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第6話

 歩いている内に視界の隅にぽつぽつと建物の陰が浮かんできた。大きな建物の横に何やら丸い円状の物が取り付けられている。あれは多分、水車だ。


 建物の陰は覚束無かったが、歩く内に段々と輪郭がハッキリしていく。太陽はまだ天辺まで上りきってはいない。当初の予定よりもどうやら早く着いたらしい。



「見えてきたな。フェルタントの村だ」

 フェルタントの村。僕の故郷、アルヒムの村とも大した距離が無く、歩いて行っても二日かくらいで辿り着いてしまう隣村だ。時折、僕もお使いの為に訪れていた経験もある所であり豊富な水源を生かした農業で以て栄えている村だ。


「何だかあっさり着いてしまいましたね」

 隣で鎧姿に兜を被った少女――クレアが呟く。背中には長剣を背負っていて、道中出会った魔物はクレアがその長剣を用いて有無を言わさない一太刀で以て切り伏せていた。



 ……何度と無くこの女のえげつないまでの強さには驚かされたものだ。



 ――――とは言えこの女、未だ本気など少しでさえ見せていないのだろうけれども。


 本気を出せばいかなものなのだろう。『勇者』と同等とは思わないが、それに肉薄するくらいの強さは持ち合わせていると僕は見ている。それを見るのは少々楽しみでもあった。



「正直、貴方の案内でこうも容易く辿り着くとは思ってませんでしたけど」

「あ? 何言っているんだ。道案内くらい僕にだって出来る。あの村には何度か行った事があるって昨日話したろうが」

「いえ、そう言う事では無く」

 クレアは間を区切り、息を吐きつつ兜を取った。剥き出しになった黒髪が風に靡いていて僕は少しばかりか見惚れてしまう。


 ……改めて見てもこの女はやはり美人だ。絵画に映った女神のように気品のある表情は『勇者』カルマとは別の意味でこいつも何処か違う世界の住人なのではないかと思わせる。



 だが、しかし。この女はこれで居て悪魔のような女なのである。猛禽の如き鋭い目が僕を射抜く。しかし目の奥に宿る光は祭りを前にした子供のようだった。


「貴方の案内だったら人気の無い所に連れられて何か良からぬ事をされるんじゃないか、と内心ドキドキしていましたから」

「お前は本当に人間の裏を読み取るのが好きだな。――――ん?」

 僕はクレアの言葉のニュアンスをうっかり好意的に受け取ってしまった。



 ……決してそんな事は無いのに。


「いえ。もしもアルミナがそんな下種な行為に手を染めようとすれば私には正義という大義名分が立ちますから。それはつまり好きなだけ貴方を切り刻んでも良い、という事になります」

「…………」

 クレアは身を捩って長剣を少しチラつかせた。お前の親戚、木こりか何かなのかよ。どうしてそんなに切り刻むのに興味津々なの? あと木こりは人を斬り刻まねーから。


 僕は潮騒のごとく浮つかせていた気持ちを沈ませつつ、頭を掻いた。


 何の因果か知らないが、僕はこの砥いだ氷みたいに冷酷な女と共に『勇者』で無いにも関わらず魔王討伐の旅に出る事と相成ってしまった。



 ……職業『村人A』なのに、だ。


 と言うか魔王と闘う『村人A』って何なの? どん詰まり過ぎるだろ、おい。


 故郷アルヒムの村を出る際、その事をお袋に話した時は正直止めてくれると思った。



 馬鹿な考えは止めなさい、とか何とか涙を浮かべて膝を必死掴んでくれるもんだとばかり思っていて、そして僕はそれを期待していた。


 そうすれば幾ら冷酷なクレアであっても、もう一度考え直し、そして母親の情に免じて意見を変えてくれるかも知れないと僕は密かな希望を抱いていた。


 しかし、僕の考えは客観的な母親のイメージを想定した際の想像であって、実際の僕のお袋を想像してはいなかった。



 お袋は一頻り僕の話を聞いた後に「アッハッハ」と豪快に笑っていた。


「まさか愚息のあんたがこんなべっぴんさんを家に連れてくるとは考えもしなかったわ。そもそも結婚出来るなんてこれっぽっちも思っていなかったし。魔王? おーけー、おーけー。魔王でも神でも何でも良いからぶっ殺してきなさいよ。そうすればその、クレアさんだっけ? こんなべっぴんさんと一緒になれるんでしょ? なら断る奴が何処にいるってのよ。……は? 『ここに居るって』? 何、あんたふざけてんの? こんな夢みたいな話、滅多に無いんだから断ったら私があんたを殺すわよ。いやー、めでたいめでたい」

 ――――等と訳の分からない、何かを勘違いしているとしか思えない妄言もお袋は同時に吐いていたっけか。僕って本当にあの人の息子なのかな。



 アルミナ(16)は本物の愛を欲しています。


 ……ちょっとしたお涙頂戴物語が書けそうなキャッチコピーである。


 そんなつまらない経緯もあってか、僕はこの『クレア』と書いて『サイコピサロ』と読む、みたいな女と旅をする事になってしまった。



 ――――そんな風に嘆息しているといつしかフェルタントの村の入り口に到着した。


 村の入り口に居た衛兵相手にちょっとした手続きを踏んで、フェルタントの村へと足を踏み入れる。


「そんで? まずはどうするんだ? 宿でも探すのか?」

「口を開くなり下ネタですか? 斬り落としますよ」

「どの部位をだよ……」

「貴方が一番激痛に感じる場所を」

 無表情でぽつり、と呟くクレア。何言っても怖いな、こいつ。


「いやいや。今日はここで寝泊まりすんだろう? なら最初に宿を確保するのは常識じゃねーの?」

「貴方の常識で物を語らないで下さい。不愉快ですから」

「……不愉快でも何でもこの際構わねーけどさ。ならまずはどうすんだよ?」

「そうですね。一応、まだ陽が落ちるまでには時間がありますし、直ぐに宿探しをしなくても良いと思います。それよりも先に行っておきたい場所がありますから」

「行っておきたい場所?」

 僕は彼女の言葉を反芻するように呟いた。


「……何ですか物欲しそうな目をして。そんなに私から目的地を聞き出したいんですか? 全く気持ち悪いですね、貴方は。そうやっていつでも自分が手綱を握っていられると思わないで下さい」

「…………」

 僕はこれからこいつの暴言に耐えていけるのだろうか……。



 旅の険しさとは違う、別種の不安を憂いつつ僕は彼女の背中に金魚の糞宜しく付いていくのだった。

 案外『勇者』に付き従う従者はこんな感じなのかも知れないけど。




 そんなどうでも良い事を考えながら。

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