女王の晩餐会
そもそもの話をしよう。
私は『ぽっと出女王の恋愛奇譚』の世界へ転生した元政治家だけれど、では『カトレア』とは誰なのか?
実は、カトレアは主人公ではない。
カトレアは、とある攻略対象のルートのバッドエンド終盤にのみ出てくる、脇役である。
そのルートにおいて『主人公』は女王であることを放棄し、カトレアに女王になってくれと頼み込む。
カトレアは主人公を好ましく思って承諾し、女王となるのだ。
では、その『主人公』は誰か?
その主人公こそ、私が今こうして女王になろうとしている原因を作った、『あの子』なのだ。
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藍色のシンプルなドレスに着替え化粧を施された私は、晩餐室へとやって来ていた。
左右にはエルメスとルイを従え、堂々と入室する。
「皆様、本日はこのような会を設けて頂き、誠にありがとうございます」
頭頂部しか見えない人達に向かって、私は声をかける。
今日の列席者は既にエルメスから教えて貰っていた。
長身で老いを感じさせない金髪オールバックな美丈夫は、父と仲良しさんだった国防大臣ヴァリエール卿。
今日も涼し気な目元がとてもカッコイイ。
ふっくらとした体型で、卵色の髪を丸くカットした男性は農産大臣カシミール卿。
常にニコニコと笑って、優しそうだ。
灰色の髪を七三に分けたヒゲのイケオジは、ブーゲンビリア大公。
纏う衣装は趣向が凝らしてあって、美しく歳をとったお洒落さんだ。
あまり健康的でない太り方をして、茶色の髪をワックスでテカテカにしたオジサンは、ボンヌフォワ公。
顔は笑っているが、目が笑っていないし下心が見え見えである。
水色で肩口がフリルになった可愛らしいドレスを纏い、太陽のようなサラサラの金髪をカチューシャでまとめた、一見令嬢な子はポリニャック公令息。
彼は、攻略対象の一人だ。
「誠にめでたいですなぁ!こうして故アレクサンドル公の正当な娘御が女王に就任することになるとは!カトレア殿下、どうかよろしくお願い致しますぞ」
豪快に笑いながらボンヌフォワ公が言う。
よろしく、とは、どうぞウチを贔屓してくれという意味のよろしくだろう。
エルメスからは紹介とともに「気をつけるように」と注意されていた。
「あらあら、ボンヌフォワ公。こちらこそよろしくお願いしますわ。
ボンヌフォワ公は政争も乗り切った方ですもの、大変な猛者とお見受けいたしますわ」
「これはこれは、猛者ですとな!ハッハッハ……」
適当にあしらったところで、思わぬところから待ったの声がかかった。
「カトレア殿下、そんな男と関わらないほうがいいですよ」
おや、と思って声の主を探せば、攻略対象の一人、ポリニャック公令息…アンリ·フランソワ·ド·ポリニャックだった。
ポリニャックて、ポリニャック夫人のパクリかよ〜wとベ〇ばらファンだった前世の私は幾度となく思ったが、実際目の前にしてみるとただの超絶美形女装男子だった。
超絶美形女装男子に『ただの』という前置詞がつくかどうかは甚だ疑問だが。
「あら、どうしてですか?アンリ殿」
「その男は身分にモノを言わせた悪党です。汚い金で作った肉襦袢を嬉しそうに着ている豚ですよ。カトレア様にお声をかけて良いような人物ではありません」
「なっ、なんだと!殿下がいらっしゃるというのに、この俺を侮辱するか!」
「お辞めなさい、二人とも」
「いいえ殿下!」
私の静止も聞かず、ボンヌフォワ公は声を荒らげた。
「だいたい、なんだその格好は!男のくせにドレスなんぞ着て、気色の悪い!
お前こそ、カトレア様にお声をかけて良いような人物では…」
「控えよ、ボンヌフォワ!」
内心溜息をつきたくなる。
私はボンヌフォワ公をギロっと睨みつけ、叱責した。
「ここは公式の晩餐会の場です。
そのような場所で何十歳も年下の青年に軽口を叩かれ、受け流すでもなく声を荒らげる大人が何処にいます?
貴方方貴族がそんなだから、あんな政争なんぞが起こるのです。恥を知りなさい」
うっ、と唸り声をあげ、頭を下げるボンヌフォワ公。
そう、そうやって大人しく頭を下げておく能力があるなら、貴方は長生きできるでしょうね。
「アンリ·ド·ポリニャック、貴方も貴方です。
私の名前にかこつけて人前で他人を侮辱し、何が楽しいのですか。
今回は見逃しますが、次同じことをすればポリニャック家の威信にも関わることになりますよ、慎みなさい」
「……はい、申し訳ございませんでした」
一気に気まずい空気が流れる。
まあ当初は会食だったものが晩餐会に変わったあたりから、予想はしていたけれど。
その後はお開きとなるまでほとんど会話もなく終わった。
✤
「カトレア様」
呼ばれて振り返ると、ヴァリエール卿が追いかけてきた。
「あら、ヴァリエール卿。どうされました?」
「もし宜しければ、わたくし共と庭を散歩いたしませんか」
ども?とヴァリエール卿の後ろを覗き込むと、なんとアンリが隠れるようにして立っていた。
「十年ぶりになるのかしら。おじ様の美しさは、何年経っても色褪せませんね」
「カトレア嬢こそ。あの頃はまだ可愛らしい少女といった具合だったのが、今では初春の梅のような、秘めた美しさが垣間見えている」
「あらあら、相変わらずお世辞がうまいのね」
数年前までは血にまみれていた王宮だが、月明かりに照らされた庭園は例えようもない美しさだった。
甘い匂いを漂わせるツツジの茂みを抜け、彫刻で飾られた小さな噴水に二人で腰掛けた。
「さあアンリ、言い訳ならここで言え」
ヴァリエール卿が薄ら笑いでアンリに話しかけると、終始緊張した面持ちのアンリがぼそぼそと話し出した。
「……だって、僕ボンヌフォワ公嫌いだし。」
「それだけじゃないんでしょう?」
クスクスと笑って聞いてみれば、迷いに迷った後やっと話してくれた。
「……ボンヌフォワ公は、殿下が即位なさった後、自分の息子を婿として王室に入れ、外戚となって権力を振るうつもりです。
そんなことをさせるくらいなら、僕の名を落としてでも阻止しなければと思い、あのようなことをしました。無礼をお許しください」
アンリは、政争のうち家内の跡目争いで父を殺された。
その余波で『自分は跡継ぎにふさわしい人間ではない』ということを知らしめるため、女装に走った。
結局その女装を気に入ってこうして趣味になってしまったのだが、それでも『権力』という言葉に多大な嫌悪を抱いているのは当然の結果か。
「安心なさい、アンリ·ド·ポリニャック。あんなクソ貴族、叩けば埃が山ほど出るわ。
私が即位したらああいう貴族はみんなぶっ潰してあげるから、そんな自己犠牲みたいな真似はしなくていいのよ」
「……ですが、そう簡単に潰せるんですか?」
「だから、ヴァリエール卿がいるんじゃない」
私に隠遁生活をプレゼントしてくれたヴァリエール卿は、国防大臣であるだけあって色々と切り札を持っている。
その中でも私の役に立ちそうな札を一枚、貸してくれる約束を十年前に交わしていた。
その札を使って、ボンヌフォワ公はそのうち潰してあげましょう。
「……そうか、それなら、安心ですね」
ほっとしたような顔で、アンリが言った。
なんだ、現実で会ってみるとこんなにいい子だった。
惜しいな、と思った私は、ダメ元で聞いてみることにした。
「アンリ、もし良かったら、私と『仲良しさん』にならない?」
「…はい?」
隣でヴァリエール卿が吹き出した。
失礼な。
「ポリニャック公の後ろ盾があれば私の発言力は盤石よ。貴方は頭もいいし、機転もきくわ。
私と仲良くなれば、貴方がポリニャック家の当主となって父君の仇を取ることもできるわ。
どうかしら、私と友達になって、色々と協力しない?」
正直言ってアンリ側のメリットが薄い気もするが、それは追追考えればいいことだ。
今は私の考えを伝えるだけでも、と思って聞いてみたら、
「ぜひともお願いします!」
とあっさり頷かれてしまった。
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「……まんまとポリニャック家を味方にしましたね」
二人と分かれると、ルイが物陰に隠れるように待っていた。
「まんまと、とは嫌な言い方ね。ほんとはもっと相手のメリットを伝えるつもりだったけれど、なんだか承諾されちゃったわ。
なにか考えがあるのかしら?」
アンリの真意がわからなかったのでルイに話を振ってみると、意外な答えが返ってきた。
「……そうですね、アンリとは昔から仲がいいのですが、あいつはそんな駆け引きができるヤツではありません。
頭はいいし計算高いけれど、自分に泊をつけるとか自分のためになることではとんとダメなんです」
「あら、じゃあ何が得意なの?」
「……ハニートラップ、とか」
「………」
…まあ、なんとなく理解はできた。
相手を貶めるのは得意だけれど、自分をオススメするのは不得意。
可愛くないんだか可愛らしいんだが、よくわからないけど。
「まあ、これでカトレアちゃんの愉快な仲間たちが増えたと思えば、よかったじゃない」
「愉快な……まあ、そうですね」
ちょっと笑ってルイが頷いた。
そう、貴方も『愉快な仲間たち』の一人なのよ。
とっても愉快ね?
エルメス31、ルイ21、カトレア19、アンリ17歳のつもりで書いてます