第11話
茶髪の少女は「……ここでは何ですので」と先導しつつ、歩きだした。僕らは彼女に着いていく内に一軒の家屋に辿り着く。
「わたくしの家です」
少女はそう説明すると、どうぞと言って僕らを中に上げてくれた。
僕とクレアの二人は言われるがままに中へと入り、そして案内されたテーブルに並んで着く。
少女の家はお世辞にも綺麗とは言えない、質素な生活が容易に想像出来る家だった。木で形作られた家は隙間風が空いているのか、度々空気が出入りする音が聞こえる。冬になればさぞや寒い思いをする事になるだろう。今は春、まだ夏の日差しが照りつける前であるので、そこまでの不快感は感じないけれど。家具や調度品も申し訳程度にしか置かれていない。
「何もお構い出来ませんが……」
少女は恥ずかしそうに頭を下げた。対してクレアは「構いませんよ」と笑っていた。
だが、「一食分浮かせるまでには至らないか……」と舌を打ちつつ呟いていたのを僕は聞き逃さなかった。追剥にでも転職すると良い。
「……それで話とは?」
僕は対面に座った少女へと話を切り出す。ここまで連れてきたには何か理由があるのだろう。
「はい。実は……」
少女は話始めようと口を開いたが、途中で「あ!」と両手で口を塞ぐ。
「す、すいません! 自己紹介もせずにいきなり話なんて…………失礼な事を致しました。申し訳ありません! ……わたくしはロコ。このウルマリンに住んでいます」
頬を赤らめ話す少女――ロコのその姿はさながら小動物然とした可愛らしさがあった。
あざといとかそう言うのいくない。可愛いのは可愛い。顔に似合わず存在感を示している胸が揺れているのも何とも言えない魅力が…………。あ、うん。何でもないよー。
「どうもご丁寧に……。私はクレア。今は旅をしている身です」
クレアはぺこりと頭を下げた。……こいつ、破天荒な振る舞い以外も出来るのな。まあ元は王宮兵士なのだし、それくらいは身に付けているか。
「アルミナです」
僕は端的な挨拶を済ませる。自己紹介とか何言って良いか分からんし。無難な挨拶こそ下手な印象を人に与えないコツだ。
「クレア様、アルミナ様……まずは話を聞いてくれる事を感謝致します」
「いえいえ」
クレアが笑顔で応対している。普段の彼女を知っている僕からすればその笑顔は凍てつく絶対零度以下のそれは寒々しい笑顔だったが、普通に見るだけなら陽向のような笑顔だ。
「では早速本題に入らせて戴きます。……実はお二人様に是非聞いて欲しい願いがあるのです」
「……願い」
僕が反芻した言葉にロコは頷く。
「元々この街は交易で栄えていて様々な人で賑わう騒がしい街でした。わたくしもこの雰囲気が嫌いでは無かったし、何より人が皆優しくて良い街でした。しかし今よりおよそ半年前、この街の近くにある洞窟にとある魔物が一体、住みつきました。この魔物が何とも強力な力を持っていまして、それに集うように魔物が集まり、巣食うようになりました」
ロコは一息で言ってから深呼吸を一度やった後、説明を続ける。
「それだけなら良かったのですが……。恐らくは魔物が集った事による餌の不足からでしょう。ウルマリンに交易に来る商船や旅の一団などを襲い始め、次第にその脅威によりこの街と交易をしてくれる商人達が減っていきました。交易で人が多く集うからこそ栄えていたこの街は段々と廃れていき、今ではこの有様です。街の長からはこれ以上魔物の噂が広まらないよう箝口令が敷かれ外で件の魔物の話をする者に罰が下るようになり、住人は貧困と他人の目の両方に苦しめられるようになりました」
「成程。だからロコさんはフードで顔を隠していたのですね」
ロコは悲しそうに目を伏せた。
「つまりロコさんはその魔物を退治して欲しいとそう仰りたいんですか?」
クレアは確信を突くようにして言う。だがロコはかぶりを振った。
「あ、えと、すいません。そうじゃないんです。第一、魔物退治については街の長が先日、ここに訪れた旅の者に一任したそうです。噂によるととても頼りになる青年だと聞いております」
青年。その言葉に少しばかり思い当たる節を浮かべつつ、僕はロコへと尋ねる。
「……じゃあ一体何をして欲しいんだ?」
「ええと……、実はわたくしには兄がいるのですが。兄は正義感が強く、わたくしが止めるのも聞かずに一人で魔物退治へと出掛けてしまったのです」
「ロコさんのお兄さんはお強いんですか?」
「……残念ながら」
クレアの言葉にロコはかぶりを振った。
「しかし兄は行動力だけはずば抜けていまして、恐らく洞窟に単身飛び込んだ後、強い魔物達を前にして途方に暮れている筈です。……どうかこの兄を助けて欲しいのです」
「成程。その依頼、御受けしても良いですよ」
「本当ですか!?」
ロコの表情がぱっと華やぐ。
だが僕は見た――――クレアの目に獰猛な光を灯しているのを。
「ですが、その前に二三、質問しても宜しいですか?」
「はい。喜んで」
クレアの言葉にロコは浮かれた表情で答える。
…………正直、耳を塞ぎたい心地だった。
「――――死んでいたら?」
「へ?」
「ロコさんのお兄さんが死んでいたら……どうしますか?」
「……死んで?」
ロコは理解が及ばない、と言う風に呟く。
「ロコさん。貴方のお兄さんは力が無いにも関わらず、単身魔物の巣に飛び込んだんですよ? 生きているよりも寧ろ死んでいる可能性の方が高いくらいです。死んでいたらどうします? 死体は持ってきましょうか?」
「へ、え、あの?」
「もしもお兄さんが死んでいたとしても、私達は『見つかりませんでした』と嘘を吐いた方が良いですか? そうすればお兄さんは少なくとも貴方の中では生きている事になりますよ。淡い希望を持ってこれからの人生を歩んでいけますよ? どうします?」
「そ、それは…………」
「お兄さんが魔物に食い散らかされていたら――――どうします? 四肢が欠損していても、あるいは脳味噌がぶちまけられていても、顔が半分割れていたとしても、例え手首しか無くても…………死体はお持ちしますか? もしも魔物に食われている最中だったら、胃から引きずり出してでもどろどろに溶けたお兄さんをお持ちしましょうか? 貴方が望むのであれば私は気持ち悪いと思いながらもそれを持って来てあげても良いですよ?」
「そ、そんな…………兄は、お兄様は……きっと」
「生きている、そう思いますか?」
優しく――あくまでも優しくクレアは訊いた。
優しい声色で悪魔の如き囁きをクレアは口にするのだ。
「希望に縋るのは構わないですけれど現実をしっかり見つめるべきでは無いですか? ならばより可能性の高い方を想像すべきです。それに貴方は兎も角として依頼を受ける側である私達はあらゆる可能性を考えていないと事態に対処出来ませんから。もしも貴方が死体なんて持ってこなくても良いと言えば私達が身を挺して高い危険に飛び込まなくても良くなるんです。より具体的に言えばお兄さんが右腕を欠損していて、その他多くの傷を負っており出血多量で息も絶え絶え。後十分後には確実に死んでしまう――そんな時に魔物がお兄さんを襲おうとしている。それは見捨てるべきですか、それとも死ぬのが分かっているお兄さんを私達は自分達が傷つく可能性を考えながらもそれでも助けるべきなんですか? それが分かっているか否かでは依頼達成の可能性も――――」
「クレア」
僕は一言、呟いた。
「そこまでにしてくれないか?」
「…………まあそういう事ですよ、ロコさん」
クレアは不満顔を僕に向けた後、ロコに向き直った。
ロコは浮かべていた涙を拭いて、そして口を開く。
「出来れば……出来ればお兄様を助けてあげて下さい」
「…………」
僕は無言の内にロコの言葉に頷いた。
こいつは――――クレアは分かっている筈なのだ。
ロコがどれだけの失意の内に僕らに話を持ちかけているのか――――分かっていて尚、傷口に塩を塗りたくっている。
…………嫌な奴だ。
「あと一つ、聞かせて戴いても良いですか?」
「おい、クレア――」
「大丈夫ですよ、アルミナ。余計な事を言うつもりはありません」
「…………」
僕は椅子に体重を傾ける。
「依頼が達成した際の私達への褒賞のお話です。実際、どのくらいお支払出来ますか?」
「ええと……そうですね」
ロコは逡巡した後に、褒賞の内訳を口にした。
そのお金は多く見積もっても二日か三日の食い扶持を稼げるくらいの言ってしまえばはした金でしか無かった。
「すいません……これくらいしか払えるお金が無いんです」
「んん……」
クレアは申し訳なく渋面を浮かべるロコを前にして告げる。
「少しばかり考えさせて戴きたいのですけれど、宜しいですか?」
「あ、えと、はい」
ロコは「出来れば前向きな検討を宜しくお願い致します」と頭を下げた後に部屋を一度、出て行った。
暫くした後にクレアは言う。
「断りましょう」
「…………断るのかよ」
「当然でしょう。私達は慈善事業を目的として旅をしている訳ではありませんから。条件次第では、どれだけ強大な魔物にも私は挑むつもりでしたけれども。しかしあんなお金じゃ道を歩く気にもなりませんよ」
「…………」
僕は無言を浮かべ息を吐く。凍てついた空気を感じて尚僕は一言、「反対だ」と告げた。
「…………どうして?」
クレアは真っ直ぐに僕を見つめる。責めるでも無く、味気の無い眼差しで。
「困っている奴――それが命に係わるのならば尚の事、僕は助けるべきだと思うからだ」
「それは大体、困る奴が悪いのですよ。自業自得です」
「魔物が洞窟に住みついたのは自業自得じゃないだろ」
「力が無いにも関わらず単身魔物の群れに挑んだ馬鹿を自業自得と呼ばないのなら何て言えば良いんですか?」
「勇気ある行いだ」
「無謀な勇気は蛮勇と呼ぶんです」
空気がより凍てつく。それに冷たさを上乗せするような声が僕へと届く。
「良いですか? 力無き者は淘汰されていくのがこの世の習わしなのですよ。この街もロコさんもそのお兄さんも、そして――――貴方も力が無いなら淘汰されるしかありません。それに従うならばこの街は廃れ、ロコさんは貧困に喘ぎ、お兄さんは死に、そして貴方は私の決定に従うしかありません。だって弱いんだから。スライムにもボコボコにされるくらい弱弱しい貧弱な貴方が何を偉そうに私に意見しているのですか? ……さあ。さっさとこんなボロ小屋は出て行きましょう。街全体がこんな状態なのでしたら、こんな悪条件よりも好条件は幾らでもある筈です」
クレアは肩を竦めてから立ち上がる。そして踵を返して部屋を出ようと歩き出した。
「ほら……早く行きますよ」
「――――行くなら」
「はい?」
「行くなら一人で行けよ。僕は彼女の依頼を受ける」
僕の言葉にクレアは眉を顰めた。目線が僕へと槍のように突き刺さる。
「ふざけるのも大概にして下さい。……第一、貴方じゃロコさんの依頼を達成出来ないでしょう? ロコさんのお兄さん宜しく魔物の餌になるようなものじゃないですか」
「そんな事は分からないだろう。魔物に気付かれないように洞窟へと忍び込み、兄を見つけ出してそれで元来た道を引き返せば良いだけだ。決して不可能な事じゃない」
「不可能ですよ。魔物が自身のテリトリーに入ってきた獲物を見逃す筈が無いじゃないですか。自殺でもしたいんですか?」
「自殺か――――魔物に見つかった時はまあ、そうなるだろうな……」
「そんな事は嫌でしょう? ならば行きますよ」
「いや。もしそうなったとしても…………死にゆく者を放って置いてまで僕は自分の命を大事にしたいとは思わない。僕は……残る」
「はぁ……。しょうがないですねぇ……」
クレアは素早く背中の長剣を抜き放つと僕の首元に突き付けた。
冷たい死の感触を皮一枚で敏感に感じ取れた。クレアが少し手首を捻っただけで容易に僕の首は胴体と切断されるだろう。
「……ほら立ち上がって下さい。首を撥ねますよ」
「僕は立たない。どうしても従わせたいと言うのなら首を撥ねるが良いさ」
「…………良いんですね?」
「構わないさ。僕は絶対に死にそうな奴を放っておいてまで自分一人命乞いなんてしない」
クレアは無言の内に長剣を振り被る。そして風よりも早くその身を振り下ろした。
長剣は僕の首をほんの少しだけ掠って、通り過ぎた。
首元を温かな血が伝った。温かな――――生の実感だ。
「…………首、跳ねなくても良いのか?」
「……本気みたいですね。どうやら本当に頭が沸いていたようで」
「そう言われても仕方がねぇな」
僕は苦し紛れに呟いた。……半笑いで。
……本当に死んだかと思った。多分、ちょっと漏らしたんじゃないかな。後で確かめるのがちょっとだけ怖い。
「…………」
クレアはぶすっとした渋面を浮かべたまま、再び僕の隣に座った。
「……見捨てないでも良いのか?」
「貴方にはまだ利用価値がありますから」
クレアが端的に告げる。僕はその言葉に心底ほっとしつつ、暫く二人して無言のまま座っていた。無言が耳に痛くなってきた頃、そーっとこちらを覗きこむようにしてロコが再び姿を現した。
少女は部屋に未だ残っている僕らを見つけた後に、雲間に差し込む陽刺しのような笑顔を浮かべていた。
対してクレアは曇天のような不満顔だったが。




