エピローグ その①
魔王が討伐されたという噂は瞬く間に世界全土へと広がった。
それはそうだろう。長きに渡って人間を苦しめてきた魔物――その長たる魔王が倒されたというのだから。世界中の人達は諸手を上げて欣喜雀躍を叫んだ。
これからも魔物には度々苦しめられる事になるだろうが――――魔王が居ないとあれば、その脅威は半減するであろう事は明らかであった。これを喜ばない人間は居ない。
これで喜ばないとすれば同じく魔王討伐の任を受けていて、先を越されてしまった『勇者』達だったが、それらの人々も魔王討伐を成し遂げた人間の名前を聞いて、押し黙るしか無かった。
魔王を討伐したのはかの有名な騎士、『勇者』カルマ=クリスタルグラントであるとなれば――――どんな『勇者』であろうと口を閉じざるを得まい。
「――――良かったのかよ」
魔王が討伐されて一ヶ月後、僕は魔王討伐を祝したパレードが帝国、クリスタルグラントで盛大に行われている様を遠巻きに眺めながら呟く。
隣に居るのは鎧姿――では無く、少しばかりお洒落した町娘と言った風な格好をした少女――クレアだ。こいつが鎧姿で無い姿は違和感を感じてならないが、一ヶ月もすれば意外と慣れてくるものだった。
「……何がですか?」
「本当に魔王を討伐したって事実をカルマに譲ってやって良かったのか?」
そう――――クレアは魔王を討伐した後に僕にこう言ったのだった。
魔王を討伐したのはカルマ=クリスタルグラントである――と言う事にしよう、と。
その後は近隣諸国に適当に噂を流すだけで事足りた。何せ討伐を成し遂げたのはかの有名なカルマ様だ。「嘘だ」という言葉より「やっぱりやり遂げた」という声の方が多く、世界全土へと広がるのは、数日かからなかったらしい。
「カルマ様にしてみれば、いきなりの事で戸惑った事でしょうねぇ……」
クスクス、とクレアは嫣然と笑う。
確かにカルマにしてみれば相当な驚きだっただろう。僕達みたいな訳の分からない輩に出し抜かれて失意の内に暗黒大陸から帰ってみれば、自分が魔王を討伐した事になっているのだから。
カルマはこの事をどう受け止めたのだろうか――――――
答えは直ぐに分かった。
「あ、見て下さい、アルミナ。カルマ様ですよ」
パレードでごったがえす人込みの中を王宮兵士に守られながら歩いているのはカルマとその仲間達――『勇者』御一行だ。
彼らは凄まじい歓声を浴びながら人々に手を振ると共に笑顔を見せているが、時折顔が曇っていた。何やら後ろ暗い感情が透けて見えるようであった。
……いや、それは僕が事実を知っているからであろうか。
「…………ふふふ。良いですねぇ、あの顔。あんな悲しそうな顔をしているのを見れば私が名誉を譲ってやった甲斐があると言うものですよ」
クレアの笑顔は何処までも美しく、それは氷のようで長時間見ていれば、その余りの冷たさに凍り付いてしまいそうだった。
こういう所はやはり魔王を討伐してくれた救世主のようには見えないなぁ……。
「もう一度言うけれども良かったのかよ?」
「当然ですよ」クレアは言う。
「ああ言うのは柄では無いですから」
「しかし……。昔、お前を認めてくれなかった奴らを見返してやれたんじゃないのか?」
僕はちょっとばかし踏み込んでみる。クレアはそれを聞いてかぶりを振った。
「昔でしたらいざ知らず今となってはどうでも良いですよ、そんな事」
それに、とクレアは続ける。
「凡人は天才を叩くもの――――私みたいな天才にして美少女を凡人が叩くのは人間として当然の事でしょう? その醜さを私は気に入ってしまったのです。人間がそういうところをもっと前面に出して下さると私も世界を守った甲斐があると言うものです」
「ひっでぇ理由……」
元、王宮兵士であって『勇者』を名乗れない理由はあるいはこういう所にあるのかも知れない。
何となく僕はパレードに出て、人々に笑顔を振りまいているクレアを想像してしまった。
「…………何、その気持ち悪い奴」
本当、柄じゃないな……。




