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第5話

 村長宅を出た頃には日はすっかり落ちかかっていて、村の大地が赤々とした色に染まっていた。木々が風に揺られて鳴いている。揺られた木々が作り出す影と赤い大地のコントラストは心を温かい何かで満たしてくれる。


 この村に置いて最も美しい瞬間の一つだ。何も無い村だが、何も無いからこそこの穏やかな時を僕は心安らぐ思いで胸に迎えている。



 『村人A』として村の入り口で佇みながら迎えている。

 そして日が落ちかけた頃になって我に返る。一日の終わりを感じるのだ。


「じゃあな、クレア。今日は一日、滅茶苦茶だったけど新鮮で多分、楽しかったよ。またいつか出会える日があると良いな」

 僕は彼女の前から踵を返して去っていく。背中に感じる視線を無視しながら。


「アルミナ」

 背中に声がぶつかる。酷く、冷たい雪氷をぶつけられたような寒々しい言葉。



 僕は気付かない振りをして歩き続ける。


 風が切り裂さかれる音を背中に聞いた。音は空中へと飛び出して上昇し、弧を描いて背中から頭上、そして僕の前面へと移動してくる。



 じゃきん、と。


 僕の目の前にクレアが放り投げたであろう長剣が突き刺さった。長剣は物言わぬ様子で、しかし刃をこちらに向けて僕の前に立ち塞がる。……これってもし手元が狂ってたら死んでたんじゃね―の。死んでたよね? ……死んでたんだろーなあ。


 僕は仕方無く諦めて振り向きそして言葉を吐く。


「……おい。今、僕頭の中ですっげー綺麗なモノローグ思い浮かべながら去って行ったじゃねえか。これはもうそのまま別れに突入して良い感じだっただろ。見逃せよ、頼むから」

「はあ? 何を言っているんですか? 頭、沸いているんじゃないですか? 私が貴方のその蜘蛛の巣張っているであろう空っぽな頭を覗ける訳無いじゃないですか? それとも何ですか? それは暗に頭をかち割って欲しいっていう熱烈なアピールですか?」

「何、そのサイコな解釈」

 本当にこの女は狂気的な笑みを美しく浮かべてみせる。どうせサイコなら物理的な意味合いでは無く、精神的な意味合いで頭を覗けるようになってくれよ。



 ……いかんいかん。ちょっと現実逃避が酷いな、僕。


「行かねーよ」

 僕はまず牽制とばかりに言葉を突きつけた。それを受けてクレアはキョトンとした様子で首を傾げてみせる。その可愛い表情の作り方、反則だろ。止めろ。


「逝かないんですか?」

「人の言葉の揚げ足取って暗に死ね宣言してんじゃねーよ。行かないからな」

「行かない、とは?」

「魔王を倒しになんて行かないっつってんだよ」

 僕は拉致があかないと感じ言葉を省略せずに言ってやる。



「僕は何処まで行っても『村人A』であって、魔王を相手にして一糸報いるどころか言葉一つ、指先一つ動かせずに魔王の前でげーげー吐く事くらいしか出来ない奴なんだよ。…………だから無駄な事をするな。役立たずは役に立てないからそう呼ぶんだよ」

「……ああ、勘違いしているみたいですね」

 クレアはくっくと笑ってみせた。


 子供みたいに無邪気な様子で。



 ――――ああ、不味い。あの感じは酷く醜悪な事を考えている顔だ。


 彼女とは一日しか行動を共にしていない僕だったが、何となく彼女の考えが読み取れるようになっていた。嫌なスキル磨いちゃったな……。


「私は貴方に役立てとそう言っているんじゃないんですよ」

「じゃあどう言っているんだ……」

「私は貴方の役立たずで矮小でゴミみたいな姿を見て愉しみたい、とそう言っているんですよ」

「…………」

 やっぱり、と僕は深い溜息を吐く。


「良いじゃないですか……。絶望と激痛と焦燥で染まった顔なんて……思わず笑みが零れてしまいますよ。アルミナのその顔を私は見たいんですよ、すっごくね」

「悪魔め……」

「へ? 悪魔じゃなくても人間だってそういう人を見て安心するでしょう? そう言う意味で私はこの感情をすっごく人間らしいとそう思っていますが?」

「それは違う感情だ……」

 そういう感情は下には下がいるを見て安心するって言う人間のどうしようも無い競争意識に基づくものだろ。人間ってどうして相対的にしか幸せを感じられないのかね。



 それに比べてクレアの持つ感情は完全にドス黒い混じりっ気無しの嗜虐心だ。そういう感情は人間らしいとは呼ばねーよ。


「更に言えばアルミナ。私は貴方の意見を尊重する気なんて更々ありませんよ」

「えー……」

 ま、そんな気はゾクゾクするぐらい感じていたけれど。


「何なら貴方の好きそうな言葉で言い換えましょうか? 『人間ってのはどうしようも無い力を前にして抗う事は許されない』。私は貴方を力で屈服させる事も出来るんですよ。力こそ正義…………何ともシンプルで美しい言葉じゃありませんか」

「そう言うのを傍若無人ってそう呼ぶんだよ……」

「ああッ! それです、その顔! 今、アルミナは良い顔してましたよ!」

「…………」

 僕は諦観を息にして吐き出す。


 そして一言、諦めを形にして投げかけた。


「しょうがない……。一応、お袋には言って置きたいから一緒に来い」

「え……何ですか? アルミナ、もしかしてこれにかこつけて私を親に紹介して既成事実でも作るつもりですか? さすがはゴミ。糞みたいな事、考えますね」

「…………分かって言っているだろ」

「まあ」

 晴れ晴れした笑顔に僕は渋面を返すと、自宅に向かって歩き出した。



 陽はどうやら落ち切ったらしく、いつの間にか大地は赤から黒に変わっていた。


 この瞬間も今日で見納めらしい。僕は今日で何度目になるか分からない溜息を吐いた。




 僕の溜息は夜の村に雲散霧消してやがて、消えた。

ここまでで大体話の導入となります。

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