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第8話

 僕とクレアはフェルタントの村で一泊した後、直ぐ出発する事にした。



 第一、フェルタントの村を寄った理由が戦力の補給、即ち態勢を整えるという意味合い有ってのものだった。補給――武具店、道具屋への立ち寄りは既に済ませているので、この村にこれ以上長居する理由は無かった。


「それにしても昨日は笑えましたね」

 フェルタントの村を出発した数分後、整えられた街道を辿りながら今日も今日とて冷酷な笑みを見せるクレアはそんな風に切り出してくる。



「……何が」

「何が? いやいや、別に濁さなくても良いじゃないですか――武具店での話ですよ」

「…………」

 僕は正直、この話題には触れたくなかったのだが、彼女はそれを許してはくれない。


 嬉々として話題を掴み取り、そして握り潰さんと口を開く。

 ……楽しそうで何よりだが……お前の仲間は結構なダメージ、喰らってますよー。



「まさか……クク、まさか……武具店に置いてある装備品全てを装備出来ないなんてねー」

「……うん、まあ、僕もそんな事があるなんて思いもしなかったよ」

 僕は昨日の情景をありありと思い出して、そして頭を痛くする。


 実際、これから僕は不承なりとも魔物と戦っていく身の上だったので、装備品を整える必要があった。故にフェルタントの村でより良い武具を補給すべく立ち寄ったのだ。



 旅人曰く「新しく立ち寄った村なり街ではまず武具店をチェックしろ。装備品は常に最良の物を…………常識だぜ?」――だそうなので、それに従って僕は武具店を訪れたのだ。


 まあ結果としては何も装備出来なかったのだけれども。


「へい、いらっしゃい!」と元気に接客する口髭を生やした屈強な男を余所にして、武具店に陳列されていた武具を色々と試してみたのだが、どれ一つを取っても満足に扱えず結果、装備出来ないという事が判明した。


 『村人A』用の装備品なんて何処にも存在せず、そしてこれからも存在しないんだろうなと思うと自然、陳列する武具を前にして言葉を失くしたものだった。



「ぶきやぼうぐは『そうび』しないといみがないぜっ」去り際に店主が少しばかり揶揄するような笑みで言っていたセリフである。何その棒読み? 馬鹿にしてんの?

「そんな訳ですからアルミナはこれから先、ずっと『ひのきの棒』で戦い続けるんですよね? すっげー、アルミナさん、超リスペクトしてます」

「安っぽい煽り文句を言うのは止めろ」

 意外にナイーブだったりする僕なので結構傷つくんだよ、それ。


「大体、何とかダガ―ナイフくらいは装備出来る事が判明したし、これからも軽い装備品を探して使っていけば何とか…………ならないよねぇ、ホント」

「自己完結しましたね」

 つまらない男です、とクレアは少し不満気に呟く。



 どうやらこの女は自分の獲物は自分でトドメを刺したい人間であるらしい。

 とんだバーサーカーである。


「まあ装備品の問題は置いておくとしても、これから先、魔物と戦う術を身に付けていくのは重要かと思いますよ。……このままだと殺されるのは目に見えてますけどね」

「スプラッタな未来予知をするのは止めろ……まあ、その通りだけどな」

 実際、身を守る術を身に付けるのは必要不可欠である。


 現状を打破するには手持ちの駒だけでやりくりしていくしかあるまい。


「最終的にはゴブリンくらいは一人で倒せるようになると良いですね」

「限界地点のハードル低ッ!」

 いや、まあ『村人A』がゴブリンを倒せるようになれば、大したものなのだろうが。



「ではそれを目指して次に出てくる魔物にはアルミナ一人で対応して貰う事にしましょうか。存分になぶられる事を期待します」

「僕のスプラッタを期待するな――――と」

 言い終える前に僕は前面を見て、そして身構えた。


 噂をすれば陰もあり――魔物の陰もまた、例外では無い。



「これは…………もしかして」

「ええ。かの有名なスライムですね」

 僕の少し前方辺りに地面を蠢く、粘々とした水たまりらしき魔物が立ちはだかっていた。僕とてこの魔物くらいは話に聞いた事がある。


 スライム――魔物としては最弱、村の衛兵から聞いた話によると確か子供でも倒せるとか何とか。僕は内心で胸を撫で下ろしつつ、少し気を大きくした。



「ははっ、最初の相手にしてはちょっとばかし物足りないが……、仕方が無い。相手してやるよ! 来い、魔物よ!」

「あの、アルミナ――――」

「ひゃっはぁ! テメェの血は何色だぁ!?」

 嬉々としてダガ―ナイフを構え、そして地を蹴りスライムへと接敵する。


 当然、クレアの言葉は耳に入っていなかった。



「アルミナ。スライムは確かに魔物の中でぶっちぎりの最弱。その辺の子供にでも倒せそうなくらいの強さですが、腐っても魔物。子供でも倒せそうと噂されているのはちょっとばかし過剰な表現であって、その実力は野犬のおよそ二倍くらいはありますよ?」

「それもうちょっと先に言って――――ぐああッ!」

 スライムの身体が跳ね上がり、そして僕の腹に深く突き刺さる。


 僕の身体が宙に浮き、そして吹っ飛ばされる。……スライム、柔らかそうな見た目していているが、実際は一部分を硬くしたりなんかも出来るらしく……要するにめっちゃ痛い。


 そしてかなりのダメージを喰らった僕を前にしても魔物は躊躇せずに再度、襲いかかってくる。



「この糞スライムが! ちょっとばかし実力があるからって調子に――――あ、ちょっと待って。本当、待って。う、腕がァ! ちょっとばかし有り得ない方向への稼働を試みているぅ! 何、この初体験の痛みぃいいイ!!」

「アルミナ……その見苦しいまでの小物加減……美しいです……」

 うっとりとした様子の艶声を上げるクレアさん。


 あのぅ……貴方のお仲間、死にかけていますよ?


「ぶへぇ、あへぇ、ごへぇ、もう、もう止めてスライムさん! 貴方の実力は十分把握しましたから! 満足しましたから! もう、貴方の事を僕は一生馬鹿にしませんからぁ!」

「アルミナ! スキル! 貴方の固有スキルを今こそ見せつけてやるのです!」

「ぐへぇ――そ、そうか! サンキュー、クレア! その提案にありがたく乗らせて貰うぜ! おい糞スラ公! 今まで散々嬲ってくれて悪いが、この僕の最強固有スキルが発動すれば貴様など只のぶよぶよした物体Xに過ぎないと言う事を思い知らせてやる! さあ、僕の固有スキル、必殺『挨拶』! 『ようこそ、アルヒムの村へ!』。…………。え? 何、これだけ? 言っただけ? いや、まあ知ってましたけどね? 予想通りですけど――――ぶへぇ! す、スラ公様! お赦しを! 僕という矮小な存在にその寛大な心で以てどうか情けを――――って魔物に寛大な心も糞も――――ぐわあああああああ!!」

「素敵……雑魚って本当、儚くて素敵ですぅ…………」

 ……多分、この女、知っててあんな発言したんだろうなー。乗っちゃう僕も僕だけど。


 ただそろそろ洒落にならないレベルでダメージ受けている僕。



 ……目が霞んできたのは気の所為だと信じたい。


「ま、さすがにそろそろ潮時ですか」

 気を保つのがそろそろ限界に近づいた時、何やら遠くからクレアの声が聞こえた。


 刹那。首筋にゾクリと戦慄が走った。


 マズい……これは避けないと――――殺られる。

 スライム以上の殺気を背後に感じ、僕は最後の力を振り絞りその場を飛び退く。



 飛び退き、横目で先程まで僕が居た地点を確認する。

 目に映ったのは先程これ以上無く僕をいたぶってくれたスライムがクレアの長剣でスプラッタに一刀両断されている姿だった。


 ……うん。あの時、咄嗟に飛ばなかったたら確実にスライム諸共、僕の頭がパックリ割れていたね。脳味噌に一生消えない皺が刻まれるところだったね……。


「お、おい! 危ないじゃねぇか!」

 僕は激昂してクレアに注意を投げかける。それをクレアはまるで意に返さない、どころかまるで使えない不要物を処分するかのような生気の無い目を向けていた。



「はぁ? 危ない? 危ないのはこっちですよ。こーんな、役立たずの見た目人間、その実ゴミと共に旅をしていたなんて……肝が冷える思いでしたよ」

「……すいません」

「スライムすら倒せないパーティなんて……本来なら契約解消の憂き目にあるところなんですよ。それに本来ならば役立たずを処理するのは有能な人間の役目なのです。それを一刀で以て痛みを感じずに処分してやろうと言うんですから逆に感謝して欲しいぐらいです」

 明らかに無茶苦茶な事を言われている筈なのに言い返せないこの現実……。


 力無き者は力有る者には逆らえない……。自然の摂理を僕は今、ひしひしと感じている。


「まあ私は優しいですからね。ちゃーんと貴方を慮ってやりますよ。大丈夫ですか? ……ああ、スライムによってこんなにも顔が酷い事に……何とも嘆かわしい……」

「…………」

 奇跡的にも顔には一切、ダメージを受けていない筈なのになあ。



 こいつの僕への暴言は一体何処へと訴えたら良いんだろうか。


「兎も角。貴方が戦闘に置いて全くの役立たずだと言う事が改めて分かっただけでも良しとしますか――――使えねーな、こいつ」

「おいおい、心の中の暴言が言葉に染み出てんぞ」

「あ、ついうっかり」

 えへ、とクレアはしなを作って微笑む。くそう……悔しいが割合、可愛い……。


「では次からは協力して戦闘を行う事にしましょうか――貴方はずーっと、一生、私の後ろで震えながら隠れていて下さいね」

「…………。素直に邪魔だって言えよな……ったく」

 僕は毒づきながらも手の中にあるダガ―ナイフを握りしめ、それがどれだけ頼りない物なのかを改めて実感して、そして懐に仕舞い込んだ。



 本当、使えねーな……僕って奴は。

 それから暫く僕は項垂れながらクレアの後ろを黙って付いていく。




 少しばかり強い風が横から僕らに向かって叩きつけられた。風にさえ馬鹿にされているような、そんな気がした。

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