表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/36

第16話

 アルヒムの村を出発してからおよそ一年の月日が経過した。


 その間、僕らは大陸を北上、途中海を渡ったりもしながら魔王城があるとされる暗黒大陸へと徐々に近づいていた。



 故郷の村を出たのが一年前とは思えないくらい随分と昔のように感じられる。『村人A』として村で挨拶をしていた時期が懐かしくさえ思えた。



 ……まあ相変わらず職業は『村人A』のままなのだけれども。


 それは兎も角として。


 魔王の討伐報告は未だに聞かなかった。それどころか暗黒大陸へと辿り着いた人間が殆ど居ないらしい。暗黒大陸を目前としながら各村々を転々としている内に僕らは旅人の目撃情報が減少の一途を辿っている事を耳にしていた。



 様々な地域で――種々のダンジョンで――『勇者』以下多くの旅人が命を落としたらしい。魔物の脅威は『勇者』のみならず段々と人間の村や街を飲み込んでいるようだった。



 僕らとて何度と無く命を落としかねない修羅場を経験していた。


 多くの魔物に四方を囲まれた事もあった。予期しない強力な魔物が目の前を立ち塞がった事もあった。ダンジョンに仕掛けられた罠で死にかけた事も一度や二度じゃない。



 そんな中で僕みたいな脆弱な存在が生き残る事が出来たのは全く以て奇跡に等しかった。そして同時に彼女の存在があったからに違いない。



 元、王宮兵士――――クレアの存在があったから。


 僕が絶体絶命の危機に追い込まれる中、彼女は涼しい顔をしてその危機を背中の長剣を用いて、赤子の手を捻るように簡単に突破していった。それどころか絶体絶命だった僕を見て笑う余裕さえあるようだった。……クレアの持つ圧倒的な実力とそして目を凍らせながらの嘲笑は網膜に何度となく焼き付いている。



 何故王宮兵士の末端であったらしい彼女が『勇者』を超える程の力を有していたのか僕には分からない。どうせ訊いたところではぐらかされるだけだろう。



 だが一年間、一緒に旅をしていて得た事はこの少女がとんでもない力を持っていて、そしてその力の半分でさえ僕は見た事無いのだろうという認識だった。



 何故なら彼女はこの一年もの間、一度でさえ傷らしい傷を負っていないのだから。


 これ程一緒に居て心強い仲間も居ないだろう。



 ……これで隙を見つけては魔物と一緒に殺そうとしなければ僕は彼女を女神として崇めていたかも知れないが。……彼女の性格は一年前から変わらず度を越すドス黒さで、それが玉にきずどころか、粗悪品を通り越して致命傷ともなりかねないレベルだった。



 だって、あいつってば僕が必死に頑張ってようやくオーク(豚を擬人化したかのような魔物。鋭い槍での攻撃が怖い。と言うか僕を見て「ふひ」って笑うの止めろ。皆に笑われて過ごした幼少期から少年期を思い出して少し鬱になるだろうが)を倒した際は、


「豚如きに何を手間取っているのですか。これ以上足手纏いになるようでしたら貴方をミンチにしても良いんですよ」とか言って長剣の切っ先を向けるんだぜ? スライムにフルボッコにされていた時を考えたら有り得ないくらいの進歩だろ!? もうちょっと褒めろよ! 叱って伸ばす方針か何か知らねえけど、これじゃあ叩かれ過ぎていてそろそろ魚の叩きにされるレベル。もしくは安値でたたき売りに出されそうである。

 ……いや、まあ例えドラゴンが出てきたところで怯む事無く長剣で以て一刀両断にしてしまうクレアと比べれば確かに足手纏い以外の何ものでも無いんだけどさあ。



 伸びたところで彼女に比べれば小指の爪程度の成長でしか無いのかも知れない。



 ……凹むよね。あんな奴が傍にいると。まるで才能という鉄格子を紙やすりで削っていくかのようなどうしようも無い虚無感がそこにはある。



 そんな風に常時劣等感に苛まれる僕だったが、先に言った通り少しは成長を見せていて、脆弱ながら装備出来そうな武器を何とか見つけだし、オークやゴブリンくらいは倒す事が出来るようになっていた。


 『村人A』的に考えれば凄まじい快挙である。もしかすれば僕は『村人A』の中の『村人A』なのかも知れない。……結局『村人A』領域から抜け出せないのかよ。



 だが戦闘以外に置いても僕は成長を見せていた。長きの修練の末、遂に僕は『村人A』だけが持ち得る有用性を見出したのである。



 これは旅を進める内に分かった事だが、僕の村人スキルは能力値を上げる事で本来、各村々の人間が様々な経験をする事によって得られる情報を前以て取得する事が出来るようであった。


 『村人A』を始めとする『村人』職業に属している人間の役割はどうやら村を訪れる旅人や『勇者』へ旅をするに当っての情報を提供する事にあるらしい。当初の僕が持っていた旅人スキル『挨拶』がその最たる例だ。『ようこそ、アルヒムの村へ!』と口にする事により、その村がアルヒムの村である事を伝える――――つまりはそういう事だ。



 しかし、その村がアルヒムの村である事など、村に置いてある看板を見れば丸わかりだ。そういう軽度の情報は『村人』の中でも能力値の低い『村人』が口にする事となる。『村人』職業に就いた者は徐々に重要度の高い情報を覚えてゆき、最終的にはダンジョンの場所だったり、強力な魔物の倒し方だったりと言った重要な情報を口にする事が出来る。



 つまり村で日々を過ごして経験を積む事によって得られる情報を僕は魔物を倒す事によって本来より何倍も早く、そして多く得る事が出来るらしい。魔物を倒している内にさながら天啓の如く情報を得る事が出来る訳だ。これは有用性と言ってまず間違いないだろう。


 ……とは言ったところで各村々をすこーし歩き回れば得る事が出来る程度の、本当にちょっとした有用性なんですけどね。職業選択は大事だよ、皆。慎重に選ぼうね。



 閑話休題。


 現在、僕らはとある遺跡跡へと足を踏み入れていた。


 遺跡跡――石を何段にも積み上げて三角形の大きな建造物としたその遺跡はどうやら『ピラミッド』と通称されているらしい。そのダンジョンの情報を僕が有した村人スキルにより得た僕達はそのピラミッドの探索に来ていた。



 最近では僕の村人スキルの能力値もかなり上昇しているらしく、このような有用性が高そうな情報を仕入れる事が出来た。一体この情報はどの村か街に行けば手に入るモノだったのだろうか。その苦労を軽減出来た事を考えると僕的には少し鼻高々だ。



「癪に障りますね」

 そんな僕の顔を見て、一年前とほぼ変わらない分厚い鎧と無骨な兜を装備した少女――クレアはそう吐き捨てた。



「…………」

「癪に障りますよ、その顔」

「二回も言わずとも伝わっているよ……。何、お前は僕が手柄を立てたのがそんなに気に入らないのか?」

 確かに少しばかり得意顔をしていたかも知れないが……。普段、その機会は滅多に訪れないのだから、こういう時ぐらい得意顔をしたって良いじゃないか。



 すると、


「は? アルミナ。何を勘違いしているのです?」

 とクレアは不機嫌そうに首を捻る。



「勘違い? お前は僕の得意満面な笑みが気に入らなかったんじゃないのか?」

「いえ、そうじゃありません」

「ふーん……」

「あ。アルミナ、そうは言っても貴方の笑顔は基本的にどれも気に入りませんよ? そこはそこで勘違いしては困りますから」

「…………」

 僕に鉄仮面にでも為れってか。



「私が言ったのは貴方の顔は笑顔どころか表情全てが癪に障るよって事ですけどね」

「ああ、骨格から気に入らないのね……」

 どうやら鉄仮面どころか熱で炙って表情全体を変える必要があるらしい。



 …………さらりと存在否定されたよ、どうするよ。……ふむ。


 いつもの事なので気にする必要は無し!



 力強い解が出たところで僕は気持ちを持ち直す。持ち直した所がそもそも低水準である事は気にしない。人間、毎日のように罵倒を浴びれば否が応にも乏しめには慣れてくる。



 一年の成果はこんな所にも表れていた。積み重ねって時には残酷だよね。


 溜息がダンジョン内の鬱屈とした空気に交じり消えていく。探索を始めてからどのくらいの時間が経過しただろうか。そこまで時間は経っていない気もするし、一日以上の時が過ぎ去った気もする。……まあさすがに一日もダンジョン内を歩き回っているとは思えないが、陽が完全に遮断されている為、時間の経過が分かりづらいのだ。



 ダンジョン内の通路は割と広く、クレアと並んで歩いたところで全く苦には感じられない。これならばクレアに「近いです。気持ち悪いです。離れて下さい」という罵声を浴びせられた所で容易に距離を別つ事が可能だ。……罵詈雑言に慣れるって怖えーなー、予想出来る罵声にいつの間にか対策するようになってんだもん。



 僕は視界を上げて、ダンジョンの中を今一度観察する。綺麗に切り揃えられた石を何段にも積み上げ、人口の洞窟としている中は淀んだ空気に満ちている。燭台が壁に備え付けられていて、そこに灯してある炎がゆらゆらとダンジョン内を不気味に照らしている。その空気に見合うように魔物も不死の属性を持つタイプの輩がやけに多い印象だ。具体的に言えば全身、渇いたカピカピの布のようなもので全身をグルグル巻きにした人型のアンデットとか、継ぎ接ぎだらけの大男とか、そういう魔物だ。



 ただ不死の属性とやらも心まで凍てついた女を前にしては余り効果が見えないようで、先程から出てきては一瞬で長剣の餌食となっている。人型であるだけ、血がリアルに飛び散って少々グロテスクだが……まあ仕方無い。クレアはグロテスクな程、嬉しいのか獰猛な笑みを浮かべているが、それは僕にとってはどうでも良い。触れない事にした。


 通路を通りながら下へと続く階段を下っていく。その途中に幾つか小部屋のような場所もあって、何度か役に立ちそうな道具やら武器やらも回収して置いた。



 道具――――そう言えばこの一年間、触れてはいなかったが、少しばかり気になる事を思いだし、思い切ってクレアに尋ねる事にした。



「なあ、クレア」

「何です? ご要望の魔物解体方法があるのでしたら、仰って下さって構いませんよ?」

「……いや、僕に魔物を解体してキャッキャウフフ出来るような感覚は無い。違うよ、そうじゃない。訊きたい事があるんだが、良いか?」

「どうぞ」

「道具っていっつも僕じゃなくお前が管理してるじゃん? ……あれって何で?」

「何でって――――」

 クレアは不思議そうな顔をする。僕が何故そんな事を言いだすのか本当に分からないのだろう。だが、僕にはクレアが道具を管理している方が不思議に思うのだ。



「いや、僕としては塗り薬だったり食糧だったり、その他諸々道具を詰め込んでいる布袋を持って貰っている身だから余り大きな事は言えないし、むしろ感謝しているくらいのものなんだが……。ふと、気になってな」

「気になりますか?」

「まあな。だって普段、戦闘を多くする人間よりも僕のような人間こそそう言った荷物は管理すべきだろう。魔物と戦うに当たって多く剣を振るう奴は身軽な方が有利だろうし……、ならばお前が道具を管理しているのはおかしいとは思わないか?」

 むしろお前なら嬉々として面倒事は僕に押し付ける筈だろう?



 しかしながら――――そうしない彼女を僕は変に思ったのだ。



「そ、それは……」

 すると彼女は顔を赤らめ、どこか意地らしい様子で身を捻った。


 何だろう――――普段、目にする事は無いクレアの態度に僕は思わず、息を呑んだ。こいつはこれがあるから卑怯だ……。この美しい表情を見れば、僕でなくとも勘違いしてしまいそうになる。



 もしかしたら道具を持っていたのは僕を気遣っての事だったのでは無いか。



 そんな幻想を抱きたくなる。


 …………驚くほど、何度も裏切られてきたのになぁ。僕ってホント、馬鹿。



「だってアルミナに道具を持たせたら、いざピンチになった時、転移符でいつでも脱出出来るから恐怖が半減してしまうでしょう? 私はアルミナが浮かべる恐怖の表情が見たくて見たくて堪らないんです。なれば私が道具を持つぐらいの苦労、何でも無いですよ」

 夢うつつとばかりにうっとりとした表情でしなを作るクレア。



 何、この人……。何で男を勘違いさせて尚且つ、その心をへし折るのがこんなに巧いの? ハニートラップが撃退まで行うとかどれだけ効率良いんだよ、死ねよ。ハニートラップごときに引っかかりそうになる僕の方が死に逝く者として相応しいのかも知れないが。



「それにどれだけ恐怖は与えても命を失うより前にちゃんと助けているんですから。問題は無いでしょう?」

「問題有るよ、大問題だよ! 僕の胃に穴が空いたらどうしてくれるんだ!」

「それは……ごくり……。胸が、その……ときめきますねぇ……」

「そのタイミングで舌なめずりとかしちゃうんだ……」

 感性がぶっ飛び過ぎているクレアさん、スゲェ。凄すぎて、僕じゃあ全く付いていけない。付いて行った瞬間、人間として大事な尊厳を失える気がする。



「胃に穴が空いたらその時はその時ですよ」

「いや、その慰め方はどうかと思う……」

「えー……、胃に穴が空いたらそこから直接食糧詰め込めるから楽じゃ無いですか。一々、口を通さなくていいなんて、アルミナ、それはかなり便利だと思いますよ?」

「猟奇的解釈だな……。天才か」

 だが効率うんぬんは知らないが、僕はご飯を口から胃に送りたいタイプの人間なので、その超理論は御免被りたい。胃は食糧詰め込むだけの布袋じゃありません。



 そんなやり取りをしながらダンジョンを進んでいく内に何度目かになる小部屋を発見した。小部屋の中心には宝箱が置かれている。



「……いかにもな部屋だな。罠の匂いがぷんぷんする」

「どうします、アルミナ? 放って置きますか?」

「…………。いや、僕が村人スキルで得た情報だと、このダンジョンではそれなりに有益な道具か武器が手に入る可能性が高いらしいし……。ならば少しリスクを冒してでも、あの宝箱は空けるべきじゃないか?」

「…………。成程、なら私が開けますよ」

 クレアは一歩身を乗り出す。



「私ならどんな罠にかかっても死なない自信ありますし」

「すげえ納得出来るな、それ」

 むしろお前の命を脅かす罠って何なの、それ? 四方から槍が飛び出してきたとしても、こいつなら無傷で生還出来そうなイメージがあるからな。冗談みたいな強さだな、おい。



 だが、しかし。僕は彼女の提案を否定した。



「今回は僕が開けるよ。こういう罠臭いのは二人交互に行うべきだろ。ちょっと前にこういうのはお前に任せた。今度は僕が罠を踏む番だ」

「……しかし」

「仲間なら負担は押し付け合うべきじゃなく共有すべきだろ。そう言う意味で僕は宝箱を開けない訳にはいかない」

「…………」

 クレアは尚も浮かない顔をする。……らしくも無い表情だ。



「何だよ、僕が信用出来ないか?」

「いや、何、自分が信用を勝ち得ているだろう的な発言しているんですか? 信用している訳ないじゃないですか。ちょっと危ない目にあっただけで死ぬであろう確信はありますけど。足手纏いになりたくないなら、少しは丈夫になって下さい、虫が」

「…………」

 信頼し合った仲間っぽい会話が台無しである。少しは空気読めよ、テメー。



「ま、まあ今回は何が何でも僕が開けるよ。それにお前なら大抵の罠が発動したところで僕を助ける事が出来るだろ? 頼りにしているぜ?」

「はなから他人任せとはいい度胸ですね」

「世渡り上手と言え」

「世渡り上手? ハッ。人生の綱渡りからいつでも踏み外しているような存在が一体何をほざいているやら…………」

「少しは僕を持ち上げてくんねぇかなあ!」

 僕の評価が底辺に落ち込み過ぎて血の涙が出そうなレベルである。



「……まあそこまで言うのでしたら任せますけれど。くれぐれも慎重にお願いしますよ?」

「はいはい」

「慎重に、そして出来る限り恐怖で顔を歪めて下さいね。良い顔、期待してますよ?」

「期待が斜め上過ぎる……」

 僕は肩を竦めながら、一人宝箱の前に立つ。



 一度深呼吸して、肺の中にある爆発しそうな空気を入れ替える。胃液の匂いが喉元からせり上がってきて、ギリギリのところで押しとどめる。平衡感覚が機能していないのか、視界がぐにゃりと歪んだ気がして目頭を押さえた。



 ……落ち着け。ただ宝箱を開けるだけの簡単なお仕事じゃないか。


 気をしっかり保てば全く問題無いんだ。さあ、行くぞ……。

 僕は宝箱の蓋を思い切り持ち上げる。上蓋が軋んで鈍い音がなる。



 ――――何処かで酷く端的で、しかし残酷なからくり仕掛けの音が鳴った気がした。


 途端、足元がグラついた。あまりの恐怖で先程よりも平衡感覚に異常をきたしたのかと思ったが違う――――本当に足元が動いているのだ。



 ヤバい、罠だ――――そう思った時には地面は無くなって虚な穴がぽっかりと空いて僕が落ちるのを待ち構えていた。僕は抵抗する間も無く穴に向かって滑り落ちる。



「アルミナッ!」

 頭上でクレアの焦りを滲ませた悲鳴が聞こえてきた。


 だが、その耳に響く声も段々と離れていって、点となり、消えていく。穴から滑り落ちた僕は何処へと分からず運ばれていく。



 下へ上へ右へ左へ――――何処へ行っているとも知れない脳味噌が攪拌される感覚。手を頭へ突っ込まれて掻き混ぜられたような錯覚に僕は思わず顔を顰めた。




 その内、感じる苦痛に耐えきれなくなった僕はそのまま気を失った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ