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第12話

 ロコから聞いた件の洞窟はウルマリンより五キロ程、東へと歩いて行くと姿を現した。



 地から競り合がるようにそびえたつ岩山の側面にぽっかりと空いている洞窟は不気味な事この上無く、その洞窟こそ魔物の口に思えてならない。入れば途端に洞窟は口を閉ざし、ゴツゴツと出っ歯っている岩肌に磨り潰されてしまうのではないか、という想像をしてしまったのはその洞窟の不気味さが為せるものだろう。見る度に寒気の感じる虚な穴だ。


 そして洞窟の入り口付近には先客が居た。



「…………君達は?」

 先客の内の一人、金色の短髪を有した爽やかな表情のまま青年が僕らへと尋ねてくる。


 僕はその青年の名をよく知っていた。



「『勇者』カルマ……」

 後ろに後光でも差してんのかよってくらいに華やいで見えるカルマは仲間の女性達を従えて、今正に洞窟へと入ろうとしていた。左手に松明を持ち、右手に煌びやかな剣を握ったその姿はウルマリンの街長が言っていた通りに頼りになるどころか危うく「兄貴! 一生ついて行きやす!」なんて妄言を口にしつつ、足先を舐めかねないレベルだ。



 ……しかし僕ってほとほとモブキャラが似合ってんのな。想像でくらい無双させてくれよ。無理、かな? 無理かも? ……無理だな。三段論法的に納得した。


「ん? 俺を知っているのかい? なら……えーと、何処かであったかな?」

「いや……。別に」

 僕はカルマを前にして卑屈な笑顔を浮かべる。



「『勇者』カルマと言えばファンなんて腐る程沸いてくる超絶イケメン騎士様じゃないですか。例え顔を合わせてなくても知っている人の一人や二人は普通に居ると思いますよ?」

「……ああ。思い出した。君はアルヒムの村で元気よく挨拶していた青年じゃないか。……ん? でも人違いだったかな? あの村に居た時はこんなに目を腐らせてはいなかったと思うけど」

 あれだけの接点で思い出せたのか。こいつやるな。……だが放っとけ。あれは営業スマイルだ。スマイル全てが本物だと思うとかお前、どんだけ脳内お花畑なの? それに僕ってばイケメンを前にしたら滅べと心中で唱えろっつう教育を母親から受けているんだよ。……どういう教育だ。



「でも村人の君がこんな所で何をやっているんだい? 観光?」

 こんな洞窟を探検したいと思う奴とかどんな洞窟スキーなの? 魔物に襲われる危険性考えてまで洞窟の観光したいとか、そいつ、命幾ら有っても足んねーよ。



「……いや。ちょっと……」

 心根とは裏腹に錆びついた風車みたいに呂律の回らない舌でモゴモゴと呟く。


 いやいや。僕とこいつくらい位が違うと文言を交わす事すら罪になりかねないんだよ。ほら僕って罪な男だからさ。罪作りな男だからさ。罪状は劣等罪。報われねー。



 そんな会話にならない僕を見限ったのかカルマは次いで僕では無くクレアに目を向ける。


「君は確か……城で何度か会った事あるよね? クレアさん……だっけ?」

「その節はどうも」

 クレアは兜を取り、首を傾げる程度に頭を下げた。



 ……そういや、こいつらはよく考えても見れば出身地は一緒なのか。ならば多かれ少なかれ接点はあるのだろう。どのくらいかはクレアの地位の高さに比例するけど。


「もしかして俺をサポートする為にここまで来てくれたのかい? それは嬉しいのだけど、その必要は無いよ。だって俺にはこんなにも頼もしい仲間達が居るのだから。これ以上は連携も取りづらくなるからね。気持ちだけ受け取って置くよ」

 カルマは仲間達へと目線を遣る。カルマの仲間らしい女性陣はその事を誇りに思うようにして高飛車に笑ってみせた。気品ある下品さって感じかな? 矛盾しているかもだけど表現としては概ね正しいと思う。



 だが、


「相変わらずおめでたい頭していますね。貴方の父上……王とよく似て凡俗なんですね」

 クレアは爽やかに笑顔を浮かべるカルマとその仲間達を一蹴した。


 その声に色が付いたなら黒鉄と言った感じか。安定のドス黒さである。



「貴方の為に? ……ふふっ、笑わせないで下さい。貴方など家柄に縋っているだけの能無し、屑も良いところじゃないですか。そんな親の七光を得て調子に乗るのは勝手ですけれど、私にまでその内輪ノリを強要しないでくれませんか。もう私は兵士でも何でもありませんので。酷く不快です」

「あ、えーと……。ごめん、そういうつもりじゃなかったんだ」

 カルマは罰の悪そうな笑顔を浮かべて、そして取り繕った。



「じゃあ君はもう王国の兵士じゃないんだね? ……今までご苦労様。多分、話すのはこれが始めてだろうけど、君達兵士の一人一人には感謝しているよ」

「私は貴方方の事を思って仕事していた訳ではありませんけどね」

「あはは……」

 カルマはクレアのその余りある暴言に渇いた笑みを浮かべる。つーか、こいつよくもまあここまで人を苔に出来るものだ。怖いモノ知らずちゃんかよ。良く見ろ、後ろの仲間達が今にも視線でお前を殺さんばかりに睨み付けてんぞ? 僕なら二秒で卒倒しちゃうね。僕、弱ッ!



「……えと、それは大いに構わないのだけど。じゃあクレアさんはどうしてこんな所に居るのかな? 良ければ教えてくれると嬉しいのだけど」

「貴方と同じようなものですよ」

「……同じって?」

 カルマは不思議そうに聞き返した。クレアはあくまでも淡々と言う。



「貴方と同じくしてウルマリンの人に頼まれたんですよ。この中にいるであろう人を助けてくれないかって。貴方はこの中の魔物を倒して欲しいとお願いされたんでしたっけ?」

「……よく知っているね。街長から話を聞いたのかな?」

 カルマはでも、と言葉を続ける。


「君達にこの依頼はちょっと……荷が重すぎるんじゃないかな? 俺は君達兵士の実力をよく知っている。一応これでも王の息子だからね。それくらいの事は分かるんだよ。更に言えばクレアさん、君は王宮兵士の内でも末端も末端、一般兵じゃないか。兵長クラスならまだしも君がこの洞窟の魔物を相手にして無事で済むとは考えられないな。それに……」

 金髪の青年は僕へとその力強い眼を向ける。その目には侮蔑の色が混じっていた。



「そこの君は見る限りただの村人じゃないか。その様子じゃ虫も殺せないようにしか見えないけど…………」

「…………」

 僕はカルマから視線を素早く外して押し黙る。


 劣等種は何を言われるまでも無く強者に道を譲る。気が利くと言われると少しだけ報われる気がするな。どうでも良いけど。



「アルミナを甘く見ないで下さい」

 端的にクレアは強い語調でカルマへと向かった。


 カルマもそして――――僕もクレアのこの態度は予想外で少しばかり面食らった。

 え、何? お前ってそういうキャラだっけ? 仲間を大事に思っている、仲間が貶されれば怒りを覚える熱血キャラだっけか? 実は我が子を谷底へと突き落とす獅子のような気持ちで僕へと罵声を浴びせていたの? 



 そうして僕の開いた口をもっと押し広げるべく、クレアは続きを言う。


「アルミナは虫を殺すどころか虫にさえ殺される勢いのどうしようも無い屑で雑魚でゴミ虫以下の駄目人間ですよ。買い被るのは勝手ですが、その評価は余りにも高すぎます」

「擁護してくれるんじゃないんかい!」

 クレアはどうやら我が子を谷へと突き落とした後に上から岩を落とすタイプだったようである。……お前は本当にぶれないなぁ。



「ハハハハ! 君達は宴会芸でも嗜んでいるのかい? 中々に面白かったよ。……しかし」

 クレアは一頻り笑った後に少しだけ厳しめの語調で言う。


「素人は手を出さないでくれ。魔物は人と違って宴会芸でどうにかなるほど容易い相手じゃないからね。俺達だって魔物を相手にすれば無事である保障は何処にも無いし、何なら命だって失うかも知れない。でもそれだけのリスクを前にして尚、俺達は前に進みたいんだよ。ここから先はそういう覚悟を持っている人間でしか進めない。進んじゃいけないんだ。クレアさん、何なら君の引き受けた依頼も俺達がこなしてくるよ。中に居るであろう人の探索……だっけ? それは俺達が引き受けたから君達は元来た道を引き返すと良い。力が無いのにも関わらず、それでも敵へ立ち向かうのは蛮勇であって、もっと言えば――――無謀、なのだからね」

 『勇者』カルマはそう口にすると、洞窟へと足を踏み入れた。仲間の女性陣も僕らを振り返る際、睨み付けてからカルマの後に続いた。直ぐに『勇者』一向の姿は暗闇に溶けて、そして消えていった。



「さて…………」

 カルマの姿は見えなくなってから暫く経った後に僕は静かな水面に一石を投じるようにして言葉を切りだした。


「どうするよ?」

「……どうするって、貴方、これぐらいの事で諦めるのでしたら正気を疑いますが」

 クレアは心底蔑むような目で僕を見た。……寧ろ僕へ優しい目を向けた事ってあったっけか? せめて人並の評価を下さい。



「……いや何となく訊いただけだよ。ここまで来て誰が引き返すかよ」 

 ロコにも悪いしな。僕はロコの純真無垢でいじらしい上目遣いを思い出す。


 あれ、何だろうなー……。ああいうのを魔眼って言うんじゃねーの。僕ってば余りの可愛さに固まっちゃったし、ときめき過ぎて心臓止まるかと思ったし。



 僕は一度自分に発破を掛けるべく頬を叩いた後、一本の松明を取り出した。火は赤々と燃えあがり、暗闇ではこれ以上無い救いとなる。


 ああ……火が使えるなんて……。やっぱり人間は偉大だなぁ……。



「ああ。アルミナ、松明なんて必要ありませんよ」

「は?」

 僕が呆けた顔をクレアに返している内に彼女は剣を取り出して、あっと言う間の一太刀で以て火を掻き消した。チッ、と剣が頬を掠り、冷や汗が滂沱とばかりに頬を伝っては流れる。


「お、おい! お前、何してんだよ! それに火消すにしてももっとやり方あんだろうが! 僕が灯した雀の涙程の勇気の火までうっかり掻き消えちゃうところだったじゃねぇか!」

「どうせ役立たずなんだから勇気なんて持っていたところで無駄なだけじゃないですか。死地へ赴くなら身軽の方が良いと思いますよ?」

「死地のとこだけ良い笑顔で言うなよ、おい……」

 危うく胸が高鳴って死ぬのも良いんじゃないかなって勘違いしそうになっただろ。



「まあ何はともあれ黙って付いてきて下さい」

 クレアは洞窟へと足を踏み入れると左手人差し指を宙へと掲げて、そして何事か呟いた。


 すると、クレアの左手人差し指の切っ先が強い光を帯びた。その光は一瞬強く大きな光の球体になったかと思うと直ぐに小さく凝縮してクレアの人差し指で安定した光を放ち始めた。どうやら松明の代わりにこれを光源として進むらしい。


「……お前、そんな事まで出来たのな」

 僕は感嘆めいた溜息を吐く。こいつには毎度の事驚かされっぱなしだ。



「別に。火の属性魔法の応用です。そう難しい事じゃありませんよ。まあ貴方には無理でしょうけど」

「…………」

 どんな時でも僕への蔑みを忘れない辺りさすがだ。


「では行きましょう――――しかし無謀、ですか」

 クレアは洞窟を進みながら、うわ言のように呟く。恐らくは先程の『勇者』カルマの発言を受けてのものだろう。


「ええ、そうですねぇ……確かに無謀かも知れませんねぇ……」

 ククク、と喉を鳴らし洞窟を進むクレア。僕はその背中を黙って付いていくのだった。


 魔物よりもこいつの方が怖い、と一瞬でも思ってしまった僕を一体誰が責められよう。責められないだろうな。



 だって暗闇で反響するこいつの声は心底楽しそうだったのだから。




 僕はどうかクレアが望むような展開が起きないように、と心底祈るばかりだった。

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