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十代自選作品集「琥珀」

続・羅生門 「雨雲」

作者: 星野紗奈

 どうも、星野紗奈です('ω')

 さて、今回は学校の授業内で書いた羅生門の続編をここに投稿したいと思います。この先誰かに見せることもないだろうと思うので(笑)

 完全にオリジナルの創作続編なので、原作のイメージが壊れたら嫌だ!と言う方は読むのをお控えください。クオリティは保証できませんので(笑)

 大丈夫だよ!なんでもこい!と言う方はこのままお進みください。


 それでは、どうぞ↓

「雨が、止んだな。」

 一仕事終えた後、男は夜風に当たっていた。少し前まで重たい雨粒を落としていた雲は、ゆったりと流れ、そうしてできた雲の切れ間から月光がさしてきた。そんな、どこか素朴さを感じさせる、美しい景色に心を落ち着かせていると、向こうのほうから、水たまりを散らす音が近づいてくるのが聞こえた。

「おのれ、何者じゃ。」

 男の付き人は音のする方へ太刀を向けた。足音が止んだかと思えば、今度は尻餅をついたようなにぶい音が聞こえた。目を凝らして見てみれば、それはみすぼらしい若い男であった。左手には女物の服が抱えられている。対して右手は、右の頬にあるにきびを気にしていた。荒い息遣いのその若者は、わずかに月光の映った瞳で男を見つめ、震えていた。

「やめい、刀を下ろせ。」

 男はそう言い、付き人を下がらせた。そして、腰の抜けた若者に手を差し伸べた。

「いきなりこのようなことをしてすまなかった。驚かせてしまったな。最近の付き人という職はまじめすぎるのだ。けがはないか。ふむ、見たところ、汝はまともな人間には見えぬ。もし行く当てがないというのならば、我の家へくると良い。」

 男は若者を立たせると、さっさと歩き始めた。若者は黙ってその男についていく。天から降り注ぐか細い月光に照らされ、きりぎりすが鳴いていた。

 その男は、若者を快く家へあげた。男の家は、庶民にしてはとても大きすぎる家であった。男と若者は向かい合って腰を下ろした。部屋は、静まり返っている。

「さて、何から話すべきであろうか。」

 男は最初にそう言ったが、その後、誰も口を開こうとはしない。男と若者は、瞳の奥をじっと見つめ、互いの内情を探るばかりであった。その時、若者は男からただならぬものを感じた。男の瞳は、黒洞々たる夜そのものであった。つまり、何も見えなかったのである。これ以上見ていると、暗闇に引きずり込まれてしまいそうだ、という馬鹿なことさえ考えた。遂に若者は耐えきれなくなり、自分の罪について話し始めた。

 その若者は、俺はこの世の恥そのものである、と言う。若者は数日前に暇を出された下人であった。どうやら、善と悪が葛藤したのち、羅生門の上の楼で引剥ぎをして、ここまで逃げてきたらしい。

 今、若者が下人であったという事実が明かされたが、そのような呼び方は正しくないであろう。かといって、元下人と呼ぶのもどこかおかしいから、作者は変わらず若者と呼ぶことにする。

 若者は最後に、俺はこれからも恥の多い生涯を送っていくことになるであろうと言い、そこで言葉が途絶えた。若者の内情を知った男は、若者にこう話した。

「我は、日が出ているうちは描き屋をやっている。しかし、日が沈めば貸し屋になる。かきやとかしや、一文字ばかりの違いだが、これは恐ろしい違いである。知らぬとは言わせぬぞ、世の中が回っているのは我らのような貸し屋のおかげでもあるのだ。昼間は希望を描き、夜になれば人々を脅し歩く。それが我の仕事だ。時に我は、人を殺さねばならぬときがある。無論、やむを得ず、だ。我は今まで、この手で太刀を振り、数え切れぬ程人々を殺めてきた。いや、今も殺め続けている。つまり、我の全身には悪の血が流れているのだ。そんな我に比べたら、汝は幾分もましであろう。」

 男は特別若者の反応を気にするわけでもなく、部屋で一人、自分に話しかけているようであった。その夜は、互いに何も言わず、そのまま眠ってしまった。

 若者はあくる日から、物事の流れに逆らうことなく水面に落ちてゆく枯れ葉のごとく、男の家に居候することになっていた。自覚を伴う頃には、そのようになっていたのである。

 そうして居候としての生活が始まってから、いったいどれくらいの年月が流れたのであろうか。おそらく、長かったことは間違いない。しかし、これと言って話さなければならないような出来事は特にないと思われる。よって、その後の話をすることにしよう。

 あれから若者と男の関係はより親密になった。若者が思うに、はじめはぼんやりとしていたが、それがなんとなくまとまって、親しい友人のようになった、ということだ。しかし周りの人々には、気弱で優しい子供と、それを甘やかす父親の様に見えたかもしれない。

 それは、ある日のことだ。男と若者は向き合って座っていた。それは、二人が出会ったあの日の状況と瓜二つであった。

 静寂を破ったのは、やはり、男であった。

「我が汝を呼び出したのは、後先の事を考えたからである。我と共にいれば、やがて汝も黒に染まってしまうであろう。かくして、我が持つ家を与える。汝はそこで暮らすのだ。何、心配などいらぬ。我はこのような職に就いているが、決して金持ちになりたいわけではない。金に困ったなら、いつでも言うがよい。」

 若者は、主人に暇を出された時とは別の、負の感情を抱いた。この行動が男の優しさだと理解しているからこそ、若者のsentimentalismeに影響した。

 若者は、深い森に一人、置き去りにされたような気分であった。

 あくる日、若者は男に家を与えられた。若者が居候していたあの家と同じような、庶民にしては大きすぎる家であった。

「今日から汝はこの家の主人となるのだ。汝はまだ、やり直すことができるはずだ。我はこれからもあの職を離れるわけにはいかぬから、しばらくの別れとなるだろう。せめて、我が再びここを訪れる日まで、少しでも明るい人生を歩むのだ。」

 男は最後に、良いか、と聞いた。その声は、その瞳は、二人が出会った日と何一つ変わらない。若者は、黙ってうなずくことしかできなかった。男は、水たまりを踏み越え、付き人を連れて、どこかへ消えて行った。

 若者が主人になってから、また幾年か経った。以前の様に、頬ににきびができることもなくなった。よって、これからは主人と呼ぶことにする。

 主人が町へ出た時、ある青年を見つけた。家々が連なってできた道端の影に、一人しゃがみこんでいたのだった。なんとも異様な風景である。か細い手足がよれた衣服の隙間から見え、髪には白い何かが付いていて、そしてなにより、右の頬に大きなにきびがあった。その青年は、まるでいつかの自分のようだ。主人は思わず、声をかけた。

「おぬしはこのような場所で何をしておるのだ。もしや、家へ帰る体力がなくなったのか。この暑さでは、いくら影で涼んでいても、良くはならないであろう。さあ、俺についてくるのだ。」

 主人がそう言うと、青年はゆっくりと首を横に振った。そして、家がない、と言った。主人はさして驚かなかった。身なりからなんとなく察していたのだ。しかし、それでもなお、この青年を見捨てることはできなかった。主人は少し考えてから、ある提案をした。

「帰る家がないのなら、俺の下人として雇うことにしよう。何、悪いことにはせぬ。金も、時間も、衣食住も全部与えてやる。だから、そうやって生きる望みを簡単に捨てようとするな。」

 最後に、すがれるものにはすがっておけ、と付け足して、主人は青年に手を差し伸べた。青年の決断に、迷いはなかった。

 青年は、良い人であった。主人に尽くし、遠慮と甘えを程よく使いこなす、簡単に言えば、世間をうまく渡っていける人間となったのであった。それでも常に努力を続ける青年を、主人は誇りに思っていた。

 ある日、青年はやせ細った老婆を家に連れてきた。もう先も長くないであろう、白髪の年老いた老婆だ。かつての自分の様に、彼女を助けることはできないか、と青年は頭をさげた。しかし、主人は何も言わなかった。青年が顔をあげれば、そこには見たこともない表情の主人がいた。怒り、恐怖、後悔などがぐちゃぐちゃと混ざり合った、醜い人間の顔であった。青年が何も言えずにいれば、主人は突然激しく怒り、老婆にこう言った。

「なぜ貴様がここに来た。なぜ生きている。あの日の恨みを糧にして今この時まで生きていたというのか。俺は許すべからざる悪である貴様を今ここで終わらせてやってもいいのじゃぞ。」

 主人は老婆の胸倉をつかみ、大きく揺さぶった。老婆はろくに食事をとっていなかったからか、それとも主人におびえたのか、抵抗することはなかった。何も言わない老婆にしびれを切らし、主人はそのまま老婆を引きずり、縄で廊下の柱に括り付けた。

「おぬしはこの老婆に近づくな。いくらおぬしであろうとも、この老婆に近づいたら許すことはできぬからな。許すべからず悪である貴様は、ここで飢え死にするがよい。もう二度と、俺の目の前に現れぬように。」

 青年は、老婆から離れていく主人の背中を追って、部屋に戻った。雨雲が広がる中、どこかへ落ちた雷は、老婆を不気味に照らし出した。

 主人は、焦っていた。今まで感じたことのない恐怖を覚えた。まさか、あの老婆とまた出会うことになろうとは、いったい誰が予想できただろうか。

 主人は思った。ああ、今俺は、どれだけ醜い顔をしているだろうか。もしかすると、人間ではなくなってしまったのかもしれない。あの老婆さえ戻ってこなければ、俺はこんな思いをせずに済んだのに。そんなことを考えながら、長い、長い一か月を過ごした。

 しかし、奇妙なことに、いつまで経っても老婆が飢え死にする気配がない。むしろ、顔色が良くなっているようにさえ見える。主人はそれに気がつき、一日中、部屋の壁の隙間から老婆の周りを観察してみることにした。すると、思いがけない光景を目の当たりにした。青年が、老婆に自分の飯を分け与えていたのだ。

主人の中に、悪に対する憎悪が沸き上がってきた。悪に味方するものは悪である、そう思ったのだ。影からこっそりとみていたが、その激しい怒りを抑えていることなどできるはずもなく、壁から飛び出した。

「おい、そこで何をしておる。いくらおぬしであろうとも許せぬ、そう言ったはずだ。おぬしが飯を分け与えているとなれば、この老婆がいつまで経っても飢え死にしないことにも納得できる。この老婆は許すべからざる悪であるのだ。よって、ここに存在してはならないのだ。おぬしにはそれがわからぬか。」

 そこまで言って、主人は青年をにらみつけ、部屋の方へ歩いて行った。主人の思考はみるみるうちに怒りに占領されていった。

 下人である青年がこのようなことをしたのは許せない、ああ、許せない。今まで主人である自分についてきたというのに、突然離れて敵の肩を持つとは何事だ。今すぐに、自分の目の前からいなくなってしまえばいいのに。しかし、自分には彼を殺めることはできない。こんなにも憎い憎いと言っておきながら、主人はそのような勇気を持っていないのだ。

 これからの自分と青年との関係について考えているうちに、時間は流れ、夜が深くなっていく。そんな中突然、主人はこれを解決する恐ろしい方法の存在に気が付いてしまった。今、ここらは飢饉の波が来ており、暇を出されて行き場のない下人が多くいると耳にしたことがある。そうだ、世の中のせいにして、青年を家から追い出してしまおう、と。もともと、二人は「主人」と「下人」という契約関係だったのだ。ならば、その契約を切ればよいではないか。たったそれだけで、彼がここにいる理由はなくなるのだから。このような方法を思いつくとは、俺はなんて天才なのだ、と思ってみれば、なんだか勇気がわいてきた。

 あくる日の夕刻、主人はそれを実行する決意をし、青年を呼び出した。

「今日から、おぬしは俺のもとを離れるのだ。単刀直入に言えば、おぬしに暇を出す、ということだ。ああ、何も言わなくていい。別に、おぬしが何をしたというわけではない。ただ、飢饉の波がこちらにもやってきた、ただそれだけだ。わかったのなら、何も聞かずに行ってくれ。」

 主人は、申し訳なさそうな顔をしてみせた。青年はその単純な演技に、見事に騙された。主人は内心、大変喜んだ。うれしくて、うれしくて、たまらない心持ちになった。これで何事も無かったことになる、そう思ったのだ。青年は自分の下人ではなくなり、もうじき老婆は飢え死にするであろう。そんな少し先の未来を想像すると、思わず笑みがこぼれそうになる。にやりとした顔を青年に見られないように、と慌てて感情を静める。

 そんな会話を一人心の内でしながら、主人は青年が歩いて行く姿を見送っていた。その時、本当にふと、恐ろしいことに気が付いてしまった。自分が暇を出されたとき、あの時は振り返って見ることなどできなかったが、主人はいったいどのような顔をしていたのだろうか。

「ああ、やってしまった。昔、あの男に言った通り、自分の人生はこの世の恥そのものとなってしまった。俺は悪であった。いや、私だけでない。俺の主人も、俺が引剥ぎをした老婆も、手を差し伸べてくれたあの男も、きっと誰もが悪だったのだ。どうやっても変えることのできない、許すべからざる悪であったのだ。」

 今朝の晴天が嘘だったかのように、雨雲が、家々の屋根を超えて、ずんずんと迫ってきている。ああ、もうじき雨が降りそうだ。

 最後までお読みいただき、ありがとうございましたm(__)m

 評価、アドバイスなどお待ちしております!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 情景の表現力に目を見張るものがありますね。雨上がり、冷たい月光が差す夜が目に浮かびました。 [気になる点] 当然ですが純文学には主題があります。続編ということですが、実際の羅生門と大きなズ…
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