4.セディエ
俺がこの数日ファイルCに行ってないと言う情報を、どうしてコイツは既に知っているのだろう?
「元気ないみたいねぇ。やっぱり1日1度はアウルの顔見なきゃ、調子出ないんじゃないの?」
やしの木の下で俺を捕まえて言うセディエの嫌味は、見事に逆鱗をわしづかみにしてくれる。それでも俺は声を荒げない様抑えて、
「関係ない」
冷たく言い放った。つもりだった。
しかしムッスリしてセディエに言うのでは、まるで子供が拗ねている様にしか聞こえない。我ながら自分の言動が大人気ないものだと思ったが、後のまつりである。
「ウジウジしちゃって」
わざと俺を怒らせようとしてるみたいなセディエの言い方に、少し迷ってしまった。どんな反応をして良いものだか。ここで怒るのも、思惑に引っ掛かる様で面白くないし。
困った顔を作って(本当に困ったのだが)俺は先ず、彼女が突っついて来る話題を否定する事にした。
「何の話だよ。俺は別にウジウジした憶えはないぞ。アウルに会う会わないは、関係ない事だ。俺は、」
「それが“ウジウジしてる”態度そのものよ!」
辛抱強く俺の言い分を聞いていたのだろうセディエの顔が、段々と眉間にしわを寄せそして爆発するに至るまで、俺は不思議な気持ちで彼女を観察してしまった。そうか、俺の今の言い方が“ウジウジしてる”ってヤツなのか。
何故か彼女の爆発も当然と思えて、俺は何も言い返せなかった。いや、彼女がこの後まくし立てたので口が挟めなかった為と言う話もあろうが。
「シュウ、自分で気付いてなかったの?! すっごいウキウキした顔しちゃって、嬉しそうで! あたしねぇ、言わせてもらうと、これでも、あんたの事好きだったのよ!」
目に涙を溜めてイキオイで告白した彼女の顔は真っ赤で、
「あたしがアウルに会わないのは、会って嫉妬しちゃうかも知れない自分がイヤだからよ!」
と続けられると、俺はどうして良いやら。
「ちゃんと向き合いなさいよ、自分の気持ちに! さっさと踏ん切り付けてよ!」
「セディエ!」
「ついて来ないでよ!」
えらい言われようである。
言いたい事だけぶちまけて、人の脳掻き回してくれた挙げ句に唐突に逃げられては、俺の立場がない。
だがここでセディエに追い付いて論議しようとしても、やはり今度は彼女の立場がなくなるのだと言う事に気付いて、立ち止まった。
立ち止まって、彼女が叫んだ言葉の意味を考えた。
気付かない振り、わざと否定しようとして来た自分の心を考えた。
考えながら俺はそのまま、足をドルネ博士のプライベートルームへと運んだ。
◇
飲みに行かないか、とカドゥアに誘われたのは、久しぶりだった。
2人共アルコールがあまり得意じゃないので主に食事が先行するのだが、カドゥアはその日、食べる前に乾杯したビールを一気に開けてしまったのだった。
何があったのかを想像して俺は、
「セディエか?」
と彼のグラスにビールを注ぎながら聞いてみた。もう、先週の話だ。耳に入っていても、不思議はない。
ビストロ風の居酒屋は落ち着いた音楽を流してあり、つまみも上品だ。俺達の風体は少し浮いている気がしたが(特に俺)、生ハムのカルパッチョが俺を引き留めてくれていた。俺はそれをつまんで、カドゥアの答えを少し待った。
「聞いたぜ。来月、実験だってな」
「その事か」
俺は苦笑した。セディエより耳が早いな。
「いや、セディエからも事情は聞いた、そっちの事もあって、飲みたかったんだけどな」
またカドゥアはグラスをくいと空けた。俺はつまみをもう1品注文してから、カドゥアにカルパッチョを薦めた。
「酔うぜ」
「今日は、頼むわ」
そう言って酔いたがるカドゥアの顔はでもおだやかで、俺を責めている訳ではないらしいのが、俺を安堵させた。
「でも出来れば、先に相談して欲しかった」
カドゥアはグラスに目を落とした。
「言ったら、決心が鈍りそうだったんでね」
俺はなるべく軽い調子で言った。
「セディエに尻を叩かれたからな」
俺は付け加え、カドゥアは笑わってくれた。
どういう脚色の元に、こいつの耳に入ったものかは知らないが、笑ってくれたと言う事は、セディエは俺を責めちゃいなかったのだろう。カドゥアも俺を信用してくれている、と言う事だ。
「一緒に食事したんだ。セディエと」
俺はそうかと呟いてから、自分の分の液体を干した。
「おごるって言ったらさ、彼女、割り勘が良いって言ったんだ」
「彼女らしいな」
ふと俺は、カドゥアが実はセディエの事を好きなのではないか、と思った。もしそうだったら、そうなったなら、彼らの結婚式に参列する位の事は、してみたかったなぁ。
俺の気を知ってか知らずか、カドゥアは苦笑した。
「アウルの事が嫌いなんじゃないんだから、割り勘にしてくれと来たもんだ」
これにはさすがに、俺も肩を竦めて苦笑してしまった。だがやはり、セディエらしかった。良い女だ。
セディエを頼むと言いそうになってしまったが、これは俺の台詞じゃない。傲慢だ。俺は苦笑したまま、場つなぎにビールを手にした。カドゥアはつまみを突ついた。
「会えると、良いな」
ボソリと言ってから、カドゥアはゆっくり笑ってくれた。誰に何の理解もされなくて良いと思っていた俺の決心に、少し花が咲いた気がした。
「有り難う」
今度、最後の晩餐の時には明るく皆で騒ごうなと言いながら、でも、その日もその後はもう、へべれけだった。へべれけになって、馬鹿みたいに笑って、世界がぐるぐる廻って暗転するまで、俺達は色々な話をした。
しながら、俺は頭の隅でアウルの事を思った。
明日は、アウルに会わなきゃな。
本当に賛同を得なきゃいけない人に、了承を貰わなきゃ。




