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第9話

 結構な道を進んだ。地形は先程までの青々とした草原から少しばかり緑が濃くなった森へと変わっている。フェルタントの村で聞いた話だとこの辺りは少しばかり木々が鬱蒼と茂る地帯となるらしい。視界が狭まって、陰が濃くなり、陽の光が届きづらくなる。


 つまり――魔が濃くなる。魔物の出現率が増える場所と相成る訳だ。



 これは少しばかり用心しないといけないかも知れないな……。僕は少し気を入れる。

 だが一方で兜の間から覗けるクレアの表情は涼しい顔だった。魔物に襲われる機会が増えた事など彼女にとってどうやら大した事でも無いらしい。


 クレアはそれからも全ての魔物に一刀以上の攻撃は加える事無く屈服――いや容赦無く、そして惨たらしく殺し、そして道を進んでいく。



 …………。

 僕が弱いのは分かったけど、こいつはこいつで何なのこの強さ。


 聞いた話では魔物との戦闘は剣を振るっているだけじゃどうにもならない。それ以上に魔法を使ったり、作戦を練っていく事が大切らしいのだが……。


 彼女はそんな話が妄言と思えるくらいに魔物をものともしていない。女の子であるとか、職業だとかそんなのを超越した所にある気さえしてくる。



 才能って言葉がどれだけ惨たらしいものなのか改めて思い知らされているようだ。


「うふふふ……。返事の出来ない、只の屍に変えてあげましょう……ふふ……」

 でもいかんせん性格が宜しくない。獰猛な笑みを浮かべながら魔物を切り裂くその姿は正に修羅、人の道を外れているようにしか思えない。


 人間、やっぱり完璧には為りきれないものだなぁ……。

 そんな事を思っていると、またも道を行く僕らの前に一匹の魔物が立ちはだかる。



「うふふ……またスライムですか。では生まれてきた事を後悔させてやりましょう……」

「どっちが魔物か分からない事を言うのは止めとけ――――って」

 スライムの様子がおかしい事に僕は気付いた。先程まで山のように襲い掛かってきた魔物とは打って変わってその目に凶悪な光を灯していない。それどころか綺麗な瞳をしていて、まるで夏の水面のように透き通っているではないか。


「……何だこのスライムは」

 スライムはぷるぷると震えながら、目で語っている――――何かを伝えているのか?



 僕はスライムの目をじっと見つめる。そして読み取った。

 ――――彼は言っている。『ぷるぷる……僕は悪いスライムではないよ』と。


 そう言えば昔、アルヒムの村を訪れた傭兵が言っていた。魔物の中には一部、人間に好意的な奴が居て、そいつらは時折人間に歩み寄り、友達になる事が出来るそうだ。



 友達? 魔物と友達になんてなれるものか――――僕は傭兵の話を聞いて、そんな風に心の中で一蹴していたのだが…………。眼前の魔物の様子を見ればそれは真実に違い無いと僕はいつの間にか確信していた。


 だってこのスライム、すっげー目がキラキラと輝いているじゃん。人間の子供とてあんなにも美しい瞳を有してはいない。あの目に比べれば人間の目など何処か腐っているようだ。欲に駆られ、嘘を吐き、時には他者を傷つける。そんな存在こそ魔物のようである。だが眼前のスライムには後ろ暗い感情など犇めいてはいない。彼はまるで人間の失った大切な何かを教えてくれるようでさえある――――――決めた。



 僕は決めた。決めたぞ。僕はあのスライムと友達になろう。アルヒムの村では微妙に根性がひん曲がっている所為か友達が少なかったが……、あのスライムとならば友達になる事も難しくは無い、そう思えた。種族の壁なんて関係無い。大事なのはお互いの心なのだ……ッ。そうだ、僕はあのスライムをスラ坊とそう呼ぼう。そして仲良く旅をするのだ。心の拠り所が少ない今、彼は僕の良き理解者となってくれるだろう。


 僕は感動的に、ドラマチックにスライムを抱き抱えようと近づいていく――――



「ハッ、虫けらが」

 眼前でスラ坊の姿が爆ぜた。その身にクレアの振るう長剣が突き刺さっている。


「スラ坊――――――――――ッ!」

「呆気無い……。魔物の癖して向かってくる度胸も無いのですか……。さながら貴方に似て根性の無い愚か者ですね」

「ちょっと、おい、ちょっと待てぇ!」

「……何か?」

 濁った眼をした悪鬼がそこには居た。こいつこそ魔物じゃね?



「……スラ坊――じゃない、今のスライムをちゃんと見なかったのかよ? 敵意なんてこれっぽっちも無い純粋な眼をしていたじゃないか」

「だから?」

「だから、その――もしかしたら仲間に……」

「仲間? もしかしてアルミナ、あのスライムを仲間にするつもりだったんですか? 冗談も程々にして下さいよ。魔物を仲間に出来る筈が無いじゃないですか」

「い、いや魔物は魔物でもアイツは良い魔物で……」

「悪かろうが良かろうがスライムはスライムです。魔物は叩き伏せるべきなんですよ」

 長剣を背負い直し、兜を取って髪を手串でとく。その姿には一片の迷いも見られない。


「いや、もっと言えば……そうですね。ぶっ殺す口実が魔物にはあるんですよ。だって魔物を殺したところで誰が文句を言うと言うんですか?」

「それは僕が言うよ! スラ坊の命を奪った罪を僕が糾弾するわ!」

「では証拠を見せて下さい。あのスラ坊とやらが良い魔物だったという証拠を提示出来れば私とて謝る気はありますよ」

 冷静な口調でクレアは淡々と口走る。


 ……証拠ってお前なぁ。証拠と言う名の命はお前が奪い去ったんだよ!



「出来ないでしょう? 第一、今、人間に好意的だったところでいつ、いかなる瞬間にその心に魔を宿すか分からないんですよ? 後ろから刺されても知りませんよ?」

「……それは」

「まあ私はいつ、いかなる時も貴方の背中を狙っていますけど」

「お前こそ心に魔を宿しているじゃねぇか!」

「詰まる所、周りは全て他人、信じられるものは自分のみであるという事を私はアルミナに知って欲しかったんですよ――――ええと、こういう時昔の言葉で何て言うんでしたっけ? 四面楚歌? 獅子身中の虫? 弱肉強食?」

「…………」

「あ、思い出しました――――渡る世間は鬼ばかり、ですよ」

「…………」

 鬼はお前の事だろうが。



「そう言えば、アルミナ。そろそろ『村人A』――貴方の職業特有の固有スキルで新しい技を覚えた頃じゃないですか? 私がさっきのスライム含めて色々八つ裂きにしたんですから、同じパーティである貴方もそれらの命を吸って成長している筈ですよ」

 何でそんな言い方すんの? こいつ、絶対ワザとだな。僕の傷口抉る気満々の顔してやがる。


「…………。新しい技? ……ああ、もしかしたら覚えているかも知れないが、僕はそれを確かめる術は持っていないぞ?」

 僕達、公式に認められた冒険者では無い人間は専門店に行かないと能力査定は出来ない。それはお前が先日、言っていた事だろうが。



「いやいや、アルミナ。確かに自身の能力を数字で確認するには専門店に行く必要がありますけど、スキルを確かめるだけならその必要はありませんよ。固有スキルは職業という魂に刻まれた、身体が覚えた技ですから。使おうと思えば使える筈ですよ」

「何、その言い方。うっかり気に入っちゃうじゃねえか、その表現」

 魂に刻まれた、身体が覚えし技。僕らの歳の少年が好きそうな臭い言い方である。


 表現は置いておくとして僕は固有スキルを発動すべく集中する。

 ……成程、『挨拶』以外に何かしらスキルが使える気がする。



 僕はそれを使用すべく、魂に刻まれた技を解き放つ。……ちょっとこの表現、多様し過ぎると恥ずかしいな、おい。



「『宿屋はすぐそこですよ』」

 文字で表現するなら「アルミナは『道案内』を唱えた!」みたいな表現が出来そうな行動を僕は取っていた。




 ……ふーん。



 それで? これってどうやって役に立てればええの?

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