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あなたがそこにいるから  作者: 加上鈴子
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5.俺

 どっちみち、資料は全部この部屋に集結してるんだから、入らない訳には行かないのだ。もうドルネ博士に実験の約束も取り付けちまったし、俺の気持ちとしても、ちゃんと言わなきゃいけない事だった。

 俺はファイルCのキーをドアにあてがいかけて、ふと手を止めた。

 ――もう、いなくなってたら、どうしよう?

 ファイル室に閉じ込めたなんて言うのは口約束だけのものだし、もし未来に帰ってしまっていても、それは彼女の自由なのだ。

 いないかもと思う反面、まだいるに違いないと言う妙な自信も、あった。

 何にせよ、入らない訳にはいかない。

 ピーと言う電子音を鳴らしてドアを開けると――根拠のない俺の自信も、なかなか大したものだ。アウルが俺を見て顔を曇らせたのを見るのは、辛かったが。

「使わせてもらって、良いかな?」

 遠慮がちに俺は、アウルに話しかけた。

 彼女は他人の目をして、

「どうぞ」

 と退いた。

 嫌われたならそれはそれで、仕方がない、と俺は覚悟した。

「アウル。避けられる様な事を、俺はしたかい?」

 少し強い口調で切り出した。彼女の肩が小さく揺れ、狼狽が見て取れた。

「そんなつもりは……」

「じゃあ、どんなつもりだい? 訳を聞かせてくれないと、気分が悪い」

 俺は事を穏便に済ませようと、この辺りをよくうやむやにしてしまう。それが我ながら、いつも嫌だった。特別好かれなくても、特別嫌われない様に人に関わりすぎず適当に流して来た。どこまで本気か、どこまで冗談か分からない素振りで、今まで逃げて来た。

「……ごめんなさい……」

 小さく呟いたアウルの顔を、真正面から見る事が出来なかった。多分そんな、俺に嫌悪感を抱いている様な顔をしてはいないと思うのだが。

「もし、君に、」

 俺は椅子に腰掛け、背中にアウルの気配を感じながら言いかけて、内心で自分を叱咤した。

 駄目だ。もっと、ちゃんと向き合うのだ。

 深呼吸し、俺は椅子を回してアウルの顔を見た。若草色の瞳が、不安げに彷徨った。自分の心臓が太鼓にでもなった様に胸を打ち、音を響かせた。

「君に、好きな人がいないなら、俺が申し込んでも、構わないかい?」

 どもりそうだった。

 早口になりそうだった。

 声がうわずってしまいそうだった。

 いや、うわずっていたかも知れない。

 でも、言ってしまった後は、太鼓が消えた。

 胸のつかえが取れて呼吸が楽になり、体には地に足が着いた様な落ち着きを感じる事が出来た。自分で自分の気持ちを再確認したと言うか。答えが出せた時の様な、ホッとした気分が胸の真ん中にあった。

 きょとんとした、出会った時始めて見た時の顔をしてアウルは、口元に手をやろうとしていた。俺が何を言ったのか、理解出来ない、と言う感じだ。

 俺は、ゆっくりと言った。

「触れなくても、好きになってた」

 膝に手を置いて、真っ直ぐ――椅子に座った俺は、立っている、わずかに浮いているアウルを見上げる。

「会いに行きたいんだ。君に」

 ドルネ博士が今研究している装置は多分、400年位は保つ筈なのだ。俺を実験台としてこの計画を進めてくれる様、博士に俺は頼んだのだった。

 無事着けるとも限らんのだぞ、と博士は俺に念押しをした。したが、もう、付き合いもそれなりだ。面倒臭そうに、人手をかき集めんといかんのう、とボヤくのも早かった。

「行っても、良いかい?」

 意味を呑み込んだアウルが、その呑み込んだものに胸をつまらせて、口元を震わせ、目を細めた。

「――駄目!!」

 堰を切った様に涙があふれ、彼女の叫びと共に、辺りに置いてあった本や書類がバサリと宙を舞った。

「どうして? どうして来るなんて、言えるの? こんな、異常な力があるのよ。私なんか、私なんて、」

「“なんか”なんて言う事ない。君は君1人しかいない」

 君1人しかいない君を、好きになった。

 やっと俺はアウルが抱えていた悩みを少し、分けてもらった気がした。彼女は自分の“力”を否定し、自分の存在を否定しているのだ。

「俺みたいな変わり者に言われても、嫌かな」

 少しおどけた調子を混じえて言う俺に、アウルは泣きながら首を振った。

「駄目よ……。駄目」

 アウルの異常な力の産物だとでも主張するかの様な中空を踊る紙の束が、俺の前を横切って行く。俺は眼鏡がずれて行きそうになるのを、押さえた。

「お願い、馬鹿な事考えないで! どんな確率だと思ってるの?! 会えっこないんだから!」

「それは、やってみなくちゃ」

 肩を竦めて見せた。彼女は手を握りしめ、髪を振り乱していた。

「私が、私の力でここに来るわ! だから!!」

「それこそ、出来ない」

 俺は静かに、しかしきっぱり言った。やれるものなら、とっくにやっているだろう、と言う気がしたのだ。

 嬉しかった。彼女も俺の事を少なからず良い風に想ってくれているらしいと、分かったからだ。俺の言い出した無茶を、本気で怒ってくれていた。心配してくれていた。会いたいと言う趣旨の事を、言ってくれた。でも君は、過去の、ここの人間じゃない。

「君はここにいない人間なんだから。でも俺には、未来がある」

 俺はアウルに微笑みかけた。今は彼女を落ち着かせる手段として、俺は微笑むしか出来ない。

 少し落ち着いた様に見えた彼女の顔が、また歪んだ。でも、と呟いた声は小さかった。俺の気持ちがもう揺るがない、と分かったのだろう。

「やらせてくれ、アウル。俺に」

 俺の念を押す様に言った台詞に、耐えきれずアウルが再度涙をあふれさせた。

「――分からず屋!」


          ◇


 何故、嫌いだと言ってしまえなかったのだろう。

 何故、そんなのは困ると言えなかったのだろう。

 ずっと見ていた。

 子供の時から、知っていた。

 博物館の1室にひっそりと保管されたままの、巨大なカプセル。

 古代の遺物。

 419年前からの。

 外からのエネルギーを必要とせず、核シェルターより高い強度で中の人間を守っている、と説明された文章を理解したのは、随分大きくなってからだった。

 中にうっすらと見える黒い髪の人に、私は惹かれたわ。

 最近になって、ずっと変化しないそれが冷凍睡眠装置と言うものだと知り――2度と開かないであろうと言う話を知った。

 私の特殊な能力も、あなたを起こす手だてにはならなかった。

 だから私は、過去に飛んだの。この計画を止めさせる事は出来ないかと思ったの。

 私はあなたがいたから、過去に行ったのに。

 なのに。

 あなたは、私がいたから、ここに来たのね。


          ◇


 まさか本当に、開いた俺の目の前に彼女がいるとは思わなくて、意識が戻った瞬間は、近くにドルネ博士がいるのか、ここが何年なのか先ず確かめなければと思って焦ったんだ。

 薄暗い部屋に立っている人影は、1つだった。

 女性だった。ふわりとしたスカートの色に、俺は見覚えがある。

 眼鏡をかけず、眠りから醒めた俺のボンヤリした視界の中にいる彼女は――。

 両手を口に当てて驚いているらしい仕草はまだ、俺にとっては数日前の記憶だ。

 カプセルは大きくて地面が遠く、降りたくとも未だ体がすっきりと動いてくれない。

 そんな俺の前にバッとアウルが迫って来たのが、彼女が“力”で飛び上がって来てくれたおかげだと言う事に気付くのは、すぐだった。

 手を伸ばしてみた。伸ばした俺の手を、麦色の髪をした彼女の白く小さな手が、ぐっと握り返してくれた。

 本当なのだ。

 俺は目を見開いてしまった。

「ドルネ博士の作品は、逸品だね」

「ちゃんとキーワードも、1度で認識してくれたわよ」

 震える彼女の声と共に、俺の手に雫が落ちた。驚くほど近くまで寄ってくれた彼女の瞳に涙が光っているのが見えた。彼女はそのまま俺の肩に頭を置き、腕を俺の首に回した。開いて良かった、会えて良かったと、アウルは何度も呟いた。

 夢が醒めたようだ。

 俺はアウルを抱き締めた。

2000.5.22校了の作品を、再掲載させて頂きました。

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