海軍会議と休暇の軍医!
とある海賊の情報交換の為、分厚い資料を抱えRAUT軍本部へと足を運んでいた。
「相変わらず、悪趣味なくらい規律で警備が整っているところねぇ〜」
船から下り、辺りを見回しながら隣に立つMARE軍大将、ティス=グエムに話しかけた。
「…だろうな。」
「うちよりもデカいわねぇ〜…見て、あの軍艦…本部にしろ何にしろお金のかけ具合が違うわ!!」
しかしティスは興味無さそうに本部に向かって足を進めようとしている。
せっかく、他軍の本拠地を視察するチャンスなのにそれを活かさないなんてつまらない男ね…
続いて本部の中へ足を踏み入れようとしたところ、後から呼び止められた。
「あ、待ってくださいな!!おっとと…」
「……大丈夫か?」
踵を返して、船から降りれずにいたフィーノ=サレルノをティスは下から受け止めた。
「すまないね、ありがとさん!!」
少し照れくさそうにフィーノさんは頬を赤めている。
全く…よくシレッとそういう事出来るわよね…
優しくフィーノさんを降ろすと、再び足を進めだした。
料理長であるフィーノさんが何故RAUT軍に行くのか、正直理由が分からずにいた。
今回の情報交換に行きたがってたアビス元帥のことはバサりと切り捨てたのに、同行したいと名乗り出たフィーノさんのことは許可した大将の判断(アビス元帥が大将に左右されてしまう所から、どちらが立場が上なのか正直分からないけど…)
何故、軍人ではない料理長が…?
疑問に思っていたが口には出さなかった。
男には無愛想なコイツが、考えなしに行動したりしない事を知っているからだ。
きっと、何か考えがあるのだろう。
大きな扉を潜ると、海の音は完全に遮断され静けさだけが満ちている。大理石の床…立派な柱…さっきまでとはまるで別世界で、その重々しい雰囲気だけで押し潰されてしまいそうだ。
来るのは初めてではないが、MARE軍とはまた違う雰囲気に毎回の如く息を呑んでしまう。
「ほえ〜…すごいねぇ…これがRAUT軍かぁ。」
少し間の抜けた声を上げながら嬉々としてキョロキョロとあちこちを眺めている。
その様子が子どもっぽくて、さっきまでの雰囲気が一気に和らぎ正直ほっとしている自分がいた。
少し肩に力が入り過ぎているのかもしれないわね…
そんな時、コツリコツリと靴底が響く音が聞こえてきた。
音の方向に視線を送ると、薄ら笑いを浮かべたペテン師が歩み寄ってきたのである。
「遠い中、わざわざお越し頂き有難うございます。」
RAUT軍大将、クラウ=コールズ。帽子を外し丁寧にお辞儀をしては…深緑色の目を更に細めるのだ。
「…こちらこそ時間を割いて頂き感謝しております。」
一方のうちの大将は、いつもと違い丁寧な言葉遣いで淡々と受け流している。
アタシも負けじと会話に混ざり、腹の探り合いを開始する事にした。
どうもコイツは苦手だ。いつも営業スマイルを浮かべているため感情が読み取れない(それ言ったらいつもポーカーフェイスな隣のコイツもだけど…)
だから、まんまと策略に乗せられてしまうなんて少なくない。相手の考えが汲み取れないのはこちらとしても痛手である。
何回対面しても好きになれないボサボサヘアーの金髪はふとフィーノさんに視線を送った。
「…?見かけない方ですね。こちらの方は?」
アタシと大将は顔馴染みだけど、RAUT軍の大将サンはフィーノさんに会うのは初めてだ。
「ん?あぁ、うちの料理長の…」
「フィーノ=サレルノと申します!!」
元気よくフィーノさんが名乗り出ると、一瞬だけ訳が分からないという具合で張り付いた笑顔が歪んだ。
しかしすぐに笑顔には戻ったものの、その視線はさっきまでの意思が強いものではなく、僅かに戸惑いに変わっている。目配せでうちの大将に訴えかけてる様だが、無愛想なコイツだから、その視線に気づいても何も言わずにいる。
「料理長…?今回の話し合いに料理長を交えるのですか?」
冗談でしょ?と言わんばかりに少し大袈裟に身振りをしてはマジマジと彼女の事を眺めていた。
「あ、私は話し合いじゃなくて別件で…」
フィーノさんが何かしら補足しようとした時に、上から足音が響いてきた。
慌ただしく階段を降ってきて、姿を現したのは白い短髪でピシッとアイロンがけされていてシワひとつないコックコートを纏った全身真っ白の男性だった。
色白だからか、南国の海を思わせるような綺麗な青い目だけがやたら目立ってしまっている。
初めて見る人ね…誰かしら。
すると、真っ先に声を上げたのはフィーノさんだった。
「シュヴェ君!!久しぶり!!」
「「シュヴェ君!?」」
アタシとクラウ大将サンの声が重なった。
シュヴェ……君?
「…お久しぶりですね、サレルノさん。」
それに反応して目の前の男性は優しい口調で話出した。
しかし、その様子に酷く驚きを隠せないのはクラウ大将サンのようで…目を見開いて呆然としている。
「二人は知り合いなの?」
「そうなのよ〜!!一緒の料理学校で学んでね!!シュヴェ君ったらあの頃からち〜〜〜っとも変わらないんだから!!」
「……サレルノさんこそお変わりなく。」
最早昔話に花を咲かせる女子だ。シュヴェさんの腕を取ってはキャッキャと話を弾ませている。
「ファルカーさんが言葉を発している…」
普段の様子からじゃ想像がつかないのか、雪でも降るのでは…?みたいな具合で二人を見つめている。
シュヴェさんは止まらないフィーノさんを押しとどめてからこちらに向き直って、丁寧にお辞儀をした。
「初めまして。ティス=グエム大将に、キャロル=ウィリアムズ中将。私は、RAUT軍の料理長を務めています、シュヴェ=ファルカーと申します。いつもサレルノさんがお世話になっております。」
「も〜!!シュヴェ君は私のお母さんか何かなの〜?恥ずかしいからやめておくれよ〜」
肩をぽかぽかとグーで殴りながらフィーノさんは照れくさそうにはにかんだ。
「今回同行させて頂いたのは、シュヴェ君から連絡があったからです。私は話し合いには関係ありませんし、私情を持ち込んですまないね…」
「…そういう事ですか。」
「許可したのは俺…あ、いや…私です。二人の交流の機会を許可しては頂けませんか?」
「貴方の頼みなら断る理由はありませんよ。」
ティスが頼むと、納得したらしく快く笑顔で了承した。
…前から思ってたんだけど、コイツって明らかにうちの大将サン相手だと甘いような…
因縁があるのか、執着があるのか…
二人の関係はよく分からないけどアタシの勘が間違ってなければ何かあるに違いない。
…ま、アタシが気に留めたところでご本人様達が口を割ってくれなきゃどうにもならないけど。
許可を貰ったのでシュヴェさんはフィーノさんを連れてどこかへ行ってしまった。
「では、私達も場所を移りますか。」
クラウ大将サンに案内されるがままついて行く時に、一番の疑問を小声で聞いてみた。
「フィーノさんが同行したいって頼んだ理由は分かったけど、普段仕事に関係の無いことは許可しないアンタが何で今回許可したのよ…」
「…勉強だ。」
「え?」
「よその軍の料理を勉強してもらう為だ。」
「あー。」
なーるほど…納得。
「…料理の勉強って…どういう事ですか?」
聞き耳を立てていたクラウ大将サンが割って入ってきた。
「うちの軍の料理を食べれば分かりますよ。」
「え?」
「サレルノ料理長の作るご飯を食べられるのはきっと、うちの軍の人間だけ…ですから。」
MARE軍人にしか分からないことだから、普段贅沢で美味しいものを食べているであろうRAUT軍の大将さんは首を傾げるのだった。
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「広いねぇ。それに、ちゃんと設備が整ってる…私もこんな厨房で働いてみたいわ!!」
「…RAUT軍来ます?」
「ダメよ〜!!私はMARE軍の皆さんの健康を守る為日々料理を作らなきゃいけないんですもの!!」
「私はサレルノさんと一緒に働けたら嬉しいのですが…」
「ふふふ、嬉しいわぁ!!寧ろシュヴェ君がうちの軍に来てくれればいいのよ!!」
そう言うと、困った様に頬を掻きながら首を横に振った。
「ダメです。私はRAUT軍の料理長ですから…自分の持ち場を離れることは出来ません。」
「そう…残念ね。なんだかお互いに啀み合っている軍ですからシュヴェ君とライバルみたいで嫌だわ…」
「サレルノさんとライバルだなんてとんでもない。」
「私も、ライバルだなんて柄に合わないものね…シュヴェ君と啀み合うなんて嫌よ。シュヴェ君がRAUT軍の料理長として働いているなんてびっくりしちゃった。軍同士は仲が悪くても…これからも、贔屓して頂戴ね。」
「贔屓って……良くして頂いてるのはこっちの方ですよ。」
やっぱり昔からちっとも変わってないなぁ…
懐かしさと共に安心感を覚えつつ、当時の事や普段の生活…身の回りの事を話した。
あれやこれやととめどなく溢れる思い出話をしながらあちこちにある器具を眺めていた時に、懐かしいものが目に留まった。
「あれ?この包丁…」
「……覚えてます?」
「勿論!!職人さんに作ってもらった…」
「そうです。」
この包丁はシュヴェ君の誕生日の時に私が贈ったものだ。
きちんと手入れされており、大切に使ってもらえていることが分かる。
贈ったのって大分前なのに…
「まだ使っててくれてたのね!!」
「えぇ。この包丁が一番しっくり来るんですよ。切れ味も良くて使い勝手も良いんです。これからも大切に使わせて頂きます。」
私が作ったわけでは無いのに思わず顔が綻んでしまった。
包丁もきっと幸せだろうな〜。こんなにも大切にしてもらえているなんて。
「…そうだ。せっかくなので何か作ります。是非サレルノさんに食べてもらいたい。」
「まぁ、嬉しいわ!!シュヴェ君の料理大好きよ。厨房半分借りてもいいかしら?私も何か……そうねぇ。シュヴェ君の好きなクラムチャウダーでも作るわ!!」
「…!!嬉しいです。楽しみにしてますね。」
シュヴェ君の声に、グツグツと鍋の煮える音、ザクザクと包丁の刻む音、蛇口を捻って水を流す音…様々な音。
どれも心地よくて幸せな気持ちに浸かりながら腕を動かした。
シュヴェ君が作ってくれたのはラタトゥイユだった。
「よく私が好きだって分かったわね。」
ラタトゥイユが好きだなんて以前話したっけ…本当によく分かったなぁ…!!
「…貴女のことは他の誰よりも知っているつもりですから。」
「まぁ〜シュヴェ君ってば一丁前に男の子なんだから〜!!オバチャン照れちゃうわ〜!!」
「オバチャンって…まだまだ若いですし、私と二歳しか変わらないじゃないですか…」
「私はもうオバチャンよ〜。そうそう、前からの疑問なんだけどね、シュヴェ君って女性に優しいからモテるでしょ?恋人だって居てもおかしくないのに……未だ結婚しないのが不思議で不思議で仕方がないの。」
私みたいに婚期を逃して未だ男性とマトモにお付き合いがありません〜なんて二の舞になったら可哀想だ。
シュヴェ君には是非とも素敵な奥さんを見つけて幸せになってもらいたい。
「……それは。」
「式場には私のことも招待して欲しいわ〜。あ、ケーキ!!シュヴェ君の為に私作りたい!!大っきいの作っちゃうんだから!!」
いつもみたいに「喜んで。」そう笑ってくれると思ったのだが、その表情は今までとは違い少し曇ってしまっている。
どうしたんだろう。私、可笑しいこと言ったかしら…?
「…サレルノさんは私のことをいつま経ってもお子様扱いなのですか?」
「え?」
「……言っておきますけど、私は貴女が思っているほど優しい男じゃありません。女性に優しくなんてしませんよ。特別な…
ガシャン。
立て掛けておいた調理器具が床に転がり落ちた。
「まぁ、大変!!」
拾い上げて元の場所に戻したのはいいものの、肝心の内容が聞き取れなかった。
「……何でもありません。温かいうちに食べますか?」
そう言って何事も無かったかのようにラタトゥイユをすすめてくるのだった。
「せっかくですし作り立てを頂くわ!!ありがとね!!」
「…なんだか一品だけですみません。メインディッシュも何かお作りするべきでしたね…」
「これだけで充分よ〜!!あ、シュヴェ君!!クラムチャウダー食べてよね!!温かいうちの方が美味しいもの♪」
「はい、頂きます。」
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「ご馳走様でした。今日はありがと!!久しぶりにお話出来て良かったわ!!」
「遠い中わざわざ有難う御座いました。クラムチャウダー美味しかったです。また近いうちに会えたら…」
「会いましょうね!!あ、今度はうちの軍に来る?優しい人沢山いるし素敵なところよ。」
「…是非とも行かせてください。」
「待ってるわ……って、私がどうのこうの出来るって話じゃないか…本部の方に聞いてみるわ。もし許可が降りたら遊びに来てね!!」
「…はい。」
「フィーノさーん。そろそろ出航するわよ〜」
「おっと、いけない!!」
船の上からキャロル中将に呼ばれたので慌てて駆け込んだ。
「それじゃあまたね!!手紙頂戴よ!?あ、風邪流行ってるみたいだから体に気をつけてね!!元気でねーー!!」
外まで見送りに来てくれたシュヴェ君に大きく手を振りながら別れを告げ、再び海へと出るのだった。
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港町の外れの方にある人気のない居酒屋。時計の針は一を指している。月は高く登り空が高く見える。
ゆったりとした音楽が流れる店内。突然呼び出してきた憎たらしい婆さんを探そうとしたが狭い店内なのですぐに見つけることが出来た。
「……いたいた。」
「遅いじゃねぇかポンコツジジイ。道中野良犬にでも喰われたかと思ったよ。」
「休暇だからって突然すぎるだろうがイカレババァ。それもこんな真夜中にこっちの都合お構い無しに…それにそんな縁起でもない事言うなよ。」
「それで来るオメェとオメェさ。まぁ、座れよ。」
促されるものだから隣に座り、ハイボールを頼んだ。
「で?なんだよ。突然…」
バジェーナ=セルベト。RAUT軍の軍医長。遠慮を知らない横暴な性格でガサツで乱暴で……本当に言い出したらキリのない嫌な婆さんだ。
今日は白衣は着ておらず、ダボッとしたラフな格好をしている。
「んー、ちょっとな。おい、火ぃ貸せよ。」
ポケットから煙草を取り出してはライターを要求してきたのだ。
「煙草やめたんじゃないのか?」
「やめたさ。けど今日みたいな日は吸いたくなっちまうんだよ。ババァの寿命がちょっと短くなったくらいでどうってことないさ。」
「へいへい…常に吸ってるジジイが火ぃ貸しますよ〜」
自分の分とバジェの分に火を灯すと、煙をふかした。
「最近迷っちまうんだよ。」
「…迷う?」
「…あぁ。医者は、命を救うのが役目だろ?だがな、どんなに手を尽くしても救えない命だってある。」
医者は魔法使いでも何でもない。傷や病気を瞬時に治す事なんて出来ないし、救えない命だって勿論ある。
「言われたんだよ。自我を失って死ぬのは嫌だ。意思があるうちに死んでしまいたい。自分が自分であるうちに死にたいってさ。その患者は認知症患ってて自分がいる自分でなくなる事に恐怖してんだ。」
「ふーん…」
「それで、死に方を選ぶ権利はこちらにあるとか…皆そうだよ。こちとら、生きる手伝いをしてるのに…何か病気を持っている人…余命宣告された人…途中で命を投げ出しちまう人だっている。そういった人の恐怖や不安を和らげることが出来なかった…寄り添えなかった自分が悔しいんだよ。」
小さくため息を吐きながら鬱陶しそうに目を伏せた。
「途中で投げ出していい命なんて無いんだよ。本人の意思とか尊重とか…分かるけどさ…それでも、生きてて欲しかった。」
「…迷うなんてお前らしくないじゃないか。」
「人の命背負ってるんだよ。そりゃ迷うさ。そして、この迷いが命の選別へと繋がってしまう…だからどうにかしなきゃならねぇこたァ知ってるのに…出来ないんだよ。」
珍しく弱音を吐く婆さん。酒が入っているせいだとは分かるけど、どうも調子が狂ってしまう。
強気でない婆さんだなんて何だか気持ちが悪い。
けれども、分かってしまう。俺だって常に迷っているさ。判断一つに人の命がかかっている。
医者という職業はそれだけ責任重大で、強くなければやっていけないのである。
「お前の正しいと思うことをすればいい。」
「あ?」
「お前が選んだ事だ。それは正しいんだよ。後で間違いだと気づいても、その時のお前にとってはそれが最善だ。迷うのも間違うのも仕方が無いんだ。人間ってのはそういう生き物なんだ。」
「……。」
「責任感が強いお前は、何度も同じ間違いをするほど馬鹿じゃないだろ?ちゃんと成長してるさ。お前の人柄に救われた患者なんて数多くいるはずだ。自分で下した判断に自信を持て。どんな形で患者に影響してもな。」
それが患者にとって希望になっても将また絶望になっても、事実を告げるのが医者の役目で、その先をどうやって共に歩み、サポートしてくかを判断するのも医者の役目だ。最後まで果たさなくてはいけない。
「……はっ。だからヤブ医者呼ばわりされるんだよ。」
「余計なお世話だ。」
「あーあ。肺がんでくたばっちまうジジイに説教されるとはねぇ。」
「俺はお前より先にくたばる気はしないけどな。」
「くく。どうだか。まぁいいさ…せっかくの休暇だ。もうちょい付き合ってけよ。」
「仕方ないから婆さんの介護でもしてやろうかねぇ。」
「煩いねクソジジイ。テメェに介護されるほど落ちぶれちゃいないよ。」
「相変わらずの減らず口なババァだな。」
「オメェも相変わらずさ。時間はある…そっちの軍の話でも聞かせてもらうか。」
「うちの軍はRAUT軍の情報を欲してるのさ。協力しろよ。」
「はん。オメェにやる情報なんて無いさ。こっちが一方的に有益な情報を貰って帰るさ。」
「性格悪ぃ婆さんだ。」
酒を飲みながら語らううちに夜が明けていくのだった。