第17話
目が覚めると、そこは燭台の炎が四方の角で揺らめいている小部屋だった。相変わらず空気は濁りに濁りきっていて、その喉元に引っ掛かるような感覚に思わず咳込む。
少し頭痛がしたが、どうやら身体に異常は来していないようだ。少しの間、様々な箇所を探ってみるが、やはり大きな傷は見当たらない。
気絶している間、何処まで運ばれていったかは知らないが、どうやら未だにダンジョン内であるらしい……。僕は警戒しながら立ち上がって辺りの様子を再度、窺う。
この小部屋には魔物の気配は感じられない。その辺、何かしらの仕掛けがあるのかも分からないが残念ながら僕はその手の知識に関して詳しくない。気絶している際、魔物に襲われなかった事を幸運に思っておこう。
僕が滑り落ちたであろう穴は塞がれているのか、何処を見渡してもそう言った穴は見当たらなかった。……仲間を分断させる罠の典型だ。仲間が一人落ちた後、穴はカラクリ仕掛けにより閉じていく。その後、仲間が追う事が出来ないようにしているのだろう。
そして聞いた話によると、この手の罠で一人、分断された仲間は高確率で死に至る――――らしい。最も忌み警戒される罠の類の一つだ。単純に魔物が飛び出してくるような罠よりもよっぽど性質が悪い、とここに来る迄に立ち寄った村で『勇者』の男が話していた。そしてその『勇者』である男はこれと同じような罠で仲間の一人を亡くした、とも言っていた。……涙が滂沱と流れる男の横顔を僕は思い出していた。
この状況は恐らく――――相当、不味いのだろう。
ただでさえ、僕は戦闘には殆ど役に立てない存在である『村人A』だ。ここのダンジョンの魔物の強さは僕が手に追えるレベルを遥かに上回っている。一撃でも喰らえばアウト。何なら一度でも魔物と出会ってしまえば、それで確実に死ぬ。その自信だけはある。
……嫌な自信だ。しかし事実に相違無い。
状況としては同じく分断されて一人であるクレアも同じ事だが……。彼女の場合、むしろ僕と言う足手纏いが居ない事で気兼ねなく戦えて魔物との戦闘が楽になるくらいだろう。
詰まる所、彼女と分断された僕の命は最早風前の灯という事になる。
…………状況把握は済んだ。自身の絶望的な状況をこれ以上無いくらい把握した。
――――それで一体何がどうなると言うのだろうか。
暗闇が恐怖そのものに感じられた。燭台の炎に照らされた闇が瞬間瞬間に置いて変わっていくその姿は心に不安を滲ませた。僕は思わず足を竦めて、二、三歩よろめく。
その時、小部屋に音が木霊した。僕は懐に隠し持っていた『精霊の短剣』を握りしめ、身構える。手汗で短剣が滑るが、僕は取り落とさないように十分警戒した。これは僕の命を守る最後の砦だ。落とせば命を落としたも同然なのだ……。
背中に悪寒を感じた気がして振り返る。そして部屋に木霊する足音。僕は焦って、覚束無い燭台の炎が届かない闇に向かって闇雲に短剣を振るう。振るう内に何度と無く部屋に足音が木霊する――――――そして気付いた。
この足音は誰の物でも無い僕の足音だと。次は息を荒げている事に気付く。僕は生唾を飲み込んだ後、どうにか息を整える。耳はずっと過敏に働かせている所為か、耳鳴りを強く感じ、痛みで視界が揺れるようだった。
「………………落ち着け。落ち着くんだ」
僕は言葉にして自分に言い聞かす。このままでは神経を削りに削って自爆するだけだ。そんな事は自殺行為に等しい。落ち着いてもう一度、生きてクレアと合流する方法を探るんだ。
「…………」
僕は無言でもう一度、状況を整理する。
幸いな事にこのダンジョンの魔物遭遇率はさほど高くない。しかし出遭った魔物は決して弱くない。僕の実力で相対するには余りにも無謀だ。
だからと言ってずっとここに留まっていてはクレアを見つける事は難しいだろう。
……何より、ずっとここに留まっていると僕の方が先に参ってしまう。
動かない、という選択肢を選ぶのは無理というものだ。
ならば僕が今からやれる事は一つ。こそこそと魔物に出会わないよう、周囲を警戒しながらこの部屋を出て、そしてクレアを探す事だ。
考えて結論付けて――――――そして溜息を吐かずには居られなかった。
こんな状況に至ってまで僕はクレア頼みなのだな、と。
状況を自分で好転させる事の出来ない、弱弱しくて脆弱な足手纏いなのだな、と。
……だが。それでも生きたい。僕は生きていたかった。
生き汚く醜態を晒しても、どれだけ情けない行為に身を寄せようとも、僕は生きてこのダンジョン内から出たい。そう思い、僕はこの部屋を出た。
通用しないと分かっても尚、短剣を握る右手を緩める事は出来なかった。




