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ぽっと出女王の恋愛奇譚  作者: ジウ
もうすぐ春ですね
7/16

女王の愉快な仲間たち(1)



戴冠式に向け、文官や侍女は慌ただしく駆け回る。


エルメスやルイはいつもやつれた様子で、見ていて可哀想だ。


これが数ヶ月後の己の姿だと思うと寒気がするが、今の私はのんびりまったりスローライフ状態なので、することがない。


だから私は、扉の外に立つ衛兵さんと遊ぶことにした。



「こんにちは、扉の外の衛兵さん」



ドアを薄く開けて話しかけると、くるくるの栗毛に丸い目がかわいい青年がビクッと驚いた。


まあ、いきなり女王に話しかけられたら驚くだろうな。



「は、はい、なんでしょう」


「お名前はなんて言うの?」


「はい、近衛第一部隊所属、フェルナン·グラッセと申します」


「フェルナン君ね、覚えたわ。これ、作ってみたのだけど、どうぞ食べて?」



私は、暇を持て余して作ったクッキーを差し出した。


料理の腕はこの十年で磨いたから味に不安はない。



「いっ、いえ!職務中ですから……」


「あらあら、じゃあ聞くわね。貴方の上司はだぁれ?」


「はい、近衛連隊長様で御座います」


「じゃあ、近衛連隊長の主人はだぁれ?」


「……女王陛下で御座います」


「じゃあ、私は誰?」


「………カトレア殿下で御座います」



うん、及第点ね。


私は市松模様のクッキーをつまんで、フェルナン君に食べさせてあげた。



「いいこと、貴方はクッキーを食べるのを断ったわ。でも主人の私が()()()()貴方に食べさせたの。

近衛連隊長に何か言われたらそう言いなさい」


「…はい」



フェルナン君は口をもぐもぐさせながら答えた。


リスみたいで可愛い。



「美味しいです、お店で売っているクッキーのように繊細です」


「あら嬉しいわ、もっとお食べなさい」



こんどはアーモンドがのっているものをあげた。


フェルナン君の口角が少し上がる。


フェルナン君はアーモンドがお好き、私は心にメモをした。



「ちょっと、カトレア何してるんですか」


「ああ、侍従長に見つかっちゃったわ!」


「じっ、侍従長様!申し訳ございません、これは……」



げっそりした顔のルイが私への報告書を持ってとぼとぼと歩いてきたので、一番よく焼けたチョコクッキーをあげることにした。



「お仕事お疲れ様、あーん」


「ん……甘くて美味しい……ありがとうございます」



ルイは甘党で、エルメスはお酒を使ったものが好き。


既に調査済みだ。



「……で、なにしてるの」


「餌付けよ」


「………」



いい加減クッキーを作りすぎてすることがないし、クッキーが机から溢れそうなのだ。


ケーキは厨房のシェフ達と食べているけれど飽きるし、それに保存が効かないので翌日のおやつに、なんてことも出来ない。



そこで思いついたのが、餌付け。



近衛と仲良くなっておいて損は無いし、何が起きた時に協力してもらうことも出来る。


そう考えた私は、早速フェルナン君にクッキーをあげてみたのだ。



「ねぇフェルナン君、これもあげるわ」


「え……あ、ありがとうございます」



可愛くラッピングしたクッキーをフェルナン君に手渡す。


これを駐屯所で食べているところを見つかって、他の近衛にも餌付けのことが広まればいいと思う。



「カトレア、僕の分はないの」


「部屋に出来たてのアップルパイがあるわ、おいで」



親のあとをくっついて歩くあひるの子さながらルイは私の後ろをついてくる。


ペットを飼ってるみたい。



「いただきます」


「はい、召し上がれ」



どうやらアップルパイはルイのお気に召した様で、どんどん減っていく。



「ところでルイ、私まだ近衛連隊長に会ったことがないのだけど、貴方知らない?」


「ん……近衛連隊長?アルフレッドか……」



ごくん、とアップルパイを咽下して、ルイが再度口を開く。



「近衛連隊長……アルフレッドは政争で大きな怪我をして、療養中なんだ。

戴冠式に合わせて復帰する予定みたいだけど…今のところ副隊長のジェロームが事実上のトップだよ」



近衛連隊長アルフレッド·シュヴァリエ·ド·ベルクール、名前を聞いて思い出した。


彼は攻略対象の一人で、俺様系猪突猛進タイプの脳筋野郎。


あんまり得意なタイプではないけれど、餌付けすればちょろいと思う。


現に、ストーリーではリディアに餌付けされていたから。



「ちょっと面倒くさい奴だけど、カトレアならちょろいと思うな」


「そう?じゃあ気合入れて口説くわね」



アルフレッドがちょろいのは周知の事実らしい。


ニンマリと笑って紅茶を飲んだ。



「…このクッキー、どうにかならないかしら。近衛達に配る分は分けてあるけれど、まだこんなにあるのよ」



総量、バスケット8個分。


流石に食べきれない。



「そうだな……見た感じベルトラン卿やエルメスが一番酷いけど、僕の見る限り生ける屍の人達に差し入れてみようか」


「お願いするわ」



私は体良くクッキーをルイに押し付けて、スッキリした机の上に資料を広げた。



「それ、何?」


「貴族達の出納帳簿に税収報告書、猫に調べさせた鉱山の労働状況の調査書よ。

エルメスやルイが戴冠式でしっちゃかめっちゃかな今、これができるのは私しかいないもの」


「……一体何をしてるの」


「うふふ、算数と国語のお勉強よ」



貴族達が王宮に提出した出納帳簿と領収書や記録を見比べ確かめ算をし、差額を一覧にまとめていく。


同じように税収報告書とその年の収穫高や天候の資料を見比べ、ほんの小さなほころびを探す。


貴族どもは巧妙で、ほんの少しずつ横領して気づかれないようにしている。



だが、こうして調べれば一目瞭然。



差額は大したもので、横領された税収で城がひとつ建てられそう。


その表をルイに見せてあげると、綺麗なターコイズブルーの瞳が溢れんばかりに大きく見開かれた。



「嘘だろ………横領されてるだろうとは、思っていたけど……」


「酷いものね、これは私が女王になった暁には臨時収入がすごいわね」



もちろんみんなまとめて潰す。


まあ最初に書簡で口頭注意をするが、その1回で聞く気がなさげなら即取り潰し。


決定事項である。



「これ、貰ってもいい?」


「どうぞ、終わったら燃やしてね」


「わかった」


ルイはアップルパイの礼を言ってバスケットと書類を抱え出ていった。


私は再び確かめ算を始める。



「あ、これリュカに頼めば一発なんじゃ……?」



彼は計算が得意と聞いたが、……いややめよう。


これは私の仕事だ。


それに、安易に他人に漏らしてあちらに警戒されたくもない。



「あぁ、早く戴冠式終わらないかしら……」



ガリガリと羽根ペンを動かしながら、私は誰にともなく呟いた。




✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤




「ルイ、私はもう限界です。私亡き後のレインディアは任せました」


「何言ってんですか生きてくださいそして書類に印璽を押してください」


「手がもげます~〜~〜~〜~〜~〜」


「もうあと30枚くらいなんで頑張ってください」


「死ぬ〜~〜~〜~〜~〜」



何がもうだ。


()()あと30枚だ。


私はふんっと気合を入れて、3回チェックした書類に叩きつけるように印璽を押した。



「ほら終わりましたよ」


「さすがは宰相閣下、では今日の執務は終わりにしましょうか」



カートに山積みの書類を文官が運んでいったのを見届け、私はソファに崩れ落ちた。



「エルメス、ちょっと話があるんですが」


「それは良い話ですか、悪い話ですか?」


「とても悪い話です」


「じゃあ酒盛りの後にしましょうね」



ルイのため息を他所にフリューゲル産のエールをジョッキにどくどくと注いで、日頃の不満と一緒に飲み干す。



「ああおいしい。ボンヌフォワが送りつけてくるやっすいワインよりよっぽど美味しいです!」


「そうですか」



淡白な返事のルイは、装飾が美しいグラスに東大陸産の濁酒を注いでちびちびやっていた。



「あーそれ高いんですよ。美味しいですか?」


「とても甘いので僕は好きです。でもとても強いらしいですよ」



酒のつまみは東大陸から試験輸入した豆の一種を塩で炒ったものと、こちらもフリューゲル産の大きなソーセージ。



「この豆いいですね、腹持ちも良さそうです」


「本格的な輸入を考えるとしたら、どの問屋に売り捌きますか?」


「そうですね……」



ルイとの酒盛りは気楽でいい。


無駄な雑談はないし、思ったことだけポロポロ口から零せばあちらも適当な答えを寄越してくれる。


喉を鳴らしてエールを飲み下し、二瓶目を開けた。



「また随分飲みますね」


「私のことザルだとでも思ってるんでしょう」


「滅相もない。底のない穴に酒を捨ててるようなもんだと思ってます」



また酷いことを言う侍従長だ。


私と彼は十歳も年が離れているが、気を使ったことなど一度もない。


気を使ったところでメリットがないというのも事実であるが。



「そういえば、殿下ってお酒飲めるんですかね」


「本人曰く『飲み方が上手いから酔わないけど無理をするとベロベロ』だそうです」


「いいですね、今度潰してみましょう」


「やめてさしあげろ」



ああいう完璧超人でいつも堂々とした女が崩れるところを見てみたい。


そうして本音が出たところでどろどろに甘やかして、私無しで生きていけないようにしてやりたい。


まあカトレアにはやらないけど。



「エルメス、そろそろペースを落としてください。もう6本目ですよ」


「うるさいですね、貴方が女なら押し倒して黙らせているとこですが容赦してやりましょう」


「貴方実は酔ってますね?」



ルイがジョッキを取り上げた。


酷い。



「ちょっと返してくださいよ、私の……仕方ないですね、」



エールの瓶を両手で持ってそのまま口をつけた。


ちょっと絨毯にこぼしたが、まあ大丈夫だろう。



「あーあーなにしてるんですか、ちょっと、エルメス!」


「今日は泥のように酔いたい日なんですぅ」



酔っているように見えるが、実はまだ序の口。


私が本当に酔った時は、誰彼構わず縋り付いて泣き言を言い始めるそうだ。


ちなみにルイ情報である。



「ちょっと、誰か!エルメスを止められそうな人連れてきてください!」



ルイがなにか叫んだ。


それでも私は酒が飲みたくて、10本目に手を出した。




✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤




「まったく、大事な話があるってのに!」



カトレアが弾き出した貴族どもの横領額はそうとうだ。


あの資料で十分な気もするが中には大物貴族もいたので、エルメスと相談して確たる証拠をつかむ必要もある。


なのにエルメスと来たら。



「エルメス!いい加減にしてください!もう、駄々をこねる子供じゃあるまいし……!」



12本目のエールに手を出したエルメスは、そろそろ酔い始める頃だ。


もう既にネガティブモードに入っている。



「なんでどいつもこいつも使えない奴等ばかりなんですかね……そんなに私を屍にしたいんですかね…」



瓶を抱えた悲壮感漂うエルメス、だがそこに救世主現る。



「ねぇ、扉の外の衛兵さんに、ここでエルメスとルイが酒盛りをして面白いことになってると聞いたのだけど?」



上等なワイン瓶とグラス片手に、夜の女王が舞い降りた。



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