第7話
「…………ここは?」
僕はフェルタントの村、宿屋の直ぐ傍辺りに建てられた建物(?)の前で呟いた。
建てられたと言うか、掘立て小屋っぽいと言うか、骨組みに布を被せたような単純な作りの建物(?)は丁度、時折アルヒムの村にも訪れていた占い師の館によく似ていた。
ちょっとばかし不気味な感じ。奇妙な存在感のある場所である。
「んー。ここはそうですね、言うなれば『能力査定専門店』と言ったところでしょうか?」
「能力査定?」
僕は聞きなれない単語を反芻する。
「そうです。アルミナは魔物と戦う際、一体何が重要だと思いますか?」
「…………逃げない勇気」
「貴方に最も欠けてそうな要素ですね」
クレアは小馬鹿にしたような笑みを僕へと返す。放っとけ。
「実際それも重要っちゃ重要なんですけど。最も大切なのは自身の能力を把握する事ですよ。魔物と戦う際、自分が一体どのようなスキル、魔法を持ち合わせていて、そしてどのくらいの強さか自身で把握して置く。この店はそれを請け負ってくれるんですよ」
「ふうん」
成程な。……ん? ちょっと待てよ。
「なあ、クレア。それならこの店は少しおかしくないか?」
「何がでしょうか?」
「いやさ……。自身の能力の把握が重要なのは納得出来るけれど。ならこう言った必須の店がこんなにも寂れているのはおかしくないか? 今や魔物と戦う職業である『勇者』や『戦士』『魔法使い』『僧侶』は然程珍しくも無い――いやそういう戦闘を専門にする職業は数多く存在するけれど、ならばそれを把握出来る店はもっと栄えている筈じゃないのか? それこそ大きくて綺麗な店構えの出来るくらい繁盛していてもおかしくは無いと思うけれど」
少なくとも魔物と戦う人間にとって必須の店がこんなボロ布を被せたような店である訳が無い。
ああ、と柏手を打ちつつクレアは言う。
「それは『勇者』のみならず『戦士』『魔法使い』『僧侶』なんかの戦闘職としてそれなりにポピュラーな職業の方々は能力査定を自分で行えるからですよ。『勇者』だったら勇者認可証の中に魔法式が組まれているので、それを使って能力査定をいつでも簡単に行えるんです。他の職業も公式に認められた人間であるならば認可証を持っていて、それぞれに同じような魔法式が組み込まれていますので一々、こんな掘立て小屋を利用する必要が無いんです。こう言った店は私達みたいなはぐれ者や旅人、社会の爪弾き者しか利用しないので、必然こう言った汚らしい店構えになるんですよ。正直を言ってしまえば、あまり公式的な扱いの店では無い、裏扱い的な店なんです」
「そう言う事か」
納得しつつ頷く。
……どうやらいつの間にやら僕も社会の爪弾きにされていたらしい。
受け止めたくない事実を前にすると若干、ブルーになるな。
そんな僕を一切慮る事無くクレアは我が物顔で店へと入っていく。仕方なく僕も後に続いた。
店の中は外見と大した違いは無く、子供が少しばかり頑張って作ったまま事のような様相を呈していた。ボロ布で申し訳程度に日光を遮った店内は床にこれまたボロボロの布が敷かれていて、その端に板切れを組み合わせて作ったカウンター席があり、そこに老婆がちょこんと座っている。
「いらっしゃい」としわがれた声で接客をする老婆の表情は何処か病的で店内の不気味な雰囲気に一層拍車をかけていた。
まあ文句を言っても仕方が無いので僕らは早速、能力査定を受ける。
能力査定自体は直ぐに終わるようで、一分程老婆に全身を俯瞰で舐めるように観察された後に査定結果を羊皮紙に記されてから渡された。
……何とも耐え難い不気味な一分間だった。老婆は大よそ仕事でやっているのだろうか、いかんせん観察される事に慣れていない僕は冷や汗が止まらなかった。その当たり、クレアは慣れたものなのか、涼しい顔で老婆の査定を受けていた。
「それでどうでしたか?」
「……何が」
婆に観察された事の感想を聞かれたと思った僕は声を詰まらせる。
「何がってこの流れで言えば能力はいかなものだったか、と訊いているんですよ。……全く、これだから低脳は。職を失って頭まで理論性を失いましたか」
「…………」
もし『村人A』という職業を失ったのだとしても、それはお前の所為だからなという言葉を喉元で押しとどめつつ、僕は羊皮紙に記された文字を確認する。
名前――『アルミナ』
職業――『村人A』
能力――『体力……測定不能 魔法力……測定不能 攻撃力……測定不能 防御力……測定不能 素早さ……測定不能 器用さ……測定不能』
固有スキル――村人スキル『挨拶』
「……何、この測定不能の嵐」
僕は見たところで少しでさえ理解出来ない査定結果に思わず不満を漏らした。
「……すいません、ちょっと良いですか?」
さすがに納得のいかなかった僕は不気味に佇む老婆へと尋ねる。
「ヒッヒ、……何だい?」
「この測定不能っての何なんですか? 測定不能が束になり過ぎていて、既に僕の中で測定不能って言葉こそが理解しかねるんですが……」
「ヒッヒヒヒ、それはね――」
老婆はまたも不気味に笑った。と言うかヒヒヒって笑う奴、初めて見た。何、その喉元に楽器でも仕込んでんの? 掻き鳴らしちゃうよ、マジで。
「あんた、中々見ない珍しい職業をしているねぇ……。ヒヒ……わたしゃあ、何年も人の能力を見てきているが、『村人A』なんて職業で能力査定を受けようなんて酔狂な奴を始めてみたよ……ヒヒ」
「そんなんで魔王倒すとか本当に正気なんですかね(笑)」
老婆の言葉にクレアが辛抱堪らないと言わんばかりに吹き出していた。
だからこうなったのもそもそもお前の所為だろうが。
「測定不能ってのは要するにそのままの意味さね……。ヒヒ……、能力を数字で表せない程、弱すぎるか……それとも人智を超えて強すぎる場合、その結果を表示してしまう。つまりあんたは能力が常識を超えて弱すぎるか……それとも強すぎるかどちらかと言う事になるんよ…………、ヒヒヒ、あんたは一体どっちだろうねぇ……」
老婆は一頻りの説明を終えた後にまたも不気味に笑った。
ねえねえ、この老婆こそ魔物じゃねえの? 後ろ向いたら襲い掛かってきたりとかしないの? 不気味過ぎて悲鳴上げそうなくらい怖えんだけど。
そんな妄言は兎も角として僕はもう一度羊皮紙に記されている自分の能力を見遣る。
測定不能のゲシュタルト崩壊――僕は『村人A』、言うなれば人智を超えて強すぎると受け止める程、自身の力に絶対の自信がある訳でも何でも無いので、結論で言ってしまえば成程――――僕の能力は表現出来ない程、弱過ぎると――そう言う事なのか。
「……ちなみに野犬の有する能力が全部一と考えると比べ易いんじゃないかえ、あんたの場合は…………。ヒヒヒ、あんた、わたし並の弱さだねぇ……」
……僕の実力は野犬にフルボッコにされるレベルなのか。
何それ、地味にショックなんだけど。野犬も倒せないとか弱過ぎだろ、僕。
「ヒヒヒ……まあ、自分の能力を数字にして示されるのも割合、苦しいものだろうけどねえ……ヒヒ、しかしながら、あんたらはどちらも稀有な能力を有しているねえ……特に」
老婆は皺くちゃの指でゆっくりとクレアを指した。
「特に――あんたは珍しいよ。奇妙な能力を有している……どうかえ? その能力、あんたはいかに受け止めているのかい?」
「…………」
老婆の不気味な乱杭歯をクレアはあくまでも冷静に見つめていた。
しかし、彼女はそれ以上の感情を示さなかった。僕は疑問に思い、そして訊く。
「…………? 奇妙? クレア、一体何が奇妙なんだよ?」
僕はクレアの能力を覗き見ようと彼女へと近づく。
だが、
「…………ッ」
クレアは何故か焦ったように羊皮紙を細かく折り畳み、そして懐に仕舞った。
まるで絶対に見られてはいけない、そんな意志を感じさせる行動だった。
ちょっとばかり予想外の行動に僕は呆気に取られていると、クレアは眉を顰めてこう言った。
「……はあ。デリカシーの無いゴミ虫ですね。人の能力を勝手に覗き見ようだなんて有り得ないにも程があります。どうせ貴方みたいなゴミは平気で人に『はーい、好きな人とマンツーマン組んで下さーい』とか言えるタイプなんでしょう? 本当、あれ辞めてくれませんか、本当、死んで下さい」
「おい、途中私怨混じってんぞ」
こいつの性格だと友達出来なさそうだしなぁ……。色々なトラウマ持っていそうだ。
――――ただ。
僕とて馬鹿では無い。今の行動が少しばかり違和感のある行動で、そして後の言動はそれを誤魔化そうとしていた。それぐらいは僕でも分かる。
だがそれが分かれば一体何だと言うのだろうか。
むしろそれが分かったならば尚、僕はこの話題には触れる事も無いだろう。それぞれがそれぞれに触れられたくない箇所というのはあるものだ。
僕にだって当然、ある。
ならば僕はそれ以上、この話題には触れない事にした。人の過去を暴くというのはそれ相応にリスクが存在する。それを掻い潜ってまで僕はそれを知りたいとは思わない。
まあ。
「……本当、死んでくれませんか? 大体、気持ち悪い上にデリカシーが無いとか虫以下ですか、貴方は……。それでよく生きてますね、どうせ生きていても何も出来やしないのに……。早く、死んでくれませんかね、本当――――」
「…………」
ぶつぶつとうわ言のように僕への呪いと敵意を向ける少女を前にして、尚話を続けようと思う程、僕は男として完成されている訳では無いけれど。
……いや、報復が怖いのだ。この女を前にして敵に回せる程、僕は強くない。だって能力全部が全部、測定不能だし。野犬より弱いし。
僕はクレアの止まらない呪いの言葉を只々黙って受け止めるしか無かった。老婆がひひひ、と笑う不気味な声も僕の神経を削りとるのに一役買っていた。