表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぽっと出女王の恋愛奇譚  作者: ジウ
もうすぐ春ですね
5/16

女王と主人公(1)



エメラルドの指輪に「仲良くしましょうね」と伝言をつけて送ったらドラクール候は静かになったけれど、結局戴冠式は3ヶ月後に延期になった。



「もー!僕、早く女王になったカトレア様が見たいのにー!どうしてルイももっと頑張らないんだよ!」


「文句を言うならお前もこの仕事をやってみろ、血反吐を吐くぞ」



麗らかな日差しの中、城の奥庭でお茶会を開いた。


ホストは私で、ゲストはルイとアンリ。


戴冠式までの予定をすべて練り直すことになったので、エルメスから「大人しくしていてくれ」と言われた。


特に問題を起こさなければ遊んでいて構わないそうな。


私は問題児か。



「でも、まさかルイが参加してくれるとは思わなかったわ、エルメスと書類まみれになっているものとばっかり」


「この時間だけです。明日は丸一日休みですが、このあとはエルメスがまとめた予定表を確認したりエルメスの手伝いをしたり」


「大変ねぇ、そして私にできることがないっていうのも嫌だわ」



戴冠式が終わるまで、私の肩書きは『故王弟アレクサンドル公令嬢』。


出来ることは何も無い。



「そうだ、アンリ。手紙で頼んだものは持ってきていただけたかしら」


「あっ、そうでした。これです」



アンリは控えた侍女から大きな紙袋を受け取り、私へ寄越す。



「ありがとうアンリ、助かるわ」


「なんのなんの、お安い御用です!」


「……なんですか、それ」



ルイが怪訝そうな顔で覗いてくるが、見せるわけにはいかない。



「ダメよルイ、貴方に見せたら…そうね、とにかくダメよ」


「……わかりました」



どうせ深読みして諸公を蹴落す証拠物品か何かだと思っているんだろう。


可愛い侍従長だこと。



「ああ、もうこんな時間だ。長居してしまってすみません、カトレア様」


「いいえ大丈夫よ、今日は来てくれてありがとう」


「僕もそろそろ失礼致します、エルメスが予定をまとめてくるだろうから」


「ええ、頑張ってね」



ミニお茶会はお開きとなった。


侍女が片付けに来るまで一人だ。


カップに残った紅茶を飲んでいたら、さぁっと気持ちのいい風が吹き抜けた。


風に運ばれて、あまい薔薇の香りがする。



「カトレア、なーにするつもり」


「ノア。こんな昼間に出てきて大丈夫なの?」



さっと音もなく現れた黒猫は、ルイが座っていた席へ腰掛けた。


お腹がすいているのか、私の皿からカヌレを取っていった。



「うん、これは毒入ってない。美味しいよ」


「よかった、カヌレ大好きなの」



私もカヌレを頬張って、思わず目尻を下げた。


控えめな甘さは上品で、ブランデーの風味がとても上品。



「美味しい」


「うん、これ美味しいね。その緑色のマカロンは食べちゃダメだよ、シェフが回し者」


「処分対象かしら?」


「いや、ジュリアちゃんと同じ雇い主」


「あらあら、没落リスト直行ね」



にこにこと会話をしながら、紙袋をノアに手渡す。

ノアは楽しそうに笑って受け取った。



「オレが護衛すればいいの?」


「ええ。よろしくお願いできるかしら?」


「任せて。これは部屋に?」


「そうよ、目立たないようベッドの下にでも隠しておいて」


「はぁい」



立ち上がって一礼すると、もうノアの姿は消えていた。


同時に、片付けにやってくる侍女の姿が見えた。




✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤




翌日。



「おはようございますカトレア様、本日のご予定は特にありませんが、如何なさいますか」


「そうね、王宮図書館(プルンクザール)にでも行くわ。

一人で大丈夫、お昼もいらないわ、どうせ私本を読み始めたら周りが見えなくなるから」


「そう、ですか。よろしいのですね?」


「髪を染めていくから平気よ、人もいないだろうし大丈夫でしょう」



まんまと侍女を騙した私は、王宮図書館(プルンクザール)を通り抜けて目立たない物陰に潜んだ。


すぐに薔薇の香りと共にノアがやって来て、着替えを手伝ってくれる。


アンリから貰った紙袋の中身は、白と水色のストライプ模様の、フリルが可愛いワンピース。


丈が脛ほどの外出着だ。


これにタイツとリボンのついたヒールを履いて髪をまとめて花飾りをつけ日傘を差せば、立派な『外出中の令嬢』になった。



「髪、随分綺麗な茶髪になったね」


「元々色素が薄いから、染まりやすいのよ。その点落ちやすいのだけどね」


「へぇー、でも今日みたいな日は便利じゃん」


「ふふ、それもそうね」



人目につかない道を通って、隠し通路から城外へ出る。


こんな道あったのか便利だなーと思っていたら、ふっと外へ出た。


アンビリーバボー。



「人がいないわねぇ」


「そりゃ王宮前だもの、繁華街はもっと向こう」


「それもそうね」



今日のノアは従者風の見た目。


珍しい黒い髪はこげ茶に染めて、眼鏡をかけて目の色を誤魔化している。



「こっちだよ、人に呑まれないようにね」


「ええ、ありがとう」



王都を己の足で歩くのは十年ぶり。


ここはノアに任せるのが一番だ。


今日の私の目的地は孤児院で、王宮からはかなり遠いのだから。



「あっ、ノア、出店があるわ。なにかお土産を買ってもいい?」


「いいけど、王宮の人がたくさんいるよー」



見れば、やっと休みをもらえたA班の下級文官達がショッピングを楽しんでいた。


可愛いな、下級文官。



「大丈夫よ。下級文官だもの、私の顔は知らないわ。それより貴方が心配ね、少し離れる?」


「そうだね。あの木陰で待ってるね」



ノアと別れて、出店を覗いて歩く。


木彫りの人形に絹織物、刺繍、楽器まで売ってる。



「あら、素敵なお花」



綺麗なお姉さんが店番をする花屋があった。



「こんにちは、お姉さん」


「おや、可愛らしいお嬢様、いらっしゃい!」


「綺麗なお花ね、私よりもっともっと可愛い女の子にお土産を買いたいのだけど、おすすめの花はあるかしら?」


「そうだねぇ……あ、この矢車草はどうだい?」


「素敵ね、青いのと白いのと桃色の、それから紫のを二輪ずつ。その水色のリボンでまとめて欲しいわ」


「はい、どうも。全部で850ティアーね」



可愛らしくてお洒落な矢車草、あの子にぴったりね。


それにしても、このお姉さんほんとに美人。


胸もあんなに大きくて、ほんとに花屋かしら?



「……あれはただの花屋じゃない、もっと儲かる()を売る()()だ」


「あら、もしかして()を売るの?」


「……そうだけど、」



隣に立つ人物が迷う様子を見せた。


私は見つかっちゃった、と呟きながら彼を見上げた。



「こんにちは、ルイ。よく私だってわかったわね」


「……流石に顔は覚えた」



なんでだろう、いつもの敬語がなりを潜めている。


不思議に思って見ていると、片方の眉を釣り上げてこう言われた。



()()()()、どこに行くの?僕が案内しよう」



どうやら共犯になってくれるらしい。







「護衛はどうしたの」


「猫を連れてきたわ、貴方が来たから近づいてこないけれど」



全く困った女王だ。


アンリから何か渡されていて、どうせこの女王のことだ、えげつないものだろうと思っていたら、まさかの変装着。


後でエルメスに話したら、大爆笑しそうだ。


召使いの目を盗んで城を抜け出すなんて、とんだじゃじゃ馬じゃないか。



「目的地はどこ?」


「セント·クローディア孤児院よ、会いたい子がいるの」


「……」



目的地を聞いて凍りついた。


セント·クローディア孤児院、その場所ならよく知っている。


なぜならそこには、ある少女がいるから。


その少女は、もしかしたら僕が迎えに行ったかもしれない娘。


その少女は、もしかしたら 、女王になったかもしれない娘。



「……本当にそこへ行くの?」



カトレアは何を知っているのか。


今日は護衛に猫を連れているという。


それは、……自分が女王になるのを阻む者を消すために、連れてきたのでは?



「……策士と暴君は違うよ、カトレア」



僕は、どうかカトレアに届いてほしいと、心を込めてそう言った。


そしたら、



「はい?」



カトレアはポカーンとして、しばらくすると、



「………っあははははははははははは!!!」



爆笑し始めた。







なんとまあ私の侍従長は、私があの子を殺しに行くのだと勘違いしたらしい。


これも含めてあとでエルメスに報告してみよう。


きっと爆笑してくれるに違いない。



「……そうやって笑ってるけど、ドラクール候を指一本で黙らせた君を疑いたくなるのも必然だと思う」


「指一本だからこそでしょ、暴君なら殺してるわよ。それに、わざわざ利き手じゃない方の小指を選んであげたのよ?

あんなおばかさん相手にこの気遣い、感謝してほしいくらいだわ」


「はぁ……。とにかく、物騒な用事でなければいいんだ」



二人並んで石畳を歩く。


気が抜けたようなルイは、わざとらしいタメ口ではなく、自然なタメ口になっていた。



「ほら、あそこだよ」



指さした先に見える、赤い瓦の建物。


我らが主人公(ヒロイン)、リディアのいる孤児院だ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ