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第19話

 『勇者』カルマ及びに仲間達はこの一年で更に成長を遂げたらしく、出遭った魔物達の群れを協力して掃討するその姿は正に伝説の勇者と見紛うばかりの強さだった。



「まさかこんな所で君に会うとは思っていなかったよ」

 カルマは最後の魔物を凄まじい一刀で切り裂いた後に僕へと言葉を掛けた。



「僕もまさか再度、『勇者』一行に会うなんて思っていませんでしたよ……」

「……えーと、ところで君のお仲間であるクレアさんは……居ないのかな? どうやら姿が見えないようだけど」

「クレア、ですか? ……あいつもこのダンジョン内に居る事は居るんですけど、途中ではぐれてしまいまして。……その関係で今は僕一人です」

「そ、そうか」

 金髪に変わらず豪華絢爛とも言える鎧と剣を装備した『勇者』は少しだけ気まずそうに頷く。他の仲間達も何処かほっとしたように顔を綻ばせた。




 …………まあ、そうだろうな。カルマ率いる『勇者』一行は一年前にクレアによって命を救われているに等しい。だが自分達よりも圧倒的に格下である王宮兵士の末端も末端であったクレアに遅れを取った事は彼らにとって何よりの苦渋となったであろう。また一年前、彼女に対してマトモに御礼を言えなかった引け目もあるのかも知れない。



 そう言った心中を全て察する事は僕には出来ないけれど、しかし本来ならば万人を救う筈だった『勇者』達が助けられる立場になったという事が彼らにとって何の傷にもなっていないとはとても思い難い。


「――――一年前は」

 そんな事を思っていると、カルマから一年前――つまりあの時の事を切り出してきた。



「一年前のあの日まで俺達は誇りを胸に闘っていた。自分こそが無辜の民に光を齎す崇高な使命を持った『勇者』であると疑わなかった。実際、それまでは大した問題も無く、皆で力を合わせて魔物の脅威へと立ち向かっていた。ただあの日の魔物は常軌を逸していた。命こそ奪われなかったが、それでも後一歩、死の淵に少なくとも俺は足を踏み出していた。あんなところにあんなレベルの魔物に出くわす筈が無かったのに……ッ」

「…………」

 僕は無言でカルマの目を見る。



 カルマの瞳は炎で焼き尽くされていた。色は赤。その中身は口惜しさ。



「あの時、あの瞬間――――全てが狂った。狂わされた。積み上げてきたものが容易に崩されたようだった。有り得ない強さの魔物に元、部下。しかしながら、俺は助けられたあの時、心底ほっとしたんだ。心の底から命がある事に感謝した。その後、そんな事を一瞬でも思った自分を呪った。『勇者』は施す側で無ければならない。そうで無くては魔王など倒せない。民衆の期待は背負えないんだ」

「期待、ですか」

「そう――期待だ。俺は誰よりも重い期待を背負っている。そしてその期待に応えるべく俺は骨身を削る思いで努力してきたつもりだ。実際、実力は申し分なかった……筈だ。そうでなくてはならなかった。だがあの有様……。俺の自信は彼女――クレアさんによって奪われたんだ」

 クレア。謎めいている圧倒的な実力を隠し持ち、それ以上に冷酷な心を持った彼女。




 一年間、一緒に居ても何故彼女があのような力を持っているのか僕には分からない。



「あれから俺は死にもの狂いで魔物と戦ったよ。俺だけじゃない。俺の仲間達も傷つくことを恐れず必死についてきてくれた。本当に最高の仲間達だ。そこで君に訊きたい。俺達は彼女――クレアさんを越えたかい? 君から見て彼女と俺の実力はどちらが上かな?」

「…………」

 俺は即答する事を躊躇われた。だがカルマの表情は鬼気迫るものがあった。カルマの仲間達も同様だ。



 彼らは本当に地獄のような日々で己を鍛え続けたのだろう。


 しかし、俺は言わねばならなかった。



 その努力が欲するものに届いていない事を――――――




「『勇者』カルマ……。確かにお前はあの時より大分強くなったと思う。その魔物が束になったところで叶わない実力……音に聞いた伝説の勇者と比べたところでそう見劣りしないだろう。……だがあいつには――――クレアには叶わない」

「…………」

 カルマは途端、表情を失くした。



 そこに見えるのは只々己を責める怒りだった。……かも知れない。



「何度でも言うが、お前は強い。しかし底が見えるんだ。多分、本気を出せばこのぐらいなんだろうなあ、という強さが窺える。窺えてしまう。しかしクレアは別だ。あいつはどれだけ闘うところを目の当たりにしようが、一向に底は見えない。一年前のあの日に見せた黒々とした魔法をお前も見ただろうが……、あれから今日まであの魔法を僕は一度として見てはいないんだ。使わずともあいつは長剣で以て全ての魔物をしりぞけ続けた」

「確かに……。あの魔法――影を味方に付けたかのようなあの魔法は俺でさえ聞いた事も無い。あれは魔法と言うよりはどちらかと言うと…………」

 そこでカルマは言葉を区切った。僕はその先が気になったが、カルマの目がそれを許さなかった。


 一転して僕を糾弾するかのような目。僕は思わず一歩後ずさった。




「俺がクレアさんよりも劣っている、その事実を俺は甘んじて受け止めよう。しかし――――君だ。君の存在が俺には許せない」

「……僕が? 何故?」

 ――――白々しい事を平気で口にするよな、僕は自分で言っていてそう思った。


 分かっている。そんな事は一年以上前から知っているのだ。




「何故……だと!? 君こそ本当は分かっているんだろう!? 何故……何故君みたいな奴がクレアさんと一緒に肩を並べていられるんだ! 先程の君の戦闘を一瞬だけ見せて貰ったが酷いものだった。まさかマミー、しかも一体にすら遅れを取るなんて…………恥ずかしいとは思わないのかい!? あんな低級な魔物に遅れを取ると言う事はここに至るまでの戦闘の全てをクレアさんに任せ続けていたのだろう。そんな奴が俺よりも高みに居る……俺が届かない実力の人と一緒に戦っていられる……ッ。これを許さずして一体何を許すと言うんだ!」

「…………」

 僕は黙っていた。元々許しを請うつもりは毛頭無かった。



 許されるべきでは無いからだ。


 どんな理由があったところで、どんな目的があったところで。


 実力の無い人間が出しゃばる事は悪だと言って相違ない。



 足手纏いは周囲に居る全ての人間の脚を引っ張り続ける。


「俺は『勇者』だ。だから君の事を見捨てるような真似はしない。力の無い人間は力のある人間の保護下にいるべきだ。しかしそれ以上に力の無い人間が戦場を引っ掻き回すような真似は……止めてくれ。明言するとするならば迷惑なんだよ、足手纏いは」

 カルマはそれだけ言うと踵を返してダンジョンを進んでいく。




 仲間達も後へと続いた。侮蔑の視線を残して。


「――――ただし。君には見届けて貰うよ。俺達はやってきた事の成果を」

 『勇者』は剣を振り抜くと眼前で道を塞ぐ魔物へと容赦のない突きを繰り出し、一瞬にして肉塊へと変えた。



「――――俺達の辿ってきた道が決して間違いでは無かった事を」

 カルマは吠える。自身を奮い立たせるべく。自身に問いかけるべく。




 僕はそれを後ろで見ているしか無かった。

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