白黒バレンタイン騒動
その日のことを、俺は毎日、ちらちらとカレンダーを見ながら待っていた。
そして遂に、今日はその日がやってきた。
俺んちのリビングで、俺はなんとなしに佐竹に言った。
「なあ、佐竹。そういえば俺たちの話の連載って、完結したの、もう一年も前なんだな〜。一年、早いよなあ」
「そうだな」
佐竹の眉間にわずかに皺が寄ったのを見て、俺は首をかしげた。
「あれっ。どしたの? 佐竹。なんか、機嫌悪くない……?」
「悪かったな。俺はいつもこんな顔だ」
えーっと。沈黙が怖いんですけど。
ああもう、切り出しにくいなあ。
「あ、そ、そういえばさー。二月っていえば、そ、そろそろ……アレの季節だよな……?」
「…………」
相変わらずの沈黙。
俺はテーブルの下で指をちょっともじもじさせた。
うう、やっぱり切り出しにくい。
「さ、佐竹はさ……その、あんまり甘いもん好きじゃないのは知ってるんだけどさ……。えっと、こ、こーゆーのはほら、一応アレだからさ……」
「どうでもいいが、お前はちょっと『あれ』や『それ』で人に言わんとすることを理解してもらおうと思いすぎだぞ。わけが分からん。きちんと名詞を入れてものを言え」
「あー。うー。えっと、だからさ! 二月のお約束行事っていったら、別に節分だけじゃないだろ? 節分だったらもう、洋介と一緒にやっちゃったんだしさ……」
「…………」
(……あれ?)
「あの……佐竹?」
(なんかこいつ、ますます機嫌悪くなってない……?)
そう思ってじっと見つめたら、佐竹はふっと目線を外した。
「いや、いい。忘れてくれ。あの時点では俺に怒る権利があったとは思わんからな」
「は? あの、な、何いってるんだか、よく――」
「分からんのなら、昨年の『お絵かきの部屋』をよく見てみろ」(※)
「え? 『お絵かきの部屋』……?」
「ついでに『秋暮れて』のその更新の日付も確認すればなおいいかもな」(※)
「は、はい。えーっと、『お絵かきの部屋』ってあの、作者様んとこのイラストいっぱい置いてあるページのことだよな? なんだっけ……」
俺はスマホをぺぽぺぽやって、問題のページを表示させた。
「あ、懐かしい〜。ほんと綺麗なイラスト、いっぱい貰ってるよなあ、俺たち」
「それは事実だな。まことに感謝に堪えん」
「こら、偉そうに言っちゃダメでしょ! んーと、それで二月っていうと……」
と、とあるページで指を止めて、俺は凍りついた。
そこには俺が、赤面しながら問題の品をとある人に差し出しているイラストが掲げられている。
とっても綺麗なイラストで、なんかめちゃくちゃ二枚目だし、とても自分だとは思えないけど。
(でもこの場合、イラストが綺麗かどうかってことが問題なわけじゃないよな? 多分……)
「え、えーと……。まさか、あの、これのこと……??」
ちょっと背中に冷や汗をかきはじめながら、恐る恐る聞いてみる。
そうだ。このイラストの俺は、確かにその人に向かってそれを差し出してる。
つまり、俺たちの作者さんに対して、その甘いお菓子をだ。
「いや、だって、作者様だよ? この人いなかったら俺たちそもそも、この世に存在してなかったからね? そのっ、日ごろのお礼って言うか、140話も書いてくださって有難うございますっていうか……感謝の気持ち? そういうアレでしょ、これは……!」
佐竹がじろりとこちらを睨んだ。
「だから、そういう指示代名詞ばかりで物事を語るなと言っている」
「わ、悪かったってば。でもほんと、これは『義理チョコ』ってやつだから! その、お前のとはぜんっぜん、意味だって違うんだからっ……!」
「俺の……?」
ぴく、と佐竹の眉が上がった。
俺ははっとして、ぶんぶん首を横に振った。
「あ、いやいや、なんでもないよっ……!」
いや、嘘だけどね。
ほんとはちゃんと、準備してる。
この時期、女の子でいっぱいのそういう売り場に行くの、滅茶苦茶恥ずかしかったんだけどさ。
いや、だから買ったのは普通のチョコで。いつ行っても売り場にあるような、しかもだいぶビターな味のチョコレート。
洋介についてきてもらって、さも「弟の買い物してます」って顔して買って来たけどさ。
ああもう、でも、それでもほんとに、めちゃくちゃ恥ずかしかったんだからな!
ちくしょう!
必死に我慢したつもりだったけど、俺の顔はやっぱり盛大に赤くなっていたらしい。
そして大変間の悪いことに、それを見た佐竹は何かを大いに誤解してくれたようだった。
「……ともかくも」
って、あれ?
なんかいつの間にか、佐竹が手に長いもん持ってるんですけど。
それって「氷壺」だよね?
あの異世界から持って帰ってきた日本刀だよね?
下手すると銃刀法違反になるから、いつもはあんまり持ち歩いたりしないのに。
なんで今日に限って、そんなの俺ん家に持ってきてんの……?
「ど、どうしたの……? 佐竹」
「まあひと言、釘を刺すぐらいのことは許されるだろう」
ちき、と鯉口を切る音がまたカッコいい。
って、いやいや、そうでなくて!
それは「ひと太刀あびせる」の間違いだろ?
「何やってんの、佐竹……!」
冗談じゃないよ。
その殺気、半端ないから!
そのひと言、いやひと太刀で、作者さん瞬殺されるから!
「やめてやめて! まだあれだよ、レオンさんたちの連載(※)も途中なんだからさ。いま作者さん殺っちゃったら、あっちの連載がエタっちゃうよ! クルト君とニーナさんが泣いちゃうよ! 人様にご迷惑かけるなんて、そんなの佐竹らしくないでしょ!」
「…………」
そこまで言ったら、さすがに佐竹の手が止まった。
いや、目は怖いまんまだけどね。
だけど、それでほっとしたのもつかの間だった。
「そんじゃま、代わりに俺が行かしてもらうわ」
「……は?」
背後から野太い声がして、びっくりして振り向いたら、古ぼけた革鎧姿の、天井に頭のつきそうな短い金髪の大男がぬうっとそこに立っていた。
「な……ゾディアスさん?」
その背後には、長い銀髪をゆるく編んだめちゃくちゃ顔の整った軍服姿の人が、白手袋をした指を頬に添わせてにこにこしながら立っている。
「ディフリードさんも……!? な、なんで……?」
二人とも、俺んちのリビングにそぐわないこと、この上もない。
どうでもいいけど、そのコスプレにしか見えない格好で、うちのうさぎさんとか、ひよこさんとかのついたスリッパを履くなっつうの。
目を白黒させているうちに、この狭い俺ん家のリビングでゾディアスさんがでかい戦斧をぐいっと構え、のしのしと「その人」めがけて歩きだした。
「サタケにできねえっつうんなら、俺がやるしかねえだろうがよ。理由は同じ。分かってるよなあ? なんたって、相手は俺らの『作者サマ』なんだからよ――」
「って、いやいや! ダメですったら……!」
そうだった。
あそこには俺の絵だけじゃなくて、この人の後ろにいる、すんげえ綺麗な顔した将軍様の絵もあるんでした、そうでした。
でもってまた、ものすごい色気だだもれの笑顔でもって、やっぱりチョコレートを「その人」に渡そうとしてるっていうイラストで――。
「こっちの風習なんざ知らねえがよ。聞いたらその『ちょこれいと』とやらを渡すっつうのは、そういう意味があるんだそうじゃねえか? 舐めてんのかクソ作者。ムーンでさんざっぱらあんな話かいときながら、こんなふざけた真似が許されると思ってんのか、ああ? なるべく痛くねえようにしてやるから、とっととそこに首を出しやがれ」
鈍色の目が怖い。
ちょっと、本気で怒ってませんか、この人!
だれだよこんな猛獣に、あのイラスト見せちゃったの――!
「ちょ、ほんとダメですって! ディフリードさんも止めてくださいよっっ!」
「え? 私がかい?」
「艶麗」とか「妖艶」とかいう形容が世界一ぴったりくる将軍様は、やっぱりそこで、白いマントを揺らしながらにこにこ笑っていた。
わー、相変わらずのイケメンさんだなあ。
……じゃなくって!
「ああもう、その男も女も殺しちゃう、素敵な笑顔で笑ってないで――!」
「それはどうも有難う」
ってまた花のような笑顔でにっこりされる。
いや、だからそういう意味じゃないから!
っていうか、しまった。佐竹がまた、すんごい目で睨んでるよ。
「私も一応は、止めに来たわけなんだけどね。やっぱり物理的に無理があるかな? 見ての通り、この体格差ばかりはどうしようもないからね――」
「いやあの、それは分かるんですけどー……」
「これでも責任は感じてるよ。だからこうやって、ここまでついて来たんだしね」
とかなんとか言いながら、ちっとも止めようって気はないだろ、あんた。
っていうか、その蕩けそうな笑顔はなんなの!
まあ、お幸せそうで何よりだけどさ。
と、佐竹がさも不愉快そうにすうっと目を細めて、二人の男を眺めやった。
「竜将閣下、竜騎長殿。少し大人げないのではありませんか。人の家にいきなり上がりこんだ上、暴れるというのはいかがなものかと」
「『人の家』って、いや佐竹、ここ俺んち――」
「それは聞き捨てならないね。よく状況を見てくれないかな、サタケ。いったい私のどこをどう見たら、ここで暴れているように見えるんだい?」
ディフリードさんがにっこり笑ってちょっと肩をすくめ、しれっと返事。
相変わらずだなーもう、この人も。
そしてもう、誰も俺の言うこと聞いてないな。
佐竹がうんざりしたように、さらに剣呑な顔になった。
長身の佐竹より頭ひとつぶんもでかい男が、その佐竹をじろっと見下ろした。
「そうだそうだ、ナイトウの言う通りじゃねえか。大体てめえは、ちょっと上官に向かって意見を言い過ぎだっつうの。ちったあ立場をわきまえろ」
「……何度も申し上げておりますが。今はもう、自分はあなたの部下ではありませんので」
「うるっせえ! そもそもが、今からそんな武器振り回して暴れようとしてた野郎が、人に偉そうに言うんじゃねえや」
「いえ。これは単なる躾ですので」
わあ、佐竹。言い切ったよこいつ。
そんでもって「その人」に向き直ってるよ!
「まっ、そこは同感だな。人の恋人に手ェ出して、無事でいられるなんざ甘えっつうの。そこんとこはやっぱ、体で分からしといたほうがいいわなあ?」
「同感です」
そう言うなり、ゾディアスさんもそっちを向いた。
手にはそれぞれ、得意の得物。
佐竹は「氷壺」。
ゾディアスさんは戦斧。
(……ダメだ。)
二人とももう、とっくに目が据わってる。
怖い。
俺にはもう無理。
止められません……!
「に……逃げて!」
最後に俺は、
声を限りに「その人」に向かって叫んだ。
「にーげーてー! 作者さんは、今すぐ逃げて――――っっ!」
【SE・刀の振り下ろされる効果音・断末魔】
皆さん、さようなら、さようなら……。
(映画「ゴ●ラ」風に ←「シン・●ジラ」じゃないですよ・笑)
※作中の台詞にでてきたタイトルは、それぞれ「お絵かきの部屋」と拙作「秋暮れて」「竜国記~ドラッヘシュテルン・サガ~」のことです。一応、補足まで(笑)。
なんかもうほんと、楽屋落ちネタですみません……。(まあ二次やし!)
2017.2.14 Tue.
(執筆 2017.2.6.)