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命を吹き込む仕事

『――平井、平井!』

 新宮さんの呼びかけに、はっと我に返る。

 気づけばタックスティーラーは倉庫の外で立ち尽くしていた。私が製鉄所の灯に見とれてしまっていたからだ。

『大丈夫か? 今、エンジンを切るから!』

 焦ったような声の後、タックスティーラーはエンジンを切られて振動を止めた。

 握り締めていたレバーも震えるのをやめ、操縦席にはゆっくりと静寂が戻ってくる。


 そして外からハッチが開けられ、背面をよじ登ってきた新宮さんが心配そうな顔で覗き込む。

「平井、大丈夫か?」

 タックスティーラーが足を止めたので、何かあったのかと思ってエンジンを切ったのだろう。急いで駆けつけてくれたのか、息が切れている。

 私は心配されたことにかえってうろたえた。

「大丈夫です、あの」

 座席に腰を下ろしたまま、製鉄所の明かりを指差す。

「あの夜景を見ていたんです。そういえば久々に、ちゃんと見たような気がして」

 大人になってからは肩車なんてしてもらえるはずもないし、夜景を見に行くほどの暇もなかった。でも久し振りに見た製鉄所の明かりは、子供の頃の記憶と同じように美しかった。

「ああ、製鉄所だな」

 新宮さんはそちらに向かって目を眇めた。

 その後で少しだけ笑う。

「ここからだと随分よく見えるんだな、知らなかった」

「ご存知なかったんですか? もったいないですよ」

「全くだ。パイロットのうちに見ておけばよかった」

 そう語る間も彼の目は製鉄所の明かりに釘づけだった。


 高見市に住んでいる人なら、誰でも一度くらいはあの光に見とれたことがあるはずだった。

 あの光の中で、タックスティーラーもまた生まれた。


「本当にきれいですよね、あの光」

 私が息をつくと、新宮さんも頷く。

「あの夜景もまた、高見市の財産だ。この街には誇れるものがたくさんある」

「私もそう思います」

「そういうものを世界に発信していくのも俺達の仕事だ」

「はい」

 せっかく地域振興課という、地元愛を存分に発揮できる部署で働いているのだ。この街に、私ができる精一杯のことをしたいと思う。

 小さな頃から大好きだった、住み慣れた高見市の為に。

「お前にはそれができる」

 新宮さんが私に視線を戻す。

 セルフレームの眼鏡越しに真摯な視線を向けられて、私は言葉に詰まった。

 この人がタックスティーラーの為に費やした二年間の重みを、その眼差しから窺えたような気がしたからだ。


 本当は自分が乗るはずだったと、新宮さんは言っていた。

 彼が当初、どういう気持ちでパイロットの役割を引き受けたのかは知らない。ロボットが好きな彼のことだから嬉々として、自分から企画を持ち込んだのかもしれない。でも操縦に当たって練習はしたはずだし、それ以上に企画設計製作に尽力したはずだし、その過程で苦労もしたはずだ。

 それだけの年月をこの計画の為に費やしておきながら、上の指示であっさり私に明け渡さなければならないなんて、一体、どんな気持ちなんだろう。


「私でいいんですか、新宮さん」

 小声でそっと尋ねてみたら、新宮さんはためらいもなく即答した。

「当然だ、俺がお前を選んだ。乗せてみたら確信したな、絶対にお前がいい」

「そこまで……ですか?」

「言っただろ、お前はこのコクピットが似合う。パイロットにも適役だ」

 自信たっぷりに言い切った後、彼は小声で言い添える。

「それに、美人にしろと言われたからな……。俺の審美眼は確かなはずだ」

 ということは、彼は私のことを美人だと――いやまさかそんなことは。私の気分をよくする為、ちょっと話を盛ったに違いない。

 そうでなければ、やっぱりすごく恥ずかしい。

 密かにうろたえる私に、新宮さんが続ける。

「さっきも言ったが、これは俺の夢だ。高見市の資源と技術をフル活用して、ご当地キャラにふさわしいロボットを造った。それも二本脚で歩くロボットだ。パイロットになれなくてもそれだけで十分幸せだ」

 熱っぽい口調で、切々と説いてくる。

「だがどうせなら、このタックスティーラーが生きているところを見たい。これだけのものを仕上げておきながら、ただの置物にしておくなんてもったいない。そう思わないか?」

「……はい」

 そう思う。私は頷く。

「お前はこいつに命を吹き込んでやれる。今の、初めてとは思えないスムーズな歩行を見て確信した。お前ならできる」

 黒いセルフレームの眼鏡の奥で、新宮さんは揺るぎない眼差しを私に定める。

「平井、どうか俺の夢を継いでくれ」


 タックスティーラーを動かす練習はもっと必要だろう。

 でも思っていたよりは難しくなかった。頑張れば覚えられそうだ。

 それに、案外と楽しかった。もっと乗ってみたい。タックスティーラーから見た高見市の景色を、誇れるものをもっと目に焼きつけて、それを発進していけるようになりたい。

 人々はご当地キャラを見て、その街の特色や魅力や、誇れるものを知るのだろう。

 でもご当地キャラの中には必ず誰かがいて、その人はご当地キャラの目を通して自分を見ている人々を、そして我が街を見ているはずだ。

 そのうちに自分の故郷のことを、もっともっと好きになるのかもしれない。


 既に私の心は決まっていた。

 この街の為にできることをしたい。

 そう思う意思さえあれば、どうにかなりそうな気がしている。


「私でよければ、乗らせてください」

 もう迷わない。私は、そう答えた。

 そして新宮さんの表情がふっと和らぐのを見て、慌てて言い添える。

「あ、でも、練習もさせてください。まだ自信があるってほどではありませんから」

「わかってる。いくらでも乗らせてやる」

 新宮さんはそう言うと、こちらに向かって手を差し出した。

 大きな手は握ると、さっきと同じように温かかった。

「ありがとう。お前に、タックスティーラーを任せる」

 照れたような微笑が浮かぶ表情は、製鉄所の光みたいに温かだった。


 その後、私は新宮さんの手を借りながらタックスティーラーを降りた。

 乗っている間は感じなかったけど、実はまだ緊張し続けていたらしい。私はタラップを下りるのもままならなかった。久方ぶりに地面に下り立った時も、立っていられず危うく座り込むところだった。

「さすがに緊張しただろ。こんなでっかいもん、そうそう乗る機会ないだろうしなあ」

 豪快に笑う梶谷さんに、新宮さんは嬉しそうに報告をする。

「ですが、感触はよかったようです。平井が引き受けると言ってくれました」

「お、そうかいそうかい。そりゃよかった、乗り手がいなきゃただの人形だからな」

 たちまち梶谷さんの目が輝く。

 その横で中川原さんは大きく首を竦めた。

「結局お偉いさんの言いなりになったみたいで、不満ですけどね。見返してやりたかった」

「見返すくらい別のやり方でもできる。あまり引きずるな」

 新宮さんは中川原さんを諭した後、私に向き直った。

「では改めて……平井」

「はい」

 名前を呼ばれ、私は背筋を伸ばす。

「タックスティーラーを、俺たちの夢をお前に預ける。これから、頼んだぞ」

「はい。精一杯頑張ります」

 大きく顎を引いて答えた。

「新宮さん達の二年間を、夢を、私が決して無駄にはしません」


 このプロジェクトも製作にかけた税金も、無駄だとは言わせない。

 このタックスティーラーの為に費やしてきた全てのもので、高見市の為に尽くせばいい。


 私の答えを聞いた新宮さんは、黙ってじっと私を見た。

 感慨深げでいて、期待に満ち溢れた表情をしていた。

「頼む。これからお前もこの計画のメンバーだ。何か要望があれば言ってくれ」

「ありがとうございます」

「遠慮はするなよ、俺たちはできるかぎりそれに応えよう」

 頼もしい言葉の後で、彼は急にうきうきと語を継ぐ。

「例えば腕をつけるならドリルがいいとか、変形機能が欲しいとか、合体もしてみたいとか、そういう要望も出てくることだろう。俺はロボットは地を走る方が好きなんだが、他でもない平井の頼みとあれば検討しよう。何でも言ってくれ」

「え……?」

 ドリル? 変形? 合体?

 何の話か、全くわからなかった。

 腕の代わりにドリルをつけて、掘削に使うのだろうか。変形機能を入れるには更なる技術力が必要そうだけど。合体って、何と? 何の為に?

 わからないことに口を挟むのもよくないので、そこは頷くだけにした。

「何かあれば、提案することにします」

「ああ、頼む。タックスティーラーは今日からお前の相棒だからな」


 ――相棒。

 そう言われて、私は夜の景色に直立するタックスティーラーを見やった。

 光沢のないモスグリーンで塗装された機体は、確かにちょっと無骨だと思う。これを兵器の類と受け取ったお偉方の気持ちもわからなくはない。

 忘れてはいけない。タックスティーラーはご当地キャラだ。

 無骨さよりも愛嬌や親しみやすさが必要だろう。


 それで私は提案をした。

「ひとまず、機体の色を変えてはいかがでしょう。もうちょっと親しみの持てる色に」

 すると新宮さんは腑に落ちた様子で頷く。

「なるほど、確かにこのカラーリングでは親しみがないか。ちなみに平井は何色がいいと思う?」

 聞き返されて、私は思案に暮れた。

 可愛さを強調するならピンクや水色だろうけど、男の子にも気に入ってもらえるようにするならもっと違う色合いがいいはずだ。

 考えた末、最も適当と思われる色を挙げてみる。

「赤……なんてどうでしょう」

「赤!?」

 たちまち中川原さんがすっとんきょうな声を上げた。

「何か変ですか? 男の子も女の子も気に入る色と言ったら赤でしょうし」

「そうじゃなくて! 赤と言えば畏れ多くもエースカラーですよ!」

 彼はどうにも、赤く塗るのが気に入らないようだ。

「あなたみたいな新米パイロットが乗っていい機体じゃないんです! わかります!?」

 ちっともわからなかった。

 赤だと畏れ多いってどういうことだろう。

 でも閉口する私より早く、新宮さんが口添えしてくれた。

「平井はこれからエースになるんだ。少し早めに赤く塗装してやるのも悪くない」

 エースカラーって何? 何のエース?

「それに平井が俺の――俺たちの夢を、無駄にはしないと言ってくれたからな」

 そう言って、新宮さんがまた私に視線を向ける。

 眼鏡の奥の瞳が、その時いつになく優しく微笑んでいた。

 どきっとしたのはなぜだろう。ここに来てからずっと、私は新宮さんのいろんな顔を見てきた。職場の同僚としては見たことのなかった顔ばかりだった。

 今の表情もそうだった、からかもしれない。

「俺はそのことが嬉しいんだ、とても」

 新宮さんがしみじみと語った言葉と表情を、私は記憶に焼きつけておこうと思った。

 だけどもしかしたら、意識する必要もなく焼きついていたかもしれない。


 タックスティーラーはこの人たちと、皆の夢の結晶だ。

 私にはその夢を裏切らないよう努力をする義務がある。

 高見市のご当地キャラ、タックスティーラーの活躍がお茶の間を賑わし、高見市の魅力が日本中に知れ渡るように――私が中の人として尽力する日々が、これから始まる。

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