝿が見えてきたぞーと憎しみを込めてみる。

 わー、なんて熱くて情熱的なんだろうかと脳でアドレナリンとエンドルフィンがゆんゆんと放射されて幸せ回路が暴走中である。

 彼女は長い髪を掻き上げながら掃除機のごとく僕の口腔の唾液を啜り始める。飲料水のコマーシャルよろしくごくりと喉を鳴らす音が聞こえた。逃げようにも柔道の押さえつけの如く逃げられない。

 ……あ、やばい酸素供給が鼻だけでは追いつかなくなってきた。

 それを見越したように彼女は口を離し、口端を舌で拭う。

「ぷはっ……」

「さ、酸素うめぇ」

 言葉どおり全身を使って呼吸する僕には遥か昔にはこれが猛毒だったとは到底信じられな事実である。

 しかしそこで彼女は止まらず、にこやかに微笑み、まず僕の鼻を指で摘まんだかと思うと口をくちゅくちゅとってまさか――――

 ――端的にいってしまえば彼女の唾液を僕の口内に注がれた。注がれた上に塗りこまれた。

 酸素を是が非でも欲しい僕は必死にそれを飲み込み舌を動かす。彼女はその舌を逃そうとはせず舐め上げ絡める。

 時折、意識が飛びそうになると彼女は絶妙なタイミングで僕に自身の鼻腔から蓄えた酸素を僕に送り込む。十数年生きてて初めて酸素が美味しいと気がついた記念すべき日である。

 ただ視界に移るのは光悦に微笑むような赤く惚けた顔。

 そして彼女は……そのまま倒れた。

「ええっ!」

 一気に顔が蒼白になったところを見るに、どうやら僕に酸素供給しすぎて自分が酸欠になったようだ。実に間抜けな奴だ。

 ふと彼女の粘膜を擦り合わせる雑音から解放された僕が辺りを見渡したところ、クラスメイトの皆さんは唖然とした表情で僕らの痴態を見つめていた。

「あの、みなさんこれはですね」

 どこかで誰かががぽつりと呟いた。

「何だアレ」

「なんていうか、すっごい激しかったわね」

「あいつキスだけで気絶させたよな……」

「なんというテクニシャン」

「朝からいいもん見せてもらったわ」 

「…………」

 僕ににとって世界は優しくなかった。

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