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ぽっと出女王の恋愛奇譚  作者: ジウ
もうすぐ春ですね
4/16

女王と借りた猫

グロい描写あります。

カトレアが相手を蔑んでいることを表すために、ちょっとだけ差別表現を使いました。

不快になった方ごめんなさい。



「おはようございます、カトレア様」



シャッと開けられたカーテンから、煌めく朝日が差し込む。


さらさらのシーツとふわふわのクッションが二度寝を誘うが、そういうわけにもいかない。



「んん……おはよう、ジゼル」



私につけられた女官のジゼルは、礼儀正しい男爵家の娘。


三つ編みにした栗色の髪はとても柔らかそう。



「本日は、仕立て屋のデジレ様がいらっしゃいます。戴冠式のお召し物のデザインを決定いたします」


「わかっているわ。朝食は…」


「少なめ、との事でしたので、フルーツとパンをご用意しましたが」


「上出来よ、ありがとう」



様々なドレスを着たり脱いだりできるようゆったりとしたドレスを着て、朝食を摂って部屋を出た。



王宮に来て数日経つけれど、私の周りはすこぶる平和だ。


女官や侍女は優秀だし、サラも侍女長として私の側近にしてもらえた。


ただどうしても気になるのが、王宮内の人の少なさ。


時々書類の山や資料の山をこれでもかと抱えた可哀想な下級文官を見かけるが、エルメスやルイ以外に高官と呼べる人物をさっぱり見かけない。


まあ王家への信頼は地に落ちているし、仕方ないといえば仕方ないのだろうけど。


それは追って私がどうにかするしかないか、と思っている。




「まあ、まあまあ!カトレア様、なんということでしょう!カトレア様がなんでもお似合いになられて、あたくしデザインが決められませんわ!」



いやいや、たとえどんなに美人であろうとマーメイドラインが似合う人もいればプリンセスラインが似合う人もいるし、んなわけねーだろ小娘。


と、見た目年齢19の時期女王が言えるわけもなく。



「あら、嬉しいですわデジレ嬢。ですが、戴冠式は1ヶ月後ですから、早くに決めないと間に合わなくなってしまいます。よろしくお願いしますよ」


「ええ、もちろんですとも。

戴冠式ですから、豪華であろうともスッキリと見える、そんなドレスでなくては…」



まあ重要なスタートラインである戴冠式だし、ファーストコンタクトは大事。


トレーンが少し長めのプリンセスライン、シャンパンゴールドの生地に金糸と銀糸で刺繍をして、数え切れないほどの宝石を縫い付けて、これ1ヶ月で仕上がるのデジレ嬢???


いえね、とっても私好みの豪奢で素敵なドレスだけどね?


この刺繍見本だけ見ても間に合わないのは明白よね?



「実は、ドレスのデザインは半年前から決まっておりましたの。あとはカトレア様にサイズを合わせて細かい部分を手直しするだけですわ」



デザインが決められませんわ!とか言ったのはどの口?


まあどうせエルメスあたりが手を回していたのだろうけど…。



「失礼致します、カトレア殿下」



噂をすれば、エルメスがやって来た。


そして、入ってくるなり頭を下げた。


それも、頭頂部どころか後頭部が見えるような、ふかーい下げ方で。



「……どうしたの」


「申し訳ございません、殿下……戴冠式は、延期となります」


「どなた?」


「はい?」



ポカンとした顔のエルメスが聞き返す。



「主語が足りなかったわね、ごめんあそばせ?もう少し丁寧に聞くわ。

勇敢にも、私のことを、アレクサンドル公の娘ではなく何処ぞの売女と口汚く罵って、駄々をこねて戴冠式を遅らせる馬鹿は、どこのどいつ?」



嫌味ったらしくにっっっっこりと笑って、可愛く首を傾げる。


エルメスはちょっとだけ口元を引き攣らせたが、さすがは宰相淀みもなくその名を言った。



「ドラクール候で御座います」


「わかったわ、ドラクール候ね?謁見室に呼びなさい」


「申し訳ございません、ドラクール候は既に退城されて…」


「何時になっても構わないわ、今すぐ呼び出しなさい」


「……畏まりました」



静かに立ち去るエルメスを尻目に、私は蕩けるような笑みでデジレ嬢に暇を告げた。



「ごめんなさいデジレ嬢、そういうことですから、今日は失礼するわ。

私からデザインへ特に言いたいことはありません。仮縫いは予定通り行います、ごきげんよう」



部屋を出て、自身を見下ろしてみる。


このゆったりしたドレスじゃ格好がつかない、一度着替えなければ。



「ジゼル、この間ブーゲンビリア大公が下さった紫色のドレスを出してちょうだい。

アクセサリーは私が実家から持ち出したものを。急いで」


「畏まりました」



この腐り落ちた王宮で、呑気に戴冠式を待っていた私が間違っていた。


ドラクール候には、ちょっと痛いかもしれないけれど人柱になってもらいましょう。




✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤




カツカツと、足音高く謁見室へと入る。


下座には既にドラクール候が控えていた。


本来ならば彼は膝をついて礼をしているべき場面なのだが、……そんなに人柱になりたいのね。



「ドラクール候、勇気と蛮勇は紙一重とよく言いますのよ?」


「何を言っているのかわかりかねるな、小娘」



あら、言ってくれるじゃないの。



「うふ、その歳でもう痴呆かしら?少し早すぎるのでなぁい?」


「んなっ、」


「いい歳した大人が駄々をこねて戴冠式を遅らせるなんて、困ったおじいちゃんだわ」


「黙れ小娘!」


「あらあら、それしか反論出来ないの?馬鹿も休み休みにしてほしいわね」



眉を下げたルイの視線が可哀想なので、ちょっと口を噤む。


すると水を得た魚のようにドラクール候が喋り出した。


カワハギみたいな容姿と相まって、ほんとに魚みたい。



「貴様は恥というものを知らんのか。小娘が高貴なるアレクサンドル公の娘と偽りおって、馬鹿馬鹿しい!」


「ドラクール候、お前の目は節穴なの?それとも、盲かしら?私の銀髪がどうも見えないようね」


「そんなもの、染めようと思えばいくらでも染められるわ!」



ほんとに馬鹿馬鹿しい。


どうやって銀色に染めるんだよクソガキが。



と、その時。


私以外の誰からも見えない位置に、ひらりと一枚。



黒い薔薇の花びらが落ちてきた。



「…あらまぁ」



くすりと笑って、玉座から立ち上がる。


床に落ちた花びらを拾い上げ、天井にちらりと目を向けた。



……やはり、いる。



「利き手はどちら?」


「何を、」


「利き手はどちら、と聞いているの」



睨みつけるドラクール候は、しかしきちんと答えた。



「……右だ」


「右。そう、ありがとう。覚えたわよね?」



もう一度天井にちらりと目を向け、ドラクール候の左手を見た。


骨ばった長い指に幾つも指輪をして、ちょっと悪趣味。


小指には、目立つ大きなエメラルドをあしらった指輪がはまっていた。



「ねぇ、ドラクール候?このままじゃ、私もお前も一歩も引かないもの、話が進むはずがないわ。

だから、この場は一旦お開きにしましょう」


「何を言う!こんな時間になって呼びつけおって、わしは二度手間ではないか!」



こんな時間、だからいいのだ。



「……ドラクール候、私、とても利口な()を飼っていますの」


「…はあ?」



薔薇の花びらをつまんで、優しくキスをする。


花びら一枚なのに、とても甘い香りがした。



「………暗闇にはお気をつけあそばせ、薔薇の棘が刺さるかもしれませんよ」



何もわかっていないドラクール候を残し、私は退室した。


薔薇の香りを漂わせて。







「猫に薔薇、なんの話です」



足早にカトレアを追いながら尋ねた。


僕の予想が正しければ、……一体、この女性は何者なのだ。



「あら、ルイなら知っているんじゃない?王家に絶対の忠誠を誓う『薔薇の家』」



美しく微笑んで女王が言う。


知っているも何も。



「獅子の王が逝去されて以来沈黙を守っている彼らを、どうやって、いつの間に手なずけたんですか」


「手なずけてないわ、借りただけ。それも家ごとじゃなくて一人だけ」



まだ顔も合わせてないのよ、早く会ってみたいわね。


涼しい顔で怖いことを言って、立ちすくむ僕を置いて彼女は廊下を消えていった。


借りただけ?


顔も合わせていない?


それなのにあの家が従うとは、


……この世には、とんだバケモノがいたものだ。




✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤




その夜。


もう寝るから、と人払いをして、私はお茶の準備をしていた。


お茶に毒なんか入れてないし、礼としてお菓子もつけてある。


そうしてクッションをたくさん載せたふかふかのソファのひとつに座って、黒い薔薇の花びらを机に載せて歌うように呟いた。



「こねこやこねこ、あなたはどこへ?あまいかおりのばらのしげみへ。

こねこやこねこ、あなたはどこに?」


「……きれいな女王の、みあしのもとに」



音もなく、背後から青年が現れた。


私の足元に跪き、手の甲に口付けてこちらを見上げる。


濡れたように艶々と光る宵闇色の髪に、猫のようにつり上がったルビーの瞳。


彼は攻略対象の一人であり、私がヴァリエール卿から借りた札の一枚…『黒薔薇』。



「はじめまして、ユアマジェスティ(女王陛下)。オレは貴女の忠実な飼い猫、ノア·エピネス·ド·ラ·ローゼ」


「はじめまして、ノア。私は貴方の飼い主、カトレアよ。獲物は狩れて?」


「もちろん!」


ノアはシャツもネクタイもジャケットもズボンも真っ黒な上に真っ黒な毛皮を羽織った懐をゴソゴソやって、赤が滲んだ絹のハンカチを取り出した。


中に、何か包まれている。



「ねぇ女王陛下、猫は狩った獲物を主人に見せに来るんだよ。褒めて、って」


「あらそうなの……まあ悪趣味」



ハンカチを開いて、ころりと落ちたもの。


昼間私が悪趣味だと思った、エメラルドの指輪をつけた指だった。



「指輪だけもらっておくわ。指は煮るなり焼くなり好きにしなさい」


「わかったー」



ノアは指を懐にしまって、私の隣に腰掛けた。



「ふふ、カトレア〜。小さな頃、一度だけ君を見たことがあるんだ。綺麗になったねぇ」


「あらそうなの、ありがとう。でも私の膝に頭を載せるのはやめなさい、ほら抱きつかない、こら!」



絡みつく腕は体温が高くて、今にもゴロニャンと聞こえてきそう。



「カトレアいい匂い〜」


「いい加減離さないと、紅茶に毒を盛るわよ」


「ええ〜、猫が主人に甘えるのも許してくれないの〜?」


「甘え方の問題よ。これでも私は嫁入り前の乙女なの、いい加減になさい」



サクサクのクッキーを食べさせてあげながら、ノアを剥がしにかかる。


けれど、ノアは動きを止めた。



「カトレア、このクッキー作ったの誰?」


「……確か、侍女のジュリアが差し入れてくれたのだと」


「毒が入ってるよ。どうする?」


「外から混入されたのではなく、作る過程で入れられたもの?」


「そうだね」



私はちょっと考えて、ノアの顔の前に手を出しながら言った。



「ジュリアを送り込んだ奴を探して。ジュリアはどうせトカゲの尻尾にされるわ、なら私がちゃんと侍女にするから」


「わかった。でも、…この手は何?」


「悪いものは吐き出しなさい」



ちょっと驚いたノアだったが、すぐに私の意図を理解してクッキーを吐き出した。


生暖かい感触が、掌に広がる。



「カトレアっていい女王になれそうだね、しかも魔性の女になりそう」


「嬉しくもない予言はやめて。このクッキー、処分してもらえると有難いのだけれど」


「わかった〜」



ノアはハンカチにクッキーを包んで懐にしまった。

指や毒入りクッキーが入った懐なんて、なんて物騒なのか。



「じゃあねカトレア、明日の昼には戻ってくるよ」


「ありがとう。もっとゆっくりでもいいのよ」


「わかった、じゃあ明日の同じ時間に」


「了解」



スっと一礼して窓から飛び降りるノア。


私は彼を目線で追って、寝る準備を始めた。







翌朝やって来た侍女のジュリアは、青ざめた顔をしていた。


わなわなと震える唇、どうして、と言っているようにも見える。


どうせ人質でも取られているんだろう、可哀想に。


とりあえずこの可愛い子猫ちゃんを()()()()にするため、私はにっこり笑ってこう言った。



「おはようジュリア。昨日はクッキーをありがとう、とっても美味しかったわ」



ジュリアが手に持っていたお盆が、床に落ちた。


大丈夫よ、貴女の雇い主は私がちゃんと吊るしあげてあげるから。



ドラクール候は生きてます。

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