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その名はタックスティーラー

 製鉄所の倉庫の前には、初老の男性と、私よりも若く見える青年の二人が立っていた。


「遅くなりましたが、連れて参りました」

 新宮さんが頭を下げると、作業服を着た初老の男性が豪快な笑みを浮かべる。

「へえ、このお嬢ちゃんかい? 思ったより細っこいけど大丈夫かね」

 髪は既に真っ白で、対照的にやや赤ら顔のその男性は、心なしか同情的な目を私へと向けてきた。

 作業服の胸元にはネームが入っており、この方が梶谷さん――つまりこの鉄工所の持ち主か、あるいはその親戚筋の方ということになるのだろう。

「はい。彼女がこの度の計画に参加することになった、うちの課の平井茉莉(まつり)です」

 私を手のひらで指し示す新宮さんの隣で、私もすぐ頭を下げた。

「地域振興課の平井と申します。よろしくお願いいたします」

「よろしくお願いします。いいねえ、気立てのよさそうな子じゃないか」

 男性が相好を崩す。何だかいい人そうだ。

 新宮さんは私にも男性を紹介してくれた。

「こちらが今回ご協力いただいた梶谷鉄工所の社長、梶谷さんだ」

 やはり、この方が工場の主ということらしい。


 新宮さんが更に続ける。

「それから梶谷さんの隣にいるのが、高見工業大学から来てもらってる――」

中川原(なかがわら)です」

 梶谷さんの隣に立っていた細身の青年がにこりともせず、おざなりなお辞儀をした。

 大学から来ているということは学生さんだろうか。ぼさぼさの髪に皺だらけのネルシャツ、色落ちしたジーンズといういでたちをしている。顔立ちにはまだ十代のようなあどけなさが残っていたけど、私を見る目はいやに刺々しい。

 中川原さんは私を一瞥すると、新宮さんに向かって口を尖らせた。

「本当にこの人にやってもらうんですか? 今更右も左もわかんない人なんて」

「その件についてはもう十分話し合っただろ。平井も快くついてきてくれたんだ、まずは任せてやってくれ」

 きつめに言い返した新宮さんは、その後でちらりと私を視線で示す。

「それに、話通りの美人を連れてきただろう。少しは喜べ」

 美人と言われて、私は内心うろたえた。

 いつもは冗談を言わない新宮さんの言葉なら尚更だ。

 もっとも中川原さんは不服そうにそっぽを向いただけだった。あまり歓迎されていないようなのはすぐにわかった。

 新宮さんは呆れたように肩を竦めてから、私に向かって取り成す口調で言った。

「こいつの態度は気にしないでくれ、少々生意気な年頃なんだ」

「わかりました」

「ともかく今回の計画は、官民学が一体となって進行してきたものだ。中川原たちロボットサークルの面々からは設計段階から関わってもらっているし、制作にあたっては梶谷鐵工所に全面協力を仰いだ」

 そこまで語ると、新宮さんは私を見据える。

「そして高見市の地域振興課からは、お前が選出されたというわけだ」

「……急な決定、不本意ですけどね」

 中川原さんがぼそりと言い添えたのも聞こえた。


 どうやら、私のプロジェクトへの参加は突発的に決まったもののようだ。

 ずっとこの三人を中心に進めてきたものに、どういうわけか私の参加が決まったということだろう。

 なぜかは、もちろんわからない。


「確かに美人さんだ。新宮さんにゃ悪いが、女の子が来ると場が華やぐってもんだよ」

 梶谷さんはにこにこと私を見た後、心配そうに新宮さんへ視線を戻した。

「だが女の子にはきつい現場だよ。一度見せてから判断してもらうでもいいんじゃないかね」

「そうですね」

 新宮さんが同意を示す。

 女の子にはきつい現場、とはどういうことだろう。

 そもそも今回のプロジェクトには謎が多すぎる。特殊なつくりだとか、いきなり鉄工所に連れてこられたりとか――まだ名前すら教えてもらっていないご当地キャラに対し、私自身、イメージのしようがないというのが正直なところだった。

「来てくれ、平井。いよいよお前にあいつを見せる」

 新宮さんは倉庫の側面にあるドアを開け、私に中へ入るよう促してみせた。


 私はその戸口をくぐり、だだっ広い倉庫へと入る。

 内部には鉄と軽油らしき独特の匂いが充満していた。中は明かりが点いていたけど、誰もいないのかひっそりと静かだった。

 天井は意外と高く、真っ先に上を見た私は、その次に倉庫の奥へと目をやって思わず息を呑んだ。


 何かある。

 大きい――高さはゆうに三メートルを超えているであろう大きな影。

 二本の太い足を持つ鉄製と思しきその影が、一瞬巨人のように見えた。


 でも、人じゃない。人の形はしていない。

 どちらかと言えば鳥を連想させるようなフォルムだ。

 油圧ショベルの操縦席のような、ガラス窓つきの胴体の下にやや膝を曲げた姿勢で脚がついている。恐らく胴体にあたる部分は本当に操縦席なのだろうと、窓からちらりと覗けたレバーの存在から察した。

 操縦席を左右から挟むようにして取りつけられた二本の太い脚の他は、目立ったパーツはつけられていなかった。

 全体を光沢のないモスグリーンに塗装されており、形は違えどまるで戦車のような雰囲気だった。

 脚にはご丁寧にも膝の関節があり、爪先もあり、この機械が二足歩行をするのかもしれないと漠然とした予感を抱かせた。


 予感というならもっと、違うことも考えた。

 でもまさか。

 まさか、と思う。


「……ロボット、ですか?」

 私が呟くと、後から倉庫に入ってきた新宮さんが答えた。

「そうだ。二足歩行を可能としたディーゼルエンジン駆動の人型二脚ロボ。今回の計画で俺達が二年がかりで製作してきたものだ」

 ばらばらだったパズルのピースが急速に頭の中で組み立てられていく。

「高見市と言えば古くから製鉄の街として知られていた」

 考えをまとめようとする私の頭に、新宮さんの熱を帯びた声が響いてくる。

「だから俺達は考えた。高見市のPRとして最も適切なご当地キャラとは何か。それは鉄を使ったものだ。鉄製の何かだと」

 目の前に佇むロボットは確かに、全身が鉄でできているようだった。

「そして高見市には優れた鉄工技術があり、また工業大学で学ぶ若く柔軟な頭脳がある。中川原をリーダーとした工業大学のロボットサークルと梶谷鉄工所の全面協力を得て、高見市に眠る資源をフル活用して作ったのが――」

 新宮さんは芝居がかった仕種でロボットを指差す。

「――こいつだ」


 それで二年もかかったのか。

 私は途方もなさに絶句していた。

 恐らくすごいことなのだろうとは思う。思うものの、それ以上に恐ろしいスピードで組み上がっていく脳内パズルに恐れさえ覚えていた。

 とてつもなく嫌な予感がした。


「驚いたか」

 私の沈黙をどう見たか、新宮さんはまた照れたように笑った。

 まるでいたずらを見つけられた少年のような表情――だけどすぐ、堪えるように唇を引き結ぶ。

 少ししてから、真面目くさった様子で語を継いだ。

「これこそが高見市のご当地キャラ。名前を、タックスティーラーという」

「タックスティーラー……?」

 聞き慣れない単語だった。

 私が彼の言葉を繰り返すと、新宮さんはごほんと咳払いをする。

「『タックス』と『スティーラー』を掛け合わせた言葉だ。何せこの製作もタダでというわけにはいかなかったからな」

 "tax"――税金。

 "stealer"――泥棒。

 私はようやく意味を把握し、慌てて反論した。

「お、お言葉ですが、私達は曲がりなりにも公僕ですし、そういう名前はどうかと……」

「平井さん、でしたっけ? 悪霊に気に入られないようにわざと悪い名前をつけるというのは、古くから日本で行われていた、そして世界中にだってよくある風習です」

 倉庫に入ってきた中川原さんが、そんなことも知らないのかと言いたげに説明を添える。

「我々はあえてこの名をつけたんです、ご理解くださいね」

 その態度にかちんと来たけど、ここでの私は新参者だ。

「……そうでしたか」

 表向きは、神妙な顔をしておいた。

「若い人のセンスってやつかねえ。俺にゃぴんと来ないが、それでこいつの性能が変わるわけでなし」

 梶谷さんは諦めたように笑っている。


 性能という単語を聞いて、私は再びタックスティーラーを見つめた。

 ロボだ。

 どう見ても二本脚の、人が乗るところもちゃんとある大きなロボだ。


「新宮さん」

 脳内のパズルの最後のピースを探し求めて、私は新宮さんに声をかける。

 黒いセルフレームの眼鏡の奥で、新宮さんが真っ直ぐな眼差しを返す。

「どうした、平井」

 一呼吸置いてから、なるべく取り乱さないように切り出した。

「タックスティーラーはロボですよね」

「ああ。そして我が高見市のご当地キャラでもある」

 新宮さんは私から目を逸らさず、真摯な口調で答えた。

「どう見ても、ご当地キャラって外見ではないです」

「いや、ご当地キャラだ」

「鉄でできていても、ですか?」

「ご当地キャラを鉄で作ってはいけないと誰が決めた?」

「こういうのって普通着ぐるみなんだと思ってました」

「来る時に言っただろう。特殊なつくりをしていると」


 いや、それにしたってちょっとこれは特殊すぎる。

 着ぐるみどころかロボだなんて。ご当地キャラどころか大きな二足歩行のロボットだなんて、一体誰が想像できただろう。

 そして私は、この件において最も重要な事実を確かめなくてはならない。


「新宮さんは私に、ご当地キャラの中の人を任せるって仰いましたね」

 私の問いに、彼は頷いた。

「ああ、言った」

「中の人って、タックスティーラーの中の人ということですか」

「そうだ」

「つまり私がこのロボに、乗るということですか」

 パズルの最後のピースを探し求める私に、新宮さんは頷いた。

「そうだ」

 彼の眼差しはあくまでも真摯で、だけどわくわくしているようでもある。

「平井、お前に乗ってもらいたい」

 口調は懇願するように熱っぽく、期待に満ちてもいた。


 やはり、そういうことか。

 最後のピースが音を立ててはまった。

 私がここに連れてこられた理由、それはロボットに乗る為らしい――そんなまさか!

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